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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【16】バッハの旋律を夜に聴いたせいです
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「僕ら」はずっとここに居る

『なんじゃ、ずいぶんと子供に戻ったんじゃの』

「長井先輩みたいなのが大人っていうのなら、なんかそういうの嫌だなって」

 多分、長井は普通に大人だ。

 だから子供の幾久達に対して、横柄な態度もとるし偉そうに上から物を言う。

 他の寮ならそれでもいいかもしれない。

 でもここは御門寮だ。

「長井先輩は、なんかこっちが何をするのかって決めつけてかかってるし、そうじゃないって言ってもちっとも信じない。自分の考えたことが、間違ってるってちっとも思わないんス」

『あいつは昔からああじゃ』

「なんか、勿体ないっす。マスターだって、モウリーニョだって、ああいう人でもきっと真面目に話せば、相手くらいしてくれそうなのに」

 ああ見えて毛利もマスターも、人と関わることが多い。

 学生の頃からあんな雰囲気なら、例え長井のようにつんけんしていても、無視するなんてことは無かっただろう。

『あいつは、相手にされたいわけじゃないからの』

「―――――そうなん、すか?」

 幾久にしてみたら、長井は結局相手にされたくてたまらない風に見えるが、やっぱり違うのだろうか。

 幾久は疑問を素直に高杉にぶつけた。

「それ、長井先輩も言ってたんす。関わりたい訳じゃないって。じゃあ、どうして関わりたいとしか思えない事をするんスか?」

『そう見えるから、そうとしか思えない、ちゅうのは短絡的じゃの。全く、違う考えであったとしても、結果選ぶ事や行動がかぶる事もあるけえの』

「難しいッス」

『じゃろうの。じゃけ、迷ったら行動で判断せえ』

「行動で?」

『そうじゃ』

 高杉は頷く。

『どうあがいても、他人の本音なんぞ、わざわざ説明してくれん事には判りようがない。じゃけ、そういう時は諦めて行動でそう思うしかねえの』

「うーん」

 長井は正直に、グラスエッジに入りたい訳ではない、と言った。

 そして行動は、そうとしか見えない。

 だけど違うなら、その行動は別になにか意味があるのだろうか。

「よく判んないんで、明日、帰ったらゆっくり話してください」

『そうじゃの。ワシも話足りん気がする』

 そう高杉が言うと、後ろから久坂の声がした。

『アイツさえいなけりゃ今すぐでも帰るよ!』

「そうして欲しいけど、今夜は我慢するしかないっスね。ただ」

『ただ?』

「―――――チェロはすごく、綺麗な音っス」

 そう、ずっと響いている長井のチェロは美しかった。

「なんか、先輩らが寮で投げ飛ばしあってるの思い出すんス。長い間、ちゃんとやってる人のものだなって」

 高杉と久坂は武術を習っていて、教えることもできるレベルだというのに、面倒と言う理由で部活には関わらずに居た。

 だけど、互いに面白がって本気で戦っている姿を見ると、あの信頼と見事な技は、長年培ってないと手に入らないものだなと思う。

「だから正直、勿体ないなって。すごく上手なチェロなのに」

 例え嫌いであったとしても、長井とグラスエッジがコラボしたら、どんな音楽になっただろうか。

 そう考えたくなるほど、長井の音は美しかった。

『じゃあ、明日は楽しみじゃの』

 高杉の言葉に幾久はちょっと驚き、そして素直に答えた。

「はい」

『じゃったら、あんまり長話もせんで、早く寝んと肝心のコンサートで寝てしまうぞ』

「それもそうかも」

 幾久が笑うと、高杉も小さく笑った。

「ハル先輩」

『なんじゃ?』

「オレ、ハル先輩の事、すっげえ好きッス」

 幾久の突然の告白に高杉は一瞬言葉を失うが、ぷっと噴き出して幾久に言った。

『そりゃ有難い』

「ホントっすよ。帰ってきたらめちゃくちゃ、説明しますからね、オレ!」

『判った。じゃあ、それを楽しみに帰ろう。今日はもう遅い。児玉と御堀はおるか』

「います」

「ここにいます」

 二人が言うと、高杉が言った。

『悪いが、明日まで御門を頼む。御堀は週明けまで居るんじゃったの』

「はい。週末はお世話になります」

『いや、お前がおってくれたら助かる。なにかあったら幾久に伝えてくれ。いつでも対応する』

「はい、判りました」

 頷く御堀に幾久は笑った。

「たのもしーい!誉、先輩みたい!」

『本来はお前がそういう役目じゃぞ』

 呆れる高杉に幾久は言った。

「あ、オレ向いてないッス」

『全く……まあエエ。じゃあ、明日には学校での』

「はい。オヤスミなさい、ハル先輩、瑞祥先輩も」

 久坂のおやすみ、という声が高杉の後ろからして、一年生三人は通話を切った。




 翌朝になり、皆学校に向かう時間になっても、長井は起きて来なかった。

 その方がありがたいと、いつも通り生徒だけで食事を済ませると、気を使ったのだろう、麗子がいつもより早めに寮に来てくれた。

 今日は休日ではあるが、土曜日の振替になっているので午前中は授業がある。

 全員、ばたばたとにぎやかに、御門寮を出たのは、いつもより早めの時間だった。

「長井先輩、いつ出てくんだろ」

 さっさと帰って欲しい、と言う幾久に御堀が答えた。

「午前中、僕らが授業している間にリハをやって、昼食後からトークショウとコンサートだからね。けっこう長いよ」

「えっ?トークショウって何だよ」

 児玉が尋ねると、御堀が言った。

「ローカルの犬養アナウンサーがうちの卒業生なんだけど、その犬養アナウンサー、長井先輩と同級生で、同じ御門寮だったんだって。そのよしみで、コンサート前にしばらく話をするとかで」

