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実は後輩大好きです

 衣装を着ていた面々は制服に着替えた。

 明日はもう前夜祭とはいえ本番だ。

 講堂のステージ裏にある部屋のひとつを控室として使うことになっていて、一番大きな部屋に全員で大道具を移動させ、隣の控室に衣装や小物を置いておく。

 幾久が着替えていると、御堀が話しかけてきた。

「幾、凄かった。思ったより完璧で驚いたよ」

 御堀のほめ言葉に幾久も胸を張った。

「だろ?オレ絶対に誉驚かしてやろーってめちゃくちゃ気合入れたもん」

「そうそう、みほりん、いっくんこの数日凄かったんだよ。気合入りまくりでさ」

 三吉が言うと、山田も頷く。

「もうホント、部長か?っつーくらい気合入れていろいろ頑張ってたぞ」

「ずーっと監督に質問したりしてたもんね」

 地球部の舞台を担当する監督は周布という先輩で、舞台のセッティングや雰囲気、大道具やスケジュールなどを全部統括して管理してくれている。

 御堀に頼まれたからにはそのあたりも知らないじゃ済まないので、幾久も疑問に感じたことはなんでも質問していた。

「舞台ってスゲーよ。オレ、裏方がいいとか言ってたけど、実際見たら絶対大変。知らないからって調子のってた」

 幾久が言うと監督の周布が会話に参加して笑った。

「それ言われたら裏方のかいがあるってもんだ」

 豪快に笑う周布は気が良くて怒ることも無く、そのわりに行動が早いので下級生からも好かれていた。

 周布は千鳥クラスではあったが、千鳥は千鳥でも伝統建築学科という特殊な学科で、ただ成績が悪いから千鳥というわけではないのだそうだ。

 その為、報国寮にいるもののかなり行動も自由にさせてもらっているらしく、大学も専門の所を受けるので鳳や鷹クラスと同じ授業を受けることもあるので、一概に成績が悪いとは言えないのだそうだ。

 現場主義なので実習が多く、その為人づきあいにも相当長けていて、部活で雰囲気が悪くなったときもすかさずフォローに入っていた。

(先輩ってスゲエよなあ)

 久坂や高杉といった面々は、その雰囲気と実力で押さえつけて支配するようなタイプだったが、周布はそうではなく、落としどころを上手に見つけてバランスを取るタイプだった。

 御堀に言われて地球部のことを見るように言われなかったら、こんな事には絶対に気づけなかったなと幾久は思う。

 先輩だからできて当然。

 そんな風に思っていたに違いない。

 もし久坂に叱られず、あのまま先輩に無意識に甘えていたら、地球部での舞台が成功したら絶対に自分の力と勘違いしていただろう。

(やべー、そんなんじゃオレ、感じ悪い鷹そのものじゃん)

 だから鷹は鷹なんだよ、と山縣にバカにされる理由が理解できる。

 じっと周布を見ていると、にこっと笑われて「なんだ?」とほほ笑まれた。

「周布先輩って、すげえなあって」

 素直にそう誉めると、周布は頬を赤くして、急に照れ始めた。

「なんだ?誉めてもなんもでねーぞ?改築?御門寮改築してほしいん?いっくんの部屋だけ床張り替えたげよっか?」

 周布いわく建築科ギャグを言うのだが、それに乗っかったのが桜柳寮の面々だった。

「あ、だったら先輩、本棚作ってください!桜柳、本棚足りなくなったんすよ!」

「そうそう、本がオーバーフロー!なんとかしてください!」

 手を挙げて訴える桜柳寮の一年生に、幾久が驚いた。

「え?周布先輩、本棚作れるんスか?」

「作れるよ」

 そう答えたのは二年の福田だ。

 この先輩は高杉の武術の習い事が一緒だったそうで、幼馴染という関係だった。

「本棚だけじゃなく、家具はほとんどイケるよこいつ」

「すっげー、いいなあ」

 家具がなんでも作れるなんて、欲しいものを買う必要がないじゃないか、と幾久は感心する。

「お、いっくん、なんか欲しいものあるのか?」

 周布の問いに幾久は答えた。

「サッカーのゴール」

 その答えに一年生が笑った。

「おいおい、幾久、そりゃいくらなんでも無理だって」

「そうそう、だってあれ金属製でしょ?重たいしデカいじゃん」

「あんなに大きくなくてもいいんだよ。練習に使う小さいのでいいから欲しい。寮の中でやるのって、やっぱどこにふっとぶか心配だし」

 御門寮のガラスは昔のままのもので、いまではもう作れない貴重なものだ。

 よって絶対に割ることはできないので、幾久は絶対に寮に向かってボールが行くようなことはしないのだが、それでも御堀と遊んでいると、時々どこに飛ぶか判らないことがある。

