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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【16】バッハの旋律を夜に聴いたせいです
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愛しの君よ、いまここに

 長井のチェロ・コンサートが終わり、終演のブザーが鳴った。

 チェロを抱えた長井が舞台の袖に入ると、そこには毛利と三吉、そして犬養が待っていた。


「お疲れさん。やっぱお前、チェロは上手いな」

 毛利が拍手して誉めるも、長井は顔を歪めて言った。

「お前にはわかんねえだろ」

「そりゃ専門的な事はちっとも知らねえよ。けど上手いと思ったから誉めたんだろ」

「そりゃどうも」

「長井、タクシーが待っているんだけど、お前が呼んだのか?」

 三吉の問いに長井は答えた。

「そうだよ。俺は暇じゃないんだ。これからすぐに東京に向かわねーと、間に合わないからな」

 週末には東京でコンサートがある。

 その為に移動する必要があった。

「学院長が、今日丸一日借りろって何回も言ったのに」

「今すぐ出るのにその必要はない。銭ゲバすぎんだろ。しかもチェロ一個運ぶだけでなんで一日借りる必要があるんだよ」

「お前から金せしめようとしか、ウチは思ってないって思ってんだな」

 毛利が言うと長井が鼻で笑った。

「それ以外に何がある」

「お前だって、毎年この日は音楽的なものがあるの知ってるだろ、生徒だったんだから」

「それがどうした」

「お前が無理に予定をねじ込む前に、報国院が頼んでいたほうにはキャンセル入れる羽目になったのは、当然判るよな?」

「ああ、そう言う事。キャンセル料も俺に払えって?はいはい、請求書さえ送って貰えばそっちの方もお支払いしますよ、悪かったな急に予定を変えさせて」

 長井の言葉に毛利が言いかけたが、それを止めたのは犬養だった。

「長井、誰もお前に攻撃をしようと思って話をしているわけじゃない。今だって先輩は、お前が恥をかかないようにフォローしてるのも気づいてないだろ」

「はあ?なにがフォローだ」

「お前が知ってることが、世界の全部じゃないし、お前の知らない事もあるし、言えない事もある。だから、それなりに話を流しながら進めるんだ。学院長が丸一日貸し切れ、とお前に言ったのは、すでに予約が入っていて、お前が丸一日借りさえすれば、相手を断って丸く収めることが出来たからだ」

