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男子でもジュリエットだから恥ずかしくない

 出店で遊んでいるとあっという間に時間が過ぎてしまい、幾久は舞台の支度に行く時間になった。

「悪い多留人、オレ、そろそろ舞台の支度あるんだ」

「わかった。じゃあ、さっきの先輩と合流か」

「ウン。オレが呼ぶよ」

 幾久がメッセージを送ると、時山からすぐに返信があった。

「二人とも講堂に移動するって」

「そっか」

 講堂へ向かうと二人はすぐに見つかった。

「じゃあ、すみませんけど、先輩ら、多留人の事よろしくお願いします」

 幾久が頭を下げると、時山も杷子も「いいよ」と笑顔だ。

「じゃあ多留人、悪いけどここで」

 幾久は舞台の後も撮影会があるので多留人とは合流できない。

 多留人は笑って言った。

「いいって。そんなんより、舞台頑張れよ!」

「うん!」

 頷き、幾久は多留人と別れ、控室へと向かった。


「ご無礼しまーす」

 控室のドアを開けると、すでに先輩たちが揃って着替えを始めていた。

「おせーぞ後輩」

「すみません、他校の友達が来てて」

「冗談だって。まだ時間あるから、適当に着替えて、あとエネルギー入れとけよ。食いたいもんあったら、用意すっから」

 そこにもいろいろあるぞ、とテーブルを指さされた。

 大量に食べ物が置いてあって幾久は苦笑した。

「すごいっすね」

「あれ、全部差し入れだぞ」

「え?」

 先輩がにこにこして幾久の肩を叩いて言った。

「昨日の前夜祭でお前らの舞台に感激したって連中が、舞台前に食ってくれって。足りなかったら追加するとさ」

「……そう、なんすか」

「なんだ、びっくりした顔してんな」

 先輩の言葉に幾久は頷いた。

「てっきり笑われてるのかと」

「おまえ、昨日のあの拍手聞こえなかったのかよ」

「聞こえてましたけど」

 拍手も嬉しかったけれど、人前でやりきったぞ!という達成感のほうが大きくて、もし笑われていてもまあいっか、程度に思っていた。

「ここまで受け入れられると、なんか意外というか」

 別の先輩が首を突っ込んできて言った。

「茶化す奴もいるけど、それより誉める奴の方が圧倒的に多いぞ。去年も差し入れ凄かったし」

「あ、それはなんか判るッス」

 高杉と久坂の二人が演じて大人気だったというから、そういうのも凄かっただろう。

「校内もだけど、外部が凄かったよな」

 別の先輩が頷いた。

「そうそう、お祝いの花輪とか、なぜかでけえ鏡餅とか、あと米とか樽酒もあったな」

「な、なんで米と酒が?」

 ここ、一応高校なのに、と幾久が言うと先輩がその疑問に答えてくれた。

「多分、神社と同じ感覚で」

「あぁ」

 それなら判る。

「じゃあお酒は神社に奉納されたんすか?」

「三吉先生が飲んだ」

 それもなんか判る、と幾久は思ったのだった。

「お前ら、支度せんと間に合わんぞ」

 高杉の声が飛んできて、そうだった、と幾久は着替えを始める。

 衣装のある場所へ移動して、着替えているとすでに着替えを済ませた御堀が声をかけてきた。

「幾、ちょっといい?」

「うん」

「今日の舞台なんだけどさ、僕らが抱き合うシーンがあるだろ?キスするとこ」

「うん」

 キスと言っても勿論するのはロミオとジュリエットなだけで、幾久と御堀はそのふりをするだけだ。

「あそこで、ちょっと幾の衣装触るけど動揺しないで欲しいんだ」

「?よくわかんないけど、動揺しなけりゃいい?」

「そう。いつも通りでいいから。そしたら盛り上がることは間違いないから」

「いいよ。面白そうじゃん」

 御堀がなにをするのかは判らないが、こうして言うという事は勝算があるということだ。

「幾ならそう言うと思った」

「面白そうなら飛びつくよ」

「それと、これ」

 御堀が綺麗な白いレースを取り出した。

「その後のシーンがあるだろ?僕と別れる」

「うん」

 ロミオとジュリエット、二人が密かに結婚し、ロミオがジュリエットのいとこを殺した罪で追いやられる夜、二人は初夜を迎える。

