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最後の練習

 御堀が不在の間、幾久は意識的に集中して、地球部の舞台の練習に励んだ。

 その変わりように、やっぱり主役だから?とか、御堀がいないから?という疑問は受けたけれど、一番思ったのは、幾久自身、何も見ていなかったということだった。

 舞台に立って練習はしていた。

 セリフを覚えるのも必死で、流れを自分に叩き込むのも一生懸命やった。

 ただ、着地点が全く見えていなかった。

 鳳クラスの面々が、自分なりの解釈であっという間に上手になったのは、最初から『決めて』いたからだ。

 どんな風に演技をするのか。

 どんなキャラクターになるのか。

 大まかにでもそれを決めてしまえば、目指すのはそれなので後は自分の力量がどこまで伸びるかということになる。

 幾久はそれに気づいてから、すぐ自分なりの考え方と言うものに変換することにした。

 幾久が理解しやすいのはサッカーだ。

 どんな試合をするのかという指示は来ている。

 つまり、ロミオとジュリエットと言う舞台というのは決まっている。

 そこで与えられた役は、幾久にとってジュリエット。

 サッカーで言うなら自分はポジションがミッドフィルダーなのでサポートする役になる。

 例え主役ではあるものの、幾久はロミオである御堀をどう生かすか、ということを考える事にした。

 観客の目線にはとっくに慣れていることに気づいた途端、気楽になったみたいに、いろんな事に気づけば無駄な緊張や勉強は減るはずだ。

 じゃあ、するべきことは、いかに自分が表に出るか、ではなくいかに御堀を生かすかということだ。

 だったら、自分がどうこう色気づいて考えたりやる必要はない。

 セリフを覚え、舞台の動きを間違えないようにし、流れを理解して何かあった時は慌てずに、出来る限りの対処をする。

 舞台なんか無理だと思っていたけれど、実際サッカーだって試合が始まれば監督の指示があっても自分で考えて自分で動くことがほとんどだ。

 大まかな戦略は勿論守るが、いざ試合に出てしまえば考えるのは選手の方だった。

(うーん、むずかしいけど、わかるぞ)

 できるかどうかはともかく、理解することだけはできる。

 御堀のやりたいことを邪魔しないように、動けるようにサポートする。

 その為に必要な事は何か。

 舞台になると判らないことも、サッカーで例えればすぐに判った。

 互いの理解度だ。

 互いになにをどうしたいのか、こういった場合なにをどうすればいいのか、それは互いの考えや美学に基づくもので、だから幼いころから一緒にやっていると、やりやすい。

 多留人とずっと一緒だった幾久は、多留人がなにをしたいかすぐ理解できたし、幾久がなにをやりたいのか多留人は察して動いていた。

 わざわざコンタクトを取る必要もなく、すぐ相手の動きに合わせることができればその分タイミングを失うことも無く、相手より一歩早く攻撃に出ることが出来る。

 それを御堀に話すと、御堀も賛同してくれた。

 二人で納得したので、それからはしつこいくらいにお互いの意思疎通のずれを修正している。

 海で約束してから、御堀は一度も幾久とリハをやっていない。

 だけど桜柳会の事や地球部の部活の内容、舞台の様子は幾久が毎日説明していた。

 幾久も、ただ事実を御堀に伝えると言う、録画を口で言うだけみたいなことを絶対にしないと思っているので、御堀にはなにが必要な情報なのか、何を優先して伝えるべきなのか、それをずっと考えながら部活に参加している。

