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グッド・バイ

「女装カフェだってあんたらのせいで駄目になったんでしょ?」

「正しくはFカップカフェな」

 報国院は男子校で、勿論女装は目玉の出し物だったのに、毛利たちのやったことが悪ふざけが過ぎると中止された。

 あの頃の学院長は嫌な男で、ずいぶんと毛利の時代は締め付けがあったものだが、今は違う。

「吉川君はいい学院長だもん。おかげで仕事しやすい」

 自由は倍増、給料も跳ね上がり、先生たちの自由度も一気に上がり生徒も増えたし校舎もぴかぴかだ。

「ライブは確かにぶっとんでたね」

 菫は毎年のことながら笑って言う。

 ああいうのこそ、報国院らしさだ。

 学院長のファンは校外にも存在して、タオル持参で盛り上がる人も多い。

 楽しむ際は全力でバカをやる、報国院生はそういうものだ。

「学院長がここ出身じゃ、ああなるもんよ」

「あんたもここ出身でしょ?」

「おかげでやりたい放題ウェーイ」

 ぐっと両手の親指をサムズアップで上げて言う。

「いっくんを大事にしなさいよ」

 菫の言葉に毛利は言った。

「してるしてる。ちゃんと様子見てるけどマジ心配ない。ちゃんと強い良い子だって。な?六花」

 毛利に言われ六花が言った。

「いやお前の仕事は知らんけど」

「知って?一応知っといて?俺先生だから!」

 相変わらずバカ姉弟みたいなやりとりで、このあたりはまんま、高校生の頃と変わらない。

「六花先輩」

「ん?」

「……ありがとうございました」

 自分ではなにをしたいのか、どうすればいいのか判らなかった。

 ただ、皆が似ているという幾久を、見ておかなければと思っただけだ。

「違ったろ?」

 六花が言うので、

「ええ。全然」

 最初は、似ていると思った。

 まるであの人が一瞬、帰ってきたのではないかと。

 だけど違う。

 それは近くで過ごしていたから判る。

 この子は私のあの人じゃない。

 こんなに似ているところがあっても。

 だからそれが判った途端、悲しくてたまらなくなった。

 違うものでしかない事が。

 あの人はもう本当にいないのだ。

「けど、可愛いかったろ?」

「はい」

 素直に杉松への感謝を語り、杉松の真似をする雪充にあこがれていると語る。

 杉松は消えてなんかいない。

 こうして少しずつ、誰かの中で生きている。

「杉松はもう居ない。でもちゃんと、なにがしかは残ってるんだよね」

「……はい」

「それで十分幸せなんだよ、私は」

 六花はそう言って笑う。

 杉松が愛したものが、関わったのもが、壊されたものが、少しずつ形を作っていく。

 再構築とはまたちがう、新しいものに。

 菫は思う。

 だからこの人は生きていけるのだ。

 杉松が最も愛したものは、自分自身だと知っているから。

 菫は六花に言った。

「いっくん、いい男になって欲しいですね」

「まあ、お手本が寮にあるから大丈夫でしょ」

 三年の雪充にあこがれ、直接の手本は久坂に高杉、吉田の三人、友人は杉松にあこがれる児玉とくれば、学ばないほうがどうかしている。

「あー、いっくんにもう会いたい!むしろ飼いたい!」

 そう言う菫に毛利が言った。

「俺を飼ってくれ」

「しつけのならん男は飼わん。いっくんは紳士だった。抱きしめても大人しくしていて可愛いのなんの」

 菫が言うと六花が笑った。

「ハハハ、そりゃそうだろ。あの面食い」

「やっぱそうですか?」

「そりゃそうだよ、見てたら判る」

 六花の目から見た幾久は、どういう意味でも面食いだ。

 顔のつくりがいいのはもちろん好きだし、雰囲気でも引っ張られる。

「じゃあ雪充にあこがれてるっていのも」

