表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【15】僕たちには希望しかない【相思相愛】
263/497

はじまりの、はじまりの、はじまり

 論の愛用ギターを持ってこなければならなくなった律は、境内を急ぎ歩きながらスマホを取り出した。

「ああ、父さんだけど。悪いが論のアコギ、用意しといてくれないか。あと、経を叩き起こせ。それと花緒に寺に来ておくように言ってくれないか」

 スマホの向こうからは、えー、めんどい、という声が聞こえた。

「まあそう言うな。ちょっと面白い事やるから」

 そういって律は小走りになった。

(ったく、こんなんなら古雪も帰んなきゃ良かったのにな)

 仕事が忙しいと、幾久の一回目の舞台を見て安心して途中で帰ってしまった。

 どうせならこの先も見て欲しかった。

 しかし、過ぎ去ったことを言っても仕方がない。

「さて、急がないと」

 こういう時近くて良かった。

 急いで帰って、報国院には車で乗り付ければ、十分幾久達の舞台終わりに間に合うだろう。

 律は頭の中で計算を始める。

(弦は多分大丈夫だろうから、音だけ合わせれば。経にはギターさせて追いかけさせるか)

 児玉の腕がどのくらいか判らないが、経と論が居れば、少々失敗しても誤魔化せる。

「アコースティックベースとか、ほんと久しぶりなんだけど」

 おまけにぶっつけでやるとは、論の酔狂さには頭が下がる。

 だが、このバンドは論のいう事が絶対だ。

 それにこういう時の面白いものを探す論の嗅覚は、これまで一度も外したことがない。

(面白くなってきたじゃないか?)

 わくわくしながら、律はいつの間にか走り出していた。まるで学生時代、いつもそうしていたように。

 階段を駆け下り、商店街のある方向へと、律は急ぐのだった。



 一方、論はギターを抱え、児玉と報国院の校門と呼ばれる鳥居の前に移動していた。

 境内の中に石碑が立っている場所があり、丁度座りやすい位置に土台の石があり、そこは休憩所のようになっていた。

「丁度いい。ここでコード確認すっぞ」

「はい」

 露店が並んでいるので、そこまで目立つことも無く二人は早速コードの確認を始めた。

「ワン、ツー、スリー、」

 ギターのボディを軽く叩き、論がリズムを取って児玉と一緒に弾きはじめた。

 軽く歌っているので、曲は勿論知っているのだろう。

 児玉は論に必死についていく。

(本当に、この人上手い!)

 プロなんだから当然かもしれないが、安物の練習用のアコースティックギターがものすごく高価なギターに思えるくらい、論は上手かった。

 児玉は覚えているコードを必死に押さえてついていく。

 なんとか一曲弾き終わると、論が手を止めた。

「お前、けっこう弾けるじゃねーか。もっとヒデーかと思ってたわ」

 そういって児玉の背をばんと叩く。

「あ、ありがとうございます」

 そこまで酷くないと判って児玉はほっとする。

「良かった。幾久に恥かかせずに済みそう」

「ダチなのか?」

 論が尋ねると、児玉は頷いた。

「友達だし、なんていうか。恩人ってレベルで大事なヤツです。いま同じ寮にいて」

「ってことは、お前、御門?!」

「はい、そーっす」

 頷く児玉に、論は笑顔になった。

「なんだー、じゃあ後輩じゃねーか。俺も御門だったんだよ!」

「えっ、マジっすか」

 二人はなぜか妙な親近感を覚えて、互いにがっちり握手した。

「入学式の時、幾久のお父さんと一緒でしたよね」

 児玉が言うと、論は頷いた。

「そーそー!幾久の奴が入学するって聞いてさ、見に来た。アイツらそっくりすぎて笑ったわ」

 ぶーっと楽しそうに噴き出す論を、児玉はもう怖いと思わなくなっていた。

「ま、幾久の奴は俺の事苦手っぽいけどな」

 児玉は苦笑して言った。

「幾久、いきなりのでかい声とか音とか、苦手なんすよ」

 児玉が好きな音楽を聞かせると、いきなり大きな音がなるものは、びくっと反応して、あまり好きではないと言っていた。

「あーね。今度から気を付けるわ。俺、声でけえらしいからな」

 らしいんじゃなくて実際大きい、というより通る声だ。

 それにこの人の様子を見ると、どうも幾久の事を好きらしい。

 それが判ると、児玉はますます論に親近感を覚えた。

「さっき居たいけすかねーヤツ、律、つーんだけど、あいつも俺も、これから来る他の連中も、みんな御門だったんだよ」

「そうなんすか!」

「おーよ!まあずーっと昔だけどな」

 本当に何十年前になるのか。毎日一緒に過ごして学校に向かい、ギターを鳴らしてピアノを弾いて。

「だからテメーにも幾久にも恥なんかかかせねーよ。クッソ盛り上げてやる。御門だしな」

「ありがとうございます」

 児玉は論にぺこりと頭を下げた。

「いーってことよ。後輩だろ」

 児玉は首を横に振る。

「俺、御門入ってまだちょっとなんす。だから後輩って胸張って言えるほどじゃないっす。幾久に、俺ずっと迷惑かけてばっかで、ずっと助けて貰って。あいつ、すげえ良い奴なんす」

