男子だらけの真夜中コンビニエンスストア
真夜中のコンビニでのお話です。城下町の人から見た、報国院の人々のお話。
大学での生活を続けているが、一人暮らしは物入りが多い。
なんかいいバイトないのかな、と思っていると同じ科の人が、先輩がいるからとコンビニを紹介してくれることになった。
なんでも、元酒店のコンビニらしく、オーナーものんびりした雰囲気でやりやすい職場との事だった。
おまけになにがいいって、外見がどうでもかまわないとのことで、そこが一番のメリットだった。
しかも運よく、染めた髪でもOKで、時間帯も学校が終わってから、遅くまで大丈夫だし一緒にシフトに入ってくれるのは、同じ大学の先輩という好条件が見つかった。
先輩もかなり気の良い人らしいのでほっとしている。
コンビニというのは地域の特性がかなりある。
ここのコンビニなんかもそうで、あたりにめぼしいコンビニがないせいか、来る人も多種多様だ。
通りすがりに買い物をしていく人より、地域の人が圧倒的に多い。
お年寄りなんかもよく顔をだしていて、ローカルだなあと思っていた。
さて、そんな毎日を過ごしているうちにあることに気づく。
男子が多い。
男子といっても小学生男子ではない。
多分だが、高校生くらいの男子がやけに多い。
これが時間帯が夕方なら、そりゃ学校帰りの高校生くらいいるでしょ、といった感じなのだが、自分が入る夜の時間帯、つまりは夕食後から真夜中になる時間帯にもやけに男子が多いのだ。
私服姿で、さも家から買い物にきました、みたいな雰囲気丸出しで、買っていくものはお菓子だったり本だったり、中には電池だったりもする。
多いのがジュース、お菓子関係で、そこはやっぱりな、という感じだが、雰囲気が皆似ているのが気になった。
「イケメン、多いって思ってるでしょ?」
同じ時間帯に入ってくれている大学の先輩は、そういってほくそ笑む。
男性なので夜に居てくれるのは心強いのだが、なにせノリが軽い。
「まあ……きちんとしている高校生ですよね」
そう返す。
実際、夜にこのコンビニに来る子はみんなどこか、きちんとしていた。
雰囲気というのもあるが、だらしない、ぶかぶかのジャージでだらだら歩くとか、妙にイキった髪型だとか、そういった感じが無く、皆、普通にTシャツやジャージでも細身のスタイルのいい格好をしていた。
喋っていてもちょっと笑ってはしゃぐ程度で、賑やかすぎるとか、暴れるとか、なにかにぶつかるとか、そういったことは全く無かった。
はしゃいでいても、支払いのときにはきちんと他の客に迷惑がかからないようにするとか、店を出る前には当たり前のように、邪魔にならないようにしているとか、ささいな気遣いがスマートにできる子が多いな、とは思っていた。
「だってこの時間に出かけてくるの、報国院の上のほうしかいないからさ」
「報国院?」
名前だけは知っている。
たしか、この近くにある神社の敷地内にある私立の男子高校で、全寮制の学校だったはずだ。
「そっか。寮の子が来てるんですね」
言うと先輩が首を横に振った。
「寮ったって、実は選ばれし寮の子しか出てこれないんだよね」
「えらばれし?」
そんなことがあるのか?と首を傾げると、先輩は言った。
「報国院って人数多くてさ、そのくせ全寮制だから、寮がいくつもあるわけよ。そんで、その寮も大抵成績で分けられてるんだな」
「成績で!」
それは見事なヒエラルキーだ、と驚く。
「寮だけじゃなくて、学校も成績で分けてるんだよな。成績いい奴のクラスは、タイの色が違うから、一目でどのレベルかわかるっていうシステム」
「それで、タイの色が違うんですね」
報国院の制服は見たことがあったが、色が三種類、それに柄があったので不思議に思っていた。
最初は学年で分けられているのかな、とも思ったが、同じ色で三年から一年までいたし、人数にかなり違いがありそうなのが気になっていた。
「成績でクラスもタイの色も寮も違うって。なんか歪みそうですね」
そこまでヒエラルキーを出されると、成績の悪い子なんかひがむのではなかろうか、とも思ったのだが、先輩は首を横に振った。
「いやー、俺もそう思ったんだけどさ、実際は逆にヒエラルキーありすぎてなにもないんだと」
「へー」
そういうものか、と驚いた。
先輩いわく、弟が報国院に行っているのだが、その変わった校風に最初は驚き、やがて興味が出たのだという。
「俺は全寮制の男子校ってのが嫌で行かなかったんだけど、なんか見てたら楽しそうだし、いいなーって今更思ってる。だからちょっと報国院、贔屓しちゃうんだよな」
寮に入ると上限関係が厳しいのは下部のクラスに所属している人たちだけで、上になればなるほど、自由度は増すのだという。
「だから、こんな夜中にコンビニに来てるのって、成績いいクラスの子ばっかなんだよね」
なるほどそういうものなのか、と頷いた。
(そりゃ頭いいんだから、へんな格好なんかするわけないか)
店員としては客のタチがいいほうが良いに決まっている。
運が良かったな、と思っていた。
ある日までは。
さて、いつものように夜、バイト時間が近づき、コンビニに到着すると、コンビニの前に怖いお兄さんが居た。
懐かしいヤンキー座りで、店の前にある喫煙所でタバコをぷかぷかふかしている。
細い眼鏡に乱雑なオールバックで服はTシャツにジャージだが、足はサンダルでさも柄が悪い。目つきもだ。
(うわ……チンピラ?)
