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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
【1】喧嘩にはじまり、花見で終わる【合縁奇縁】
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お揃いのピアス

 高杉の左の耳にもピアスがあったが、久坂が右につけているピアスと同じ、つまり対のものだ。

 アルファベットのU文字に見えるが、よく見たら小さなデザインが入っている。


「兄の遺品と同じピアスなんだ。僕の兄だけど、ハルにとっても兄、みたいなものだった。けど知らない人から見たら、僕らがホモだと勘違いするのも無理ないって思わない?」

「思うっす」

 ははっと久坂が笑う。

「いっくん本当に正直だね。でも実際はこんなもん。僕は家族がハルしかいないから、ハルが生きているか毎日心配になるし、誰に誤解されても確かめたい。家族への思いがあるから、なにを言われても同じピアスをつけていたい。ハルも同じ気持ちだから、こうしてる。それだけ」


「毎日、そんなに心配になるんすか」


 家族をまだ失ったことのない幾久には、久坂の気持ちが理解できない。

 ただ、もし、自分の両親がいなくなったら、それか一人になったら、残った親を失わないように凄く不安に思うのだろうか。

 久坂が答えた。


「毎日心配だし、毎日怖い。僕にはハルしかいないから絶対に失いたくない」


 その、あまりにもストレートな心情に、つい顔が赤くなった。

 外見もすごいイケメンで、感情のゆらぎなんかこれっぽっちも見せないような久坂が、そんな赤裸々な感情を出すこと自体が信じられなかったからだ。

 だが、それは高杉も同じだったらしく、顔を赤くして、もごもごとなにか呟いている。

 栄人が説明した。

「ハルさ、こう見えて、つか、いまもそこまでじゃないけどすっげえ体弱かったんよ。そりゃもう、小学校の時はなにかっちゃ保健室、早退して病院、食事の制限、喘息の発作、アレルギーだなんだと、凄かった」

 幾久もそこで、朝の事を思い出す。

 高杉の朝食は体にいい五穀米のお粥だとか言っていた。

 てっきりそういうのが好きなのかと思っていたが、実際は体の為にそうしていたのか、と気付く。

「今はそこまでじゃないけど、ハルが倒れたりなんかあったりするのを瑞祥は昔からそばでずっと見てる訳。酷い時なんか発作で命がヤバイときもあったし」

「そんなに酷いんですか?」

 驚く幾久に、高杉が言った。

「酷『かった』。今はそうでもない。ちゃんと管理しちょお」

 でも管理、ということはやっぱりそういうのがあるのだろう。

「おれもさ、一応そういうの横で見てたから、瑞祥が焦るのも判るし、心配になるのもなんとなく判る。はたから見たらおかしいとか思われてもしょうがないけどな。ただ、今回のは瑞祥が悪ノリしすぎ」

「ごめん」

 瑞祥は栄人に素直に謝る。そして幾久に向かい、瑞祥が言う。

「いっくんにも申し訳なかったね。つまり、実際はそういう事。信じられなくてもいいけどね」

 苦笑する久坂に、幾久はすっかり気が抜けていた。

 あんなに脅されたのもあの緊張感もただの悪ふざけだったとか。怒るのを通り越してなんだかもうどうでもいいや、と思う。

「朝が不機嫌って、そのせいなんすね」

 低血圧とかそんなものじゃなく、単純に寝不足なだけなのか。栄人がそそ、と頷いた。

「ハルのは単純に低血圧。瑞祥のは寝不足。でももうこれはしょうがないっしょ」

「いっくん、呆れた?」

 瑞祥の問いに、うーん、と考える。

 呆れたといえば呆れたが、悪ふざけが過ぎただけなら仕方ない。

 確かにかなりびびりはしたが、それだって幾久が勝手に久坂に引いていただけで、実際に種明かしされるとそんなものだったのか、と思うくらいだ。


 ちゃんと謝ってくれたから、もう別に構わない。


「別にもういいっすよ。納得もできたし。心配っていうのならしょうがないんだろうし」

 幾久の言葉に、高杉と久坂が顔を見合わせる。

「オレにはそこまで心配するのってわかんないすけど、ハル先輩と久坂先輩が双子って聞いたら、まあそれも納得っていうか。双子って片方怪我したら片方も同じ場所痛くなるっていうし。それならそんくらいありかなって。双子でおそろいのピアスなら、ああそっかって思うし」

