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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【16】バッハの旋律を夜に聴いたせいです
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名探偵、老舗和菓子屋のお坊ちゃま

「けどさ、折角寮にいるのに、そういうのってつまんないじゃん」

 他人と一緒に暮らして、信用して、甘えて、助けて。

 たまには失敗して、叱られて、反省して考えて。

「だから、ああいうやつらってトラブルを呼ぶんだろ。幾久、俺だって恭王寮でそうだったじゃん」

 児玉にそう言われると、幾久は寂しく頷くしかなかった。


(つまんなくないのかな、あの人)


 寮に住んでいるのに、寮の人を信用できないなんて。

 寮の仲間をこれ以上ないくらいに信用して信頼している幾久からしてみたら、長井の行動と考えは全く理解できない。

「折角三年も一緒にいるのに」

 そして三年、一緒に過ごしたはずなのに。

 長井は一体、何をしていたのだろうか。

 幾久は不思議に思った。



 面倒なので先に長井を風呂に案内し、入浴させることにした。

 その間、全員で再び会議となった。

「アイツには目的があって、そのひとつがB5サイズのなにかしの回収、というのは間違いないと思っていい」

 山縣に全員が頷く。

「そんで、あいつは今夜、もしくは明日夜までに強引にそれを必ず見つけ出すはずだ」

「なんで言い切れるんスか?」

 山縣はタブレットを操作して、長井の公式サイトにつないだ。

「まず、明後日がコンサートの日だろ。そんでこれ見ろ。あいつのスケジュール、ぱっつんぱっつんなんだよ。むしろこれで良くわざわざ報国に来たなってレベルだ」

「あれ、本当だ」

 公演のスケジュールが見事に詰まっていて、報国院でのコンサートの翌日には、もう東京での公演がある。

「売れっ子なんだ」

「みたいだな。すぐ海外でのコンサートも入ってるから、暇を持て余してるわけでもなさそうだ」

「そのわずかな隙に、後輩相手にコンサートしようっていう愛校心旺盛な人にも見えないっすよね」

 幾久が言うと、山縣が頷いた。

「全くその通りで、ちょっと調べて貰ったんだが、愛校心ないはずの割に、今回の公演は長井サイドからの強引な申し出だったんだと」

「強引?無理矢理ってことっすか?」

 山縣が頷く。

「勤労感謝の日、報国院は毎年、こういった芸術関係の舞台とか、コンサートとかするんだが、今年は長井サイドから、是非使えと来たそうだ。しかも講堂の使用料も払うからと。普通は学校の方から依頼するんだが、かなり強引に迫ったらしくてな。他の日はどうかと報国院が言ったんだが、この日しか空いていないからと」

「確かにスケジュールは空いてないっすよね」

 うーん、と幾久は考えていると、御堀が言った。

「つまり、長井先輩の目的はコンサートを理由に泊まりに来て、御門寮で探し物をしたかったって事だね」

「!そう言う事か」

 成程、それならすべての辻褄があう。

 高杉や久坂をいたぶりに来たわけではないから、二人が逃げてもなにも言わなかった。

 むしろ、逃がしていたほうが長井にはありがたいはずだ。

「おじいさん関係のなにか、とかなのかな。報国院の不正に関わってる裏帳簿とか?」

「そんなものが御門にあったら、とっくに探されてるだろ。それにアイツの祖父は昨年なくなってる。」

「じゃあ、関係ないのか」

 うーん、と全員が頭を抱えた。

 栄人が立ち上がった。

「駄目だ。わかんないからおれ、お茶入れなおしてお菓子持ってくる。せっかく御堀君が和菓子大量に持ってきてくれたんだし」

「オレ、ういろう!」

 すぐさま宣言する幾久に栄人が苦笑した。

「わかってるって。でもあとひとつだけだよ、夜遅いんだから」

「はぁーい」

 幾久は文句を言うが、栄人は一人でキッチンへ向かった。

「そういえば、さっきなんで長井先輩が部屋に勝手に入ってるって判ったんですか?」

 御堀が尋ねると山縣がスマホを出した。

「俺の部屋に置いてあるロボットだよ。部屋の明かりとか、ドアの開閉に反応してスマホに連絡が入るようになってる。俺様の部屋はお宝だらけだからな。勝手に誰も入らないようにチェックしてる。後輩、お前がなにやってんのかも録画済だぞ」