「小さくでもゴールがふたつあったら、誉と心配なく遊べるんだよなあ」

 溜息をつく幾久に、周布は少し考えて、スマホを出すとちゃっちゃっと検索した。

 そして言った。

「これなら作れる」

 周布の言葉に全員が驚いた。

「ええ?!マジで?」

「え?サッカーゴールっすよ?!」

「いくらなんでも」

 皆が驚き言うが、周布は幾久にスマホの画面を見せた。

「なあいっくん、こんなんでエエ?」

「え?全然いっす!」

 スマホの中にある木製のゴールは組み立て式で、確かに公式のものより全然小さいのだが、けっこう本格的だ。

「これなら出来る」

 周布の言葉に幾久も他の面々も「えーっ!」と驚く。

「え?マジで?本当に?」

 殆ど冗談のつもりで言ったのにまさか木製のサッカーゴールが出来るとは。

「俺推薦だから、結果出たら作れるわ。もし落ちてたら無理かもだけど」

「本当にいいんすか?」

 あ、でも、と幾久は急に心配になった。

「寮に勝手にものを置くなって言われるかも」

 幾久が言った途端、周布は「おーい!ハル!瑞祥!」と二人を呼んだ。

 着替えを済ませた二人が面倒そうにやてきた。

「なんじゃ」

「なに?なんか用?」

 相変わらず誰に対しても不遜な態度だが、誰も気にしていない。

「いや、御門にコレ置くから」

 周布がスマホの画像を見せると、久坂と高杉は二人で「は?」と驚いた。

「いっくんがサッカーゴール欲しいんだって。卒業制作で作るから置いてな」

 久坂と高杉の二人に見られ、幾久は身を縮めた。

「や、あの、オレまさか本当にゴールが出来るとは」

 高杉が尋ねた。

「幾久が欲しい、ちゅうたんか」

「そーだよ?な、いっくん」

 にこにこと周布に言われ、幾久は小さく頷いた。

「あ、ハイ、確かに言いました、けど」

 まさか本当にサッカーゴールが作れるなんてこれっぽっちも思っていなかった幾久は小さく頷くだけだ。

「まあエエじゃろう。邪魔なら倉庫にでもぶちこめばエエし、いらんようになったら鯨王に言えばエエ」

「え?本当に?」

 高杉は頷く。

「どっちにしろ、周布は三年じゃろう?卒業制作でなにかしものを作らにゃいけんはずじゃ」

 高杉の言葉に周布が頷いた。

「そうなんだよねー。まあ桜柳の本棚と、御門のサッカーゴールつくっときゃいいかなって。共同制作できるし。ほかの奴に声かけたら絶対にノッてくるし」

 本棚と聞いて桜柳寮の一年生が喜んだ。

「ワーイ本棚だ本棚だ!」

「これで本が置けるぞ!」

「言っとくけど、推薦通ったらだぞ?」

 周布が言うが、桜柳寮の生徒にとっては本棚は決定事項になったらしい。

「先輩、サイズ指定していいっすか?」

「ちょっとデカいサイズの資料、並べられなくて困ってたんだよなー」

「おまえら人の話聞いてる?」

 そうため息をつきつつも、後輩が喜ぶのは悪い気がしないらしい。

「最悪、ものすごく単純な本棚になるかもだぞ?」

 周布が言うものの、桜柳寮の面々はおしゃべりを続けている。

「やっぱ桜柳にあるからにはモチーフ、桜と柳だよね」

「単純化して扉につけるとか」

「隠し戸棚あったらカッコいいよな!後輩には内緒にしとくの」

「それいい!」

「ほんっと人の話聞いてねーなお前ら」

 そう言って周布は笑うが、ぼそりと呟いた言葉を幾久は聞き逃さなかった。

「ま、後輩になんかいい置き土産しないとな。報国院にはお世話になったし」

 幾久がじっと見つめていることに気づいた周布は、照れて笑った。

「一応先輩らしいことしないとな」

「……オレら、先輩にいろいろしてもらってるのに、なんもできてないっすね」

 今だからこそ気づいたが、後輩である一年生の面々が、プレッシャーに押しつぶされないよう、うまく舞台ができるよう、二年も三年もいろいろ気を使ってくれていた。

 幾久はやっと最近、そのことに気づけたばかりだった。

「お世話になってばっかりだ」

 すると周布は、幾久の頭にぽんと手を置いた。

「いいんだよそれで。俺らだって先輩にそうして貰ってんだから。お前らは後輩にしてやればい。報国院で面白かったなって思って貰えたら、先輩のかいがある」

 幾久が失敗してしまった時、高杉も同じようなことを言っていた。

 失敗したと思うなら、後輩に同じ目にあわされたら、一度は許してやれと。

 言われたときは、自分以外にこんなバカな失敗する奴いんのかな、とか自分はあんな風に怒れないかもしれないと思っていたけれど、そういうこととはまた違うのかもしれない。

「報国院はそうやって続いて来たんだからさ」

 さ、そろそろ帰らねーと明日に響くぞ!