 きょとんと幾久を見る高杉と久坂に、幾久はまたなにか変な事を言ったのだろうか、と心配になる。

「あの、オレ、なんかへんなこと言いました?」

「どうしよう、いっくん」

「へ?」

「僕、ホモじゃないけど、いっくんを抱きしめたくなった」

 久坂の言葉に思わず後ずさりそうになるが、栄人が頷いた。

「判る!いっくんってさあ、なんかあれだよ!いいよ!ぎゅっとする!わかる!」

「……判らんでもない」

 むっとした表情で高杉が言うと、幾久はうそ、と後ずさった。

「止めて下さいよ!オレ、男は無理なんで!」

「安心しろ。全員無理だ」

「じゃ、なんで先輩達、じりじり寄って来てるんすかぁ!」

「気のせい、気のせい」

 気のせいなんかじゃない。

 三人がじわじわと近づいて来るので、幾久はもう慌てて、なぜか必死に立ち上がって、逃げた。


 逃げられると追ってしまうのか、三人が幾久を追いかけてくる。

 なぜかやばいという気持ちだけで焦って、ノックもなしに山縣の部屋のドアを開けた。


「山縣先輩、たすけ……」

「おっふ!」

 どっしゃーん、という音とともに並べられたフィギュアが倒れ、山縣の絹を切り裂くような絶叫が御門寮中に響いた。


 くどくどと麗子さんにお説教された後、全員で食事を済ませて、幾久は山縣に土下座した。

 外れただけなので許してやるが、壊してたら追い出してやった、と文句を言う山縣に謝る。


「まさかあんな目にあうとは思わなかったんで。本当にすみませんでした」

 土下座して山縣に謝ると、山縣はもうええ、とそっぽを向く。

「お前ほんと、マジむかつくわ。なんなんだよ」

「返す言葉もありません」

 自分は悪くないと言いたいが、ほかに助けてくれそうな、というかもう誰もいない状態では山縣に頼るしかないではないか。


「あの、オレ、なんか手伝いましょうか」

 フィギュアを並べようとすると、山縣が「触るな!」と怒鳴った。

「ポースだって適当じゃねえし並びのバランスもあるんだよ!触るな素人!」

「……」

「いいかくそ一年。高杉が謝ったから許してやってんだよ。わかってんのか。お前、高杉に頭下げさせるとか何様のつもりだよ。つかよくやったな。高杉が俺に謝罪とかまじ初めてだし、なにルート通ったらんなレアイベント発生できんだよ。お前は許せんけど御褒美くれてやんよ」

