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我儘を教えて

 なんとなく思っていたことが、言葉にされるとやっぱりな、という確信に変わる。

「でも杉松さんには六花さんがいるだろ?ずっと姉の片想いでさ」

 雪充は、姉の恋をずっとそばで見てきたのだろうか。

 雪充がお姉さんを大切に思っているのは、ちょっと見ただけでもすぐに判る。

(ひょっとして、お姉さんが杉松さんを好きだから?)

「雪ちゃん先輩、それで杉松さんに?」

 恋の実らない姉の為に、姉の好きな人に似ようとしたのか。

「……気づいたのは、ほんと杉松さんが亡くなる寸前くらいだけどね。姉はずっと隠してて。僕はずっと気づかなかった」

 どこか自分を責めるような言い方に、どうしてなのかな、と幾久は思う。

 雪充を見つめる幾久に、雪充は軽く笑って言った。

「最初は姉を慰めようとも思ったけど、杉松さんは実際大人な人だったし、お手本としても問題ないし、我ながらいい選択だったな、と思ってる」

「なんかちゃっかりしてるッスね」

「まあね。僕なんてこんなもんだよ」

 ははっと雪充は笑う。

 いつもの先輩らしい雰囲気ではなく、なんだか御門の先輩たちのように感じた。

 力が抜けていて、気だるげで。

「いっくん」

「はい」

「姉の我儘を聞いてくれてありがとう」

「そんなん。全然っす」

 首を横に何度も振ると、雪充は「そう」と笑っていた。

 二人、黙って座っていると、報国院のにぎやかな喧騒が聞こえてくる。

 まだ祭りはにぎやかに続いていて、閉門になってもかなりの人が境内に残るだろう。

「雪ちゃん先輩」

「なに?」

「雪ちゃん先輩の我儘って、何、すか?」

 多分だけど、雪充はいろんなものを我慢していて、それでも選んで動いているのだろう。

 きっと我儘もあるはずだ。

「なにかなあ。いざそう言われても思いつかないけど、どんな我儘でもいいの?」

 幾久は頷く。

「どんなんでもいいっす。オレ、やるっす。叶えるっす」

 すると雪充は楽しそうに言った。

「それは、なんだかもったいなくて今すぐ決められないな」

「えー、」

 折角桜柳祭が終わったら、なにかしようと思ったのに、と思った幾久は不満げに唇を尖らせる。

「オレ、なんか雪ちゃん先輩にしたいのに」

「それはありがたいな」

 雪充はくすくすと笑う。

「冗談だと思ってるでしょ!オレ、本気っすよ!」

「思ってないよ。ありがたいし、やったーって思ってる」

「なんか軽い」

「本当に嬉しいって思ってるよ。いっくんが御門っこで良かったなと思ってるし」

「……雪ちゃん先輩、いたらもっと良かった」

 ぽつりと幾久は、自分の我儘を呟く。

 本当はちょっと、そう思っていた。

「いまだって、タマ来てくれたし、なんだかんだ、先輩らも良くしてくれるし。ガタ先輩も、なんかスゲーし」

 そうだ、と幾久は思い出す。

「オレ、雪ちゃん先輩に謝りたかったんす」

「うん?」

 幾久は立ち上がると、雪充の前に立ち、ぺこりと頭を下げた。

「折角雪ちゃん先輩に、ハル先輩も瑞祥先輩も、ただの高校生だって聞いてたのに、失敗しました。……ひょっとしてもう聞きました?」

「まあ、ちょっとは」

「やっぱりー!」

 あああ、と幾久は頭を抱えた。

「聞いてるし知ってるし、山縣が解決したんだろ?別に僕はなんとも思ってないよ」

「すっげえバカみてーだからせめて自分で言いたかった」

 しょんぼりする幾久に、雪充は幾久の頭を撫でた。

「いいって。いっくんがやらなかったらタマがしてそうだし、いずれ誰かが何かをおこしてたよ、あの寮はね。でも、いっくんだから、すぐ収まったんだよ」

「そう、なんでしょうか」

「そうだよ。ひょっとしたら、次の子がするかもしれないし」

 次の子、とは来期入ってくる新入生の事だろうか。

 幾久が微妙な顔をしていることに気づき、雪充は言った。

「僕はいっくんが御門に居て良かったと思ってるし、これからもずっと居て欲しいんだ」

「はい」

「僕が帰るより、タマが居て、いっくんが居て。そうしたほうがきっと良いよ。二年どもの為にもさ」

 雪充は思う。きっともうすぐ、あの有能な一年生もどうにかして御門に移動するだろう。

 裏でいろいろ動いているのは雪充も知っている。

(いっくんに、タマに、御堀か。いい組み合わせだな)