こんな夜中にいやだなーと思いつつ、店に入る。
すると、いつも見る高校生たちがチンピラに気づいた。
気になって見ていると、高校生たちはそのチンピラに軽く頭を下げていた。
(え?高校生が頭下げるって)
ひょっとして地元では札付きの悪、というやつなのでは。
気になりつつも、その日は普通に仕事を終えた。
チンピラはチンピラらしく、タバコを吸い終わるとコンビニに入ってきて、缶ビールを数本とコーラ、ラムネ、漫画雑誌を購入すると普通に支払いを済ませて出て行った。
いなくなったことにほっとすると、チンピラに挨拶した高校生たちは、特に気にする様子も無く、彼らもいつも通りに買い物をすませて出て行ったのだった。
ある夜のことだ。
また例のタバコチンピラ(いつもたばこをふかしているので)が買い物をしていた時だった。
ぴこんと支払いが通らないメッセージが出る。
どうやらチンピラのチャージが不足していて、買い物が出来なくなっていた。
もう数百円不足だったので、お決まりの台詞を告げた。
「チャージされますか?それとも現金でお支払いされますか?」
チンピラは困ったようだった。財布を持って来ていないらしい。
すると、コンビニ内を見渡して声を張り上げた。
「おい乃木!ちょっと金貸してくれよ!」
かつあげだ!
そう思ったが勿論声には出していない。
いいのか、大人が目の前で高校生にかつあげなんて。
名前を呼ばれたらしい、よくみる眼鏡の高校生は、面倒くさそうにレジ前に向かってきた。
駄目だ。
こんなのは駄目だ!
いくら数百円程度とはいえ、大人が高校生から巻き上げるなんて!
貸してくれなんて言ったって、返さないに決まってる!
どうしようと思っていたら、意外なことに気弱そうな高校生の眼鏡君がさも面倒くさそうに言った。
「えー……なんでチャージしてないんすか」
よくぞ言った!気弱そうなのに!拍手したい気持ちをぐっとこらえ、様子を見ているとチンピラは言った。
「だって財布もって来てないんだもん。給料日前で金ねーし」
は?チンピラっていつのまに月給制になったの?それとも昔からだった?実は?そんな風に考えていると気弱眼鏡君がまた言った。
「いい年して生徒に金借りるとかやめてくださいよ、先生のくせに」
先生?!!!!!!!!
このチンピラがか?!
あまりの驚きに思わず表情に出てしまったのだが、見られていないようだった。
「いいじゃねえか、ポイントはお前に入るし明日学校でちゃんと返すからさあ」
全く悪びれずにチンピラにしか見えない先生はそう言った。
気弱眼鏡君はためいきをついて、言った。
「すみません、不足分、こっちで払います」
「あ……でも、酒類がありまして」
チンピラは必ず酒を買って帰る。今回も酒が会ったので一応そう言うと、チンピラはコーラとお菓子を外した。
「じゃあ、俺の分はお前払っといて。俺、こっちだけ払うから」
いま俺の分、といったけど、チンピラが気弱眼鏡くんに渡したのはコーラとお菓子だった。
すると生徒らしき眼鏡君はため息ついて、「コーラとお菓子くらい我慢してくださいよ、子供じゃないんだし」と文句を言った。
え、本当にコーラとお菓子はこのチンピラ先生のなんだ、と驚いていると先生は支払いを済ませつつ言った。
「できるわけねーだろ、俺のお楽しみだぞ。酒なんか飲む奴の気がしれねーわ」
は?このチンピラ、チンピラのくせに下戸なのか?どうみても酒が似合いそうなのに!
