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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【バッハの旋律を夜に聴いたせいです・番外編】
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We will never have to change for anyone(2)

「おーい!アオ!アオはどこにいった?」

 扉を開けて入ってきたのは宮部だ。

「コンビニ行ってる」

「えっ!駄目じゃん!アオ逃げちゃうじゃん!」

「だから来原くんつけてる」

「じゃあいいけど」

 にこにことしている宮部に、中岡が尋ねた。

「どうしたの宮部っち。えらくご機嫌だね」

「いやー、なんかぎりぎりまでわかんなかったからさ、お前らには言うに言えなくて困ってたんだけど、許可やーっと出たから、お知らせできますよってことで!」

「なになに?」

 面白いことならいいんだけど、と福原が起き上がって宮部に尋ねた。

「んっふっふー。実はサプライズでな、仕事だけど楽しいお仕事をとりました!つっても、音にはいまいちかもしんないけど」

 そこで福原がピンときた。

「えっ、まさか報国院関係?」

 中岡が関係なくて、楽しいお仕事といえば、それしかない。

 宮部は頷いた。

「勤労感謝の日!サップライズで!報国院の校舎の屋上で!なんとゲリラライブと新曲のプロモ撮り、やっちゃいまーす!」

「マジで?!」

「えっ?」

「へえ」

 宮部が出す書類には、スケジュールや企画やら、あれこれ書いてある。

 宮部はそれを広げながら説明した。

「元々、勤労感謝の日はウチにライブしにこないかってあちらの学院長からオファーがあってさ。じゃあこっちも学校でプロモ撮りしちゃおっかと予定組んでたらさ、急に強引にねじ込んでこられてさ。ふっくん知ってる?チェリストで有名な」

「長井だろ。よーくご存知ですともさ」

「その長井さんの後でよければ、使う予定はあるかって」

「はあ?マジで?」

 宮部が福原に頷く。

「もともとウチに話があって、こっちも実はお前らにサプライズでしたーってやろうと思ってたんだよ。ところが、だな、チェリストのほうが逆に金を払うからコンサートをさせてくれと。他にもいろいろ手を回してきたらしくて、報国院も無下に断りにくい状況になってたそうでな」

「はぁ。なんで長井君そこまで」

 さすがに強引すぎる長井に、福原は呆れるというより、驚く。

(ひょっとして、ハルちんと瑞祥と違うなんか理由があるとか?)

 考えてはみるものの、当然長井の考えなどわかるはずもない。

「でさ、こっちも一応プロモの予定たててるからさ、学校が無理ならまあ、長州市のどっか使ってやろうかって考えはしたんだよ。ところが、そのチェリストさんが、途中で契約変えてきて。丸一日貸切って言ってたのに急に時間を短縮しろ、金はその時間だけとかでね、学校はおこよ、おこ」

「だろーねぇ。報国院は金にきたな……もとい、うるさいもん」

 金に関しては、いい意味でも悪い意味でも汚い。

 福原達が居た頃は、悪い意味でお金に汚い連中が居て、そのせいでさんざんな目にもあった。

 あわせもしたが。

「で、もしよかったら、屋上なら貸すよって」

「へ?」

「講堂は使えないけど、校舎の屋上なら、普段は入れないからセッティングも出来るし、コンサートの間、生徒は全員講堂に移動してるから、校内使い放題って言われてさ。なるほどなと」

「へー、面白そう。定番だけどいいじゃん」

 宮部が頷く。

「学校は、長井の公演後なら問題ない。一分後でも、後は後だってさ。ちなみにうちは、丸三日レンタルさせられたけどな!すさまじくお高いわ。その分、いい機材とスタッフ用意するからって」

