アンコールが3回
ロレンスとロミオの従者が霊廟に到着すると、時はすでに遅く、パリスは殺され、ロミオも死んでいる。
そしてジュリエットが目覚めた。
「神父様!ここは霊廟に間違いありませんよね、ロミオは、オレの恋人はどこに?」
ロレンスはジュリエットに苦々しく告げる。
「お前の夫は、お前の胸で死んでいる。お前の夫になるはずだったパリスもだ。ロミオが殺した。さあ、立ちなさい、お前はどこかの修道院にでもやろう、こんな場所に居てはいけない。もはやここは死と絶望しかない」
自分の上で動かなくなったロミオに、全てを察したジュリエットは、首を横に振った。
「―――――どうか去ってください。オレはここを動きません」
「ジュリエット」
「いますぐここを出て行って下さい」
そうきっぱりと言うジュリエットに、ロレンス神父は霊廟を去る。
ジュリエットはロミオの残した毒薬の瓶を拾い上げる。
「これがお前を殺した毒か。ひどい奴だな、どうしてオレのぶんまで残しておかなかった?」
そうしてロミオの唇に口づける。
「お前の唇に毒が残っていれば良かったのに。まだ温かいんだな。オレを置いていかないでくれ」
そう言ってロミオを抱きしめるジュリエットだが、騒ぎを聞きつけた夜警が霊廟にやってくる。
「松明が燃えている?誰かいるのか?それに、このおびただしい血は一体……」
はっとしてジュリエットは短剣を握る。
「さあ、剣よ、お前の鞘はこの胸だ。早くオレを死なせてくれ、そしてロミオの元へ」
そういってジュリエットは短剣を胸に刺し、ロミオの上に覆いかぶさり、息耐えた。
婚礼の前に亡くなったはずのジュリエットの体がまだ温かく、しかもロミオとともに死んでいる。
その上、パリスの遺体まであり、モンタギュー家とキャピュレット家は混乱の渦に巻き込まれる。
領主であるエスカラス、高杉に状況を説明したのはロレンス神父の久坂だ。
ロミオとジュリエットが恋におち、それを両家の和解の手段に使おうとしたこと、強引なパリスとの婚儀の前にすでに二人は結婚を誓った事、二人を結びつけるための計画がいろんな不運でうまくいかず、結局全員が亡くなったこと。
ロレンス神父はエスカラスに語った。
「事情を知らず、霊廟を守らんとした気高きパリス、そして自らの恋の為にジュリエットの元での死を選んだ、真にジュリエットを愛するロミオ。私はジュリエットに、この霊廟から出るように言いました。ですが、ジュリエットは首を横に振った。愛する夫との死を選んだのです。ロミオとジュリエットの婚儀が正式なものであったのは、ジュリエットの乳母が存じております―――――このような悲劇は、すべて私めの不祥事。どのような償いもお受けいたします」
エスカラスは首を横に振った。
「そなたはかねてより高徳の僧である。それよりも、夜警を呼んだのはロミオの従者であったな。言い分を聞こう。ロミオの従者をこれに!」
ロミオの従者、バルサザーは、ロミオについてくるなと言われたにも関わらず、その一部始終を目撃していた。
パリスとロミオが戦い始めたのを見て、まずいと思い夜警を呼びに向かったが、到着した時にはすでにジュリエットも息絶えた後だった。
エスカラスはロミオの従者が託した手紙を受け取る。
ジュリエットとともに死ぬことを選んだロミオは、自分の父親宛てにすべての真実を書き残していた。
ジュリエットと正式に婚姻を結んだ事、ジュリエットの死を知ったこと。毒薬を手に入れ、死を覚悟し、ジュリエットの眠る霊廟に向かった事。
エスカラスは手紙の内容を読み、ロミオとジュリエットの父親に怒鳴った。
「この手紙には全て書いてある、二人がどのように今に至ったのかを。ロミオは、愛するジュリエットの元で死ぬ為にここに来たのだ。敵同士の親ども、お前たちの下らぬ争いで落とされた罪の結果を見よ!神はお前達の争いの喜びを、愛によって葬ることを選ばれた。ワシもまた、お前たちの争いを収めきれず縁者を失った。皆、罰せられた」
ジュリエットの父はロミオの父の手を取る。
「モンタギューよ、われらは手を取り合い兄弟となろう、われらの結ぶ手が、子らへのなによりの贖罪となるであろう」
ロミオの父もまた頷く。
「どうか私にあなたの子、ジュリエットの像を立てさせてください、美しくまばゆいジュリエット、なによりもその恋こそが一番の輝きであったと」
ジュリエットの父はロミオの父の提案に頷く。
「では私はそれに劣らぬロミオの像を。我々は憎しみのあまり、跡取りのたったひとりの我が子を生贄にしてしまったのです」
