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それにしてもこの男子ジュリエット、ノリノリである

 見ていた面々は、さっきの演出に目を丸くしていた。

「御堀、」

「後で説明します」

 高杉の言葉に御堀が言うと、久坂は肩を揺らして笑っていた。

 すぐさま舞台は次のシーンに変わる。


 いつもならジュリエットの衣装のまま、床に腰を下ろしている幾久は今日はベストを脱ぎ、白いハイネックとズボンで、頭からベールをかぶって座っていた。

 そして御堀もいつもなら衣装のまま、ジュリエットの隣にいるのだが、上着を脱いで幾久の肩を抱いて座っていた。


 一度火がつくと、声を上げやすくなったのか、御堀が出ていると判ると女子から一瞬、きゃああ、と黄色い声が上がる。

 だが、ありがたい事に演技が始まるとすぐに静かになって、声が届かないことはなかった。


 ロミオが立ち上がると、ジュリエットがそれをとがめた。

「もう行ってしまうのか?まだ夜は明けないのに」

 静かに身支度を整えるロミオに、ジュリエットは言う。

「あれはひばりではないよ、夜鶯なんだ、だから、まだ」

「ひばりだよ」

 ロミオはそう答え、服を着るとジュリエットの傍に腰かけた。

 身体を抱き寄せて、ジュリエットに言う。

「あの東のほうを見てごらん、僕らをわかつ、あの嫉妬深い光の筋が雲を切り裂いて光らせている。夜の明かりはみな消えて朝がもうやってくるんだ。生きなければ、ここに留まっても殺されてしまう」

「……どうしても行ってしまうのか」

「ジュリエット。もし君が僕に死刑になれというのなら、居たってかまわないんだ。僕の命は君のものだ。僕だってここに居たい。ずっと君と一緒に留まっていたいんだ!」

 ぎゅうっとジュリエットを抱きしめるロミオを一度強く抱きかえし、激しくキスをする(フリをする)。

 そしてジュリエットは、ロミオを突き飛ばす。

「さあ、行くんだロミオ。嘘をついてごめん、あれは間違いなくひばりの声、朝はもう近づいてきている。お前を失いたくない、留めていたい、ひばりなんか鳴かなければいいのに」

 ジュリエットをロミオは再び抱きしめる。

「別れがたいのは僕だって同じだ。もう一度、キスしてもいいかい?」

「一度なんて、何度だって」

 そうしているうちにジュリエットの乳母が慌ててやってくる。

「ジュリエットさま!お母様がお急ぎでこちらへ向かっております!早く!」

「判っている。だけどどうか、もう一度」

 そうしてもう一度、と言いながら抱きしめあう。

 いつも通り、御堀も幾久も演技をしているのだが。

(あれ?)

 ここはロミオとジュリエットが離れがたくて何度もキスして抱き合うシーンで、ジュリエットの乳母が『いいかげんにしろ』と突っ込む、要するに客席から笑いが起こるシーンのはずだ。

 ところが、抱き合っていると、しくしくと泣く声や、鼻をすする音も聞こえる。

 おかしいなと思いつつも、幾久は演技を続けた。

「胸騒ぎがするんだ。まるでお前の白い顔が、墓の下の亡者のように見えてしまって」

「僕にも君が青白く見えるよ。きっと別れが悲しすぎるせいだね。さあ、お別れだけど、必ず僕たちはまた会えるのだから―――――」


「ジュリエットさま!お母様が!」


 しびれを切らした乳母やがそうせかす。


 ロミオを見上げるジュリエット、そしてそのベールごと抱きしめると、ロミオは頬にキスをして、去っていく。

 その姿をジュリエットが見送った。


「どうか、ロミオ、無事で」


 去ったロミオを見つめるジュリエットに、拍手が起こったのだった。



 それからのシーンは怒涛の展開だ。

 ジュリエットが知らない間に別の男と結婚を決められ、絶望したジュリエットだったが、毒を飲み、死んだことにして逃れようとするが、それを本当に死んでしまったと誤解したロミオがジュリエットを追って毒を飲んでしまう。

 息子が追放され、ロミオの母も亡くなり、ロミオとジュリエットの父親同士は、互いの憎しみがたくさんの悲しみを産んだことに失ってやっと気づく。


 二人の父親を戒めるのは、エスカラス、高杉の演じる役だ。

 舞台はトラブルもなく、高杉のセリフで締められ、そして大きな拍手と歓声で幕は下りたのだった。


 エンディングからすぐにカーテンコールとなり、これも昨日と同じように踊りながらの自己紹介だったが、ちょっと違ったのは皆が自己紹介の時、曲に合わせて投げキスを客席に向かってしたことだ。

