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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【15】僕たちには希望しかない【相思相愛】
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さあ世界を輝かせよう

「幾久には辛い思いをさせたよ」

 いろいろ間違えたのは息子じゃない。

 自分だった。

 それなのに息子にばかり、面倒を押し付けていた結果になってしまった。

 もっとちゃんと、幾久の言葉を聞くべきだった。

 もっと妻との関わりを観察しておくべきだった。

 やっと仕事でそれなりの地位を得て、少しは父親らしいことが出来るのかと思っていた。

 が、その矢先、父親としての初めての仕事は息子が殴った相手に謝罪することだった。

 叱られるのではないかとうなだれる息子に謝りたいのはこっちだった。

 父親が自分をどう思うのか、この息子には判らないのだと思うと自分が情けなくなった。

 ちっとも関わっていないのだから、伝わるはずもない。

 幾久は父親という存在は知っていても、古雪がどんな存在なのかちっとも知らず、父親とはこういうものだ、というふんわりとしたイメージしか持っていなかった。

 だから、そそのかした。

 学校で問題を起こし、しかも同じ面々と高等部に上がるのなら、幾久はそのまま進学するのを嫌がるだろう。

 妻との関係も、よく観察すればあまりいいものではないのはすぐに判った。

 だから、きっと逃げたいのではないかと。

 そういう隙をついてしまった、という心暗いところはある。

 ただ、報国院を知ればきっと戻ってこないだろうとも思っていた。

 なんだかんだ、自分の息子だ。

 あの学校に関わればきっと、あの頃の自分のようにいろんなものに引っ掻き回されて、そこに居たいと望むようになるかもしれない。

 それは単に夢のような希望でしかなかったけれど。

「しかし、幾久君が御門寮なんて、お前頼んだのか?」

 律の問いに古雪は首を横に振った。

「まさか!そこまで押し付けたりしない」

 さすがに試験については東京から飛行機で向かうので時間を融通して欲しいと希望を出したが、もし無理なら前日から泊まりにさせるつもりだったし、古雪が吉川学院長に頼んだのはそのくらいだ。

「寮については単純に、その担当の采配だったらしい」

 報国院は生徒にも自由を与えているが、教師にも自由を与えている。

 寮についても采配は担当の教師が行い、あとは成績によって生徒の希望をできるだけ通すようにしているはずだ。

「尋ねてみたが、全くの偶然だそうだ。入試がギリギリだったせいか、人数合わせが面倒だったんだろうと」

「なるほどね」

 追加試験を受ける者は少ない。

 このあたりの中学生男子は滑り止めを報国院にしておくことが少なくない。

 なんといっても千鳥なら、名前さえ書けば合格はするレベルだからだ。

 追加試験はあくまで、人数合わせであって、そんなに受験する人も多くはない。

 その中の一人が幾久だったわけだが。

「御門は今年、最初から新一年を入れる予定がなくてな。正直、人数と管理の都合から、寮をやめる事も議題にあったそうだ」

「……そうなのか」

 御門寮は過去に、長州藩の志士の屋敷として使われ、明治になってからは客を迎えるための施設に改装された。

 その後、個人の所有となったが戦後の財閥解体で、報国院に寄付されたという経路がある。

「さすがに壊しはしないが、寮として使うのもあの場所はデカいだろ?歴史を考えて手放しはしないが、かといって寮として維持するのもどうか、と議題が上がったところでお前の息子が入ったわけだ。我らが御門寮は、お前の息子のおかげで救われたみたいなもんだな」