 そうすると嫌でも集中するしかないし、結果、よく覚えられたしいつの間にかしっかりもしてきたのだろうという気もする。


 そうして日は過ぎて、明日は桜柳祭の前日という、地球部として練習できる最終日になった。

 皆、少し緊張気味なのは、全員が衣装を着ているからだ。

 今日だけはさすがに高杉も御堀も参加しないとまずいということになり、全員がフルメンバーで揃った。

「メイクはしなくていいけど、衣装も小道具も全部使うのよ」

 何度もリハーサルはしたが、いざ衣装を着るとなると途端空気も雰囲気も違ってくる。

 最初は盛り上がっていた面々も、着替えをしていくうちに、徐々に緊張した面持ちになってきた。

「なんか本当に、本番って気がするなあ」

 そう言って三吉が衣装をチェックする。

「なに言ってるの。明日にはもう『本番』があるのよ?」

 明日は桜柳祭の前夜祭、つまり校内だけで文化祭が行われる。

 校内だけと言っても模擬店は出るし、生徒だけでの買い物も出し物もある。

 最終チェックは前夜祭でやるというツワモノの部もあるくらいだ。

 というのも、出し物は入学式などの式典をやったこの講堂で行うのだが、他の部は使えず地球部が占領した形になっている。

「舞台の大道具とか、危険度や使用率が全く違うから、うちは他の部よりよっぽど優先されてるんだからね?気合入れていくわよ!」

 玉木の言葉に全員が「はい!」と返事をする。

 そうして大道具をセッティングし、音響も準備を済ませている。

 幾久と御堀も着替えを済ませるが、御堀が出て行くと、皆が口をぽかーんと開いた。

「みほりん、すげえ。本当に王子様じゃん」

「すっげえな。マジでこれはファンクラブできるわ」

「ありがとう」

 そう言って微笑んでいるが、幾久が自慢げに言った。

「どーだカッコいいだろ?」

「なんで幾がいばってんだ」

「オレの婚約者だもん」

「幾もカッコいいよ」

 御堀のほめ言葉に幾久も「ありがと」と返す。

 御堀の恰好は松浦に言われて着替えたときに見ていたが、きちんと全部小物まで合わせて着るとどこからどう見ても王子さまで、このままコンサート会場に居てもおかしくない。

「靴まで真っ白。なんかみほりん、新郎みたいだね」

 三吉のコメントに御堀が答えた。

「そのコンセプトで作ったんだって。絶対に靴は白にしろって言われてさ」

「よく見たらスニーカーなんだな」

 気づかなかった、と服部が覗き込む。

「裾のギリギリまで隠れるようにしてあるからね。舞台での稼働率を考えてデザインしてくれたそうだよ。幾のもそうだろ?」

 うん、と幾久も頷く。

「これすっげー動けるの。すげえよまっつん先輩」

 前から見たら普通のズボンで、裾に飾りがついているようにしか見えないが、後ろは全部重ねたフリルのようなデザインがしてあり、膝から下が随分と動きやすくなっている。

 御堀と三吉と入江は舞台の中で剣を使った戦いのシーンがあり、動きは当然激しくなる。

 だが、松浦のアイディアのおかげで全員衣装にダンス用のズボンを使うということを教えて貰った。

「制服のズボン使おうと思ってたけど、稼働率全然ちげーな」

 シャツとズボンはダンスの練習用、ベストと小物は松浦の作ったもので充分それっぽくなった。

 剣なんかの小道具は、過去に先輩たちが使ったものが残っているので十分使えた。

 幾久と御堀は松浦が全部衣装も準備したが、他の面々はキャラクターに合わせて自分で勝手にアレンジをしたそうだ。

「けっこう昔の衣装で面白いのいっぱいあったからさ」

 ほら、と三吉が幾久に見せたのは羽根つきの帽子だ。

「キャピュレットは赤じゃん?丁度よく赤っぽい帽子があってさ」

 三吉はジュリエットのいとこのティボルト役だ。

 幾久と同じくキャピュレット側になるので赤がテーマカラーになる。

「なんか一気に洒落たお坊ちゃんになったね」

 幾久のコメントに三吉も「だろ?」と満足げだ。

「マキューシオと戦うからさ、似たような帽子を探したらあったから、マキューシオも帽子かぶるの」

 マキューシオを演じるのは二年の入江だ。

 服部と一緒に恭王寮に移動した、万寿のすぐ上の兄にあたる。

 役の上ではロミオの友人であり、ヴェローナ大公を演じる高杉の親族ということになっている。

「晶摩もロミオ側だから似た帽子探してさ」

「いいじゃんいいじゃん。一気に衣装って感じ」

 着替えながら盛り上がっていると、監督である周布がインカムから指示を出した。

『おーい、着替え終わったらもうリハに入るぞー!お前らいいかー?』

「あ、ヤベ」

「いいでーす!」

 そう言って全員が舞台の上手と下手に移動していく。

 誰も観客はいないのに、重い緞帳が動き、舞台に幕が下ろされる。

「うわー、本番みてえ」

「なんかすごいわくわくする」

 幾久も舞台の袖に入り、待機する。

 今回で最後の練習になる。

 そして御堀と約束してからは初めてのリハーサル、一度きりの舞台稽古となる。

 ほこりっぽい緞帳の臭い、皆が待機しているせいで舞台は熱気が溜まり、空気が重くなる。

(大丈夫。ってか、別に問題なんかないか)

 幾久はサッカーの試合を思い出す。

 どんな試合でも多留人が一緒で、どうせどうにでもなると思っていた。

 緊張することはあまりなかったし、多留人が居ればのびのびと動けた。

 多少失敗しても、誰かがどうにかしてくれた。

 舞台も同じだ。

 玉木が生徒に告げた言葉を思い出す。

 どうせ生もの、失敗もトラブルもあって当たり前。

 誰かが必ずどうにかするわよ。

 のびのびとやったらいいわ。

 そのほうがセクシーだもの。

(よし!やるぞ!)