嘆く二人の父親に、エスカラスは最後の言葉を告げる。
「夜明けとともに訪れるのは陰鬱な平和、悲しみのあまり、太陽もその顔をあげはせぬ、さあ皆、屋敷に戻りこの悲劇を語らうのだ。それぞれ罰せられるものも、許されるものもあるだろう」
エスカラスは踵を返し、足を止め、舞台からまっすぐ前を見据えて言った。
「世界に悲劇は数あれど―――――この世にまたとない悲劇こそ、ロミオとジュリエットの、恋の物語」
そう言うとエンディングの音楽が一層大きくなり、エスカラスが舞台を去る。
そして、互いに支えるよう、悲しみに肩を落とすロミオとジュリエットの父親も退場する。
俯く役者たちに、観客から拍手が起こり、それはやがて大きなうねりになる。
そして、報国院地球部、桜柳祭記念公演、ロミオとジュリエット。
最後の幕が、ゆっくりと降りた。
「―――――終わった」
そう呟く幾久に、御堀が無言で肩を抱いた。
幕が降りてもすさまじい、講堂が割れるかと思うほどの拍手が降り注ぐ。
「さ、小鳥ちゃんたち!ダンスの準備よ!」
そう言って玉木がぱちんと両手を叩く。
「はい!」
まだ舞台は終わってはいないのだ。
皆、すぐに互いの持ち場へつく。
物悲しいエンディングが終わり、いきなりダンス・ミュージックに変わる。
これ以上ないほどの大喝采、そしてカーテンコールへ。
流れるポップ・ミュージックのリズムに合わせて観客が全員、手を叩いてリズムを取った。
周布がマイクでいつものように役者を紹介していくけれど、その声が少し、詰まっている。
これで最後の公演で、三年の周布は卒業になる。
思う所があるのだろう。
『……エスカラス役、二年、高杉呼春』
わーっという一層にぎやかな声が上がる。
そして高杉と同時に出た久坂も紹介を受ける。
『ロレンス神父役、二年、久坂瑞祥』
きゃーっという声が上がったのは久坂のファンからだろう。
いつもなら二人は、軽く踊って見せるのだが。
いきなり互いに向き合うと、高杉と久坂は互いに投げ合い、くるっと回転して見せた。
いつも御門寮の庭でやっている、ストレス解消の武術だ。
いきなりの事に、どおっと講堂中が盛り上がる。その派手さに袖に居た幾久が呆れた。
「うわー、派手なことやってる、二人とも」
傍に居た入江が笑った。
「クッソ派手すぎて笑う。スゲーな」
「出て行きづらい」
幾久が言うと、山田が背を叩いた。
「ほらさっさと行け主役!どんだけ他が目立っても、お前らが一番だぞ!」
そう言って背を押された。
幾久は舞台に出て行く、御堀も同時に出る。
そして二人でいつものように踊る。
これがラストダンス。
御堀の手を取ると、ぎゅっと握られた。
そしていつもなら、互いに踊るのだけど、今日は御堀が幾久の手を取り、ワルツのようにくるくるっと回ってみせると、わーっと歓声が上がった。
最後の役者紹介だ。
『……ロミオ役は、一年、御堀 誉』
御堀がぺこりと王子様のように頭を下げると、あちこちから「みほりくーん!」「誉さまー!」と声が上がり、御堀はぬかりなくさっと声がした方へ笑顔で手を振ると、そのどこからもきゃーっと声が上がった。
『そしてジュリエット役は、一年、乃木幾久』
ぺこりと頭を下げると、客席から「いっくーん!」と女子の声が上がり、幾久は思わず頭を下げて「あ、ドモ」と言ってしまった。
そのしぐさに会場がどっと笑いに包まれる。
そして紹介された全員が、再び幕から現れて、全員で踊る。
ダンスを踊り終ると、全員が手を繋ぎ、客席に向かって大声でお礼を告げる。
「ありがとうございました!」
そう叫ぶと、わーっと拍手が鳴り響く。
まるで世界中に雨が降っているみたいに。
幕が降りてゆく。
カーテンコールも終わりだ。
全員で顔を見合わせて、つい笑って自分でも拍手をした。
所が、観客席からの拍手がいつまでも終わらない。
「拍手、いつまであんの?」
品川が言うと三吉が首を横に振る。
「わかんない」
暫くすると、「アンコール!」と声が上がった。
割れるような拍手の音、そして「アンコール!アンコール!」という叫びに、高杉が苦笑した。
「しょうがねえ。もう一度出るぞ」
一回目と同じく、アンコールがおきたので、全員で横に並ぶ。
すると、音響が気を利かせて、音楽を流しはじめた。
音響のスタッフが居る講堂の二階、舞台が見える窓を見上げると、児玉が幾久に向かって親指を上げていた。
(タマのやつ!)