「……そーだろーな」

 論が言うと、児玉は頭を上げた。

「古雪の息子だ。悪いヤツなはずはねーよ。ま、口は悪いかもしんねーけどな」

「?幾久は口悪くないっすよ」

「え、マジで?古雪はスゲーのに」

「あんなに上品そうなおじさんが?幾久も父親は優しいって言ってました」

 児玉が言うと、論は「へーっ」と驚いた。

「なんか違うんだな、親子でも」

「そうみたいッスね」

 へー、そうなのか、へーと論は何度も感心していた。

「さ、じゃあ時間もまだもうちょいあることだし、何回かあわせっか!」

「うす!お願いします!」

 すっかり意気投合した二人は、再びギターを合わせはじめた。



 さて、幾久達はというと、打ち合わせを済ませ、衣装のまま境内へと移動しはじめた。

 さっき舞台を見た人がかなり残って移動していて、スタッフ役の生徒が人をまとめてくれていた。

 場所は、本殿に上る手前の石造りの階段前。

 グラウンドとしても使っている広場は人でいっぱいだ。

 舞台用にスペースが開けてあるが、開けてあるだけのことで、つまりは全部丸見えのスペース。

 人はまるで夏の祭りの時のようにいっぱいで、幾久達は顔を見合わせた。

「本当にここでやるの?」

 幾久が言うと高杉が呆れた。

「お前が言いだしっぺじゃろうが」

「そうっすけども」

 さすがに境内を半分くらい埋め尽くしている人の姿は圧巻だ。

 幾久達が現れると、待っていた人がわーっと拍手を起こした。

「待ってたぞ!」

「いっくーん!ジュリエットくーん!」

「あ、ども」

 ぺこりと頭を下げ、御堀も笑顔で手を振る。

(あれ?なんかオレ、ハードル高い事やろうとしてる?)

 やっちゃったかな、と思ってももう遅い。

 周布がメガホンを持って大声で怒鳴った。

「みなさん、お待たせしました!報国院地球部、桜柳祭記念公演ロミオとジュリエット、アンコールにつきまして抜粋公演を行います!」

 周布の声に、観客から拍手が起きた。

「抜粋公演ですので、途中、区切りながらとなりますので、話が通じなくてもご愛嬌。皆さまへのお礼公演として、ご勘弁ください」

 そう言って周布が頭を下げると、ぱちぱちと拍手で観客が応じた。


「うー、緊張する」

 そう言って身を震わせる幾久に御堀が笑った。

「さっきはアドリブにも答えてたのに」

「舞台はちょっとだけ慣れたんだよ」

 よくよく考えれば、御堀に慣れていない頃に必死でやった場所だ。

 今では考えも御堀との関係も随分と違う。

「うまくできるかなあ」

「やるしかないよ」

 夏には何十回、何百回とこの場所で練習した。

 ストーリー通りではなく、幕で分けて練習したので、第何幕の第何章かで覚えている。

「大丈夫。僕らならできるよ」

 御堀の言葉に、幾久は頷いた。

「そうだね。うん、出来る」

 あんなに練習したのだから大丈夫。

 舞台も大成功だった。

「じゃあ、はじめよう。第一幕の最後から」

 第一幕のラストは、仮面舞踏会で互いに相手を敵と知らず、踊って恋に落ちる所だ。

 階段の下のわずかに空いたスペースが、幾久と御堀の舞台だ。

「さ、いこうか」

「うす」

 そして御堀が手を軽く上げると、幾久が御堀の手に、自分の手を置いた。

 観客はこれから始まる舞台に、目を輝かせていた。




 神社の奥にある報国院の駐車場に、一台の車が止まった。

 中から現れた人を、もし知っていたら歓声が上がっただろう。

 だが、いま彼らは完全にオフだ。

 降りてきたのは律、律と双子の経、そして二人と論の幼馴染でもある花緒だ。

 全員が報国院の出身で、さっきの論の命令に従って、それぞれ楽器を手に持っていた。

 お前もついてこい、小遣いやるから、といわれ、律の息子はしぶしぶついて行く。

 お前も参加するか?と言われ、絶対に嫌で、楽器ではなくサッカーボールを抱えて出た。

 その抵抗に父親である律は苦笑したが、文句は言わなかった。

 境内の前は人だかりが凄い。

「お、やってるやってる。まだ舞台の最中みたいだな」

 律が言うと、花緒がよかった、と笑って言った。

「急いだけど充分間に合ったんだ。じゃあちょっと合わせるのもできるかも」

「花緒は合わせる必要ないじゃん」

 そういって笑ったのは経だ。

「経やんこそ大丈夫か?」

「大丈夫じゃない楽器は、この世界に存在しない」

「あーハイハイ」

 経の自信満々な答えを流す花緒だ。

 このメンバーと雰囲気は、高校生の頃からずっと変わらない。

「とーさん。おれ、そっちが終わるまで勝手に遊んどく」

「判った」

 そう言うと律の息子は器用にボールをリフティングしながら境内へ向かった。

「相変わらずうめーのな」

「まーな」

「そういえばあいつ、進路どうするんだ?やっぱりファイブクロスのユースに行くのか?」

 花緒の問いに律は「さあ?」と首を横に振った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