 幾久が頷いた。

「そっか!確か犬養アナウンサーって三吉先生と同じ年だから」

 児玉が感心した。

「じゃあ、そん時って少なくとも、三吉先生と犬養アナウンサーと長井先輩が御門に居たのか。で、上は毛利先生に、マスターに、杉松さん」

「それに宇佐美先輩もいるよ」

 御門寮にしょっちゅう顔を出す宇佐美は、亀山市場に勤めている。

「なんかメンバーがすっごい濃いメンツばっかりだな」

 児玉が言うと、幾久が噴き出した。

「それ言ったら、御門ってオレ以外、みんな濃いすぎだよ!」

「なに自分だけ排除してんだ。お前だってけっこうだぞ」

 児玉が言うが、幾久は笑って首を横に振った。

「ないない、オレはフツーだもん」

「幾は普通に可愛いよ」

 御堀が言うと、幾久が乗っかった。

「ほら!誉はオレを普通って!」

 それを見ていた栄人と児玉が苦笑して首を横に振り、同時に言った。

「それ、なんか違う」



 生徒達の授業が始まった頃、長井は荷物をまとめ、タクシーを呼び、報国院へと向かった。

 受付を済ませ、講堂へと向かう。

 報国院の講堂は百年以上も前に作られた古い建物で、地元の文化財に指定されている。

 あの頃、ただぼろっちいだけだった講堂を、壊す計画があった。校舎もだ。

 長井の祖父はそれに関わり、やがて学校ぐるみの不正が発覚して、長井の祖父は失脚した。

 あの頃から、家は一層荒れて、長井は長期休暇が嫌でたまらず、音楽へ逃げた。


 講堂に入ると、長井は目を見張った。

 暗く、どんよりとした場所だったのに、今では改装され、壁も美しく、柱も立派になっている。

(建築当初は、こうだったのか)

 確かに、これは美しいホールだった。

 外から見ても、同じ形でもかなり手を入れて改装したのは目に見えたが、中身は一層だ。

 この場所でチェロを鳴らすと、どんな風に響くだろう。

 長井がステージに向かおうとしたその時、講堂に人が入ってきた。


「長井、久しぶりだな」

 そういって現れたのは、御門寮で長井と同学年だった犬養だ。

 いまは地元でアナウンサーをやっている。

「なんだお前か」

 犬養はにこにこと相変わらずなつっこそうな笑顔で近づいてくる。

 例え、長井の事を嫌いでもだ。昔からそうで、そう言う所が嫌いだった。

「取材を受けてくれてありがたく思ってるよ」

「仕事だからな。そのうち凱旋公演で回収するだけだ」

 犬養が来ることは知っていた。

 長井が強引に、報国院で公演をすると決めると報国院はそれに合わせてスケジュールを組み替えてきた。

 長井の経験を、トークショウ形式で話せ、というのが報国院の希望だ。

 音楽を目指す生徒がいるならそれでよし、そうでなくとも関わりのない世界の事を知るのは良いことだ、と現学院長が希望した。

 講演会は苦手なので、と、断ると、では司会進行を用意するのでトークショウ形式で、と言われ、それならばと受けたが、まさか犬養が来るとは思わなかった。

 司会進行役は、長州市の地方アナウンサー、犬養長門、の名前を見たとき、正直断りたかった。

 だけど、意識していると思われるのが嫌でそのまま受けた。

 所詮、何時間も関わるものでもない。

 大人同士、うまくやろう。

 長井はそう思っていた。


 犬養は長井に尋ねた。

「三吉や毛利先輩には挨拶したのか?」

 同じ御門寮に所属していた三吉と犬養は、いまや報国院の教師になっていた。

 職員室に行けば居るのだろうが、わざわざ行くほどのことはない。

「学院長には会ったが、あいつらは知らねえ。用事があればあっちから勝手に来るだろ」

「お前、もう子供じゃないのに」

 犬養が苦笑するが長井は言った。

「だからだろ。子供は嫌な事から逃げられないけど大人は違う。好きにやって何が悪い」

 正直な長井の言葉に犬養は面喰ったが、高校生の頃のように、ため息をつくと手を腰に置く。

(ホラ見ろ。大人気取っても、そういうところは変わってねえじゃねえか)

 さっきまで大人のお付き合いの顔をしていた犬養は、あの頃のように呆れた顔になった。

 長井のよく知っている犬養の顔だ。

 犬養は言った。

「お前がこっちを嫌ってるのは知ってるし、それは構わないけれど、もう大人だろ。最低限の礼儀は守るべきじゃないのか?」

「なんで上から目線で俺に命令してんだ?地方アナが気取ってんじゃねえよ」

「地方アナなのは事実だけど、お前、そんなんじゃ二度と先輩達に後輩扱いされなくなるぞ」

 長井は犬養を睨んで言った。

「いつ俺が、後輩扱いなんかされたよ」

「いつだってされてたろ。お前の場所を、誰も奪ったりしなかった」

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