私は壁になりたいのです
さて、大庭がイケメン報国院生に変身している間、杷子と松浦は高杉と打ち合わせをしていた。
「なにしろ、ウチの部だけでもかなりの声があったからね」
杷子によれば、知る限りの情報であってもロミオとジュリエットの人気は高く、自分が一緒に写るよりも『二人だけ』の写真を希望する人が多いのだという。
だったら売れるものは売ってしまえと早速ブロマイドを作ることになった。
「印刷は写真館に頼めばエエしの」
報国院のすぐ傍には写真館がある。
印刷も自前の印刷機械をもっているので、報国院の印刷関係はここが請け負っている。
梅屋に伝えれば当然『いますぐデータを送付しろ』ときたので高杉はカメラを持っている杷子に頼んだ。
「じゃあ、こいつらの写真、頼んでエエか」
「もっちろん!じゃあ、折角だからこの部屋を生かさないとねー」
講堂は古いアンティークな建物なので、それだけで雰囲気がある。
その上、控室には使わなくなった古い椅子なんかもあったので、幾久と御堀は二人、衣装のまま並んで写真を撮られる羽目になった。
写真を撮ったのはカメラを首からさげていた杷子で、すさまじい量の写真を撮ったあと、すぐさま『これぞ!』という一枚を選んだ。
まず最初に速攻で二人の並んでいるショット、そしてロミオがジュリエットをお暇様抱っこしている写真、そして大人気だったポスターの恋人つなぎを二人でしている全体を写した三枚を撮るとすぐさま梅屋に指示を仰いだ。
映像研究部は忙しい。
すでに梅屋から頼まれていた山縣は部室に待機していた。
時間通り、インカムに梅屋からの情報が入る。
「わたしだ」
さもアニメのラスボス風に山縣が答えると、梅屋が言った。
『仕事だ』
梅屋が素早く状況を説明すると、山縣が頷いた。
「『任務は遂行する』『時間も守る』「両方」やらなくっちゃあならないってのが「三年」のつらいところだな」
すると梅屋が言った。
『覚悟はいいか? 俺はできてる』
山縣はふっと笑って言った。
「データを早く送って来いッ!スチュワーデスがファースト・クラスの客に酒とキャビアをサービスするようにな!」
梅屋も笑い、山縣に応えた。
『ボラーレ・ヴィーア(飛んでいきな)』
そしてすぐさま、梅屋から送られたデータが、山縣のもとに届いたのだった。
すでに画像ソフトを立ち上げていた映像研究部の部員があっという間に画像処理をこなし、そして学校の傍にある写真館へデータを送る。
専門のプリンターがそえつけてある写真館では梅屋がスタンバイしており、画像の調子を見て、何度かの修正ののち、量産体制に入った。
「出来次第、運ぶぞ!」
「イエス!アイアム!」
現場の盛り上がりは最高潮に達していたのだった。
さて、一方当事者である幾久と御堀、そして高杉と久坂は撮影会に臨むことになった。
他にも主だった役の面々も衣装のまま移動し、明日の営業をかけたり、撮影会の手伝いをすることになった。
舞台チケットとセットで販売した撮影付き予約チケットは完売している。
「今日はもう舞台はないが、明日のチケットの事を考えて、ギリギリまで営業かけるぞ」
高杉の言葉に「うす」と幾久も頷く。
折角ここまでやっているのだから、こうなったら出来る限りチケットは売りたいし沢山の人に来てほしい。
「おう、高杉!舞台良かったぞ!」
「ありがとう!」
衣装のまま通ると、在校生が拍手したり、声をかけたりしてくる。
「地球部!舞台よかったぞ!」
もってけ、と先輩から鈴カステラを押し付けられる。
焼きたてのほっかほかだ。
「あ、あざす!」
受け取った幾久がお礼を言うと、先輩が幾久の頭を撫でた。
「ジュリエット、かわいかったぞ!」
「あざす」
誉められるとなんだか照れてしまう。
「幾、遅れるよ」
御堀の言葉に頷き、幾久はもう一度頭を下げた。
「あの、ありがとうございました!明日もよろしくお願いします!」
「行けたら行くからな!」
わーっと拍手で送られると、思わず笑顔になてしまった。
「なんか、こういうの照れるけど嬉しい」
幾久が言うと御堀も頷く。
「頑張ったかいがあったって思うね」
「うん」
夏からずっと、ずいぶんといろいろあったけれど、やってよかった。
