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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【15】僕たちには希望しかない【相思相愛】
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近づくさよならと出逢い

 御堀が尋ねた。

「幾、なんでそこまで言い切れるの?」

 御堀の質問に幾久は笑った。

「だってさ、ボールがオレに投げつけられた瞬間に、『ボール!』って叫んだの、キミだろ?」

 はい、と幾久は少年にボールを渡す。

「……なんでわかったんすか」

 少年の質問に幾久は笑って答えた。

「だってキミ、すげー通る綺麗な声してんじゃん」

 幾久の言葉に、御堀も頷く。

「そういえば、確かに」

 児玉も頷く。

「そういやそうだな」

「さっき話しかけて来たときすぐ判ったよ。あ、キミかって」

 試合中、誰の声を聞いてボールの方向を判断するなんて、ずっとやっていたことだ。

 ポジション、人の流れ、声の調子と勢いで判断する。

 多分、いくら幾久でも声もなく突然ボールを投げつけられたらきっと反応できなかった。

 おかげで反応もできて対処も出来て、当事者しかこの事に気づいていない。

 久坂や高杉はそうじゃないかもしれないが。

「二人組の報国院生に、ボール取られたりとかだろ?」

 幾久が尋ねると少年は頷き答えた。

「なんでわかったんすか」

「だってこんなに大事にしてるボール、あんな奴らに貸すわけないし」

 新しいわけではないが、丁寧に大切に使っているのは見れば判る。

 きっと愛用のボールなのだろう。

 そうでなければ、こんな風に取りにきたりもしない。

 少年はぼそり、と言った。

「……ボールで遊んでて、ちょっと舞台見てたんス。そしたら二人組の奴がぶつかってきたくせに、こっちに文句言ってきて」

「うわー、アイツラまだんなことやってんのか」

 児玉は呆れた。

「でも、おれ、舞台見てたんで無視したら、足元のボール勝手にとって、気が付いたら投げてて」

「ごめんね」

 幾久が謝ると少年が尋ねた。

「なんで謝るんスか?」

「だってキミ、報国院の被害者だろ?キミはなにも悪くないのに」

 少年は驚いていた。

「でも、投げた奴、アンタの敵ですよね?アンタだって被害者なのに」

 どうして謝るのか。

 少年はそう尋ねた。

「だって、報国院生だから。確かにアイツラは嫌な奴だけど、報国院生なんだよ。報国院生がキミに迷惑かけたんなら、同じ報国院の、オレが謝らないと」

 幾久が言うと、御堀も児玉も顔を見合わせた。

「確かにそうだね」

「確かにそうだ」

 そういって三人が頭を下げると、少年は首を横に振った。

「いいっす。アンタ等が悪いわけじゃないし」

「ありがとう」

 幾久がほっとして続けた。

「投げた奴は判るし。キミが声出してくれたからオレもすぐ反応できて助かった。ありがとう」

「イエ……」

 少年はやや戸惑いつつも幾久に言った。

「あの、サッカー、うまいんすね」

「そう?ありがとう」

「そりゃ、ルセロのユース出身だからね」

 自慢げに御堀が幾久を差しながら言うと、少年は顔を上げた。

「え?うそ、マジで?すげえ」

 幾久は慌てて首を横に振った。

「いや、元!元!オレプライマリまでだから!その後落ちてっからね?」

「でも、ルセロなんすよね?」

 はあーっと少年は感心して幾久を見つめ、言った。

「だからあんなにうめーんすね。ボールの勢い殺したとき、マルセロかと思った」

 マルセロは世界でもトップクラスのプレーヤーだ。

 ボールコントロールに長けていて、まるで魔法のようにボールを扱う。最高のほめ言葉だ。

「あはは、上手だね」

「本気ッス」

 感心した少年に幾久は照れてしまう。

「嫌な目にあったかもしれないけどさ、報国院、悪いヤツばっかじゃないんだ」

「―――――ウン。わかった」

 少年は素直に頷く。

 サングラスで表情は判りにくかったが、笑顔なのは判る。

「ボール、あざっした」

「こっちこそ。声かけてくれてありがとう」

 幾久がにこにこと笑っていると、少年はなにか言いたげだった。

「あ、花火始まった」

 児玉が声を上げる。

 桜柳祭の終わりには、花火が上がる。

 冬の夜空に綺麗な花が咲く。

 少年はパーカーのポケットに両手を突っ込んだ。

 くるりと背を向けた少年に、幾久はもう一度お礼を言った。

「キミ、本当にどうもありがとう」

 すると少年は立ち止まり、笑って振り返る。

「オレ、キミって名前じゃないッス」

「じゃあ、名前は?」

 幾久が尋ねると少年は、サングラスを外し、パーカーのフードを落とした。

 幾久はびっくりして暫く口がきけなかった。

 少年がパーカーのフードを外すと、柔らかく長い髪がふわりと落ちた。

 流暢に日本語を喋っているのがおかしく思えるほど、煌めく栗色の、軽くうねる、つややかな髪。

 瞳は美しいラベンダー色。

 陶器のようにすべらかな白い肌。

 良く見ると彫が深く、そしてただひたすらに美しい。

(て、天使?!)

