ピーちゃんとティーちゃん(2)
つい夜中なのに幾久は爆笑してしまった。
「た、確かに、ピーちゃんとアオ先輩ってそっくりかも」
「な!だろ?!そうなんだよ、だから青木君って好きな相手には態度がまんま犬なんだよ」
それなら納得できると幾久は頷く。
初めて会った時も、幾久を気に入った犬みたいだと思えばあの態度も納得だ。
考えてみれば確かに青木の行動は、いちいち犬とかぶる。
幾久に近づきたがるのも、抱きついてやたら頭をぐりぐりとくっつけてくるのも。
(確かに犬だ!)
考えるとおかしくて幾久はおなかをかかえて笑ってしまった。
「なんだ、アオ先輩っておっかしい!」
げらげら笑っていると、青木とピーちゃんが走って幾久のところにかけよってきた。
「いま僕のことよんだ?いっくん!」
そういってぜえはあ言う青木と、にこにこと笑顔に見える表情で、サモエドのピーちゃんが並んでいると、まるで兄弟に見えて言う幾久はさらに笑ってしまった。
ひとしきり笑って、やっとおさまると、幾久は青木に言った。
「福原先輩と、アオ先輩が犬みたいって話してたんスよ。本当にそうでおっかしくて」
青木はふっと笑って言った。
「僕はいっくんの犬になら喜んでなるよ?」
福原が呆れ顔で言った。
「なんか危険なにおいがする」
青木は福原を押しのけながら幾久の隣に割り込み、幾久の手をとり、握って言った。
「ねえいっくん、僕がいっくんの為に首輪したらリード握っててくれる?」
「いやっす」
幾久が首を横に振ると、ずどーんという音でもしそうなほど落ち込んだ青木の姿があって、福原はそれをみてげらげらと笑った。
仕方ないなと幾久も笑う。
青木が握っている手を離すと青木が「あっ」と情けない声を上げたが、幾久は手を握り返した。
「アオ先輩は人でしょ。手をつなげばいいじゃないっすか」
手を握った幾久に青木は驚くが、一言静かに頷いて言った。
「そっか。そうだね」
青木が幾久の手を握ると、追い出された福原が青木と反対側へまわり、幾久の隣に腰を下ろした。
ピーちゃんが幾久の傍に来て、幾久のひざに顔を乗っけた。
急に静かになり、ピーちゃんがぱたぱたと尻尾をはためかせる音、波のさざめく音、風が木々を抜けるざわっとした音が大きく聞こえる。
青木がぽつりと言った。
「……杉松先輩が、昔、いっくんと同じ事を言って、同じ事をしてくれたよ」
青木の言葉には、ずしんと響く重さがあった。
それが嬉しいのか、悲しいのか、幾久には判らない。
だけど少しでも慰めになればいい、と思った。
幾久は青木の手を握り返した。
「御門だから、きっとかぶるんスよ」
たぶんきっと。
幾久は思う。
今も昔も、ずっと昔も。
御門寮はそんなに変わってないのではないだろうか。
杉松に似た幾久が居るように、青木に似た誰かや、福原に似た誰かや、ひょっとしたら集や、毛利なんかに似ている人もいるのかもしれない。
出てくるのかもしれない。
幾久は言った。
「オレの好きな先輩、杉松さんがあこがれて、お手本にしてるって言ってて。オレは杉松さんの事、よく知らないけど、その先輩の事すげー好きなんで、そしたオレが杉松先輩に似てるのもなんか嬉しいなって」
そう思う、と言おうとした幾久の目の前に青木のどアップがあった。
「うわっ!アオ先輩近い!」
「―――――いま、なんて言った?」
「へ?」
「いっくん、いま好きな人がいるって」
「あ、ハイ。めっちゃ好きな先輩が」
「先輩って、報国院だよね?!ちょ、誰だよ!」
「誰って。雪ちゃん先輩ッスけども」
知らないだろうと思いつつ言うと、福原がぽんっと手を叩いた。
「あーあーあー!菫ちゃんの弟だよ!桂雪充!だろ?!いっくん!」
「菫?!あいつのか?!あいつの弟がいいのか?!」
福原がうんうんと頷いた。
「菫ちゃん、杉松先輩にあこがれてたもんねえ。そっかあ、でも確かに弟、杉松先輩とタイプ似てるし」
「菫のやろー!抜け駆けしやがって!」
ぷんぷんと怒る青木に幾久はたずねた。
「アオ先輩も福原先輩も、菫さんご存知なんスね」
「すみれさん?」
「菫さん、だと?」
驚く二人に幾久はにこにこと微笑んだ。
「雪ちゃん先輩のお姉さんだけあって、すっげー美人っすよね」
「知ってるの?いっくん」
「はい。桜柳祭のときに初めて会って」
「なにした?!絶対に菫のやろー、なんかしたろ!」
あわてる青木に幾久はてへっと笑って言った。
「ハグされました。めっちゃ役得」
「くっそぉおおおおおおお!」
「いや青木君だってめちゃくちゃいっくんハグしまくってんじゃん」
「いっくんは嫌がってんじゃん!菫相手だと喜んでんじゃん!」
「そりゃ美人なんで」
幾久が言うと青木が怒鳴った。
「僕だって美人だよ!」
「そりゃそうっすけども」
菫と青木は性別も違うし、確かにどちらも美形ではあるのだが、タイプが違う気がする。
「いっくん、僕にハグされて喜んでよぉおおお!」
「えー?だって男にハグされても」
「菫の弟は好きなくせに!」
「雪ちゃん先輩は特別なんで」
「僕も特別にしてよぉ!」
怒鳴る青木がまるで相手にして欲しい犬みたいで、幾久はピーちゃんの頭を撫でながら青木に言った。
「アオ先輩、ステイ」
するとぴたっと青木が口を閉じる。
(本当に犬みてー)
幾久は青木の頭をよしよし、と撫でた。
すると青木はしゅんとして大人しくなった。
福原はこらえきれずに爆笑して、「あーだめだ、スマホでとっときゃよかった」と涙を流しながら笑い転げていた。
ピーちゃんと遊んでいると、福原にメッセージが入ってきた。
「あ、集だ。目が覚めたみたい」
「もうっスか?」
「メッセージ送りまくってくる」
『どこ』
『いっくんもいない』
『おやつ食べたい』
と、大量のスタンプとメッセージが送られてくる。
「ハラ減って目が覚めたんだろーな。あいつ燃費すげーから」
よし、と福原は電話をかけた。
「もしもーし、あ、宇佐美先輩っすか?おっはよーございまーす」
(え?!宇佐美先輩に電話?!こんな夜中に?)