 指でしてもいいし、両手でまいてもいい、絶対に盛り上がるからやろうよ、という三吉の提案に、乗っかったのは瀧川で、それは面白いとわれもわれもと結局全員が参加した。


「じゃあ、僕らはお姫様抱っこしよっか」

「えっ、マジで?」

 さっきいきなり打ち合わせなしでお姫様抱っこをされた時も相当驚いたのに、と幾久は御堀を見たが、御堀は楽しそうに言った。

「だって絶対に盛り上がるでしょ?」

「そりゃそうだけども」

「じゃ、決まり」

 そういって結局、幾久は再び舞台の上でお姫様抱っこされる羽目になったのだった。


 いざ盛り上がる舞台に出ると、なにもかもどうでもよくなって、御堀に抱きかかえられたまま、両手で投げキスを客席にばらまくと、きゃーっというすさまじい歓声が上がったのだった。



 カーテンコールを終え、幕が降りる。

 ざわめきはちっともおさまらず、幕の向こうからロミオサマー!とかジュリエットくーん!という声が聞こえる。大成功だ。


 疲れて舞台に座っていると、高杉が苦笑しながらやってきた。

「……お前ら凄いことやったのう」

「へ?なにがっすか?」

 見上げる幾久に、久坂が言った。

「あんなにあからさまにベッドシーンを強調するとは、御堀君はなかなかだね」

 いつもなら衣装を着たままなので、一緒に居ても抱きしめあってもそこまでの効果はなかったのだが、さすがに服を脱がせたり、どう見てもベールをかぶっていたりしては、寝室や結婚を匂わせる効果は倍増だ。