 その後ロミオはジュリエットの寝室から出て、帰ろうとする、それをジュリエットが別れがたく追いかけ、抱きつくシーンだ。

「その時に、これ使えってまっつん先輩が」

「まっつん先輩が」

 幾久はごくりと唾をのみこんだ。

 つまり、これは使わないとならないということだ。

「……なんか花嫁のベールみたいだね」

「そういうコンセプトで作ったって」

 幾久の頭からベールをかぶせ、前で結んだ。

 まるでレースのパーカーのようになったが、本物のベールにそっくりなのでカジュアルには見えない。

「ジュリエットだから仕方ないね」

 そういう幾久に御堀も笑顔で「そうそう」と頷いた。

 当然三吉や他の連中は、それを横目で見ながら、幾久がベールを使う事でどえらいことになるのは判っていたが、勿論一言も言わなかった。

 その方が面白そうだからだ。



 支度を終え、桜柳祭初日の舞台となった。

 今日は昨日と違い、外部のお客も入っているし、当然ウィステリアの先輩達も来ている。

(多留人、どこにいるのかな)

 ちょっと覗いてみたけれど当然人が多すぎて見えるはずもない。

(ま、いっか。どっかで見てるだろ)

 折角互いに、きちんと話し合ったのだから、幾久も多留人にみっともないところは見せたくない。


 衣装を来た面々が集まってきた。

 時間も迫ってきており、人の気配にわくわくする。

 そろそろ時間かな、と思っていると高杉が声をかけた。

「幾久、号令かけえ」

「へ?」

「へ?じゃねえ。円陣。今日はやらんのか」

 高杉の言葉に、幾久はあっけにとられたが、頷いた。

「やるっス」

「じゃ、お前が号令かけえ」

 お前が言いだしっぺだろ?という空気に頷いた。

「すみません、先輩方、えーと、みんな集まってもらえますか、昨日みたいに」

 幾久の呼びかけに、準備に入っていた面々が集まってきた。

 自然に肩を組み、円陣を作る。

「全員、入りましたか?」

 幾久の問いに山田が答えた。

「雪ちゃん先輩いねーけど、幾、大丈夫か?」

 幾久の雪充への懐きっぷりを知っている連中が噴き出したが、幾久は言った。

「泣いていっすか?」

「我慢せえ」

 高杉の言葉に皆が噴き出した。

「それより幾久、なんか言え」

「はい、えーと、雪ちゃん先輩、いないんすけど。泣かないで下さい」

「それ幾だけだぞ」

 山田からツッコミが入る。

「オレは頑張ります。みんなもがんばりましょう」

 幾久の小学生みたいな言葉に皆が噴き出した。

「なんだよそれ。子供か」

「思いついく事ないっすもん。怪我しないようにとか、そんくらいしか」

「まあエエ、幾久らしいのがそうなんじゃろう」

 高杉の言葉に、幾久は言う。

「だってお世話になりましたってのもおかしいし。舞台、これからと明日で三回もあるし。お世話になりますだし」

「そうだね、確かに」

 久坂も吹き出して頷く。

「でも、ちゃんと締める所は締めな」

 久坂の言葉に、幾久が困ると、御堀が言った。

「先輩、僕が言っても?」

「いいよ」

「では、先輩方、そして一年生たち。昨日の成功を思い出して、今日はもっといい舞台にしよう。雪ちゃん先輩の為にも」

 すうっと御堀が息を吸い込んだ。

「僕らなら出来る!」

「おう!」

 そう言って全員が声を上げた。

 円陣はほどけ、全員が笑顔で自分の持ち場へと向かう。

 幾久は御堀の衣装を掴んだ。

「誉、ありがとう」

 御堀は立ち止まると、笑顔で振り返った。

「幾がいなけりゃ、やらないよ」

 じゃあ、頑張ろうとお互いの持ち場へと向かって行く。

 袖に引き込む幾久は、呟いた。

「誉ってマジ、王子様だなあ」

「幾、目がハートだぞ、ハート」

 山田がぽーっとする幾久に突っ込む。

「オレ、ジュリエットだからいいんだ」

 それにしても、御堀はもともと王子様気質だったが、この最近もっとそれが上がっている気がする。

(やっぱり、ロミオとかすると王子様スキルあがるのかなあ)