「言い訳うるせえな。金なら払うつってんだろ」

 長井が唸ると、三吉がため息をついて言った。

「だから、そう言うならなんで最初から貸切にしなかったって言ってるんだ。そうしたら全部問題なく済んだのに」

「お前らがそうしろってうるせえからだろ!結局俺がすることが全部気に入らないだけじゃねえか!」

 なにが最初からそうすればよかった、だ。

 長井の希望を最初から捻じ曲げるつもりしかない。

 犬養は言った。

「最初からお前がそうして貸切にしておけば、本当にお前は何事もなく帰れたのに」

 もう遅い。

 犬養が言った。

 反論しようとしたその瞬間。



 雷が、報国院に、落ちた。



 ばしゃーん、という衝撃に、誰もが雷が落ちた、と思った。

 チェロ・コンサートも終わり、帰り支度になっていた生徒達は驚いてスマホを取り出す。

 すぐに反応したのはスマホを手放さない瀧川だった。

「おかしいな、天気のはずなのに」

 ざわつく講堂内で、もう一度、ひどい雷が落ちた。

 ばしゃーん、という音と衝撃、どどどどど、といううなる雷にも似た爆音。

 まだ講堂に残されていた生徒は途端、ざわざわとし始めた。

「え?何?」

「雷、じゃねえん、だよな?」

 そして再び響き始めた雷の音は、スピーカーから聞こえだした。

 響くのは力強いドラムの音だ。

 そしてまた突然、雷のような爆音が響き、驚いて生徒たちは顔を見合わせる。

 ズ、チャ、ズズ、チャ、と響けばさすがにそれがドラムの音だと気づく。

「え?ひょっとしてまだなんか演奏あんの?」

「でももう終わったって。合同ホームルームも終わったし」

 おかしいなあ、と生徒たちは顔を合わせ、一体なにがあるのかと顔を見合わせた瞬間、音が響いた。


 爆音が響きはじめ、それが外からだと判ると、もう帰り支度に入っていた生徒は外へ出はじめた。

 好奇心の強い連中が我先に音のする方を探す。

 雷のような音が響きはじめ、リズムを刻み始めた。

 ドラムの響く音が、一瞬止まった。


「『Follow your own star』」


 誰かの声がマイクを通し屋上から聞こえ。

 その声に誰かが叫んだ。


「グラスエッジだ!ボーカルの声だよ!」

 グラスエッジ、という言葉にまるで講堂内が、波のようにうねり始めた。

「え?グラスエッジ?」

「誰かが流してんのか?」

 なんだよ、いたずらなのか?そう言いながらも生徒たちは慌てて音のする方向を探した。

 講堂を出て、走りだし、そして見えたのは、空を飛びかうドローンとヘリコプター。


 そして。

 歌い始めた声に生徒たちは驚いて、校舎を見上げた。屋上から音が響く。いつの間に設置された大きなスピーカーから音が流れ始める。

 聞えるのは生の音と声。

 楽器の音。


「え、うそ、マジ?なんで?」

「グラスエッジきてんの?きーてないけど!」

「マジでグラスエッジ?」

「マジだって!これボーカルの集だって!」

「でもこれ、聞いたことない」


 誰かファンが居たのだろう。ぽつりと言った。


「新曲だ」


 途端、生徒たちが唸り声をあげて腕を振り上げる。

 誰かが叫んだ。

「おい!いまグラスエッジが、新曲、ゲリラでやってるってよ!校舎の屋上で!」



 生徒たちがチェロに聴き入っている時間。

 学校はいつの間にか、どの入口も窓も、[KEEPOUT]のテープが貼られまくってあり。

 空を飛ぶヘリコプターといくつも飛び交うドローンと、設置されたスピーカーから響く生の迫力の声が、彼らがそこに居るのだと判った。



 音を聴いた瞬間、長井は何もかも察したらしかった。

 ただ黙って、自分が呼んだタクシーに乗り込み、そのまま去った。

「だから言ったのに」

 毛利は今更ながら、ぶつくさと文句を言う。

「ああいうところ、ほんっと頑なと思うわ」

 あーあ、また俺がいじめたことになる、と毛利は頬を膨らませた。

 三吉が言った。

「仕方ないでしょ。こっちは一応、条件出してお尋ねまでしたんですから」

 丸一日であれば、全部断ることも出来たが、押しも押されぬ旬のアーティストであるグラスエッジの予定を変えることは難しい。

 もしこれで、長井が丸一日借りることになったら、仕方なく場所を変えようという話までしていたのに結局長井のほうから時間を短縮したせいで、この結果になってしまった。


「アイツってほんっと自爆多すぎ。もうちょっと人の話聞けばいいのに」

 毛利が言うも、三吉はため息をついて言った。

「今更なんでしょうね」

 折角の救いも結局長井には届かなかった。

 これまでもそうで、これからもそうなるのだろうか。

 三吉も毛利も、互いに顔を見合わせてため息をついた。



 さて、生徒に向かって屋上からライヴを行ったグラスエッジは、既存の曲も数曲演奏し、生徒たちは勝手に(主に千鳥クラスだが)モッシュをはじめ、それはそれはすさまじい声援が上がった。

 大歓声とものすごい拍手の中、グラスエッジは愛想を振りまき去って行った。


 生徒達はOBである生のグラスエッジに興奮しまくり、俺もギターやろうかな!とかバンドかっけえ!などとにぎやかにお喋りをして、そうして生徒全員がにこにこと笑顔で、寮に帰って行ったのだった。


(うーん、なんか嫌な予感する)

 幾久はそう考えて、その予感がしっかりあたっていることを知ったのは、寮に帰ってからだった。


「グラスエッジ、本当にかっこよかったな!俺めちゃめちゃ感動してさあ」

 興奮して児玉はずーと喋っているが、幾久はうんざりとして肩を落とす。

「あれで終わりならいいんだけどさあ」

 折角長井のチェロが聴けて、まあ性格はともかくいい曲だなと感心し、これでやっと高杉や久坂も寮に帰って来るし、と一緒に帰ったものの、興奮する児玉をよそに、久坂も高杉も一切グラスエッジに触れなかった。

(なんかやっぱり嫌な予感するんだよなあ)

