We will never have to change for anyone (1)
幾久1年生、11月、桜柳祭が終わった後の、OB達のお話。
時系列では【16:バッハの旋律を夜に聴いたせいです】 の前になるのですがネタバレになるのでw
うるさいOBさんの葛藤と学校に来るまでのいきさつのお話です。
年末に組まれたツアーにあわせた新曲作りに追われている、若者に大人気のバンド、グラスエッジの青木はスタジオで管を巻いていた。
「青木くーん、仕事やんないの?」
福原の問いに、青木は飲み終わったお茶のペットボトルを投げつけた。
「やってんだよ」
ぽこんと頭にペットボトルをぶつけられ、福原は頭をさすりながら青木に言った。
「うそばっか。さっきからソファーでごろごろしてるじゃん」
「頭の中でまとめてんだよ!」
そう言い返すも、福原の視線は冷たい。
「そんな事言ってるとさー、なんも間に合わなくなっちゃうよ?」
「は?この僕にそんな口きけるわけ?」
それは確かに青木の言うとおりだった。なにせ、バンドの曲を作曲するのは青木だけではなかったが、編曲やアレンジは全て青木の仕事だ。
青木は性格は最悪に整っていないのだが、音に関するセンスだけは抜群に良い。
グラスエッジの音を支えているといっても過言ではないので、大抵のわがままは受け入れられるのだが。
「一応さあ、宮部っちが予定たててるっしょ?それにあわせないといっくんの写真も見せてくんないぞ」
それを言われると青木も弱い。
むむ、と唇を引き結び、腕を組む。
宮部といっくんこと、青木たちの後輩である乃木幾久にはホットラインが繋がっている。
あまりのしつこさに青木の携帯関係は全て着拒されているのだが、宮部だけは別で、宮部から頼まれたという週一で、幾久からは写真と近況が送られてくる。
それが青木の、いまの唯一と言っていいほどの楽しみだった。
「あー!桜柳祭、やっぱ行きたかったぁあああ!」
そう青木は文句を言う。
母校の報国院で行われる桜柳祭は地元でも愛される、報国院の文化祭だ。
ここぞとばかりにいろんなイベントが催される上に、今年はなんと幾久が舞台の主役だという。
しかし残念ながら、その頃はしっかりとお仕事が詰め込んであって、誰も桜柳祭に行くことはできなかった。
「いっくんのジュリエット姿、見たかった……」
青木は何度もそういってため息をつく。
「あと、BGM全部、僕が作りたかった」
「やべえこと言うなよ青木君」
福原は想像するだけでぞっとする。
確かに青木なら、幾久の為に伴奏曲でも交響曲でも作り上げてしまうだろう。
「そんなことより年末、いっくんをライブに誘うんだろ?だったらちゃんと新曲完成させとかねーと、また冷たい目で見られんぞ」
青木にとっては幸いなことに、幾久の親友ともいえる同級生はなんとグラスエッジの大ファンなのだという。
福原からの情報なのはむかつくが、その子のおかげでずいぶんと福原家にもお邪魔しているらしい。
「だからこうしてむかつきつつもやってんだよ。僕だっていっくんに会って褒めてもらいたいしピーちゃんにも会いたいし」
こう見えて、大の動物好きの青木はそう言う。
福原の妹が送ってきた超高画質の幾久と福原家の愛犬、ボーンスリッピーの写真を等身大で壁紙に仕上げて、仕事部屋に貼り付けているのだから、かなりの重病だ。
とはいえ、確かに仕事の効率は上がっているので、引きつつもその環境を壊すわけにはいかない。
「そういや学校、今、なにやってんのかな」
青木はスマホを取り出し、報国院のスケジュールをチェックする。
五月以来、青木はずっとこの調子だ。
福原があきれて言った。
「青木君、それもうすでにストーカーの域じゃん」
「ジュリエットをお守りする騎士とでも言ってくれ。ロミオは駄目だ。ジュリエットを不幸にしちゃったからな」
「言いながらムッとしてんなよもー」
面倒くさいな青木君は。