「え?は?」

 幾久は久坂と御堀を交互に見るが、御堀は楽しそうに笑って答えた。

「先輩命令だったので、断れなくて」

「ほう。誰のじゃ?」

 高杉が尋ねると御堀が答えた。

「ウィステリアの松浦先輩です」

「あー」

「あー」

 久坂と高杉が同時に頷いた。

「そりゃ逆らえんわ」

「無理だねそりゃ」

 幼馴染らしいので、松浦先輩のことも知っているのだろう。頷く高杉と久坂に、やっぱり松浦と仲いいのかな、と思う。

 全員で舞台からはけ、一端控室に戻ることになった。

 あれだけ食べていたのに舞台をするとすっかりエネルギーをもっていかれてお腹がぺこぺこだ。

「おなかすいたー」

 幾久が言うと、山田も「おれも」と頷いた。

「差し入れまだあるから、好きなもの食えよ」

 周布の言葉に皆がういーっす、と返事をする。

 幾久と御堀、そして高杉に久坂、他にも主要メンバーは着替えずに撮影会に参加することになっている。

 衣装を汚さないように上からTシャツを羽織り、皆食事を始めた。

「しかし、いつこんなん作ったんじゃ?しかもかなりエエ出来じゃが」

 高杉が感心しつつ幾久のベールを触ると、御堀が言った。

「今朝までかかってました」

「今朝?!」

 幾久と高杉が同時に驚く。

「絶対に間に合わせるからと言われていたのですが、判らなかったので報告が遅れました」

「松浦はバカじゃの」

「誰がバカだ誰が」

 いきなり言われて驚くと、いつのまにか松浦がやってきていた。

「ま、まっつん先輩!」

 男子しかいないはずの楽屋に女子が入っていて、着替えていた連中は驚くが松浦は気にしない。

「あ、私採寸で慣れてるんでお気遣いなく」

「いや、おまえが気遣えよ」

 がっかりと肩を落とす高杉に、やっぱり親しいのか、と納得した。


 しっかり差し入れの瓦焼きそばを頬張りながら松浦が言った。

「いやー御堀の王子様っぷり見事だったわ。あれは最強だね」

「松浦先輩の衣装のおかげです」

「まあそうなんだけどさ」

「ちょっとは謙遜しろ」

 高杉が呆れるも、幾久はフォローした。

「でも実際、凄い衣装っしたもんね。今日の仕込もびっくりしました」

「すごかった。確かに我ながらあれはヤバい。杷子らも全員即死してた」

「また物騒な」

「面白かったぞ。一緒に見てたウィステリアの連中がばたばた倒れていくさまは圧巻だった」

「評判よかったんすね」

 そこは幾久はほっとする。

 男のジュリエットなんかつまんなーいとか言われたら、あれだけ頑張ったのに落ち込んでしまう。

 高杉がスマホを見て言った。

「栄人からの情報じゃが、チケットの追加販売が決定して今印刷しちょるそうじゃ」

「やったー!」

 これで来年の活動費にびびらなくて済むと幾久は喜ぶ。

「それはそうと、今日の撮影会、嵐にならなけりゃいいけどね」

 久坂がそう言ったのだが、幾久には意味が判らなかった。

 そしてすぐに、その意味が判るようになってしまうのだったが。



 松浦が食事を終えた頃になると、杷子と大庭も控室にやってきた。

 杷子はさっき会ったのでいいのだが、大庭も私服で、白いシャツに黒のタイ、ズボンも黒で靴も黒の革のお洒落なローファーだ。

 上着はファーのついた白いミリタリーコートでやはり私服姿もイケメンだ。

「ご、ご無礼します」

 いいのかな、という風に遠慮がちにはいる大庭に比べて杷子は「ごっぶれーしまーす!」と入ってくる。

 幾久を見つけると、大庭はぱあっと笑顔になった。

「いっくん!今日は可愛かったよ!」

「あ、茄々先輩、今日もイケメンっすね」

 そして幾久のジュリエット姿を見て、やはりこらえきれないというふうに抱きしめた。

「近くで見れば見るほどかんわいいいいいいい!こんなん先に写真見てなかったら即死してる!」

「いや怖い事言わないでくださいよ」

 さすがにもう慣れてしまってぎゅうぎゅう抱きしめられてもぬいぐるみみたいな気分にしかならないが、女子に抱きしめられる幾久を他の面々が「いいな」という顔で見ていた。

 大庭は幾久に向かってかがみこむ。

「あのね、実はいっくんにお願いがあるんだけどいいかな」

「茄々先輩のお願いなら大抵は」

「写真が欲しいんだけど、その、お姫様抱っこを」

「えっ」

 大庭は女性だが幾久よりも背が高い上に体格がいい。

 世話になった先輩の頼みなら頑張りたいができるだろうか。

 そう困った幾久に大庭が言った。

「そうじゃなくて、」

 大庭は笑顔で両手を差し出した。


「はいとりますよー」

「いつでもどうぞ!!!!!」


 幾久は大庭にお姫様抱っこ『されて』記念撮影されたのだった。

 大庭はこれ以上ない満面の笑顔だったが、幾久はなんだか落ち込んだ。



(女子……女子にこの年でお姫様抱っこされるって……)


 いくら先輩とはいえ女子だ。

 いくら幾久より背が高くてがっしりしてて明らかにイケメンでも女子なのに。

(なんかオレ、駄目じゃね?)

 その様子を見て、面白がりの入江がぎゃはははと笑った。

「いっくん、女子にお姫様抱っこされて落ち込んでるー!」

「落ち込むだろそりゃ」

 しかし傍で聞いていた大庭は感激していた。

「えっ、いっくんにとって私って女子?!」

「茄々先輩は女子じゃないっすか」

 女子校に行ってるのに、なにを言ってるんだと思うが山田と御堀は顔を見合わせて言った。

「なあ、幾ってけっこう」

「無自覚タラシ」

「は?」

 そして更に面白がりの三吉がくいついてきた。

「それより大庭先輩?マジでイケメンなんでウチの制服着てくれませんか?」

 三吉の提案に、品川や入江が頷いた。

「確かに似合いそう」

「そんじょそこらの奴より絶対にイケメンだよな」

 うんうんと頷くが、幾久はそれを止めた。

「いやお世話になった茄々先輩に無理なこと」

「面白そう!」

 所が茄々は喜んで飛び上がった。予想外だ。

「わあー!私一度、報国院の制服着てみたかったんだよねー!絶対に似合う自信あるし!」

 あ、これけっこう乗り気だ、

 そんで自信あるやつだ。

「これで名実ともにいっくんと報国院の先輩、後輩になれるね!」

 いろいろ突っ込みどころはあるが、面倒なの

 で頷いておくことにした。

 杷子がはいりこんできた。

「写真は任せろ。むしろ売ろう」

「それは面白そう!謎の生徒で売れるかも」

 松浦と杷子の盛り上がりに高杉がなにか言いたげだったが、スマホで連絡を取り始めた。

「あ、ワシの制服つかってエエぞ。どうせ今日、帰るまで着んしの」

 確かに高杉の身長と大庭の身長は近いし、高杉は男性にしては細身なのでいいのかもしれない。

 早速一年生連中が高杉の制服を持ってきた。

「先輩、こっち着替える部屋あるんでどうぞ!ハル先輩の制服ならきれいだし!」

「そう?じゃあ早速」

 物凄く乗り気で大庭はフィッテングルームへと入っていった。

 そして報国院の着替えた茄々出てきて幾久は驚いた。

「どう?」

 ふっと微笑んで立っている大庭はどこからどう見てもただのイケメン報国院生にしか見えない。

 幾久も大庭と知らなかったら先輩と思ってしまうだろう。

「スッゲ―!マジでただのイケメンじゃん!」

「うわー、スゲーイケメン……」

「これはシャレにならんな。俺ら負けてんじゃん」勝手に盛り上がって勝手に落ち込む男子生徒をおいて、大庭は微笑んだ。

「そう?嬉しいな」

 しかし、確かに似合っているのは間違いない。

「いっくん、どう?」

「なんか雪ちゃん先輩っぽい雰囲気」

 髪はショートで、前髪は長いけれど、それをかきあげていると雪充や御堀っぽい雰囲気になる。

 さも鳳です!といった空気で、何の違和感もない。

 瀧川や三吉は楽しげに大庭と写真を取り合っている。

「先輩、このまま校舎周りましょーよ!」

「何人気づくと思う?」

「先輩わかるかなあ」

 さすがにそれは、と思っても大庭は「いいね!」と乗り気だし、高杉が言った。

「梅屋から許可が出た。とっとと謎の生徒で写真を売り出せと。あとリベートは地球部にも回すとの事だ」

「ウワーさすが守銭奴!」

「それで電話してたんすか」

 高杉のちゃっかりしたところに呆れながらも、その方が面白そうだな、と幾久も思ったのだった。

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