 ファンクラブ、どのくらい希望者がいるのかな。

 幾久はそんなことを考えたが、ベルが鳴り響き、自分の頭のスイッチをオフにして、舞台に切り替えた。




 昨日とは違う客層の雰囲気に、やっぱ違うんだなとは思っても、することは変わらないし、昨日人前で演じているので、慣れが出てきていた。

 昨日ほど力が入りすぎてもいないが、気も緩むこともなく、時間を引きずることも無くいい雰囲気で舞台は進む。

 面白かったのが、御堀がなにかアクションをするたびに、客席からふわあ、とかざわっとか、そういった素直な反応が聞こえてくる。

 昨日は男子ばかりだったせいか、声が太かったり、笑い声も男ばかりだったが、今日は女性客も入っているので、笑い声や反応も高い。


 幾久がジュリエットとして登場したシーンでは、ざわざわざわっと一瞬、大きな波が来たが、それでもすぐに収まってくれたのはほっとした。

 やはり判っていても男性ジュリエットというのはインパクトがあるのだろう。


 ジュリエットとロミオが出会い、有名なバルコニーのシーンではため息が聞こえ、良い反応に御堀と二人、目を見合わせて頷いた。

 反応が良ければ自然、演技も大きくなる。

 昨日は覚えたことをやるので必死だったが、今日は少し余裕があり、そういえば以前、このシーンはウィステリアで指導を受けたな、とかいろいろ思い出す事が出来た。



 さて、ロミオがジュリエットのいとこであるティボルトを殺してしまい、追われる身となった。

 ロミオを案ずるあまり泣き崩れるジュリエットの為に、乳母がロミオをジュリエットの寝室へ招く。


 本来ならロミオがジュリエットの家へ向かい、場面は変わってすぐに初夜の後、というシーン構成になっているのだが、そこは脚本が変わっていて、ロミオがジュリエットと再会するシーンを思い切り描かれていた。


「ロミオ!」

「ジュリエット!」

 二人は客席からはキスしているとしか見えないような角度で互いに抱きしめあう。

 暫くして離れ、ロミオがジュリエットにささやく。

「あなたの身にどれだけ恐ろしい事が起こってしまったのか、きっと言わなくてもあなたは知っているだろうけれど」

 ジュリエットは首を横に振る。

「今はどうか、そんなことは忘れてくれ。夜は短い。そしてオレ達に残された時間はわずかしかない」

 ジュリエットがロミオにしがみつく。

 ロミオもジュリエットを強く抱きしめるが、いつもならこのまま、ロミオがジュリエットを舞台の奥へとエスコートしつつ下がるシーンなのだが、御堀は幾久の衣装の腰の部分に手を当てた。


 ぶちんっ。

 えっと顔をあげそうになるが、御堀に言われていたのでそのまま何事もないように演技を続けた。

 ぶちんという音とともに、幾久の腰の部分についていた、ショールのような飾りがすとんと落ちた。

 そしてもう片方の止めてある部分をぶちんと外すと、同じようにショールが足元へ落ちる。

 更に、ばたんという音とともに、幾久が一番上に着ていた派手な赤と金の飾りのついたベスト、つまりはジュリエットっぽい衣装が肩から落とされた。

 つまり、脱がされた。

 勿論そんな演出はこれまでなかった。


 だが、事前に動揺するな、と言われていた幾久はそのまま演技を続ける。


「ロミオ……」

「さあ行こう、ジュリエット。夜はもう、すでに来ているのだから」


 いつもなら御堀と幾久で部屋に入って行く、というシーンで舞台袖に消えるのだが、御堀は幾久をお姫様抱っこで抱え上げた。

 衣装の上着を舞台に残し、ロミオがジュリエットをお姫様抱っこで抱え上げて袖へ向かう。


 とうとう客席からもう限界だともいわんばかりのキャーッと言う声があがると、次々にきゃあきゃあという黄色い声が上がり始め、御堀が幾久を抱えて舞台袖に入ると、拍手とどよめきが講堂中に響いたのだった。

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