マジでガチでなんなんコイツ(2回目)
麗子に夕食の支度を頼むと、すぐに了解してくれ、長井だけ先に夕食をとることになった。
生徒は居間へ移動して、全員がため息をついていた。
いや、全員ではなく、幾久を除く全員だ。
「なんなんすか、あの無礼なヤツ」
礼儀にはうるさい児玉が言うと、久坂がため息をついた。
「あのまんま、無礼な奴だよ。うちの兄の事を昔から嫌っててね。当然僕の事も嫌いでさ」
「なんですって?」
久坂の兄の杉松を心から尊敬している児玉は、その言葉だけで戦闘モードだ。
「タマ、落ち着けって」
幾久が声をかけると、児玉は仕方なく、浮きそうになった腰を下ろす。
「ワシらも子供じゃったからのう。アイツにはいろいろ嫌味を言われてはべそべそ泣いたもんじゃ」
そういって高杉もため息をつく。
「嫌味って、ハル先輩、その頃何歳くらいっすか」
久坂の兄の杉松が高校生なら、そんなに大きくもないだろうに。
幾久がそう思って尋ねると、高杉が言った。
「だいたい小学校に上がるくらいか、その前くらいじゃろうか」
「えっ、んな子供に嫌味言うとか」
信じられないと幾久が呆れると、高杉も久坂も同時にため息をついた。
「そうなんだよねえ」
「そうなんじゃよなあ」
その頃についた苦手意識が、どうしてもぬぐえないらしい。
「今となっちゃ些細な事かもしれないけど、あの頃はアイツが嫌で嫌で」
「そりゃそうっすよ」
そんな子供と高校生では差があって当たり前だし、子供に対して平気で嫌味を言う長井も信じられない。
「失礼とか無礼とか思ってたけど、ただの嫌なヤツなんすね」
「まあそうだね」
「まあそうじゃの」
そう言って再び二人はため息をつく。
(仕方ないよなあそりゃ)
いくら現時点で無敵チートの久坂と高杉とはいえ、昔からそうでないのはもう判っている。
そういえばと幾久は気づいた。
全く栄人が話に関わってこない。
二人とは幼馴染のはずなのに。
「栄人先輩は?なんかされたりとかないんすか?」
「おれ?おれはないよ。瑞祥ともハルとも、その頃はあんまり関わってなかったし」
「そうなんすか」
てっきり三人が三人とも、昔から幼馴染と思っていた幾久は驚く。
「ずっと園とか学校は同じだけど、親しく付き合うようになったのって十歳くらいだったかなあ。お互い知ってはいるって感じで。だからおれはさっきの長井先輩?全くわかんない。あっちもそうだと思うよ」
「ふーん、そうなんすか」
ということは純粋に、久坂と高杉二人だけの敵ということか。
しかし高杉の敵なら、山縣にとって間違いなく敵だ。
だから長井に対して最初からあんな態度をとったのだろう。
(ガタ先輩の事だから、いろいろ調べてるんだろーなあ)
山縣はインターネットやそのほか諸々を駆使して情報をかき集めるタイプだ。
高杉の敵と知った瞬間、戦闘モードに入っているのは間違いない。
だからこそ、多分だが長井の嫌がることを言って、神経を逆なでしたのだろう。
高杉は言う。
「面倒じゃが、学校が決めたことなら仕方がないし、どうせ学校もあるから大したことはできんじゃろう」
「そうだね。ただでさえ御門は好きにさせて貰ってるからこういう時は従わないと」
久坂も言う。
「なんかやっぱ、従わないとまずいんスか?」
幾久が質問すると、久坂が説明した。
「御門とか桜柳とか、あと朶、それに今は恭王もかな。この寮ってだいたい、鳩の上から、鳳までが所属するんだよ。人数も少ないけど、その代りに寮に自治権がある」
高杉が頷く。
「勿論、生徒で判断や解決できない問題は教師が介入することはあるが、基本、寮の事は寮の責任者に任されちょる。寮の移動も、割と自由に出来る。寮に入りたい、ちゅうやつがおっても、希望の寮が『そいつは入れたくない』と言えば入れることはできん」
「タマん時、そうでしたよね、そういえば」
児玉がまだ恭王寮に居た頃、御門への希望を出したが受け入れられなかった。
が、恭王寮でのトラブルをきっかけに、恭王寮の提督である雪充が御門への移動を許してくれ、結果、児玉はあこがれていた御門寮へ入ることが出来たのだった。
「あれは恭王寮のトップが雪ちゃんで、御門のトップがほぼ高杉だから出来たんだよね。敬業や報国、鯨王だとそうはいかない。こっちからそっちには行けても、逆はないんだよ」
敬業寮は商店街にほど近い大きな寮で、鳩の生徒が多く所属している。
報国寮は殆どが千鳥、そして鯨王はクラスではなく、サッカーのユースに所属している生徒が所属する。
「外出だの、別の寮に泊まるとか、自宅や親類の家なら外泊も自由なんて、自治寮でしか許されん。ウチもじゃが、かなりそのあたりの寮は自由なんじゃ」
「そういえばそうッスよね」
御堀が寮を飛び出した時も、御堀の所属する桜柳寮のトップと高杉の話し合いで外泊の許可は出ていた。