 性格を考えればバランスが取れている。

 児玉と御堀がどうなるかは判らないが、児玉はそもそも優秀なタイプは一目置く。

 御堀は優秀で、そつがないので、児玉も嫌がらないだろうし争いもないだろう。

「僕は御門が好きで、報国院が好きで、桜柳祭が、とても好きで、後輩どもも好きで。勿論、いっくんもだよ?」

「はい!」

 思い切り元気よく返事をするので、雪充はつい噴き出した。

 幾久は、懐いている子犬みたいだなあと思う。

 素直に慕ってくれる。

 だから可愛い。

 可愛いからこそ、雪充も幾久を仕込むのだ。

「だからこれは、いっくんに言いたいんだ」

 雪充は向かいに立った幾久の手を取り、微笑んで告げた。


「報国院を選んで、ここに来てくれてありがとう」


 幾久は思わず、息を止めてしまった。


「僕の我儘は、そうだな。卒業までに考えておく。それまでに教えるよ。それでいい?」

 卒業、という言葉に幾久の心臓はきゅっと縮まったように思えた。

 まだずっと先の事が、いま目の前に突き付けられたみたいだからだ。

 びっくりしたせいか、ぼろっと涙がこぼれてしまい、雪充は苦笑した。

「いっくん、泣き虫だな」

「だって」

 どうしてもそんなことを言われたら考えてしまう。

 雪充は卒業してしまうし、春になればいなくなる。


 雪充が学校からいなくなるだけでこんなに悲しいと思うのに、あの人たちは杉松を失ってどれほど辛い思いをしたのか。


(想像もつかないや)

 好きな人がいなくなる。

 それだけで、こんなにも辛いなんて。


「雪ちゃん先輩がいなくなるって、考えただけでなんか嫌っす」

 例え毎日見ることがなくても、学校のどこかに雪充がいて、幾久が困っていたらさっと助けに来てくれる。

 そんな風に思っていた。

 さみしい、心細い。一人にしないでほしい。

 そんな駄々っ子みたいな感情が、わっと湧き上がってくる。

「まだいるよ。もう、二、三か月?」

「たったそんだけじゃないっすか」

「留年は嫌だよ」

「雪ちゃん先輩が留年するのはカッコ悪くてオレも嫌っすけど~」

 幾久の正直な言葉に、雪充は吹き出す。

「ほんっと、いっくんは面白いな。ホラ泣くな」

 リンゴ飴を渡された。

 幾久が賄賂で渡したリンゴ飴だ。

「子ども扱いしてるッスね?」

「それを言うなら、姉と六花さんにリンゴ飴渡したのは?」

「オレじゃないっす。しょう……」

 晶摩、と言いかけて、しまった、と幾久は口を閉じる。

 雪充はきらっと目を光らせると、尋ねた。

「品川と?」

 冷や汗をだらだらかきながら幾久は首を横に振る。

「えーと、失言っス。いまの忘れて下さい」

「いいから教えて?」

 にこにこと笑って近づく雪充に、幾久は首を横に振り続けた。

「勘弁して下さい。さっきお姉さんに言われてたじゃないっすか!」

「うん、仕返しはしないけど、名前くらいは確認しておこうかなあって」

「いや、怖いッス雪ちゃん先輩!」

 あまりに幾久が必死に首を横に振るので、雪充は仕方がないと肩をすくめる。

「まあ、そのうち確認するか」

「諦めてくださいよ」

「うーん、じゃあ明日のいっくんの舞台の出来次第で考えようかなあ」

「そんなあ。判りにくい」

「そうかな?判りやすいし、けっこういい条件だと思うけれど」

 雪充がそう言っていると、ブーン、という振動音が響いた。

「あ、ハルからだ」

 インカムが使えないのでスマホのほうに連絡が入ったらしい。

「はい」

 雪充が出ると、途端、高杉の怒鳴り声が響いた。

『ユキッ!!!!ええかげんにせえ!現場に戻れ!酷い有様じゃ!』

「はは、ごめんごめん、すぐ戻るよ」

『はよせぇ!』

 そう言うと高杉の電話は切れた。

「すんません……オレ、手伝えたらいいんすけど」

 桜柳会じゃなにも出来ないな、としょんぼりしていると雪充が言った。

「じゃあ、お茶でも運んで貰おうかな。学食に頼めばポットでくれるから、一緒に運んでくれる?」

「ウス!勿論ッス!」

 ついてくる幾久に雪充は目を細めた。

 暗い中、ぼんやり見える土塀と祭りの明かり。

 楽しそうな生徒の声。

 雪充は愛したものと、明日でひとつお別れになる。

(桜柳会、あと一日)

 本当のさよならにはまだ遠いはず。

 自分たちには、まだ、その時間が許されている。


「がんばろうね、いっくん」

「はい!」

「じゃあ、行こうか」

「ウス!」


 幾久は雪充を見上げて思う。

 この人の我儘を簡単に叶えることが出来るような、そんな報国院生になりたい。


 出来れば、もういないけれど杉松のような。

 皆が愛するこの場所のような。


 失うものがあるのなら、得るものもあるのだと信じたい。


 ざわっと風が走り抜けた。

 夜風のにおいに冬が混じる。

 冷たい風に身を震わせた。


 二人は足を止めず、冬のにおいの風に気づかないふりをして、学校の中へ帰って行った。

 まるで誘うような祭りのほの明かりはゆらゆらと、報国院の土塀の陰に鮮やかな影を描いていた。





 星羅雲布・終わり

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