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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
【16】バッハの旋律を夜に聴いたせいです
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僕らとあなたは何が違うの

「―――――え?」

 幾久は驚いて児玉を見るが、児玉は頷く。

「だって……え?なんでグラスエッジの曲を、長井先輩が?」

 確かにグラスエッジのメンバーはベースを除く全員が御門寮の出身だ。

 しかし、長井が参加したなんて話は聞いたことがない。

 児玉は言った。

「一回しかライブで聞いた事しかないけど、自信はある。アレンジされてるから、すぐにはわかんなかったけど」

 グラスエッジに関しては、児玉の意見は間違いはない。

 朝から晩まで、ずっとグラスエッジを聴かない日はないのだから。

 児玉は続けて言った。

「この曲、地元でやってくれるライヴとか、ファンイベントの時にしかやってくれない特別な曲で、音源化もされてない奴。確か、初期のインディーズの頃にはやってたはずだけど」

「え?じゃあグラスエッジの曲って長井先輩が作ってたの?」

 幾久が言うと、児玉は首を横に振った。

「そんなわけない。どの曲も全部、メンバーが作ってる。殆どがアオさんと福原さん、その次がオンさん。kuruさんと、集さんもたまにだけど作ってる」

「ひょっとして、とかは?」

「まずないと思う。だってグラスエッジって、あのアオさんが曲全部チェックしてるんだぞ。すげー厳しくて、いまだにメンバーにも駄目出ししまくってるみたいだから、正直、あの長井先輩の曲をアオさんが受け入れるとは考えられないし、この曲はアオさんの特徴ばっかだから、アオさんとしか考えられない」

 つまり、グラスエッジが長井をゴーストとして使っていないのであれば、長井がグラスエッジの曲を書き写していたという事になる。

「―――――じゃあ、グラスエッジの曲に、自分のチェロの音を入れて、わざわざ楽譜を書いてたって事?」

 幾久が尋ねると児玉が頷く。

「多分だけど、アレンジがしてあるからアオさんが作った曲に、自分のチェロを混ぜてアレンジしなおした楽譜なんじゃないか?」

「なんでわざわざ?」

「それは判らん。それよりちょっとノート見せてくれ。もしグラスエッジの曲なら、なんとか判るかもしれない。ギターの譜面なら判るし」

 幾久は児玉にノートを渡した。

 譜面を読みはじめた児玉だが、多分殆ど、もしくは全部、それがグラスエッジの曲であろうことは想像がつく。

「どう?」

 御堀が児玉に尋ねると、児玉は頷く。

「多分、最初だけ見ても間違いないと思う。この曲も、この曲も、多分だけどグラスエッジの曲に間違いない。ギターコード、まんまだし」

 もうちょっと確かめてみる、と児玉は楽譜に目を戻した。

 御堀は顎に手をやって考えている。

 GWにグラスエッジが来たことも、毛利たちの後輩であることも大まかには説明を済ませているので、御堀ならなにか気づくかもしれない。

「誉、なんか思いつく?」

「思いつくかどうかは判らないけど、もしこれが長井先輩が勝手に記載したもので、自分の楽器を入れてアレンジしていたっていうなら、回収したかったのはすごく納得がいくよね」

 御堀は続けた。

「だって、毛利先生とも他の人とも上手くやれてなくて、ずっと一人でチェロばっかり弾いてたっていうのに、実は同じ寮の連中の曲を勝手にノートに書いて、しかも自分の楽器を入れてアレンジって、仲間になりたくて仕方ないって事だろ?妄想のノートだから、そりゃ恥ずかしいよ」