「……あんま聞かないようにしとく」

 報国院がいくら請求してくるとか、想像したくない。


 福原は言った。

「なんなら青木君のポケットマネーから支払わせちゃえばいいんじゃない?喜んで払うよ」

「はは、そうだろうな。あとアオのご希望もあると思って、寮の泊まりも頼んでおいたぞ。そこはサービスでいいってさ」

「こえー」

 寮に無料で泊まったって、学校はたいした負担はないだろうに。

 つくづく、報国院は恐ろしくがめつい。

「でもさ、いいの?」

 傍で聞いていた集が尋ねた。

「これじゃあ、いっくん助ける事になるんじゃないの?」

「ならねーよ。長井が終わった後なら、もう全部終わってる後だ。いっくんが勝ってようが負けてようが、おれらにゃ関係ねーこった」

 福原が言うと集が言った。

「なんかいいわけっぽい……」

「うるせー。大義名分が整ってんだからしゃーねえ。これはいっくん助けに寮に行くわけじゃないからオッケーなんだよ。お仕事よ、お仕事」

 そう福原が言うも、集が答えた。

「やっぱいっくんのこと、心配なんだ」

 長年付き合いがあるので、やはり福原のことはしっかり見抜いている。

「まーな。そこそこな。でも実は長井もちょっと心配してるってのは嘘だけど、ちょっとは本当」

「なんで?」

 うーん、と福原が言う。

「いっくんサッカーしてただろ?んで、サッカーのゲームでしか俺は判断できねーんだけどさ、いっくんの試合運びって、まー、いやらしいのな。ほんっと、ちょとした隙をさっと抜いてったり、こっちを苦手なコースに追い込むのがうめーのなんの。追い込んだつもりで調子のってると、追い込まれてるとか毎回そーなんよな」

 福原はため息をつく。

「実際、想像通りなら、アツの言うとおり、長井がこてんぱんにされてるという可能性も考えられる」

 しかも、杉松はああ見えて学年は長井のひとつ上だが、実際は二歳上だった。

 つまり、あの頃の一年、二年はとても大きくて、杉松はそれなりに大人だった。

「でも、いっくんってまだ高一じゃん。ダブってねーし、若いじゃん」

 さあ、若さはあってあの頃の年齢の『杉松』のような幾久が、果たして長井に遠慮なんかするのか。

 しかも杉松のように、甘くはない。

「杉松先輩って、けっこう後輩には手を緩めてくれるんだよ、おにーちゃんだからかもだけど。それ長井は気づいてねーけどさ、さていっくんがんな気遣いなんかするか?おまけに縄張り意識バリたけーぞ」

