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初めての舞台

 そうして校内で食べ歩きしながら友達の店を手伝ったりしていると、講堂でのイベントが開始される時間になった。

「幾、そろそろ講堂に移動しよーぜ」

 舞台の支度だけを考えると、まだ時間はあるのだが、いろんな出し物があるし児玉もバンドで出るので見ておきたい。

「そうだね、移動しようか」

 品川が言った。

「りんご飴、もう一回買って行く」

「わかったわかった。じゃあなんかおやつ買ってから移動すっか」

 この先舞台になるので、おなかがすかないようにおやつを買って、持って行くことにした。

 幾久達は一般の生徒と違い、舞台に出るので講堂の内部を自由に移動できるパスを首から下げていた。

 とはいえ、今日は生徒しかいないので、そこまで規制もうるさくないらしい。

 幾久達はホールの後ろの方で、食べながら見ることにした。

 講堂は全校生徒が入るには狭い。

 だけどステージは前夜祭の今日を含めると四回も同じものがあるので、どこかで見れればいいか、といったのんびりとした雰囲気だった。

 ブー、というブザーが鳴り、生徒たちのざわめきが小さくなった。

「あ、雪ちゃん先輩だ」

「ホントだ」

 プログラムでは桜柳会の挨拶とある。

 雪充が責任者だと言っていたので、挨拶をするのだろう。

 雪充はステージに上がると、まずぺこりと頭を下げた。

 インカムを口の横につけ、生徒に向かって話し始めた。

『三年、鳳、桂雪充です。桜柳祭の開始にあたり、まずは桜柳会からお礼申し上げます』

 そう言ってもう一度ぺこりと頭を下げる。

『生徒たちの協力なくして、この桜柳祭は開催できません。前夜祭までたどり着けたこと、そして明日、明後日の桜柳祭での協力に、この場で先に感謝を述べたいと思います。ありがとうございます』

 そう言うとわーっと拍手が起こり、よっ!桂!などと合いの手が入る。

 山縣の声に似ていると思ったのは気のせいにしておこう。

『まず、注意について。外部に向けては勿論言葉を選びますが、ここには生徒しかいません。なので言葉を選びません』

 すうっと雪充は息を吸った。

『外部と揉めるな。内部とも揉めるな。性的な接触は男相手でも女相手でもするな。隠れてもするな。酒、タバコ、クスリ、法的に禁じられていることは桜柳祭の間は一切禁止。これらは昨年までの禁止行為と同じ。さて、今年はもうひとつ、禁止行為があります。良く聞けよ千鳥ども』

 なんだよ、いやーこわーい、と千鳥らしい面々から茶化しが入るが、雪充は気にせずきっぱり告げた。

『桜柳会でナンパしたけりゃ、タイは儀礼用の黒一択のみだ』

 え?え?と生徒たちがざわめき始めた。

 生徒の中の誰かが挙手したので、桜柳会のスタッフが生徒に向かってマイクを持って行った。

 雪充は指をさすと、マイクを持った生徒が雪充に尋ねた。

「えーと、ってことは、ナンパしてもいいってことですか?」

 雪充は答えた。

『外部に向けたチケットにはすでに書いてあるが、桜柳祭は今年から、生徒が外部に対し積極的に声掛けをしていきますというポリシーで運営することになっている。つまり、相手が誰であれ、生徒は声掛けを行うように』