 そう思いつつも、まあ先輩達もいるし、御堀も居るし、考えすぎか。

 寮に帰り玄関をがらりと開けた。

 その瞬間だった。

「いっくぅうううううううん!あいたかったよぉおおおおおおおおお!」

 飛び掛かる青木をさっと避け、幾久は御堀の背に隠れた。

「やっぱり出たな」

 高杉が言うと久坂も肩を落とす。

「面倒なのがいなくなったら、もっと面倒が増えた」

「あ―――――!おかえりいっくん!ねえねえ今回の新曲聞いた?聞いた?さっきの奴良かったでしょ?ねえ!」

 きらめくフラミンゴみたいなカラーのブルゾンを着た福原が出てきた。

 児玉はあまりのことに目の前の事が信じられずフリーズしてしまっている。

「うるさいんで黙ってくれませんか。オレ寝不足なんで」

「じゃあ僕が!いっくんのために!子守唄作ってあげる!」

「静かにしてくれるのが一番ありがたいッス」

 言いながら寮に上がるが、青木が近づこうとじりじり寄ってくる。

「ねえねえいっくん、楽器はなにがいい?なんでもいいよ?」

 幾久は青木を指さして言った。

「来原先輩、あいつやっつけて下さい」

「よしきた!さー青木君!かかってこい!」

 楽しそうに腕を鳴らす来原に、青木が怒鳴る。

「いっくんこっちおいで!」

 青木が言うも、福原が横から突っ込んだ。

「来原。かくとうポケモン。主に御門寮の滝あたりに出没。鳴き声は『マッチョ』、好物はプロテイン、大量の運動が必要なポケモンだ」

 横で聞いていた集が吹き出しお腹を抱える。

 幾久がポケモンマスターよろしく怒鳴った。

「いけ!来原先輩!」

「マッチョ!」

「乗ってんじゃねーよ!くそっ!えっ、マジでかかってくるんじゃねえええええ!」


 児玉は、あまりの情報量についていけず、ずっと呆然としていた。

「やっぱりこうなったか」

 呆れる高杉に久坂も肩を落とす。

「今日、寝れるかなあ」

 折角帰って来たのにな、とため息をつく。

 やかましい先輩たちがはしゃいでいる間、全員は着替えをしながら様子を見た。


「昨日と言い、今日と言い、なんかほんっと、にぎやかすぎる。もうちょっと静かでもいいのに」

 穏やかで静かな御門寮が好きな幾久はため息をつくも、御堀が笑いながら言った。

「でもなんか、こういうのってすごく御門っぽいなって思うよ」

「えー、そう?」

「そう。にぎやかで騒々しくて、馬鹿馬鹿しくて。でもなんか、いいんだ」

「誉が言うとちょっとそうなのかなって思いたいけど」

 幾久がちらっと、走り回るOBを見て言った。

「長井先輩も子供だけど、あっちはなんかもう幼児じゃん。もーヤダ、オレ、昼寝したい」

 ふわあ、とあくびをする幾久に、御堀も笑った。

「じゃあ、昼寝の前にういろう食べる?」

「食べる!」

「幾久、控えめにしとけよ。お前いっつも食いすぎるだろ」

 児玉の注意に、はーい、と返事をする。


 玄関からベルが鳴り、どたばたと走り出した。


「おーい、みんな来てるんだろ?魚持ってきたぞ!運んでくれぇ」

 宇佐美の声だ。

 OBが来るので差し入れを持ってきたのだろう。

「さかな!え?なに?何の魚だろ!」

 幾久がぴょこんと顔を上げると、御堀が笑った。

「幾、猫みたいだね」

「猫でもいい!魚食い放題ならむしろ魚市場の猫になりたい」

 早く着替えて魚見にいこう!という幾久の手を御堀が取り、「いこうか」と頷いた。

「タマも!早く行こうって。あとギター貰ったら?」

「とととととんでもねえこと言うな!」

 がたがたと首を横に振る児玉だが、幾久は福原に声をかけた。

「福原せんぱーい、余ってるギターないっすか?こいつギターするんスけど」

「え?いいよ。なにがいる?いま使ってるのならどれでもいいけど」

「やめてくれ……」

 いつもの元気はどこへ行ったのか、まるで空気の抜けた風船みたいになった児玉の手を幾久が引っ張る。


「なにしちょるんじゃ、あいつら」

 高杉が呆れるも、仲良しの子供のように、幾久、児玉、御堀の三人が手を繋いで行くのを見て、久坂がぷっと噴き出した。

「迷子にならなくていいんじゃない?御門寮広いし」

「そうかもの」

 そうかもしれない。

 いつも手を繋いでいろと言った言葉を思い出し、高杉は久坂の手を取った。

「じゃあ、お前が迷子にならんように」

「頼むよ、ハル」

 そういって二人も、賑やかさを増したダイニングへと向かった。




 その日の夜、御門寮からは明かりが消えることはなく、一晩中、ずっとにぎやかなおしゃべりと音楽が続いた。



 そして明け方、青木と福原が鳴らすキーボードから響いたのは、チェロの優しい音だった事を、長井は当然知るよしもなく―――――ただ、御門寮の中、静かに音は流れ、静寂がそれを聴いているだけだった。




 バッハの旋律を夜に聴いたせいです・終わり

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