「確かにそれは恥ずかしい」

 まさに黒歴史ノートそのものを長井は探しに来たのなら、何も言わずに勝手に探すのも理解できる。

「結局あの性格の悪さで、誰も友達が出来なかったってオチなら、まるで小学生みたいじゃん」

 幾久が呆れて言うが、御堀は言った。

「でもさ、長井先輩の態度って、小学生みたいだろ」

「確かに」

「長井先輩って、鳳から鷹落ちして、鳩になったんだよね」

「うん」

「―――――似たような奴、僕ら、知ってるよね」

「知ってる」

 桜柳祭のラスト、境内で追加公演をやっていたときにボールを投げつけてきた二人は、まさに長井のような性格で、長井ほどではないが、一人は見事に鷹から鳩へ落ちていた。

「あいつらは寮を移動したけど、長井先輩はこの御門寮に防音室をわざわざ作ったらしいし、だったら出て行けるわけもないし」

「そうだね」

 音を気にせずに楽器の練習ができる場所なんてこの御門寮くらいのものだ。

 長井は今、寮の中でチェロを弾いているが、あの音は相当響くだろう。

 それでも、御門寮はもろに山そのもので、敷地は広いし木々はあるし、瀧もあるので、苦情が入ることもない。

 御堀が言った。

「長井先輩は内緒にしておきたかったかもしれないけど、もう僕らは知っちゃったし、だったら隠す意味もなくなったよね」

 幾久も頷く。

「長井先輩が恥ずかしいだけで終わったっていうか」

 馬鹿馬鹿しいなあ、と幾久は思う。

「こんな楽譜なんか見たって判らないし、どっかにないかって言われたら普通に探すのに」

 長井が余計な事を言いまくって、勝手に山縣の部屋を漁ったりするから逆にこうして勝手に見られてしまうわけで。

「なんかすっげー自業自得っていうか、自爆してる」

「それは思うよね」

 それはあの恭王寮で騒ぎを起こした奴を見ているのですごく判る。

 児玉の事が嫌いなのも、幾久を嫌うのも、こちらからしたらいい迷惑でしかない。

「長井先輩、チェロ弾いてるのならノート探すの諦めたのかな」

「どうだろう。今夜、何が何でも探す気でいるのかもしれないし」

 だとしたら、それは無駄な事だ。

 すでに長井が隠したかったものの正体は判ってしまった。

 無理に演奏会を入れて、無理に御門寮に泊まって、お金まで払って隠したかったものはあっさりここに正体を晒してしまった。

 児玉が言った。

「ノート、ざっと目を通したけどやっぱグラスエッジの曲で間違いない。桜柳祭でやったからギターコードは判るし、グラスエッジの出てるバンドスコアは全部持ってるから」

「なんか可愛そうになってきた」

 幾久がため息をつく。

 あんなに久坂達に暴言を吐きまくっていたのに、実際は杉松に懐くグラスエッジには興味がありまくりだったのではないか。

 ただ、確認しなければまだ判らないけれど。

「どうする?幾」

 御堀が幾久を覗き込んだ。



「オレ、長井先輩に聞いてくる」

 幾久の言葉に児玉が驚く。

「幾久、お前なに言ってんだ?」

「だってさ、このノートもうオレらには必要ないじゃん。元々長井先輩のものだし、中身なにか判っちゃったし。だったらもう、意味のない事やめようかなって思って」

 もしここで、ただ争いたいのだというのなら、長井にノートの存在をちらつかせる方が面白い。

 だけど幾久には、正直、どうでもいい。

「オレは長井先輩に、とっとと寮を出てって欲しいだけだし、無理なら大人しくしてて欲しい。ノートの事教えなかったら、寮の中を探したりするかもだろ?オレそっちのほうがなんか嫌だ」

 高杉と久坂が不在の今、この広い御門寮をずっと見張るなんて無理だし、長井を見張るのも正直嫌だ。

「ノートを脅しに使えるよ?」

 御堀の意見に幾久は笑った。

「オレもそれ思ったけど、オレは長井先輩に無礼な目にはあったけど、恨むほどのものはないし。喧嘩したいわけじゃないし。ただ、瑞祥先輩とハル先輩を傷つけたのは許せないから、そこはちょっと仕返ししたい。あと五ミリくらい、ガタ先輩の本の敵討ちかなあ。そのくらいはしたいなって」