 一瞬、本気でそんなバカなことを考えたくらい、整った外見の少年だった。

 花火の輝きを背に、まるで一枚の絵に見えるほど。


「ハナノスケ」

 驚く幾久を見て、いたずらっぽく、にっと笑って、少年は言った。

「オレの事、覚えてといて。じゃあね先輩達」


 そう言ってボールを上手に足で跳ね上げると、少年は軽く手を挙げ、去って行った。




 境内を歩いていると、背後から声をかけられた。

(ハナ)!」

「なんだ、とーさんか」

 振り返ってため息をつく。

 そこに立っていたのは華之丞(ハナノスケ)の父親の律だった。

「まだ帰ってなかったのか」

「……花火みよっかなと思って」

「じゃあどこかに座ってみるか?」

「いい。見たからもう帰る」

 夜空には立て続けに、花火が上がり続けている。

 この距離なら、振り返りながら家に帰りつつ花火を見ることができるだろう。

「そんなんよりおじさんたち張り切りすぎ」

「ハハハ、まあ楽しかったからな」

 後輩たちの舞台が終わった後、サイン責めや写真責めにあって、懐かしい友人とも再開したりして、けっこう時間が過ぎてしまっていた。

 車を戻すからと花緒は楽器を積んで戻り、論や経は軽音部の後輩とまだ喋っているらしかった。

「そういえば、舞台?見たんだけどさ」

 華之丞はニヤッと笑って父親に言った。

「ジュリエットの人、すげーイカしてた」

 律は笑う。

「お前、あれが古雪の息子さんだぞ。幾久君」

「古雪おじさんの?」

 古雪は華之丞の父、律とずっと昔から仲のいい友人だ。

 昨夜も家に泊まっていって、サッカーにも詳しく、華之丞ともよく話をしてくれるいいおじさんだったが、まさか息子とは。

「……ふーん。イクヒサ、かあ」

 華之丞は言った。

「あの人、すげーロック」

 そう言って笑う息子に、律はふふっと笑った。

 息子が『ロック』という言葉を使う時は、感情が高ぶっている時だけだ。

(幾久君を気に入ったのか?ひょっとして)

