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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【16】バッハの旋律を夜に聴いたせいです
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やな先輩の探し物

「とにかく今夜を乗り切れば、明日は朝から出て行くはず。モウリーニョに聞いたら、長井先輩、明日は午前中、リハするんだって」

 明日は勤労感謝の日で休日だが、土曜を振替休日にして土曜日の授業を行う。

 つまり、生徒が授業をしている間に長井はリハーサルを行うのだろう。

 昼食後、講堂に全校生徒が集まってチェロのコンサートとなる。

「ガタ先輩の事だから、夜中にまた起きると思うんだ。だからオレらはその時間、安心して寝てていいと思う」

 幾久の言葉に児玉が頷く。

「じゃ、俺等は気楽にここで順番に居ればいいってことか」

「そう言う事」

 途中トイレに行きたくなったとしても、スマホを持っていれば連絡はすぐに取れる。

 話していると御堀が着替えを済ませて入ってきた。

「お待たせ。あの人凄く上手いね。ずっとバッハ弾いてるの?」

「誉、聴いて判るの?」

 幾久が驚くと、御堀が頷いた。

「ピアノとバイオリンはちょっと習ってた時期があるから」

「バイオリン……お坊ちゃまかよ」

「誉はお坊ちゃまだよ」

 御堀が笑って言った。

「タッキーも子供の頃はバイオリンやってたそうだよ。普はエレクトーンだって」

「けっこうみんな色々やってんだ」

 幾久が驚くと、児玉も頷いた。

「俺、武術系ばっかでそういうの全然やってないわ」

 幾久も頷く。

「オレもずっとサッカー一択」

「僕だってちょっとだけだよ。サッカーの方が面白かったし」

 それに、と御堀が言う。

「あれ、絶対に二人とも聴いたことあるよ。有名な曲だからね」

 そうかなあ、と首を傾げる幾久と児玉に、御堀がスマホを出して映像を探して見せた。

 曲が流れた途端、幾久も児玉も同時に「知ってる!」と頷いた。

「へえ、あれってバッハなんだ」

 といっても幾久にはどれがバッハで何がベートーベンかも判らないが。

「バッハが好きな人は理数系だってうちの先生は言ってたけどね」

「そういうのあるんだ」

 幾久が言うと御堀が頷いた。

「曲の作り方にも特徴があるんだって。僕が教わったのは、バッハの楽譜はかなり計算して作られてあって、旋律を逆にして曲にしていたりするんだって」

 全く理解できないと、児玉と幾久が首を傾げた。

 御堀は笑って説明した。

「つまり、言葉で言うなら『しんぶんし』とか『だんながなんだ』みたいな事を旋律でやって、しかもそれが交わって一つの作品になってるって」

「つまりややこしい」

「そういうことかな」

「そういうややこしいのが好きって事か」

 児玉が言うと御堀はそれは判らないけどね、と笑った。

「弾いてた曲はかなり難しいはずだよ。それをあんなに上手に弾けるのはさすがプロっていうのかな」

 よくは判らないが、腕は確かなのは間違いなさそうだ。

「だったら性格だってもうちょっと余裕あればいいのに」

 プロでその世界で生きているなら、もっと大人でもいいのじゃないのか。

(あー、でもそういやアオ先輩や福原先輩とか子供みたいだったもんなあ、宮部さん困ってたし)

 ひょっとしてプロになってしまうと、逆に子供のまま、我儘になるのかな?と幾久は思った。



 結局、長井に対してどう対抗するのかを打ち合わせするのは、山縣の部屋で行う事になった。

 山縣の部屋は防音で外に音が漏れないし、寮には吉田ももう帰ってきている。

 チェロの音が響いている間は、それしかできないから大丈夫だろ、と言う吉田にそうだなと思い、一年は三人で会議を行った。

「でもま、この部屋に居たら結局長井先輩は何もできないんだろ?だったら普通にここに居るだけでよくね?」

 児玉の言葉に御堀も頷く。

「相手を刺激するのは得策じゃないし、何事もなく終わるのならその方が良い」

「それならいいんだけどさ」

 幾久だってその方が良い。

 長井はうっとおしいが、どうせ明日の夕方には、久坂も高杉も寮に帰ってくる。

 それまでの我慢と思えば、仕方がない。

(でも、あんな泥棒みたいにコソコソ探してるのに、なにもしないとかなさそうだけど)