てっきりメッセージを送ってきた集に電話をかけていると思ったのだが、福原が電話をしたのは宇佐美だった。
『おー!おっはよ!早いな!』
スマホごしに聞こえてくるが、今の時間から考えると『早い』じゃなく『遅い』のじゃないだろうか。
「集が目ぇ覚めたんすけどー、飯買いに行きたくて」
『おー、そっかあ。じゃあどっか飯買いに出るか?コンビニとか』
「そっすねえ。宇佐美先輩、車何人いけます?いまいっくんも起きてて。青木君と集も。あとピーがいるんすけど」
『いけるいける!じゃあ寮の前でいいか?今から迎えにいくわ。十分くらい後かな』
「了解っす」
言うと電話を切った。
幾久はびっくりした。
「宇佐美先輩、起きてるんスね」
「市場だから起きるのはえーし、寝たり起きたりがランダムなんだよな、あの先輩。寝てるときは電源落としてるから、つながるってことは起きてるし」
グラスエッジが来ているので、寮に魚を運んできてくれて、おかげで幾久もおいしい魚にありつけたのだが、その後も仕事があるとかで夜に帰っていったのだが。
「あの先輩、タフだなあ」
「まーな。昔から先輩連中、みんなあんなだった」
さて、と福原がピーちゃんのリードを取った。
「ぼちぼち御門に帰るか。ピーちゃんも一緒に出かけられるし」
福原が言うと、ピーちゃんも「わふん!」と言って尻尾を振る。
幾久が青木の手をとると、青木はにこにこと笑顔で手を握り返した。
「やっぱり僕、いっくんの犬になりたいなあ」
「アオ先輩飼うの高そう」
「自分で稼ぐよ?」
「面倒くさそう」
「自分のことは自分でできるよ」
言う青木に福原が突っ込んだ。
「青木君、ペットボトルのキャップひとつ開けないじゃん。スタッフにさせてるし」
「うわ最悪」
「ちょ、誤解を招くような事言うな!あっちが勝手にあけるんだよ!」
「アオ先輩って王様だったんスね」
「ちがうって!いっくん!」
福原が頷く。
「そー、もうこいつの王様っぷりにはみんな困っててさー宮部っちとかさー」
「駄目じゃないっすか」
「いや本当に!僕できるから!なんでも!料理だって得意だし!」
「えー?」
疑う幾久に福原はげらげら笑い、青木はあわてて幾久にフォローを入れる。
「じゃあ今度僕の家に遊びに来てよ!なんでもご馳走するし!作るし!僕が!」
「青木君必死すぎワロタwwwwwwww」
福原が爆笑する背中を、青木が蹴った。
背中に見事な靴跡がついた。
「青木、てめえ」
「いっくんの前で余計な事言うからだボケ」
犬の喧嘩みたいにうなり始めた二人に、幾久はあきれて青木から手を離し、ピーちゃんのリードを取った。
「いくぞピーちゃん!」
わん!と言って走り出した幾久にピーちゃんがついてくる。
「あっ、いっくん!」
「ピー!主人をおいてくな!」
全速力でかけてゆく高校生男子に追いつくはずもなく、二人はぜえはあ言いながら必死で追いかけるが、到底追いつくはずもなく。
「テメーが余計なこと言うからいっくんが手を離したろーがボケ福原」
「日ごろの行いが悪いんだよエロ青木」
「くそ福原ウンコ」
二人は言いながら互いにキックをかましたり服を引っ張ったりして走るものだから、なかなか御門に到着しない。
喧嘩しながら走る二人を見て、到着した宇佐美が笑って言った。
「あいつら昔から変わらないなー」
「そろそろ変わったほうがいいっすよね。もう大人なんだし」
幾久が言うと宇佐美が爆笑して、「ほんっといっくんの言うとおりだな」といつまでも笑っていた。
ピーちゃんとティーちゃん・終わり