 御門寮にグラスエッジのファンが近づいただけで嫌がっていた幾久は、福原から見れば十分御門っこで、十分縄張り意識が強い。

「サモエドの子犬かと思ったらポメラニアンの成犬でさ、がぶりとやられて、手に穴が開いたりしてな」

 小さい杉松だと思って舐めてかかったら、外見と雰囲気が似ているだけの別物だったらどうするんだ。

「青木君は変態だから、多分噛みつかれても喜ぶんだろうけどさ。長井は変態じゃねーからなあ」

「いま僕の悪口が聞こえたんだけど」

 ばたーんと扉を開けて、大量の買い物を済ませた青木が帰ってきた。

「うわあ地獄耳」

「おかえり!」

 集が言うと青木がコンビニの袋を差し出した。

「アツ、ジャンプ出てたから買ってきたぞ」

「ありがとう!」

 漫画大好きな集は早速ジャンプを読み始める。

 来原が抱えた差し入れをおくと、宮部やスタッフが群がった。

 福原はお菓子のパッケージを開けながら青木に言った。

「青木君のゆがんだ欲望が形になったよ良かったね」

「どういうことだ?」

 そして福原は、さっき自分が受けた説明を繰り返した。

 青木の顔に、みるみる生気がみなぎってきて、福原はなんだか嫌な気分になった。

 全ての予定を確認すると、青木は高笑いだ。

「あーっはっはっはっは!見てろよ長井ィいいい!僕の!いっくんに!許可なく!喧嘩をうった事を一生後悔させてやるぅうううううううううう!」

「なんで喧嘩売ったって思い込むかねこのお人はよーまだなんも始まってねーし」

「売ってないとでも?!」

「いや思ってるけど」

 幾久の外見を見たら絶対、長井は喧嘩を売るだろう。

 それは間違いなくそうする。

「でもきっと、売りかえしてると思うよー、いっくんは」

 集が言うと、福原も頷きながら言った。

「そうそう、ああ見えて本当に気が強いんだからあの子」

「そうだったら長井ゆるさねえ。なんでいっくんに売られてんだよ!んなもん在庫まで全部僕が買うわ!」

「ほらな、やっぱり青木君って変態だったろ?」

 福原が言うと集が頷く。

「変態」

「変態キーボーディスなら褒め言葉だね!」

 急に元気になった青木に、宮部はほっとする。

「この調子なら年末問題なく間に合うな!」

「アレンジだって任せてよ。いっくんの前で恥はかけないからね」

 ふふんとふんぞりかえる青木はすっかり元通りだ。

「じゃあ、お前らは五月と同じで寮に泊まるとして、音はどうする?」

 中岡や宮部含むスタッフも勿論同行するのだが、一応尋ねると福原が言った。

「今更っしょ。俺の家に泊まればいいじゃん」

 中岡と福原は学生の頃からの仲なので、福原の家族とも仲がいい。

「どうせ取材とかがっつり入れてんでしょ宮部っち。それなら拠点決めといたほうがいいし」

「実はそうなんだ!これでツアー後までほぼ休みなしだからゆっくり休めよ!」

 にこにこと宮部は笑って言うが、グラスエッジ全員の目はちっとも笑っていなかった。



 さて、そうして張り切った青木は当然仕事は綺麗に片付け、ハイスピードで新曲も作りあげた。


「いやあ、本当にいっくんさまさまだ!こんなに思い通りのスケジュールで動いたことなんかかつてないよ!もう本当にうちに就職してくれないかなあ!」

 宮部はそう言うが、福原が言った。

「いっくん、多分もうすぐ最高位のクラスに行っちゃうから、偏差値スゲーよ。いい大学に行くと思う。つーか報国院が絶対に行かせるよ」

「いや、大卒後でもいいじゃないか!」

 浮かれる宮部に中岡が言った。

「そこまで俺らが持てばいいけど」

 中岡の言葉に宮部がさーっと顔色を青くする。

「ちょ……怖いこと言わないでよ!」

「わかんないよ、こんな水物。今年はともかく来年だって」

「大丈夫!ちゃんと来年まで会場おさえてるし!」

「再来年はわかんないってこった」

「ふっくんまでやめてよ!グラスエッジ、これからでしょ?」

「死亡フラグ……」

「アツもやめて!」

「グラスエッジ売れなくなったら、俺、漁師になる」

「ちょっと!アツ、いつかウェンブリーでするんでしょ?ウェンブリー単独かなったら、グラスエッジのタトゥー入れるって!ね!ふっくん!」

「にんべんに夢と書いて儚い」

「やめてよマジで!ちょ、メンバーでウェンブリー信じてるのいないの?目標は?」

「一応信じてるひとー」

 福原が言うと、仕事中の青木を除き全員が挙手した。

「一応ってなに!」

「宮部っち我が侭だよー、いくら曲がよくてもね、歌がよくてもね、時代って残酷なのよ」

「時代を作るんでしょぉおおおお?」


 騒がしい中、青木が休憩のためかスタジオから出てきた。


「アオ!アオはウェンブリー信じてるよね?行くよね?」

「ぶっちゃけどうでもいい。いっくんに、あーいーたーいー」

「あ、青木君壊れてる。限界突破ってことは、出来上がってんな」

 福原がほいほいと青木の作業場に入っていき、「ひぃっ」と声を上げた。

「なに?どうしたの?出来てないとか?!」

 あわてる宮部に福原が半泣きで言った。

「新曲が三曲と、ジュリエットと騎士の物語って曲が六曲も出来てる……青木ィイイ!てめー新曲出来上がったんならさっさと出て来い!なんで関係ない曲が出来上がってんだよ!」

「は?いっくんが無関係とか意味不明なんですけど。殴るぞ」

「しかも再生したら一曲は全部犬の声でサンプリングしてある……やばい、来原君、青木君を一旦オフトゥンに突っ込んで!暴走してる!」

「イエッサ!」

 青木をひょいと肩にしょい、来原が歩き出した途端、青木は寝落ちしていた。

 青木の仕事の後始末をしながら福原は「やべえ……犬の声で作ってるのにめっちゃ名曲……いや、これ逆に犬だから名作……?」とぶつくさ言っていて、ああ、福原も限界だったかと、宮部は仕方なく言ったのだった。


「もうさ、今日は休みにしよ」


 宮部がそういった瞬間、そこに残っていた福原と集と中岡が、スタジオの床に崩れ落ち、すうすうと寝息を立て始めたのだった。



 なお、犬の声でサンプリングされた名曲は、のちに『いぬの騎士とおひめさま』というタイトルで子供向けにアレンジされ、みんなのうたで国民的大ヒットを飛ばすのだが、それもまた後のお話である。


 We will never have to change for anyone ・終わり

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