「は?」

 わけのわからない山縣の言葉にぽかーんとしていると、うまい棒を差し出された。

「アリガトウゴザイマス」

「フィギュアを倒したのは許し難いし許すつもりもねーけど、高杉が言うならしゃーないっつうか。高杉が俺にごめんとか言うとかご褒美にも程がある。高杉マジ天使」


 駄目だ。

 この人の言っている言葉の意味がいまいち、というかかなり理解できない。


「あの、山縣先輩って、高杉先輩の事好きなんですか?」

「好きとか超越してる。俺の神」

「そうですか」

 もうスラングが多すぎて本当に意味が理解し難い。

 幾久もネットのスラングはそこそこ知っているが、山縣みたいに多用されるとちょっと困る。


「あの、つまり山縣先輩って高杉先輩をホモ的な意味で」

「ホモォ……でも全然俺は気にしないね!」

「気にしろ」

 冷たい声でツッコミが入る。

 いつの間にか高杉が部屋に来ていた。

「ちょっとは悪いことしたかと思って来たら、なに馬鹿話してんだガタ」

「本当の事だろ。俺はマジでお前を尊敬してるし神だと思ってる。実際男でもいけるレベルで好きだ!」

「ワシは無理。さっさと風呂入れ。栄人は先に入っちょるぞ」

「へいへい」

 そういうと立ち上がってさっと風呂へ向かう。

 なんだか本当に変な人だ、と幾久は不思議になる。

「あいつ、変だろ」

 高杉の言葉に、幾久は「はい」と頷く。

「変だけど、あいつにはあいつなりのルールとかペースとかがあるんだよ。それにあいつ、話は一応聞いてんだよな。言動はおかしいけど」

「……そうっすね」

 思い返せば、確かに言っていることは変な言葉が多いが、意味は繋がっているし、妙な筋は通っている。

「ハル先輩って、山縣先輩の事嫌いって言う割にそこまでじゃないんですね」

「嫌ってもあいつは気にせんし、そもそも同じ寮なら家族みたいなもんじゃろ。嫌っても意味がない。嫌いじゃけどの」

 なんだか高杉も変な人だなあ、と幾久は思う。

 嫌ってるのに家族としては認めているのか。

 それってなんだか、幾久の思う『嫌う』とはまたちょっと違う気がする。

「なんか今日、濃かったなあ。一気にいろいろあってもうオレ、脳の処理おいつかなさそう」

「そういや雪にも会ったんじゃろ。どうじゃった?」

「どうって、イケメンでした。あと花見するとか言ってましたよ」

「そうらしいな。栄人がゆっちょった」

「ハル先輩も行きます?」

「おお。雪がおらんのも寂しいしな」

 高杉の言葉にどきっとする。

 この人も、久坂も、びっくりするくらい自分の感情を正直に言うのだ。


「どうした?変な顔して」

「いえ、なんか。ハル先輩も久坂先輩も、素直だなあって」

「は?」

「久坂先輩も、ハル先輩が生きてるのが心配とか正直に言うし、ハル先輩も寂しいとか口に出すし」

 自分なら、と幾久は思う。こんなにも素直に気持ちを言えるだろうか。

「オレ、今日父さんに、東京へ戻りたいって言ったんス」

「素直に言えちょろうが、お前も」

「でもオレって、結局、不平不満しか言えないんスよね」

 思えば中学の卒業間際、同級生を殴ったのも、不平不満を吐き出しただけだ。

 今日だって父に『転校したい』とか、その学校に受かって喜んでいる同級生の前でよくも言えたものだと思う。

「最初はそんなもんじゃろ。赤ん坊だって泣き喚くところからスタートじゃ」

「オレ、そんな子供っすか」

 ぐしゃっと髪を撫でられた。

「今はお前が御門で一番子供じゃからの」

 嬉しくない。だけど高杉に頭を撫でられるのは、別にそんなに嫌じゃなかった。

「学校、どうするんじゃ。結局すぐ転校できるんか?」

 廊下を歩きながら高杉が言う。幾久もついて歩く。

「いえ、入試終わったばっかりですぐ転入は、今のレベルより下の学校しか無理っぽいです。父さんの希望もあるんで、一学期の間はお世話になろうかと」

「そうか。それなら思い切り遊ぶ予定を立てんにゃな」

「にゃ?」

 意味はなんとなく判るが、語尾の『にゃ』が猫みたいで反復すると、高杉が嫌そうな顔をして言い直した。

「予定を立てないとな!」

「言い返さなくっても判りますよ、ハル先輩」

「うるさい」

「うるさくないんにゃ」

 そう言うと高杉は、なんともつかない複雑な顔をして、「ガタみたいにオタクくさくなるからやめろ。あと使い方がなっちょらん」と呟いた。

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