 幾久は気合を入れ、唇をきゅっと引き結んだ。


『○年度桜柳祭、地球部演目、ロミオとジュリエット。協力部は美術部、映像研究部、ホームエコノミクス部、軽音楽部になります』


 監督である周布がアナウンスを開始した。

 これも本番と同じだ。


『今はイタリアと呼ばれる国の、遠い昔のお話。花の都とよばれる美しいヴェローナの町。その都には並び立つ名家がふたつ。古い遺恨によって悲運の星の元、恋人同士は哀れにも悲恋の末に葬られた。子供たちの死をもってやっと和解に至った両家に跡継ぎは誰もおらず。さあ、そんな結末を呼んでしまったお話を、これからご覧いれましょう。なにとぞ二時間、ご辛抱を。古くはシェイクスピア研究会という名で呼ばれた、報国院の伝統ある今は地球部の演目です。ロミオとジュリエット、開演いたします』


 ブー、という重たい開演のブザーが鳴り響く。

 そうして緞帳が引かれて舞台が開く。

 誰も居ない講堂。

 閉じられていた幕にさえぎられていた空気が流れ込んでくる。

 緞帳が引かれればそこにあるのは、もう、舞台という世界だった。



 舞台は途中で止められることも無く、本番と全く同じスケジュールで進んだ。

 途中セリフがつっかえる事があっても、誰かがなにかのフォローをして、どうにか乗り切った。

 幾久は自分で想像したよりずっと落ち着いて役をすることが出来ていた。

 ここ数日、一人でやりきらなけりゃと思っていた緊張より、目の前に御堀がいるのだから大丈夫だろ、という安心感が大きく、なにかあってもフォローよろしく、こっちもフォローする、という気持ちで挑んだせいか、ミスはほとんどなく、御堀と問題なく合わせられた。


 そうして二時間、舞台のラストは高杉のセリフで、ロミオとジュリエットの悲劇を語り終るところで幕は下りる。


「この世にまたとない悲話、ロミオとジュリエットの恋の物語」


 高杉が言って舞台から消える。

 観客がいないので、下がっていた役者の面々や、スタッフ役の生徒がわーっと拍手をする。

 そうして緞帳が引かれ、幕が下りた。

 拍手をし続けていると、舞台の終わりに合わせて流れるエンディングが静かに消え、役者紹介の音楽に変わる。アンコールだ。

 幕が引かれている間に、役者は全員紹介の為の場所に移動する。

 そうして音楽が流れ始めると幕が再びせわしく開く。

 役者が一人ずつ、舞台の上手と下手から出てきた。

 流れるのはエンディングとはうってかわって賑やかなダンスミュージックだ。

『サンプソン役、三年、熊野(くまの)大虹(たいが)。エイブラハム役、二年梶山(かじやま)侘助(わびすけ)

 周布が紹介すると、二人が手を取り舞台でぺこりと頭を下げる。

 音楽に合わせてくるりと回転し、軽く踊ってポーズを決める。

 そうして二人は、出てきた方向と違う方向へ、入れ替わるように走って引いた。

『グレゴリー役、三年有川(ありかわ)(にしき)。バルサザー役、二年野々(ののむら)織人(おりと)

 紹介された二人が同じように音楽に合わせて飛出し、やはり二人で踊り、頭を下げてポーズを決める。

 その度に舞台が終わった安心感からか、皆わーっと拍手をしたり囃し立てたりする。

 観客がいないせいもあって全員、だんだん好きにやりはじめて、生き生きと舞台に飛び出てポーズを決める。

 そして当然、ラストに出るのは主役を演じた幾久と御堀だ。


『ロミオ役は、一年、御堀誉。ジュリエット役、一年、乃木幾久』


 呼ばれ、互いに上手と下手から出てきて、二人で手を取り合って二人で軽くダンスを踊る。

 見つめあって両手を握り、観客に向かって頭を下げる。

 わーっ、いいぞ!よっ!ご両人!と声が上がると、幾久も御堀も顔を見合わせて笑う。

 そうしてもう一度観客席に向けて右手、左手、正面と深々と頭を下げる。

 そして舞台の袖から全員が飛び出してきて、全員で頭を下げて声を上げてお礼を言う。

「ありがとうございましたーっ!」

 そうして頭を下げている間に、幕が下りていき、舞台は終わった。



『はいみなさんお疲れでしたー、最終確認、リハ終了でーす』


 監督の周布が言うと、全員がわーっと盛り上がってハイタッチをしまくった。

「おつー!お疲れ!!!」

「うまくできたじゃん!」

「やったーおれセリフ間違えなかった!完璧!」

「俺ちょっと間違えた……」

 盛り上がる生徒たちを楽しそうにしばらく玉木が見ていたが、止めないともう終わらないと判断して、マイクをとった。

『はいみんなお疲れ様。とってもセクシーだったわよ。今夜はそれを覚えてゆっくり眠って、明日にそなえて頂戴ね』

「センセー、反省会とかはしないんすか?」

 山田の問いに、玉木が言った。

『反省すべきところなんかひとつもないわよ。あなたたち、素晴らしかった。明日から三日間、怪我もなく今日の通りにやれば、なーんも反省することもないわ』

 そしてもう一度、とってもすばらしかった、と嬉しそうに言うと誰からともなく拍手が上がった。


「じゃあ、今日はもう終わりか」

「つーか、練習がもう終わりな」


 はー、っと全員がため息をついた。

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