 ふふんと山縣が幾久に言うが、幾久は言った。

「許可されてる漫画棚しか触ってませんよ」

「本当にお前サッカーしか興味ねーしな」

「ガタ先輩のおすすめもちゃんと読んでますって」

 はたと山縣が気づく。

「あ、じゃあ俺、廊下の本も部屋にしまっとこ。でねーとまた折り曲げられたらたまったもんじゃねーや」

 山縣は大量の同人誌や雑誌を持っていて、部屋に入らない分は廊下の空いているスペースに箱で重ねて置いている。以前、児玉が自分の本を隠しておいた場所だ。

「俺、手伝います」

 児玉が立ち上がると山縣がそうだな、と頷く。

「ウルセーのが風呂あがる前に部屋に突っ込んどくわ」

 行くぞ、と山縣と児玉が居間を去った。


 残された幾久と御堀は、ふっとため息をついた。

「誉すげー。やっぱ強引にでも呼び出して正解だった」

「役に立てたなら良かったよ」

「急に呼んだのに、反応メッチャよかったし」

 幾久が言うと、御堀は楽しそうに笑って言った。

「実は呼ばれた時、すっごくワクワクしたんだ」

「え?」

「山縣先輩から、うちの梅屋先輩に連絡が入ってさ。梅屋先輩がこう言ったんだ。『御門寮でトラブル発生、久坂、高杉二年二人を実家に避難させる、その代わりに頭脳担当として御堀、お前にお呼びがかかった。出動まで何分必要だ?』って」