 御堀は頷いた。

「幾の考えは判った。児玉君は?」

「俺?俺も、俺個人でどうこうってのはないかな。確かに失礼なのはムカつくけど、先輩らや杉松さんへの事は、俺は部外者で無関係だしな」

 腹は立つ、と児玉は言う。

「でも無礼なら、ガタ先輩も十分あんな感じだし、慣れたら気にならないかもしれないし」

「あは、確かにそうかも」

 御門寮に来たばかりの頃、児玉は山縣のマイペースにかなり戸惑ってはいたが、幾久の様子を見ながら慣れて言った感じがある。

「それに、これはぶっちゃけ俺の感想なんだけど。グラスエッジの曲をこんなにきれいにアレンジしてたら、ちょっと手が緩んじまうんだよな」

「そんなにグラスエッジ好きなんだ?」

 幾久が呆れるが、児玉は気にせず頷いた。

「好きだよ。だから絶対に、グラスエッジに悪意があったら俺、気が付くと思うんだよな。でもこのアレンジには悪意を感じないし、むしろリスペクトすら感じるんだよ。所詮素人の感想だけど」

「そういうものなんだ」

「わかんねえけどな」

 苦笑する児玉に、幾久は児玉の感情に気づいた。

 児玉はきっと、長井の事は嫌いでも、長井のアレンジしたグラスエッジの曲は好きなのだろう。

「誉は?誉はどう思う?」

 幾久の問いに御堀は笑った。

「僕はむしろ、長井先輩には感謝しかないよ。こんな面白い事に巻き込まれて、御門寮に堂々と泊まれて、こうして珍しい事に参加できる。面白くてたまらない」

「案外誉って、こういうの好きだよね」

「うん。自分でも驚いてる。面倒は嫌いなはずだったんだけど」

 言いながら御堀は気づいていた。

(御門寮に関われるからだよ)

 決して桜柳寮が嫌いなわけではない。むしろ好きで、ずっとあの場所に居てもかまわない。

 だけど、この場所に恋を自覚したときのように、御堀は御門寮を好きになってしまったのだ。

 面倒ではない桜柳寮よりも、面倒くさくても御門寮が良い。

 その方が断然、面白いからだ。

「だから幾には全面協力する。なにがしたい?」

 人の悪そうな笑顔で言う御堀に幾久は笑って言った。

「そちも悪よのう」

 御堀がニヤリと笑って返した。

「お代官様ほどでは」

「そういうのいいからさ、何をするか決めようぜ。もし殴られそうになったら俺が出ないとだろ」

 児玉の言葉に、二人はふっと笑ったのだった。



 長井は廊下でずっとチェロを弾いていた。

 まずノートを一冊持って、幾久が長井に質問をすることになった。

 御堀と児玉は、近くで待機だ。

 長井に近づいて行く幾久を見守りながら、御堀は言った。

「ああいう、幾の度胸の据わったとこ、好きだな」

「お前ら、桜柳祭でもそうだったもんな」

 児玉が呆れて言う。

 突然現れたサッカーボールに見事に対処したどころか、遊んでしまったのだから。

「僕は煽られた方だよ。いざって時の瞬間の判断で、どうすればいいかって考えるの、やっぱ幾はMFだなって思う」

「サッカーってそういうもんか」

「僕はFWだからね。ボールをどう相手の隙にぶちこむか、考えるけど幾はそうじゃないから」

 MFはどちらかといえばサポートをする位置で、コミュニケーションが必須になる。

 FWは独りよがりな所があっても、得点するのが役割なので、許される所がある。

「敵に仕事をさせないっていうのもMFの役割なんだけど、幾はそういうの上手いよね」

 幾久のサッカーのやり方を、いまではもうよく知っている御堀はそう言って笑った。

 児玉は桜柳祭の時、幾久の父の同級生から、幾久の父は口が悪い、と聞いた情報を思い出していた。

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