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我が名はボーンスリッピー(2)

「ま、いっくんのお友達ならしゃーないわ。じゃあ代わりに聞きたいことあったら何でも教えるよ?バンドの秘密的な」

 児玉は再びぶんぶんと首を横に振った。

「いやいやいやいや、ファンとしてそこはけじめをつけておかないと!そういうの聞けないです!」

 妹が言った。

「真面目か」

「真面目なんす」

 幾久も頷く。

「まあいいわ。じゃあなんかグッズあるから持って帰っても」

「いや、それも欲しいですけど勘弁してください」

 妹が言った。

「どっちよ」

 幾久が答えた。

「どっちも本音っす。面倒くさいんす、ファンって」

 ねーっと幾久と妹は顔を見合わせたが、児玉はがっかりと疲れていた。


 福原の妹とだけあって、かなりおしゃべりでにぎやかな人だったが、話は面白くて楽しいことばかりだった。

 サッカーにも詳しく、地元のサッカークラブであるケートスの応援もやっているらしい。

「今度誘うから一緒に行こうよ!二部だけど、めちゃくちゃ個性あって面白いよ!」

「じゃあ、サッカー好きな友達も、呼んでいいっすか?」

「いーよいーよ!車で行くから一緒に行こう!」

 そういって盛り上がっていると、退屈した犬が幾久にぐりぐりと頭を押し付けてきた。

「なんだ、お前もサッカー行きたいのか?えーと、ピーちゃんだっけ」

 わしわしと撫でると嬉しそうにわふっと言う。

「そういえば、なんで犬なのに名前がピーちゃんなんすか?」

 児玉も頷いて言う。

「最初、鳥かと思いました」

 妹はそうよねーと笑った。

「この子の名前が『ボーンスリッピ―』だからね。長いから略して『ピーちゃん』」

「残すのラストのほうなんだ」

 そこはボーンちゃんじゃねーのかと思ったが、略し方はそれぞれだ。

「変わった名前っすね」

 でしょ、と妹さんも笑った。

「この子を貰ってきたときに兄貴がさ、たまたま家に帰ってたのよね。名前何にしよっかって相談してたんだけど」

 その時、海外の音楽PVを見ていた福原が盛り上がりながらまだ子犬だったピーちゃんに話しかけたという。

『やっぱアンダワ最高じゃね?!かっけえよなーボーンスリッピー!』

 アンダワ、とはアンダーワールドと言うユニットの名前で、ボーンスリッピーは曲のタイトルなのだそうだ。

 好きなユニットの好きな曲が流れて福原はそれを誉めたのだそうだ。

 すると来たばかりの犬は「わん!」と吠えたという。

『なんだお前、このかっこよさが判るか?』

 福原の問いに、「わん!」と犬は返したと言う。

『ほんっとかっこいいよな!ボーンスリッピー最高!』

 PVを見て踊る福原の傍で、犬は尻尾をぶんぶん振っていたという。

 名前をどうしようかとウキウキしていた福原本人を除く福原一家は、さまざまな名前で呼ぶも子犬が全く反応せず、首を傾げていた。


「曲のタイトルを言いながら、かっこいい、かっこいいって何回も兄貴が誉めるもんだからさー、犬が自分の事だと思い込んじゃって」

「あ、そういうオチが」

 そういう意味ではなかなか頭がいいというか、しょっているというか。

「仕方ないからもうボーンスリッピーで決定よ。福原ボーンスリッピー」

「なんかちょっとかっこいい」

 幾久が言うと妹が返した。

「兄貴の前で言わないでよ。調子に乗るから」

 すると犬がわふん!と吠えた。



 暫く福原家で過ごし、折角なのでと幾久は福原家に御堀からの差し入れを分けた。

 御堀からの和菓子は大量にあるし、どうせすぐにまたお姉さんが持ってくるだろう。

「いやー嬉しいわ。ここんちのお菓子、おいしいのよねえ」

「また貰ったら、おすそわけで持ってくるッス」

「マジで?期待してる!」

 そういって福原家を後にしようとした所で、妹が幾久を止めた。

「いっくん、ちょっと記念写真撮って良い?兄貴に送ってやるから」

「いっすよ」

 妹は趣味なのだろうか、大きな立派なカメラを取り出した。

「いっくん、ちょっとこっち向いて?ピーちゃん抱きしめて?」

「あ、ハイ」

 慣れてしまえば穏やかな犬だし、ふかふかして気持ちがいい。

 ぎゅうっとピーちゃんを抱きしめると犬は大人しく座っていて尻尾を振っている。

「はい撮るよー!」

 そうして何回かポーズを変えたものの、シャッター音はすさまじく多かった。


「じゃーな、ピーちゃん!また一緒に散歩しような」

 幾久は福原家の前でボーンスリッピーと福原の妹に手を振って別れた。



「……さてピーちゃん、お仕事だ」

 福原の妹はメガネをくいっと上げると、ふっふっふ、と不気味に笑った。


 さて、福原(妹)は早速仕事に取り掛かった。

 まずカメラのデータをパソコンに転送、画像ソフトを使って幾久の写真の画質を落とし、顔の部分にモザイクをかける。

 そして速攻、送り付ける。

 データを送ると、ものの数秒で電話がかかってきた。

 妹は電話を取る。

「わたしだ」

『言い値で買おう。但しモザイクは外せ』

「交渉成立!」

 電話の主は、そう、兄と腐れ縁の友人、青木だ。


 青木が幾久に対してご執心であることは兄からの情報で知っていた。

 しかも青木と来たら、愛情を爆発させすぎてウザがられ、幾久からは着拒されているということで、爆笑するしかない。

 あの青木が、あの杉松さんにそっくりのかわいこちゃんにご執心だと。

(だったらいくらでも巻き上げられる)