「よくよく考えたら、かなり無茶っすよね、ウチの学校」
いくら成績がいいとはいえ、ちょっと羽目を外すのが出てきたらそんなものあっという間に壊れてしまいそうなものだが。
「そんなことしたら寮の自治権まるごと取り上げられるだろ。んなバカなことしないよ」
久坂の言葉に高杉も頷く。
「誰だって自由でおりたいしの。じゃから、そう言う事をしそうな奴がおったら、大抵は先手を打って別の寮に移す」
「そっか。そっすよね」
確かに寮全体で互いの動向を見張っているようなものなら、おかしな様子があればすぐに判る。
「なるほど、よくできてるなあ」
感心する幾久に児玉が笑った。
「幾久、お前今更それかよ」
「なんで?だってそんな深く考えないじゃん」
「お前はずっと御門で自由だしな」
児玉が言うと高杉は笑って言った。
「そいつの自由なんぞ、せいぜい白くま食えればいいくらいのもんじゃぞ。あとはサッカーか」
久坂も笑って言った。
「確かにいっくんは御門の自由をそんなに満喫してないよね。コンビニとサッカー限定」
「寮に帰ったらもう出ない引きこもり瑞祥先輩に言われたくないっす」
「なんだとこいつめ」
久坂が幾久の頬をぐいーっと引っ張った。
「いひゃいれすって!ひゃめてくだふぁいよ!」
「いっくんのほっぺた、よく伸びるね」
「本当じゃのう」
「ハル先輩まで引っ張るの、ひゃめてくだふぁいよ!」
そう言ってげらげら笑っているのは、いつもの御門寮の日常だった。
喋っていると、麗子が居間へやってきた。
「みんな、夕食の時間だからそろそろ食べてね」
そう言って顔をのぞかせる。
「……アイツは」
高杉が尋ねると、麗子が困った表情で笑って言った。
「さっき夕食を済ませたけど、コーヒー飲んでる所よ。もうすぐダイニングから出ると思うわ」
それは多分麗子の希望でしかない事は、居間に居る全員は判っている。
栄人が言った。
「麗子さん、もう家に帰っていいよ。こっちはおれらでなんとかするから」
麗子は大抵、夕食を作ると大抵、御門の敷地内にある家へと戻る。
一緒に食べることもたまにあるが、今日は長井が居るので席が足りない。
「大丈夫だって。ハルと瑞祥二人だけってならともかく、おれら居るんだし」
そう言う栄人に児玉も頷く。
「大丈夫っす!俺らが先輩を守ります!」
「麗子さんは気にしなくて良いッスよ」
幾久も言うと、麗子は気にしつつも、そう?と首を傾げた。
「そーそー!おれらだってそこまで子供じゃねーんだし、なんとかするから!さ、飯飯!みんな飯くおうぜ!」
「オレ、ガタ先輩呼んできます」
幾久はそう言って立ち上がり、そのほかは皆、ダイニングへと向かったのだった。
幾久は山縣を呼び、一緒にダイニングへ向かう。
「ガタ先輩、なにしてたんすか」
「オベンキョーに決まってんだろ」
「ですよね」
「で、アイツはどーなんだ。ダイセンパイ」
「飯食って大人しく部屋に行ってくれりゃいいんすけどね」
「まだいんのか」
「多分」
久坂と高杉の様子を見るに、長井はあの二人に嫌がらせをするつもりなのだろう。
そうでなければいいのだけど、幾久に対する態度を見るだけで、絶対になにかしでかしそうなのは判る。
「二人ともずーっとため息ついてて、あんなの見るの初めてかも」
「そりゃ珍しい」
言いながらも山縣は特に気にする様子もない。
高杉のシンパというわりに、高杉をむやみやたらにかばったりはしないのが、児玉とは違うなあと幾久は思う。
「先輩ら、大丈夫っすかね」
「さあな。大丈夫じゃなくなったらなんか起こるだろ」
山縣はそう言って、ダイニングに到着して、幾久と顔を見合わせた。
やっぱりまだ、長井がテーブルについたままだった。
一人だけ先に食事を終えた長井はのんびりとスマホ片手にコーヒーを飲んでいる。
さっさと出て行けと全員が思っているが、それを察しても出て行く気はないのだろう。
(わざとだ)
幾久でなくても、全員が気づいている。
だけどあえてそれらを無視して、全員がいつもの御門を装った。
児玉と幾久、栄人の三人がいつものように給仕を始め、高杉と久坂は席についたまま。
山縣は自分のジュースを冷蔵庫から出してグラスに注ぐ。
全員の食卓の支度が済んだら、全員がいつものように手を合わせた。
「じゃあ、いただきまーす」
栄人が言うと全員が「いただきます」と手を合わせた。
わざとらしく長井は吹き出し、スマホをみつめながら言った。
「まるで幼稚園だな。全員で仲良く『いただきまーす』って」
「礼儀正しいだけっす」
幾久が言うと長井が何か言いかけた。
「あ、食事の邪魔するなら出てってください」
幾久が続けて言うと、長井はむっとしたまま再びスマホに目を落とす。
久坂と高杉は黙っているが、空気がぴりぴりしているのは幾久にも伝わってくる。
(なんか空気悪い)
せっかくの麗子さんのおいしい食事も、こんな空気では台無しだ。