「もしそうなら、運命を感じるよ」

 一年生が入らない寮は、維持が難しく、大抵がそのまま消えてしまう。

 時代で子供の数は変わるし、よって寮の運営も変わってくる。

 いまは名前しか残っていない寮もある。

「少なくとも、我らが御門はお前の息子がいる限り、維持はされるということだ」

「それだけでほっとするよ」

 古雪は微笑む。

 あの寮は改装されて、古雪が居た頃と同じではないけれど、それでも大切な思い出の場所だ。

 そしていま、息子は自分の大切な母校にいて、古雪の愛した寮に居る。


『父さん、オレ、このまま報国院に残りたい』


 そう幾久に告げられた時、古雪は、自分はなんて幸運なのだろうと思った。

 本当はずっとそうしたかった。

 息子の幾久を、母校に通わせることができたらどんなにいいだろうと考えはした。

 しかし東京で生まれ育ち、ろくに関わりもない自分がただの夢で母校をすすめるわけにもいかなかった。

 このまま、エスカレーターで進学し、大学に進み、自分と同じような人生になるのかもしれない。

 東京の方がチャンスはあるし、ずっと住んでいる場所でなじみもある。

 自分の望みは現実的じゃない。

 しかし、諦めることもできず、そうなったらどんなにいいか、そう考える古雪の元に、後輩で現学院長の吉川からパンフレットが届いた。

『息子の幾久君は来年高校生だろ?うちの学校どう?一人でも多い方が儲かるんだよな』

 そうふざけて言う吉川は、古雪の望みを見抜いていた。

 ここに居る律もそうだ。

「もし幾久のおかげで御門寮が継続されたのなら、いっそドラマに感謝したくなるね」

 古雪が言うと律が笑った。

「こういうの、ひょうたんからコマだっけ?」

「人間万事、塞翁が馬、な」

 良いと思ってやったことが、良い結果を産むとは限らないし、悪い事がいい結果を産むことがある。

 人生は判らない。

 幾久にとって、報国院を選んだ選択が、良い結果になるのか悪い結果になるのかは、誰にもまだ判りはしない。

 だけど、どんな結果になっても、きっとこの時間は幸福だった、そう思えるに違いないと古雪は信じていた。

 自分がそうであるように、幾久もきっとそうである。と。

 突然、のろしが上がり、ぱん、ぱん、と大きな音を立てた。

 桜柳祭の二日目が開催されると言う合図だ。

「お、やっぱり開催だな」

「今日はいい天気になりそうだ」

 古雪が空を見上げて言う。

 薄暗かった空はすでに朝に変わり、明るく世界を照らし始めた。




 桜柳祭二日目は、一日目より早く舞台が開催される。

 一回まわしの一日目と違い、スケジュールはぎゅうぎゅうで融通がきかない。

 出場するどの生徒も、忙しそうに走り回っている。

 昨日は遊ぶ時間があった幾久達、地球部の面々も今日は朝からそういうわけにもいかず、最初から控室で準備に入ることになっている。

「おはようございまー……わあ、いいニオイー」

 幾久が控室に入ってすぐ、ものすごくいい香りがふわあっと漂ってきた。

 そして目の前にあるのは、花、花、花、花。

「あ、幾、オハヨー」

 三吉がにこにこしながら挨拶するが、控室はとんでもない有様だ。

 所狭しとフラワースタンドやなんかが大量に置いてあって、生徒が座る所すらない。

「なにこれ、すご……えぇえ?」

 入り口だけかと思ったら、入っても入っても花がある。

 かきわけかきわけ、なんとか中に入ると生徒たちがうんざりした顔で膝を抱えて座っていた。

「な、なに?これどうしたの?結婚式?」

 びっくりする幾久に品川が言った。

「お前らのな」

「はぁ?」

「これ見ろ」

 品川が差したのは、ゆらゆら浮いている可愛いハート形の風船から吊るされたカードだった。

「報国院桜柳祭、ロミオとジュリエット公演記念……え?これうちに?」

「昨日来ただろ、誉会の」

「ああ、あの面白いおばちゃん達」

「そこから送られてきたんだよ」

「え?!これ全部?!」

 まるで花屋のような有様で、この大量の花がまさかの誉会からとは。

「そうじゃないのもあるけど、殆ど誉会だよ。あれ見ろよ」

「へ?」

 品川の指さした場所にあったのは、大きなバルーンの中にクマのぬいぐるみがふたつ入っている。

 物凄く可愛いが、やっぱり「誉会」の文字がある。

「可愛いなあ」

「それどころじゃねーよ、これじゃ準備できねーってマジで」

 そう言ったのは二年の入江だ。

 確かにこの花では身動きもとれないしどうしようもない。

「一体いくらかかってんだろ」

 改めて誉会の存在に幾久がびびっていると、毛利がやってきた。

「あー、やっと来たか小僧!お前待ってたんだよ」

「あ、先生、おはようございます」

「おっはよー。この花だけどな、お前と御堀宛てだからここに運ぶ許可出したんだけどよ、いざ来たら尋常じゃねー数なんで移動させようかと思って。移動の許可くれ、許可」

「オレはかまいませんけど」

 幾久が言うと毛利が頷く。

「王子様の許可は取ってあるから、これこのまんま、表に出すぞ!いくぞテメーら!」

「うーす」

 そう声を上げたのは、毛利の配下についているSPの生徒たちだ。

 どやどやと手際よくSPの生徒たちがフラワースタンドを運んでいくと、控室はあっという間に広くなった。

「あ、そうそう、そのスタンドだけは残しておいて頂戴」

 やたらゴージャスな、大量のバラで出来たフラワースタンドを玉木は指さした。

「それとってもいいわ。花を舞台で使いましょう。きっとセクシーよ」

 うふふ、と玉木は楽しそうに笑う。

 なんだかろくでもない予感がすると幾久は思った。



 大量の花は運び出されても控室はすごい花の香りが残っていて、窓を開けてもまだいい香りがする。

 さて、花も片付いたし着替えるかと幾久は衣装を探すと、ジュリエットの一番上の衣装が見つからなかった。

「あれ?オレの衣装は?」

「ああ、そうそう、お前の衣装だけど、開演ギリギリまで待ってくれって」

 山田に言われ、幾久は「へ?」と首を傾げた。

「御堀が言ってたんだけど、昨日、衣装作ったウィステリアの先輩が来てさ、気になるところがあるから改造したいって持って帰ってるって」

「えぇ?!だって今日、本番なのに?」

 前夜祭と初日の舞台で衣装を使って、評判もいいしそのままでも構わないのに。

「なにがなんでも間に合わせるから、とにかく待っててくれって」

「そりゃオレは本番までに間に合えば構わないんだけどさ」

 あの衣装は着ればすぐだし、急ぐこともないので幾久はいいのだけど、松浦は大丈夫なのだろうか。

(まっつん先輩、昨日のケープ作った時も確か徹夜とか言ってなかったっけ?)

 報国院と松浦が作業しているテーラーは近いので、なにかあっても行けば済むだろうけれども。

 一年の入江が言った

「きっと魔改造されてるぞ」

「なんかそれはそう思うけど」

 しかし衣装が手元にないので幾久にはどうしようもない。

(あとは野となれ、山となれ、だっけか)

 今更何を考えても仕方ない。

 今日は二回も舞台があるのだから、体力を温存しておかないとな、と思うのだった。

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