そう思って、撮影会場所に近い廊下を曲がったその瞬間だった。
「ロミオ様とジュリエット君よ!」
きゃーっという声に幾久は驚くが、状況をすぐ理解した御堀は爽やかな笑顔で王族よろしく手を振っている。
廊下はすでに行列が出来ており、撮影会を待っている人でぎっしりで、しかも高校生くらいの女の子ばかりだ。
「ウィステリアの人かな」
ぼそっと幾久が尋ねると御堀が「そうだろうね」と頷く。
報国院と姉妹校であるウィステリアはチケットも優先的に入手できているし、情報も入っているはずだ。
幾久と御堀が撮影のための教室に入ろうとすると、まるでアイドルが通るみたいに、わあ、とかロミオ様、ジュリエット君、と声がかかる。
幾久はなんとなく恐くて、つい御堀の衣装を掴む。
「幾、平気?」
「ちょっと怖い」
御堀が腕を出したので、幾久は素直にそれを掴んだ。
ざわざわする女子たちの並ぶ横を歩きながら、やっと二人は撮影用の部屋へ入ったのだった。
「こ、怖かった」
教室に入ると幾久は肩を落とす。
女子がたくさん居るだけでも迫力なのに、声が上がるとびくっとしてしまう。
「まあ、教室の中は順番で入るから大丈夫だろ」
御堀が言うと、高杉や久坂も頷いた。
「ワシらもここで休むし、撮影班もおるんじゃから、心配すんな」
「うす」
撮影用の教室は机や椅子が片づけられていて、大きなスクリーンが設置してある。
撮影のコーナーは二箇所あり、片方はヨーロッパ風、バラの植えられた庭とその中に建つ煉瓦造りのお屋敷が印刷されたスクリーン、もうひとつは真っ白なスクリーンだ。
撮影用のカメラは三脚で固定してあるし、カメラマンも別に居る。勿論生徒だが。
「本格的っすね」
「プロの指導を受けちょるからの」
するとカメラマンの生徒が親指を立てた。
「写真館でバイトできる程度にはいけますよ!」
聞けば、映像研究部は俗にいう写真部も兼ねているのだという。
「なんかスゲー」
ほんとうに報国院だけで小さな会社が出来そうだ。
「さて、お客さんを待たせておくわけにもいかないから撮影会に入るけど、ロミオとジュリエット、準備は?」
久坂の問いに二人は頷く。
「大丈夫です」
「頑張るッス」
「そう、じゃあいいよ。お客さんを案内して」
神父の衣装のままの久坂が言うと、入り口で人員整理をしていたスタッフが頷いた。
「では皆さま、地球部主催の、撮影会を開始しまーす。お手元にチケットをご用意くださーい」
やった、と並んでいた女子たちがざわざわとしはじめる。
「では、最初の方から順番にどうぞー」
案内され、一番最初の番号の人が入ってきた。
顔を赤くしてチケットを握りしめて、緊張した面持ちで入ってきた。
「し、失礼します」
「どうぞ」
御堀が笑顔で微笑むと、ぼっとますます顔を赤くする。
沢山いると怖いけれど、こういうのはなんだか可愛いな、と幾久はにこにこと笑っている。
「誰と、どっちで撮影したいですか?どうぞ」
ヨーロッパの風景に見える背景か、それとも白い背景か。
そう尋ねたのだが、女子は言った。
「あの、私めなんかどうでもいいんです!」
「ん?」
「お、お二人の写真を撮りたいんですけど」
二人、と聞いて御堀と幾久が顔を見合わせた。
「僕達でいいのかな?」
御堀が尋ねると、女子はうんうんと何度も頷く。
「え?君は?」
幾久が尋ねると、首を横に振った。
「いえ!私ではなく『お二人だけの』、御写真が欲しいんです!」
力強くそう言う女子に、御堀が尋ねた。
「もし僕達だけの写真が必要なら、外でブロマイドを販売していますけど」
「知ってます。そうじゃなくて、このスマホに、データで、私だけの、いま、この時のお二人だけが欲しいんです」
成程、そういうことか、と御堀も幾久も納得した。
本人がそう言うのならそれでもかまわないので、「じゃあ、どっちに並びましょうか」と聞くとヨーロッパ風の背景を差したので、二人でそっちに移動した。
「えと、それと、もし、できればなんですが」
「はい」
「できればお姫様抱っこでお願いします」
「君を?」
尋ねた御堀に女子は首を横に振った。
「いえ、私じゃなくて、ロミオ様が、ジュリエット君を」
ん?と幾久と御堀は顔を見合わせた。