そう福原が言うと、青木は突然ソファーから立ち上がった。
「なに?どうしたの青木君、おしっこ?」
「―――――長井だ」
「へ?」
「長井が報国院に来る」
突然そういった青木の表情は、いきなり厳しいものになっていて、福原は自分のスマホを取り出した。
「あーね。勤労感謝の日に毎年ある、例のアレか」
報国院では勤労感謝の日は、毎年なにがしかの文化的な催しを行っている。
演劇であったり、音楽であったり、落語家を呼んだこともあった。
大抵が、報国院出身の先輩達が呼ばれているので、長井が呼ばれるのはなんらおかしいことではないのだが。
「なるへそ。長井君がわざわざ来るってことは」
福原もピンとくる。
「―――――ハルと瑞祥に嫌がらせだ」
青木が言う。
長井は昔からずっと、先輩である久坂杉松の事が嫌いで仕方なく、結局御門寮にも青木たちにもなじまなかった。
集もめずらしく心配げに青木と福原を覗き込む。
なぜなら、集が一年生のとき、長井は三年生。
その頃、喋れなかった集は長井にずいぶんとイヤミを言われたものだった。
幸い、長井以外は全員、集の味方だったので問題はなかったのだが。
「まあ、ハルちゃんも瑞祥もさ、もうおっきいんだし、けっこうな性格なわけだから、ほっとけばいいよ」
なんてことない、という風に福原は装って言うものの、青木はさっときびすを返した。
「こうしちゃいられるか」
「青木君、ちょい待ち。なにするつもり?」
福原が青木の肩に手を置くも、青木はその手をはらった。
「決まってんだろ。御門行く」
「おい」
「長井だぞ?!あの杉松先輩に恨みありまくりのアイツがいっくん見てなにもしねーわけないだろ!」
「そりゃそうかもしんないけどさ」
大げさだなあ、とあきれる福原だが、青木は本気でスタジオを出ようとして、福原はそれを止めた。
「おいふざけんなよ青木」
福原が青木を呼び捨てにするのは、心底怒っている時だけだ。
青木はそれを判っても、それがどうした、と福原を睨んだ。
「ハルと瑞祥はともかく、いっくんは長井を知らない。あいつがいっくん見たら、八つ当たりで嫌がらせすんのなんて判ってんだろ!」
青木が言うも、福原は首を横に振った。
「判っててもそれは俺らの管轄じゃねえだろ。もう今の世代の問題だ」
「ガキになにができるんだよ!相手は性格ひんまがった大人なんだぞ!」
「それでもガキはガキなりに戦うだろ」
福原のもっともな答えが青木を苛立たせた。
「指くわえていっくんが傷つけられるの見てろってのかよ!」
「じゃあどうすんだよ!」
福原が青木に怒鳴りつけ、続けて言った。
「じゃあなにか?俺らは水戸黄門よろしく、グラスエッジでござーい、って力づくで長井ぶっつぶせばいいのかよ!そんじゃあぶっ潰したとしようよ。どーなんの。結局いっくんらに長井と戦う力なんかつくの?いっくんはいずれ鳳に入るんだぞ?長井みたいにクソはそこまでいなくても長井みたいな連中は今後学校でもごろっごろ出てくんのに、俺らが甘やかしてどーすんだよ!」
長井を片付けるのなんて簡単だ。
いま、十代から二十代の頭世代に一番人気なのは自分たちグラスエッジだ。
だったら、無理やりに長井のステージを掻っ攫うなんて朝飯前で、幾久のことも簡単に守れる。
だけど。
福原は続けた。
「長井はいっくんの事なんか知るわけねーし、そこまで考えて御門に行ったわけじゃねーよ、多分瑞祥とハルに嫌がらせしてやろーとかそのレベルだわ。けどいっくん見たら心穏やかじゃねーのもわかるよ!俺等だって動揺したレベルだもんな!けどさ、だからってなんでもかんでも手出しするのが先輩の役目じゃねーだろ?!」
怒鳴る福原に青木が苛立って怒鳴った。
「じゃあ無駄に長井がいっくん傷つけるの見てろっていうのか!」
福原は告げた。
「そーだよ」
むっとする青木に福原は続ける。