 そう周布が言い、皆、慌てて着替えを済ませたのだった。


 桜柳寮の前で寮生と別れ、幾久と久坂、高杉の三人は一緒に寮へ帰ることになった。

 暗い城下町の土塀に沿って、三人の足跡だけが響く。

「明日はもう前夜祭かあ」

「そうじゃの。こうなると、夏からあっという間じゃの」

 幾久は不思議に思っていることを尋ねた。

「地球部って、桜柳祭終わったらなにするんですか?」

 高杉が答えた。

「なんもせんぞ?来年の夏まで、なーんもねえ」

「本当にッスか?」

 久坂が笑った。

「言っただろ。だから僕らは地球部に所属してるんだって」

「そう、ですけど」

 確かに夏休みの終盤から一気に部活モードに入り、もう十一月に入った。

「実質の活動期間なぞ、二か月半、あるかないかじゃ。大抵はその時期だけに集まって、あとは解散。一年だけ参加して、来年からは参加せん、ちゅう奴もおるし、途中から参加する奴もおる」

「じゃあ、桜柳祭終わったら、なにもないんですか?」

 幾久の問いに高杉がそうじゃのう、と答えた。

「まあ、なんもない。ただ、卒業式の時に再演することはあるぞ?」

「再演?」

 高杉が頷く。

「去年、ワシらはやったがの。卒業式の前に三年に向けて予餞会をするんじゃが、その際、地球部として演目をすることがある」

 久坂が頷く。

「僕らが去年やったのが評判良くてね。リクエストがあったから予餞会でやったんだ」

「へぇー、そうなんすか」

「報国院は文化系に力をいれるからの。受験が終わってる三年が最後の部活とばかりにはりきって参加することもあるぞ」

「予餞会って、三年生を送るものじゃないんですか?」

 送られる方が自分でそういうことをするのはちょっと意味合いが違う気がするのだが、高杉は笑って答えた。

「まあエエ思い出になるならかまわんじゃろう?入試が終わって退屈するやつもおるし」

「じゃあ、雪ちゃん先輩も参加するかも?」

 幾久の問いに高杉がそうじゃのう、と頷いた。

「本人が望めばの」

 幾久の表情がぱっと明るくなった。

「ってことは、雪ちゃん先輩と部活できるかもなのかあ」

 雪充は桜柳会に忙しく、結局いつもちょっと顔を見せるだけくらいしか出来なかった。

 幾久としては不満だったが、御堀が逃げ出したほどの忙しさをしった今となっては、その我儘は口には出せない。

「じゃあ、桜柳祭の後にまた同じ舞台をすることもあるんスか?」

 だったらセリフをすっかり忘れてしまわないようにしないと、と幾久が言うと高杉は「それはどうじゃろう」と返す。

「真面目に舞台をすることもあるが、コメディ風に仕上げたり、一部分だけじゃったり、全く違うものをすることもあるらしいぞ」

「そうそう。セルフパロディっていうのかな?自分たちが桜柳祭でやったのを、予餞会ではギャグにしたり」

「へえー」

 文化部に力を入れているのは桜柳祭の準備で他の部活を見てよく判ったが、そのあたりもスゴイな、と幾久は感心する。

「セリフを忘れんように、と思っちょっても無駄な努力になるかもしれんぞ」

「むしろ絶対に無駄になりそう」

 高杉と久坂が言うので、幾久はそうなのか、と頷いた。

「でもなんか、雪ちゃん先輩卒業するなら、お祝いとかしたいっす」

 参加する前は演劇なんか冗談じゃないと思っていたけれど、先輩たちに助けて貰ったり、今日みたいに周布が後輩の為に何の見返りがなくても助けようとしているのを見たら、せめて後輩としてできることをしたいな、と幾久は思う。

 同じ寮じゃないけど、報国院の後輩として。

 高杉が言った。

「そしたら雪が喜ぶじゃろうの」

 その一言で、幾久は決心した。


 絶対に、なにがなんでも、たとえ一人でも、自分は雪充の為になにかしよう、と。

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