「なにそれ!メッチャわくわくする!」

「だろ?その瞬間、一気に盛り上がっちゃってさ。『五分以内に出動します!』って言ったんだ。そしたらその五分後に、すでに梅屋先輩はタクシーを寮の前に待機させてた」

「ドラマみたい」

「僕もすっごく盛り上がっちゃってさ。梅屋先輩、今回の長井先輩の事もすぐデータで送ってくれたんで、どういう人なのかはちょっとは判ったよ」

「さすが」

「請求書もしかるべき所へ送るって」

「そこ梅屋先輩だ」

 そういって二人でふふっと笑った。

「こういうのってさ。正直良くないトラブルなんだけど、すげー寮ってカンジがする」

 久坂と高杉の不在に、寮の他のメンバーが協力してそれをフォローするなんて、まるで桜柳祭の時みたいだ。

「桜柳祭の時みたいだって思ってさ」

「それ、いま同じ事考えた!」

 幾久が言うと誉も頬を緩ませた。


「お茶入ったよ。あれ、ガタとタマちゃんは?」

 栄人がお茶とお菓子を運んできたので、幾久はお茶を受け取った。

「いま、ガタ先輩がお宝を自分の部屋に避難させてます。タマはその手伝い」

「ああ、あの廊下の箱。確かにガタはあれ触られたら切れるだろうね」

 暫くすると、児玉だけが戻ってきた。

「あれ、タマ、ガタ先輩は?」

「鍵を余分に設置するって」

「あの部屋、確か鍵ついてたよね?」

 栄人が言うと幾久は驚く。

「そうなんすか?」

「いっくん知らなかった?良く見たら扉に鍵穴あるんだよ」

「全然知らなかったっス」

 山縣を朝、起こしたり、夕食を教えに行ったり、お茶が入ると呼びに行ったりもしたが、鍵がかかっていた事なんか一度もない。

「ああ見えて、ガタも寮じゃ安心してたって事だよね」

 あの、自分のものを勝手に触られることを激しく嫌う山縣ですら、この寮では許している。

 その信頼や安心を、長井は勝手に土足で踏み荒らしていったわけだ。

「なんかスッゲ―むかつくっす。ガタ先輩の部屋に入ったのも、寮にいられるのも」

「幾って割となわばり意識高いよね」

「普通だって。だって寮って今はオレらの寮なんだし。長井先輩は仲間ってカンジしないし」

「確かに、あれは先輩とも言いたくないし仲間なんかもっと嫌だわ」

 児玉も頷く。

 お茶を飲み、お菓子を食べていると山縣が帰って来た。

「ガタ先輩」

「俺、明日学校休む。鍵は余分につけたから、アイツは俺の部屋には入れねーけど、心配だから家で授業受ける」

「そんなことできるんすか?」

 幾久が驚くと山縣が言った。

「スマホで繋げば一発だろ」

「そんなことしていいんすか?」

「良いか悪いかは知らないが、出来るならやるだろ。梅屋には頼んだから問題ない」

 成程、金の力でなんとかしたわけだ、と幾久は納得した。

「俺の部屋、扉は鍵がついてるけど、アイツの言うとおり、アイツの部屋だったとしたら、そのカギいまだに持ってる可能性もあるからな。別の鍵つけといた」

「そんなんできるんスか?」

「割と簡単なカギだけどな。家の中ならあれで充分だ」

 つまり山縣は、自分の部屋に鍵があって、更に別のカギを持っていながら使った事がなかった、ということだ。

 幾久が知らなかっただけで、きっとこんな信頼は、この寮のあちこちにあるのだろう。

 幾久は長井に対する怒りが、めらめらと湧き上がっていた。

 興奮する個人の感情的な怒りではない、別の怒りだ。

 これまで寮の全員が守ってきた、見えない信頼をぶちこわす長井が許せない。

(ぜってー許さねーし、ぜってー勝ってやる)

 御門を守ってやる。そう幾久は決意した。

 幾久を追い出さない為に、無理に呼び出した山縣のように。

 幾久の名誉の為に、恭王寮で戦った児玉のように。



「オレ、絶対にあの長井先輩、負かすわ」


 鷹の奴を引きずり落とすと宣言した時のように、幾久は絶対に負けない、と決意したのだった。


 久坂家の前にタクシーが到着し、久坂と高杉の二人はタクシーから荷物を持ち、降りた。

 御堀の言うとおり、すでに支払いはすまされていて、二人は殿さまよろしく、ただそこに居るだけで良かった。

 タクシーの去るのを見送ると、高杉がふと笑った。

「全く、強引な後輩じゃの」

 あの幾久が、自分たちに「出て行け」など、言うとも思わなかった。

 長井と全面戦争になるとも思ったが、実際はそうでもなかった。

 早々に、当事者のはずの自分たちはさっさと追い出されてしまったのに、なぜか楽しくて仕方なかった。

「いっくんなりに僕らを守ろうとしたのは判るけど、『出ていけ』は参ったね」

 なっまいき、と久坂が言うと高杉も確かに、と笑う。

「でも良かった。正直、アイツとは同じ場所に居たくなかったから。あまり思い出したくないだろ、ハル」

 そう言って久坂は高杉の頭を抱き寄せた。

「それはお前も同じじゃろう」

 互いに、兄の事は失ってどんなに苦しいのか判りすぎるくらいに判っている。

「だから正直、ほっとしてる」

 長井は高杉を傷つける。一番触れられたくない場所にばかり触れてくる。

「ハルを傷つけたくない」

「あんなの何とも思わん」

「判ってる。でも嫌なんだよ」

 久坂は言う。

「バカげたことだから、言われても平気だろ、なんて思えないよ。ハルを傷つけるものは許さない」

 それは、兄を失ってから誓った事だ。

 なにがあっても、呼春のことは、絶対に自分が守って見せる。

 そう誓ったからこそ、互いのピアスを交換した。

 しかし高杉は楽しげに笑っていった。

「いや、割と昔のお前にも傷ついたぞ?」

「そんな前の話を出すのやめろよ。反省してる」

 そこだけは久坂の弱みだ。

 ひどく高杉を傷つけた。そのことは絶対に自分でも許せないと思っている。

 それを高杉が、全然気にもしていないのも判っている。それでもだ。

「しっかし、姉ちゃんには何て言い訳する?」

 いきなり帰ると言ったものの、あの長井のことをどう説明すればいいのか。

 すると久坂は高杉の手を取り、恋人つなぎで握ると言った。

「駆け落ちしてきた、とでも言おうか」

「爆笑されるからそれはナシじゃな」

 それでも手は握りしめあったまま、二人は笑いながら久坂家の門を開けた。

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