「我慢しろ青木。いっくんの戦いはいっくんのもんだ。勝とうが負けようが、いっくんの事なんだよ。俺らが首つっこみゃ勝てるのは判ってるけど、それっていっくんの為になんねーだろ。先輩が可愛い後輩の両手両足もいでどーすんだ。てめーの親がお前にやったことと同じことすんのかよ」
禁句だと判っていてもあえて使った。
青木の顔色がさっと変わる。
「俺等は親じゃねーし、親だとしてもこういうのは間違ってる」
黙る青木に福原は続けて言った。
「今なら、長井が空気読めないクソ先輩で終わりだ。オレらが入ったら、オレらの戦いになんだよ。これまでの長井とのあれこれにいっくんの世代巻き込むつもりか。なんでも手出しするのが愛じゃねえって、知ってるだろ」
御門寮は呼春も瑞祥も居る。
幼い頃はよく泣かされてはいたが、さすがにあの年になれば仕返しのひとつもできるだろう。
それに、幾久だって見てくれほど可愛い性格をしているわけじゃない。
青木の愛には加減がない。
だから、こんな風になるのも判る。
判るからこそ、福原がとめるしかない。
「可愛いなら巻き込むな」
福原の完勝だった。
青木は持っていたジャケットをソファーに投げつけると、乱暴にそこにねっころがった。
様子を見ていた集と、見ているかどうかは判らない来原と中岡は静かに二人を見守っていた。
沈黙の中、中岡が福原のギターを取り、鳴らし始めた。
聴いたことがあるメロディに、福原が尋ねた。
「音ちゃん、その曲」
中岡が言った。
「ふっくんの好きなパープル・レインだよ」
「わー嬉しいなプリンスだあーって、それパープル・レインじゃないじゃん!藤あや子のむらさき雨情じゃん!だまされないからね?!」
二人のやりとりに集が噴出し、来原は流れる演歌にあわせて「パープルレイン♪パープルレイン♪」と無理やり合わせている。
その様子に青木も苦笑して、ため息をついた。
「あーあ。なんかもう自己嫌悪のあまり福原になって自殺したい」
「それって結局俺しか死ななくね?青木君ヒドくね?」
もう、という福原に、めずらしく集が言った。
「あのさ、大丈夫だと思うよ」
驚く青木と福原に、集は続けて言った。
「ああみえて、いっくん、けっこう図太いし、性格ちゃっかりしてるから」
「まあ、杉松先輩よりはそりゃ、しっかりしてるかもだけど」
青木が言うと、集はにこにことして答えた。
「案外、長井先輩、叩き潰してる、と思う」
ぱしーんとゴキブリを叩きつぶすみたいに集が丸めた雑誌をふり、笑った。
「だといいけどね」
青木に福原が再び言う。
「大丈夫だって。みよ先輩も毛利先輩もいるんだし。さすがに長井がくるとなったら、いっくんにひとことふたこと、忠告するよあの人らは」
毛利は案外世話焼きだし、三吉は長井よりもずっと上手なので、やられっぱなしということはないだろう。
青木は言う。
「そりゃみよ先輩がいたら百人力だろーけど、ああ見えてみよ先輩も修羅の民で基本ほっとくだろ」
「そこは否定しないけどさ」
三吉は毛利と真逆といっていいほど、人の世話をやくことがない。
むしろやかれるほうだ。
福原は苦笑して言った。
「黙ってろって青木君。後輩を信じろよ」
そう言われるとなにも返せない。
確かに幾久は杉松よりよっぽどしっかりしているし、ずうずうしいし青木をだましもする。
青木はため息をついて言った。
「……僕ちょっとコンビニ行ってくる」
いつも青木はそう言って逃げ出すので、福原が言った。
「来原くん監視役オナシャス」
「がってんしょうちのすけ!」
なぜか筋肉を誇張しながらポーズを取る来原に、青木はちっと舌打ちしながら二人でスタジオを出て行った。
ふー、やれやれ、と福原はソファーに腰を下ろした。
「あーもう、ほんっと青木君疲れる!疲れる!」
ぶつくさ文句を言う福原に、集が言った。
「でもちゃんと判ってくれたじゃん」
「まーな。青木君、いっくんに関しては頭フル回転してくれるからな」
そこが救いだ、と福原が言うと、今度こそ中岡が福原の敬愛するアーティスト、プリンスのパープル・レインを弾きだした。