「ほぼ顔じゃないか?得したね、菫。あの子のああいうところ、あたし好きだね」

 幾久は割と美しいものに弱い。

 だからこの美しい町を選んだのかもしれない。


「あの子、受験が遅かったんだって。春に受けたのは正解だったかもね」


 冬のこの町は、古いから余計に寂しさが増す。

 町中に緑が多いせいもあって、冬になって緑が落ちると、急に世界が開けるからだ。

 その意味に気づかない子供の頃は、冬は寂しくなるものだと思っていた。

 春は桜、夏は緑、秋は椛。冬は、ただ寂しいだけだ。

 その寒々しい町も、勿論好きではあるけれど。


 芽吹く町に導かれるように訪れた。

 映る世界が灰色か、芽吹く前の木の色か。

 それは随分と違うだろう。

 例え意識していなくても。


「あ、ホラ来たよかわいこちゃんが」

 六花が言う。

 顔を上げると、幾久が走ってくるところだった。

 まるであの頃の杉松のような、その割にまだ子供っぽくて杉松より随分と幼く見えるのは、自分が大人になったからだろうか。

 両手に三つも大きくて立派なりんご飴を持っている。

「六花さん、菫さん、友達がりんご飴奢ってくれたんす。食べませんか?」

 そういって幾久は差し出すと、六花も菫も頷き受け取った。

「俺にはねーのか」

「男にはねーっす。これ賄賂で貰ったんで」

 幾久の賄賂という言葉に菫はぴんときて、幾久に頷いた。

「雪充には黙ってろってことね?判った判った」

「おいなんだ賄賂って」

 毛利が聞くと菫が答えた。

「受け取ったんだから言う訳ないでしょ」

「私もいいんだ?」

 六花が楽しそうに尋ねると幾久は頷く。

「ウス。六花さんにも口止めしとかないと、後からなにがあるか判りませんから」

「なるほど、リスク管理の為ね。いっくん賢い」

 六花は楽しそうにゲラゲラ笑った。

 と、幾久の肩を誰か叩く。

「ん?」

「その話、詳しく聞かせてくれるかな?」

 振り返るとそこには、微笑んだ雪充が立っていた。

 菫と六花はりんご飴を持ったまま、「あーあ」という顔をしていた。


 いきなり背後に立っていた雪充に幾久は慌てた。

 なぜいきなり雪充が居るのだ。しかも話を聞かれたかもしれない。

「雪ちゃん先輩……」

 にこにこ微笑んでいる雪充に、幾久は言った。

「オレは無罪です!」

 と、菫が言う。

「そーよ雪、いっくんはむしろ被害者よあたしの」

「それならいいけど、それ以外は?その賄賂の理由は?誰が?何の理由で?なぜ預けた?」

 ぐいぐい質問する雪充に幾久は若干引くが、毛利があきれ顔で言った。

「取調べかよ」

「いっくんは関係ないなら叱らないよ?」

 ってことは、関係ある人は叱るつもりなんだ。

 これは困ったなあと幾久は考えた。

 なぜなら賄賂はすでに受け取り済だし、自分の分もしっかり貰ってしまったのだ。

 賄賂を幾久に渡した時点で一年生はみんな、さっきのことは大丈夫だと思っているし、幾久もそのつもりだった。

 六花にも菫にもOKを貰ったのに、肝心の雪充に見つかってしまうとは。

 しかし、友達を売るわけにもいかない。

「いっくん?」

 にこにこ笑って尋ねる雪充に、幾久は言った。

「やっぱオレ、言えないんで、これでなんとかなりませんか?」

 雪充に差し出されたりんご飴に、菫と六花はこらえきれず噴き出し、雪充は心底困った顔になっていた。




 結局雪充はりんご飴を受け取った。

 二人で先生や六花たちに頭を下げ、なんとなく屋台を回っている。

「姉さんもああいってるし、不問にするのは今回だけだよ」

「ウス」

 雪充、それ以上いっくん責めるな、そして聞くな。

 お姉さんがそう言うと、雪充は仕方なく「はい」と頷いた。

 シスコンと聞いていたが、お姉さんに頭が上がらない所をみると、そうなのかな、と楽しくなる。