 ということは、ナンパをしていいと言うお墨付きをもらったようなものだ。

 意味を理解し始めた千鳥がざわざわと喜び始めた。

『しかし、声掛けを積極的に行うのであれば、タイは黒にしておくこと。これは桜柳会での決定です』

 つまり、ナンパしたければタイは黒にしろと。

「雪ちゃん先輩、えぐーい」

 三吉が言うと幾久は「なんで?」と尋ねた。

 三吉が言う。

「だって、桜柳会でチートになれんの鳳だよ?タイの色で一発でレベルわかるじゃん?千鳥って全く女の子に相手にされなかったんだよ」

「うん」

「けど、タイを黒にしたら一瞬で判断つく?」

「つかない」

「でっしょ?つまり、雪ちゃん先輩って、千鳥以外を混ぜて撹乱させる作戦に出たって事だ」

「……!そういう事?」

「そう言う事」

 桜柳祭ともなれば、外部の女子は彼氏をつくろうとやってくる。そうなると狩られやすいのは鳳や鷹になる。

「女子に見つかったら、ぐいぐいくるタイプが関わってきて、桜柳祭楽しみたいのに邪魔されることがあるって先輩が言ってたんだよねえ」

「それでかー!」

『それともうひとつ。名札やクラスのバッジについては、個人で常に携帯しておくならば、見える場所にする必要はない。これは職員会議でもOKが出た』

 雪充の言葉に、どよめく。

 ということは完全に、千鳥が千鳥以外に擬態ができるということだ。

 さすがめったに使わない頭だが、女の子が関わればとたんに回り始めたらしい。

 そして雪充は制服のジャケットのボタンを外し、ベストのボタンも外すと、内ポケットが見えるように示した。

『このように、ジャケットやベスト内側につけておけば充分だ。但し、先生から確認を求められたらすぐ応じるように』

 千鳥が元気いっぱいに『はーい!』と答えた。

『それと、今回は生徒内でSPシステムを構築した』

 雪充がステージの隅に合図すると、三人生徒が出てきたが、全員オールバックに制服、サングラスというファッションになっていた。

『今回は生徒自身で校内の安全を守るという構造に変えた。校内にこのような連中が常に居ることになるが、指示を貰った場合は従うように』

 おー、いいじゃん、かっけえ、と声が上がると、三人がばっとジャケットの内側から銃を出し、ポーズを決めた。

 おおーっという歓声が上がる。

『武器は全て水鉄砲を所持。エアガンは禁止だ。参加したい連中は枠の空きがある。明日、明後日、どちらでも参加できるなら、桜柳会のメンバーに希望を出せ。報酬は後日、オンラインマネーで支払われる』

 え、マジで?と生徒が喜び始めた。

『本日午後六時より、桜柳会本部で受付を開始する。希望者は登録してほしい。詳しくは担当まで尋ねてくれ』

 わー、面白そう、とか千鳥連中がしゃべり始めたところで、雪充はもう一度、言った。

『繰り返す。外部と揉めるな』

 言え、と言われ、生徒が声を出す。

「がいぶともめるなー」

『内部とも揉めるな』

「ないぶとももめるなー」

『性的な接触は男相手でも女相手でもするな』

「しませーん」

 面倒になった千鳥が省略し始めた。

『酒、タバコ』

「がまんしまーす」

 そこは我慢になるんだ、と幾久は思ったが雪充は突っ込まなかった。

『法的に禁じられていることは桜柳祭の間は一切禁止。お客様には親切に。以上。後は怪我しないように楽しんで欲しい。三年鳳、桂雪充』

 そういってぺこりと頭を下げた。

 おーっとかわーっという拍手に応え、雪充はステージの奥へ引っ込んだ。

「雪ちゃん先輩かっこいいなあ」

 幾久は頷きながら見ているが、山田も三吉も、また始まった、と言う風に苦笑した。


 ステージではいろんな部活の人が発表を始めた。

 幾久は知らなかったが、落研や遊戯研究会といった部もあって、落語をやったり、けん玉をやったりジャグリングをやったりしてけっこう面白かった。

 もっと見たいなと思ったのがカードバトルだ。

 映像研究部が協力して、カードバトルの手元が見えるように映像で写しながらバトルすると言った配信みたいなものだった。

 ゲーム好きな三吉と品川は盛り上がっていて、時間があったら見にいこうぜ、とか明日も見たい、といっていた。

「あ、いっくん、ぼちぼちバンドの舞台だって」

「じゃあ、タマが出るのか」

「なんかその前に、ライヴがあるって。ソロで」

「ソロ?」

「誰?」

 知ってる生徒かな?と思ったら、そこには『secret』と書いてある。

「シークレット?誰だろ?」

「なんかゲストなのかな?」

 そういって喋っていると、舞台のセッティングが終わり、暗いステージの上で、ギターの音が鳴り始めた。

 わっと生徒が盛り上がり、立ち上がって手を振り上げる。

 かっと照る白いライトの下に立っていたのは、男性だった。

 生徒じゃない。

 どちらかと言えば、年の人だ。

「え?誰?」

 黒いレザーパンツに黒のタンクトップ、黒のシャツにネックレスも黒とシルバーのビーズ。

 そして歌はとてもうまい。

 ジャンルは勿論ロックだ。

「くろい」

「黒いね」

 オールバックにサングラス。

 髪はややグレーがかっている。

 生徒たちはわーっと盛り上がっているが、そこで幾久は気づく。

「あれって、しろくまおごってくれたおじさんだ!」

 夏にマスターの店で休んでいると幾久にしろくまを奢ってくれて、後から来た山田と三吉にもアイスを奢ってくれた。

 ヤクザかとみまごう、オールバックにサングラスにド派手なシャツを着て首からじゃらじゃらネックレスをぶら下げていた、怖いおじさんその人が、いまなぜかステージで歌っている。