児玉は音響の勉強の為にずっと地球部の舞台の間、先輩につきっきりだったので、多分気を利かせてくれたのだろう。
流れたのは明るいロックだったので、ひょっとしたら児玉が選んだ曲かもしれない。
幕が上がったので、もう一度全員で頭を下げる。右に、左に、そして正面に。
頭を下げるたびに、わーっと拍手が起きる。
「ありがとうございました!」
また同じように頭を下げ、ブザーが鳴り、幕が降りる。
これで本当に終わりだな、と全員で顔を見合わせて笑っていたのだが。
「アンコール!アンコール!アンコール!」
拍手とアンコールを求める声。三回目だ。
どうしようかと玉木を見ると、客席を指さし肩をすくめた。もう一度出ろ、ということだろう。
「え?また?」
「えー、まだやんの?」
文句を言いながらも、皆嬉しそうだ。
高杉が言った。
「もう一度じゃ。全員、並べ!」
仕方なく全員が並んで、もう一度幕が上がると、また拍手が大きくなった。
立っている人が殆どで、頭の上で拍手を続ける人も居た。
三回目ともなると幾久も余裕が出て、まっすぐ前を見ると、見てくれた人みんな凄い笑顔で、惜しみない拍手を送ってくれている。
(こんなに見てくれてたんだ)
客電がついているので、観客席がよく見える。
人数にも驚いたが、あまりにいろんな人がいるのにも驚いた。
老若男女問わず、子供も大人も皆笑顔だった。
そしていつの間にか、ウィステリアの演劇部だろうか、横に長い大きな垂れ幕を持ってきていて、『ロミオとジュリエット公演、大成功おめでとう!』と描いてある。
持っているのは杷子や大庭、松浦もだ。
幾久は思わずこみあげてきそうになったが、まだ舞台の上なのでこらえて笑顔で手を振った。
あちこちに舞台から愛想をふりまくと、ブザーが鳴った。
「ありがとうございました!」
そう叫び、全員で頭を下げ、幕が足元に落ちるまで全員ずっと頭を下げっぱなしだった。
ほっと息を吐いたのもつかの間。
「アンコール!アンコール!アンコール!」
「はぁ?!」
幾久達は驚きの声を上げた。
「ちょっと、さすがにもう無理でしょ!」
三吉が言うと、高杉や久坂といった先輩たちが集まってきた。周布もだ。
三回目のアンコールを終えても、客席は静かになるどころか、一層盛り上がって、アンコールの声が止まない。拍手もだ。
その上、「みほりくーん!」とか「ほまれさまー!」とか「いっくーん!」「ハルさまー!」「久坂くーん!」といった声が上がりっぱなしだ。
「どうする?」
周布が高杉に尋ねた。高杉も肩をすくめる。
「どうするも何も、こんなのは初めてじゃ。ワシにも判らん」
さて、と高杉はここで幾久に声をかけた。
「どうする?幾久」
「え?オレ?」
「去年のワシらの時はアンコールは二回で終わった。しかしこれは収まりそうもねえの」
「強引にアナウンス流す?」
そう言ったのは久坂だ。
講堂は使用時間が決まって、これ以上は使えないと規定で決まっている。
だけど、幾久は考えていた。
(あれだけの人が、せっかく来てくれて)
まだ声は続いている。どうしようとつい、上を見上げた。
児玉が顔をのぞかせて、ニヤッと笑った。
(あれ?)
一瞬引っ込んだかと思うと、幕が落ちると同時に音が引き、消えていた音楽が再び音量を上げて響き始めた。
音楽がかかると、また幕が開くと思ったのだろう、女性客からの「キャーッ!」という声が上がった。
(タマ?!なに期待させるようなこと!)
再び顔をのぞかせた児玉を幾久は見上げた。
すると、児玉の口が動いた。
『出ろよ』
え、と驚き児玉を見つめると、児玉はもう一度口を動かした。
『やれって』
「やれ、たって……」
タマの唇を読むも、いざ言われてもなにをやれば。
(何かあったかな。えーと)
考えていると、幾久はふと思い出し、手を挙げた。
「あの、オレ、ちょっと、思いついたんす、けど」
「なんじゃ。言え」
幾久は高杉の言葉に頷き、思いついたことを手短に説明した。