 くっくっく、と妹はほくそ笑む。

 運よく幾久とエンカウントしたのでそれを利用させて貰っても悪い事はあるまい。

『しかしなんでいっくんがお前ん家きてんだよ!どんな罠だよ!その罠売ってくれよ!買うから!』

 昔から福原家にべったり出入りしていた青木は福原家とは家族のようなものだ。

 当然、福原の妹も青木をもう一人の金蔓、もとい、兄のように思っている。

「いっくんって可愛いねえ。うちのピーちゃんが飛びついてべろんべろん舐めてたわ」

『僕もいっくんをべろんべろん舐めたい』

「やめろ犯罪者になるつもりか変態」

『ちゃんと本人の許可取ってからにする』

「取れる訳ねーだろアホか」

 さすがあのバカ兄貴の腐れ縁だけあって充分イカレてる。

 しかし妹にとってそんなことはどうでもいい。

「今度うちに来て、ピーちゃんの散歩してくれるんだよ。いーでしょ」

『写真!データ!全部!録画!』

「うるせえちゃんと売ってやる」

 あの青木君がトチ狂ってると兄に聞いてはいたが、なるほど面白いくらいの狂いっぷりに妹は脳内で電卓を叩いた。

 あの望遠、いくらだったっけー、ウフフフフ。

 そんなことを思いながら。

「じゃ、欲しいものリスト送っておくんで、よろしくおねがいしまーす」

『判った。すぐに用意する』

「あ、税金についてだけど」

『こっちで始末する』

「やったー!じゃあ、商品が全部届いたらデータ送るね!」

『よろしく。兄貴と違って優秀だな』

「まあね!任せろ!」


 そうして本人の知らぬ間に、データは高額でやり取りされたのだった。

 なお、兄には普通にスマホのメールで「いっくん来たよ、うちのピーちゃんと仲良しになった。あ、青木にはこのデータのことは内緒にしとけよ、別に売りつけたから」と送っておいた。


 数日後。

 青木のスタジオのある一室では、真っ白い犬を抱きしめる高校生男子の等身大特注壁紙が張られ、毎日青木が壁紙に向かって挨拶する姿がメンバーに不気味がられたという。



 後日。

「青木君、壁紙はともかくおそなえはするんじゃねーぞ」

 福原の言葉に青木は、はっとした。

「いま気が付いた!みたいな顔すんじゃねーよ!仕事しろ!」

「うるせーな。お前がいっくんだったらとっくにアルバム五十枚くらい仕上げてるわ。嫌いな奴がいるとどーもアガらなくってねー」

「ほー、よくも言ったなこの変態。ちなみにいま、リアルタイムでいっくんはうちのピーちゃんと一緒だぞ」

 福原の言葉に青木が顔を上げた。

「なんだと?」

「うちのピーちゃんと仲良くなったんだって。ホラ、俺のあげたジャージ着て、一緒にお散歩してるって」

 妹から送られてきたのだろう、福原の見せるスマホの画面には、海岸で犬とはしゃぐ幾久の映像が映っていた。

「見せろ!」

「仕事しろ!」

「見せたら速攻で仕上げる!」

 青木の真剣な表情に、福原は睨みつけた。

「本当か?」

 青木は頷く。

「ああ。いっくんに関しては嘘はつかない」

 その言葉を福原は信用した。

「じゃあ、ちょっとだけな」

 そうして見せた瞬間、青木は福原のスマホにぶっちゅーっとキスをしていた。

「うわっ!きったねえ!」

「あー可愛いなあ、よーし、いますぐ仕上げていっくんを大画面で楽しむぞ!」

 青木の唇に汚された画面を袖で拭きながら、福原はぶつくさ文句を言った。

「クソっ、これ経費で新しいのに変えられねーのかよ!おれのスマホ!」

 そんな様子を横目で見ていたリーダー中岡がつぶやいた。

「アオのファンに売ったらすぐじゃない?」

「メル○リで、グラスエッジ福原でーす!青木君がキッスしたスマホ売るよ?って?ばっかみてえ!詐欺じゃん!」

 ぷんぷん怒りながら福原は除菌シートでスマホ画面を拭いた。

「まったく、青木君のド変態め!」


 しかし青木の言葉に嘘はなく、あっという間に新曲二曲は仕上がったのだが、そのうちの一曲は聞くに堪えない「いっくんへのラブソング」だったので速攻なかったことにされた。

 なお、一曲は無事だった。


 幾久とボーンスリッピーのお散歩データは細切れにされ、曲が仕上がるごとにご褒美として青木に渡されたがそれはまた後日の話である。





 我が名はボーンスリッピー・終わり

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