 なんか面倒が起らないといいなあ、と思っていると、山縣のテーブルの上でスマホが振動した。

「わ、びっくりした」

 ブーン、ブーンと震えるので急な電話だろうか、と幾久が見ると、なぜかそこには『桂 雪充』の文字があった。

「えっ、なんで雪ちゃん先輩が?」

 つい、幾久はボタンを押した。

「雪ちゃん先輩?」

『あれ?ひょっとしていっくん?』

「はい、そうっす」

『山縣はそこに居るかな?急用なんだけど』

「いま寝てるんで起こします。ガタ先輩、電話っすよー」

 スマホを持って移動して、寝ている山縣をゆさゆさと揺らした。

 山縣は熟睡していて起きそうにない。

「ガタ先輩、ガータ先輩」

 幾久が揺らしても反応はない。

 仕方がない、と幾久は寝ている山縣の上に乗っかって怒鳴った。

「君がッ起きるまで殴るのをやめないッ」

 そう言って山縣の上で布団の上から叩いていると、山縣がむくりと起き上がった。

「フフフ…この「痛み」こそ「起きた」あかし この「痛み」あればこそ「喜び」も感じることができる これが人間か……」

「人間に戻ったなら雪ちゃん先輩に返事してください」

 幾久がスマホを渡すと、山縣はあくびをして受け取った。

「俺だ。なんか判ったか」

 言いながら山縣はなぜか部屋を出て行く。

 幾久達に聞かれたくないのかもしれない。

 幾久はむっとして言った。

「なんで雪ちゃんからガタ先輩に電話あんの」

「そりゃ、ハル先輩も久坂先輩も、雪ちゃん先輩と幼馴染だからじゃないか?」

「オレに連絡してくれたらいいのに」

 幾久が言うが、児玉が苦笑する。

「そしたらお前、ずーっと喋ってるだろ」

「そうだけど」

 三年で、寮も違う雪充とは中々話すチャンスがない。

 学校で声をかければいいのかもしれないが、桜柳祭も終わったので雪充は受験体制に入っているので、それもやりづらい。

「やっぱ雪ちゃん先輩とガタ先輩が入れ替わってたらいいのになあ」

 児玉が言う。

「そしたら幾久、甘ったれから抜け出せないな」

「それは確かにそうだけど」

 喋っていると、再び山縣が部屋に入ってきた。

「わかった。じゃ、こっちで調べるわ」

 そういってスマホを再び机の上へ置いた。

「ガタ先輩、雪ちゃん先輩、何て?」

 幾久が尋ねると山縣は部屋の隅に積まれた段ボールの前に腰を下ろした。

 段ボールを開けて中身を見ると、閉じてガムテープで封をするが、そのテープは派手なピンク色だ。

「お前ら、このピンクの封した段ボールは、そっちに寄せろ。あと、ブルーのやつは反対側に寄せろ」

 山縣の突然の命令に、一年生三人は頷く。

 山縣は段ボールを開けて中を見て、ピンク、もしくはブルーのガムテープで封をしていく。

 その段ボールが流れてくるたびに、三人はバケツリレーのように荷物を寄せていった。

 荷物の全部を寄せてしまうと、山縣の手元に一つ、大きな箱が残っていた。

「それはどっちっすか?」

 幾久が尋ねると山縣は首を横に振った。

「どっちでもねー。つか、多分この中に、アイツの探しているものがあるはずだ」

 驚いた幾久は山縣に尋ねた。

「なんでガタ先輩の箱の中に?やっぱここにあったんスか?」

「そもそも、これは俺の箱じゃない。他のはそうだけどな。さて、一体何が出てくるのか」

 山縣は箱を開く。梱包の様子から見て、そう古いものでもなさそうだが、箱を開けて四人はやや面喰った。

 箱の中にあったもの。

 それは、大量のスクラップ・ブックだった。

「なんだこりゃ?」

 言いながら山縣がスクラップ・ブックを開くと、中に張り付けてあったのは楽譜で、たくさん書き込みがしてあった。

 スクラップ・ブックをひっくり返すと、そこに書いてあった名前は、T・NAGAI。

「あいつのだな」

「T?長井、なんていうんすか?」

「トキマサって名前だから、間違いねーだろ」

 山縣は段ボールの中にあるものを全部取り出した。

 雑そうに見えて、本やこういうものに対する山縣の扱いは丁寧だ。

「長井先輩、これ探してたんすか?」

「さあな。でもだとしたらサイズが違うだろ」

 長井が探していたのはノートサイズのなにかだったはず。

 スクラップ・ブックはノートよりもひとまわり大きいので違うはずだ。

「あ、ノートだ!」

 スクラップブックの中に重なって、何冊かのノートがはさまっていた。

「ひょっとして、これが?」

 表紙にはやはり、T・NAGAIの文字がある。

「何が書いてあるんだろ」

 幾久はわくわくしながらノートを取り出す。

「エロ小説?それともデスノート的な悪口とか?」

 山縣が言うと幾久が返した。

「ガタ先輩じゃあるまいし。でもそうなら面白いのになあ」

 一体、あの先輩が探していたのは何なのか。

 やりかえしたい気持ちもあって、幾久はわくわくしながらノートを開いて見せたのだが。

「……え?」

「これって」

 山縣の部屋に居た全員が顔を見合わせた。

 ノートに書かれてあったのは、大量の音符たち。

 つまりは、手書きの楽譜だった。

「なーんだ、ただの楽譜かあ」

 てっきり学生時代の黒歴史的ななにかを期待していた幾久はがっかりする。

 ノートは数冊あったが、そのどれもが手書きの楽譜ノートで、ようするに中身を見ても、何のことやらさっぱりだ。

「長井先輩が探してたのは、この楽譜ノートってことなのかな」

「だったらさっさと渡すから帰って欲しいマジで」

 幾久がそう言うと、児玉はノートをめくって言った。

「俺さ、ちょっと気になるんだけど。長井先輩って、バンドやってねえよな?」

 児玉の疑問に山縣が答えた。

「ねーよ。ずっとクラシック一本で、クラシックしか聴きません、知りません、チェロと時々ピアノですって自分のサイトにも書いてたわ」

「だったら、変っす」

 児玉がノートを広げた。

「これ、絶対にそうだって言える自信はないんすけど、見てください」

 児玉が指さしたのは五線譜の頭の部分だ。

「ここに書いてあるの、Vo、Gt、Ba、Dr、Key。あと、指示がない楽器がひとつ。多分ですけど、これ、バンドスコアっす。しかも手書きで長井先輩の、ってことは、長井先輩、バンドの曲書いてるって事なんす」

 全員が、顔を見合わせた。

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