驚きつつもビールを袋に入れ、高校生が支払いを済ませたものも一緒の袋に入れた。
「手間かけてすみませんでした」
ぺこっとチンピラは頭を下げる。
チンピラのくせに態度も挨拶も丁寧で、思わず「いえ」と笑顔を振りまいてしまった。
その後チンピラは、袋をぶんまわしながらコンビニを出て行った。
あんなふうに振り回していたら、コーラも酒もあけたらひどいことになるのでは。
そう思ったがまあこっちには関係のないことだ。
しかしあれが先生とは、報国院はどんなレベルなんだろう。
気弱眼鏡くんは案外気弱でもなかったんだな。
へえ、と思っているとサッカー雑誌と漫画雑誌、うまい棒といちご牛乳、ドーナツとミルクティーをレジに持ってきた。
はいはいっとレジを済ませて渡す。
支払いに問題も無く袋に入れて渡すと、眼鏡君が言った。
「さっきはすみませんでした」
「いえ、とんでもない。先生を助けてあげて、えらいですね」
あんなチンピラ先生じゃ、さぞかし苦労しているのでは。
そう思って言うと、眼鏡君は顔を赤くして、「へへ」と笑った。
「でも、実はけっこういい先生なんです、ああ見えて。どう見てもチンピラなんですけど」
じゃあ、と眼鏡君は笑って頭をぺこんと下げ、コンビニに居た友人たちに別れを告げてコンビニを出た。
「……けっこう言う子だなあ」
前言撤回。
きっと苦労はそこまででもなく、そこそこうまくやっているのだろう。
なんか今日はちょっと面白かったな。
そう思って仕事に戻った。
すると来店ベルと同時にお客様が入ってきた。
「いらっしゃいませー……」
振り向くとそこに、体格がやたら良くて背が高い、オールバックで黒いシャツを着て、胸ボタンを三つも外し、黒いジャケット、黒いパンツにサングラス、どうみてもやくざです本当にありがとうございました、そんな男が立っていた。
(ひぇえええ、チンピラがいなくなったらやくざが!)
びびっていると、今度はそのやくざに残っていた生徒達が声をかけた。
耳をまた疑った。
「がくいんちょー、こんばんわー」
学院長?!がく・いん・ちょう?!!!!!
どう見てもやくざな男は、ロック・ミュージシャンのように格好つけて生徒達を指差し、言った。
「こんばんは。君たちは買い物か?」
生徒達は頷いた。
「そーっす。おやつ買いに」
なー、ねー、と頷きあうのが可愛い。
「食事が足りないのか?」
生徒にそう大真面目にやくざ、もといロック学院長が尋ねた。
すると生徒達は首を横に振る。
「そんなことないです。食事に問題ないです。学校でも、寮でも」
「お菓子が食べたかっただけです」
「そうか。なにか不足なものはあるか?」
生徒達は首を横に振る。
「ないです。全く」
「ないでーす。あったら言います」
生徒達の言葉に、学院長は頷いた。
「そうか。ならばいい」
うなづくと学院長は、フリスクとペットボトルのお茶を買う。
「お疲れ様です」
レジに大変渋い声でそう言うと、学院長は去っていった。
あのなりでお疲れ様ですといわれたら、なんだか別の職業になってしまったみたいだ。まあいい。
「あの外見で『お疲れ様です』とか言われたらなんか極道みたいだよね」
雑誌を見ていた可愛い雰囲気の子が笑って言った。
「ほんと、マジびびるわ。いい人なんだけど」
そうなのか。やっぱりああ見えていい先生なのか。
怖いけど。
「でもさあ、なんで報国院ってあんなやくざみたいだったり、チンピラみたいな先生なんだろ」
「だよなあ、三吉先生なんか一見ホストだし。かっこいいとは思うけどさあ」
「なんでかなあ」
そういってキャッキャ話している姿は普通の高校生でとても可愛い。
しかし、やくざとチンピラとホスト(みたい)な先生がいる報国院とはどんなものなのだろう。
ちょっと興味がわいた夜だった。
男子だらけの真夜中コンビニエンスストア・終