 良い人だったのだが、雰囲気は怖いし「男なら戦え」とかいうちょっとアレな人だった。

「いっくん、あれって氷のおじさんだよね」

 三吉の言葉に幾久も頷き、山田も頷く。

 そして聞えたくない名称が嫌でも耳に入ってきてしまった。

 一年生は、え?誰?とか言っているが、知っている二年、三年は盛り上がりまくりだ。

「いいぞー!学院長!」

「かっこいー!!!!!」

 そして三人とも、じっくりとステージの人を見て、自分の記憶の中の学院長を思い出し、「えーっ!」と叫ぶ。

「え?判った?判った?」

「わっかんないよ!サングラスしてたら別人じゃん!」

「もっと大人しそうな感じじゃなかった?」

 入学式なんかで見た報国院の学院長は確かにそこそこデカくはあったけど、おとなしい静かな雰囲気で、地味なスーツを着てメガネをかけた、しっかりした大人に見えたのに。

「ヤベー、やっぱ学校間違えた」

 幾久が言うも、山田が言った。

「諦めろ幾。これが現実だ」

「報国院ってマジふざけてるよね」

 三吉も言うが、今更それは言っても仕方のないことだった。

 ステージは盛り上がりまくり、生徒が腕を振り上げて「GAKU-IN-CHOW!GAKU-IN-CHOW!」のコールで盛り上がる中、幾久達は冷めた顔でおやつを食べていた。



 その後すぐに児玉の参加するバンドのライヴだったので、児玉を見届けると幾久達は講堂の裏へ移動した。

 舞台があるので着替えをしなければならないからだ。

 大道具がある場所の隣が控室で、そこで着替えることになっている。

 昨日リハをやったので、皆着替えは問題なく出来たのだが、困ったのがメイクだった。

 やりかたがさっぱり判らず、ベースだけ塗るとあとは玉木先生が判らない所をフォローしてくれた。

「眉毛くらいは自分でどーにかできっけど、なんか難しいよな」

 山田がそう言って眉毛を一生懸命描いている。

 同じようにやってみるものの、うまく行かず困っていると三吉が声をかけてきた。

「いっくん、やったげよっか?」

「助かる―!ありがと、普!」

 コスメ関係に詳しいので、化粧にも詳しかったようで、自分のメイクは上手に済ませている。

「あ、じゃあ後でこっちも手伝ってくれよ」

 他の面々から三吉に声がかかり、「いーよぉ」と返事をする。

 幾久はベースだけ塗りたくっていたのだが、三吉にティッシュで拭われた。

「いっくん、塗りすぎ。ちょっと落とすよ」

「ウン」

 素直に従い、三吉に眉を描いてもらった。

「あと顔作るね。目を閉じといて」

 三吉は慣れた手つきで幾久にメイクをしていった。

 眉をかき、チークを塗り、アイラインを入れ、マスカラを塗り、最後に口紅を塗った。

「いっくん、できたよ!」

 ドヤぁ、と三吉が鏡を見せると、そこにはぼやけた顔があった。

「見えない」

「もー!なにそのオチは!メガネ!いっくんメガネかけて!」

「わー、かわいいぞ幾!」

「いいじゃんいいじゃん、似合ってる!」

「え?そう?」

 どんなだ、と思って鏡を見ると、映ったのは確かにかわいらしい雰囲気になった自分だった。

「これがわたし?」

 と言うとどっと笑いが起きた。

 幾久はお礼を言った。

「普、うまーい。ありがとう」

「まーね。可愛く出来ただろ?」

 えっへんと威張る三吉に、玉木も拍手した。

「あら、かわいいじゃないの。じゃあ、王子様は三吉君に飾ってもらおうかしら」

「イエッサー!もうどちゃくそ王子様にします!」

 びしっと敬礼する三吉に、御堀が移動してきた。

「じゃあ頼もうかな。イケメンにして」

「まかせときんしゃい!めっちゃカッコよくしてやる!」

 そういって三吉は張り切って御堀のメイクを始めた。



 全員のメイクが終わり、衣装も着終わり、あとは順番を待つばかりとなった。

 講堂からはにぎやかな声や笑い声が響いてくる。

 最初はおしゃべりを楽しんでいたけれど、時間が近づいてくるとやはり空気が緊張してくる。

「そろそろ移動しましょうか」

 玉木の言葉に、全員が立ち上がった。


 地球部の中だけではなく、人前でする初めての舞台。

 ロミオとジュリエットの、開幕だ。

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