 なんだかこの先、楽しくなるような予感がする。

 しかし単なる予感なので、気まぐれな息子がへそを曲げないよう、律は黙るのだった。



 幾久は過ぎ去った少年の美しさに呆然としていた。

「いまの何だったんだろ。天使かな」

 ふわあーと驚いている幾久だが、児玉は首を横に振った。

「いや、フツーに金髪やろーだろ。そんであれコンタクトだ」

 御堀も言う。

「うーん、でもなんか彫が深かったし、髪も金髪っていうか栗色っぽいし、色も白かったよね。日本語ってことは、ハーフとかなのかなあ」

 だとしたらあの外見は納得だが。

 幾久はまだ驚きから抜け出せずにいた。

「いやーびっくりした、雪ちゃん先輩のお姉さんもスッゲ―びじんだったけど、あの子も次元違った。本当に天使みたい」

「けっこう生意気だったぞ」

 児玉が言うも、幾久は返す。

「可愛いからいいじゃん」

「幾って、ひょっとして面食い?」

 御堀が尋ねると幾久は答えた。

「なんかそれ、雪ちゃん先輩のお姉さんにも言われたけどさあ、誰だって綺麗な人とかは好きだろ?」

「そうかもだけど」

 どうも幾久は、綺麗なものに甘くないだろうか。

 御堀は自分もそこにふくまれるのかな、と思ってじっと幾久を見つめる。

「なに?誉」

「僕は?美人?」

「誉はイケメンだよ」

「だよね」

「おいそこ、自分で言うな」

 ったく、と児玉が御堀に呆れるも、実際イケメンなのだから仕方がない。

 花火が上がり続けるのを見上げていると、幾久が言った。

「たーまや」

「呼ばれてる気がする」

「たまやーって?」

 幾久が笑うと、御堀が言った。

「来年は僕も協賛しようかな」

「誉会で?」

「そしたら寄付が集められる」

「もう来年の商売の話かよ」

 児玉が呆れると御堀が言った。

「いや、今からの」

「もっと酷い」

「稼ぐチャンスは逃すわけにいかないんだ」

 御堀が言うと幾久も言った。

「ほんっと、誉、栄人先輩みたいになってきた」

「光栄だな」

「やめてよ、栄人先輩悪食なんだから。誉は賞味期限切れたもの食べないでよ」

「食べないよ」

 三人で喋りながら花火を見ていると、後ろから声をかけてくる人がいた。

「おーい、いっくん、御堀、タマ」

 くるっと振り返ると、そこにいたのは雪充だった。

「雪ちゃん先輩!」

 幾久が喜んで駆け寄る。

「やあ、お疲れ。三人とも」

「お疲れ様でした」

 御堀が頭を下げると、雪充が笑った。

「御堀、嫌な顔しなくても仕事の話じゃないよ」

「そうですか。良かったです」

「御堀、お前なぁ……」

 呆れる児玉だが、雪充は「まあまあ」と児玉を宥める。

「御堀はよくやってくれたよ。おかげで僕も随分楽が出来たから」

 それと、と雪充は三人に言った。

「本当に三人とも、よく頑張ったね。いっくんと御堀のお陰で舞台は大成功だし、タマもさっき、頑張ってたな」

「う、うす!」

「ギター、ずいぶん上手くなってたんだな」

「……雪ちゃん先輩が、俺を御門に入れてくれたおかげです。ずっと御門では練習、できてたんで」

「そっか」

 よかった、と幾久は笑って言った。

「これで僕も、正式な引退だ」

 三人とも、言葉が詰まった。

 幾久達にとっては初めての桜柳祭でも、雪充にとっては最後の桜柳祭だ。

 そしてその後は、受験に入り、卒業が近づく。

「桜柳会は任せてください。ちゃんとできます」

 御堀が言うと、雪充は少しびっくりして、苦笑しながら言った。

「そんなに嫌がってるのに?」

「感情とすべきことは別なので」

 きっぱり答える御堀に雪充は笑う。

「やっぱり嫌は嫌なのか」

 御堀は言った。

「ええ。でも、あなたみたいになりたいので」

 まっすぐ雪充を見据えて言う御堀に、雪充はやや驚いて、それでも目を細めた。

「そっか」

 幾久がばっと手を挙げて宣言した。

「はい!オレも雪ちゃん先輩みたいになる!」

「言ってたな」

 児玉も挙手した。

「俺も」

「知ってるよ」

 雪充は泣いてしまいたいくらい、笑いたくなった。

 後輩が追いかけてくれるのが、こんなに嬉しいものだとは思わなかった。

「頑張っておいで。あと二年あるんだし」

「二年かー。うーん。じゃあ、三人で頑張ります」

 そう言った幾久に雪充は笑う。

「三人で来るのか」

「はいっす。そしたらちょっと負担が減るし。勉強と桜柳会は誉の担当で」

「ちょっと、それ僕の負担が大きくない?」

 不満げに言う御堀に幾久が言った。

「出来る奴は我慢だ、誉」

「幾もがんばれよ」

「タマが手伝ってくれたら」

「俺が手伝うのデフォルトなのかよ」

 児玉が呆れるも、雪充は笑ってしまった。

「お前らそのへんで止めようか。あっちで打ち上げのバーベキューやるから行くぞ」

「行きます!」

「どこっすか!」

「肉!」

 さっきまであんなに雪充がどうとか言っていたくせに、すぐこれだ、と雪充は苦笑する。

「みんな集まってるし、肉は際限なくあるって言うから気にしなくていいよ。好きなだけ食え」

「やったー!にくだー!」

「幾、魚の方がいいんじゃない?」

「疲れたからなんでもいい!肉!肉!あーでも魚あったらいいなあ!」

「誰かが持って来てるかもしれないな」

「まじっすか!やったー!」

 そういって腹ペコの一年生たちが歩いてゆく。

 雪充は花火の終わった空を見上げた。


 これで桜柳祭も終わった。

 受験の準備には遅いくらいだ。

 だけど、そのことも踏まえて計画はしてある。

(絶対に、合格しなくちゃ)

 自分だけの人生じゃない。

 もし雪充が受験に失敗したら、後輩たちが自分を責めてしまうだろう。

 そんなことはさせるものか。

(自慢の先輩にならなくちゃな)

 涼しい顔をして全部こなして。

 そして先輩みたいにやってみたら、大変過ぎてめまいがして、一体なにやってたんだあの先輩、と愚痴を言ったら、「けっこう大変だろ?後輩の前では弱音吐くなよ?」と自分が言われたみたいに言ってやりたい。


 雪充が空を見上げていると、幾久も一緒に空を見上げた。


「星、すげーっすね」

「寒くなったからね。よく見える」


 月が見えない夜には星がよく見えるように。

 寒い季節になればこそ、見えるものもあるのだろう。

 これまでと違うものも見えるようになるかもしれない。

 おなかがすいたなー、なにがあるかなー、そう楽しそうに喋る一年生を見ていると、幾久が雪充の袖をひぱった。


「受験、頑張って下さい」

「―――――勿論」


 卒業までに、なにを強請ろうか考えておこう。

 我儘をなんでも聞いてくれると彼が言ったのだから。


 流れる星に願うより、それはもっと確実だろう。

 もうすぐ本格的な冬が来る。

 寂しい季節になっても、この優しくて可愛い後輩の手をきっと忘れないように、と雪充は幾久の手を握りしめた。




 相思相愛・終わり

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