「お姉さん、スゲー美人っすね」

「自慢の姉なんだ」

 そう言って笑う雪充は、機嫌がいい。

 幾久は何気なく言った。

「雪ちゃん先輩、楽しそうっス」

「そう?」

「はいっす」

 やっぱりお姉さんが居て嬉しいのかな。

 そう考えていると雪充はインカムになにか話しかけると、しばらくして幾久に言った。

「いっくん、ちょっと散歩に付き合ってくれるかな」

「?はい」

 耳にかけているインカムを取り外し、ポケットに入れた。

「いいんすか?」

 雪充は桜柳会の実行委員で忙しいはずなのに。

 すると、幾久に、まるで子供みたいな笑顔で言った。

「無理矢理サボらせてもらった。本当はダメなんだけど」

 そういって雪充は、さっき菫と通った、稲荷の傍の道を進んで行く。

「ぐるっと一周しようよ。姉と同じコースで悪いけど」

「うす」

 きっと気分転換でもしたいのだろうな。

 そう思って幾久は雪充の隣に並んだ。



 大好きな雪充と過ごせる時間に幾久の足取りは軽くなる。

 美人のお姉さんと歩くのも楽しかったが、雪充の方がもっと嬉しい。

 うきうきと歩くとつい歩調が速くなってしまって、幾久はゆっくり歩き始めた。

 足取りが遅くなった幾久に、雪充は尋ねた。

「どうしたの、いっくん」

「あんまり早く歩くと、早く終わっちゃうじゃないっすか、散歩」

 折角雪充に散歩に誘われたのだから、ゆっくり、じっくり、時間をかけて歩きたい。

 と、雪充は吹き出した。

「だったら、途中で休むよ。時間貰ったし。御堀がOKくれたんだから大丈夫だよ」

「誉が?」

 幾久が驚くと雪充が言った。

「そう。休みたいから頼むよって言ったら、『本当は迷惑ですけど、我慢します』って」

「誉……」

 ああ、そういうこと雪ちゃん先輩に言っちゃうんだ、と幾久は頭を抱えるが、雪充はむしろ笑っていた。

「あいつ、戻ってきてから随分と素直と言うか、無礼者になったよ。そのかわりイキイキしてるから仕事は捗るんだけど」

「そ、そう、なんすか」

「こっちとしては有能さとの対価だと思ってるから、仕方ないなと」

「なんか申し訳ないっス」

 御堀がそういう悪い意味でも素直になったのは間違いなく幾久のせいだろう。

 なんだか責任を感じてしまう。

「いいって。二年、三年はむしろ面白がってるから。実際有能で助かってるし。いっくんが御堀に桜柳会に戻るよう進言してくれたんだろ?ありがとう」

「そんな。オレ、たいしたことしてないっす」

 面倒は全部御堀に押し付けるような真似をして、幾久はできることしかやっていない。

「もっとオレが手助けできたらいいんすけど」

 幾久の言葉に雪充は笑った。

「十分やってるよ。舞台、大成功じゃないか。ものすごく盛り上がってるし、評判もいいよ」

「雪ちゃん先輩にそう言って貰えたら、ほっとします」

 少しでも忙しい、本当は地球部をやりたかった雪充の手助けをしたかったから、それができているのなら嬉しいと思える。

 二人は学校の裏路地の石畳を歩き、乃木神社の前へ出た。

 さっき歩いたのと同じ、しろくま保育園の前を通ると、雪充が言った。

「ちょっと座ろうか」

「うす」

 二人は保育園の入り口にある車止めに腰を下ろした。

「さっきはありがとういっくん。姉は我儘じゃなかった?」

「全然っす。面白いお姉さんっす。綺麗だし、六花さんに似てるし」

 だから初めてあった気もしないし、変な緊張もしなくて済んだ。

「そっか」

 雪充はそう頷いて、しばらく黙って、やがてぽつりと幾久に言った。

「姉はね、杉松さんを好きだったんだ」

「……そうなのかなって思いました」

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