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(腐)女子を舐めないでいただこう!

 さて、御堀がロミオの衣装の確認をしている間に、幾久はジュリエットの衣装に着替えた。

 見た目はすさまじく難しそうな服だったが、実際はそうでもなかった。

 タートルネックのロングTシャツを着て、ズボンに履き替える。

 その上にあのやたら装飾の多い赤いベストを着て、ジッパーを上げる。

(本当に簡単に着れるようになってる。スゴイなまっつん先輩)

 衣装の豪華さもさることながら、こうして簡単に着たり脱いだりができるようになっているのは有難い。

 鏡で見ても、笑うほどおかしいようでもないし、自分で言うのも何だが、御堀ほどではないがそこそこ見られるように思う。

(馬子にも衣装ってことかな)

 立派な衣装を着ると、自分もちょっと立派になった気がして幾久はカーテンを開けた。

「着てみましたけど、どうですかね」

 そうして出ると、松浦が無表情のまま答えた。


「やっべえ、バナナが死ぬ。五十回くらい死ぬ」

 言うとスマホを取り出した。

「ねえ写真とっていい?バナナ明日一回殺しとく」

「やめてください物騒な」

 しかし、製作者に写真を撮るなとも言えないので、仕方なく写真はOKした。

「あ、そうだ。それとこれも小物な。つけて」

 松浦に言われて渡されたのは、ヘアバンドだ。

 ビーズで作られていて、見える部分はきらきらしたゴールドやピンクのビーズがついていて、後ろの部分は太いゴムで出来ている。

「ヘアバンドっすか」

「そう。ティアラの変わり。男の子にティアラはちょっとかわいすぎかなーって思って、それっぽいの作った」

「えっ?これもまっつん先輩が作ったんすか?」

「おうよ。コスプレーヤー舐めんじゃねえぞ」

「マジすげえっす。尊敬するっす」

 つけてみると、確かにちょっときらきらしてティアラっぽく見えるが、おかしい雰囲気でもない。

「これならジュリエットって一目でわかるでしょ。正直どっちも男の子じゃん?女装じゃないからそのギリギリのライン困ったんだけど、かといって女の子っぽすぎる服もなーんか違うしさ」

「ありがたいっす」

 幾久にしてみたら、いくら女装ではないといえ、ジュリエット役の衣装は心配だった。

 ただ、台本のセリフが全部普通に男性の言葉なので、練習の時は全くそこまで違和感を覚えなかった。

 抱き合ったり、告白すると言っても役の上でのことなので舞台の流れを考えていると恥ずかしいと思う余裕はなくなっていた。

「その衣装いいね。幾に似合ってる」

 御堀に褒められ、幾久は照れる。

「誉のほうがすげーカッコいいよ。ほんとオレ、慣れてなかったらセリフどころじゃなかったかも」

 かっこよすぎじゃん、という幾久に御堀もありがとうとほほ笑む。

「あんたら結婚式の前のカップルかよ」

 互いに互いを誉めあう二人に松浦が言うが、御堀はにっこり微笑んで返した。

「そうですよ」

 幾久も頷く。

「ロミオとジュリエットだし?」

 そういって「ね」「うん」と笑っている二人に松浦は、はあーっとため息をつく。

「杷子いたら憤死してるわ。あたしで良かったね」

 松浦は呆れて言ったが、幾久も御堀も笑うだけだった。


 御堀と幾久の衣装の最終チェックが終わり、動きも問題なかったのでそのまま受け取ることにした。

 二人とも衣装を脱いで片づけていると、松浦が「よいしょっと」と服を抱えてきた。

「たまきんに頼まれてさ、ちょっとどうにかならないかって言われたんで、出来る限りやってみたんだよね」

 そうして見せられたのは、ベストだった。

 幾久や御堀ほどではなかったが、それでもかなり凝った作りのものだ。

「ジュリエットの家のキャピュレットはテーマカラーが赤なんで赤ベース、いっくんと同じね。みほりんのモンタギュー家は青。これで一目でどっちがどっちの家か判るでしょ?アクセサリーも余分にあるから、小物で判るようになってる」

 適当に選んでもらってね、と言われたがこれなら幾久のようにTシャツの上やそれこそ制服のシャツにタイをつけるだけで衣装っぽくなるだろう。

「杷子達にも協力してもらったから、けっこうさくさく出来た。感謝しろよ」

「するっス!あざス、先輩達!」

「すごいな、みんなこれ喜びそう」

 衣装は以前に使ったものがいくつかあったが、それをアレンジするよりこっちのほうが良さそうだ。

「ま、どうごまかしも出来るし必要ならできる協力はするってたまきんにも言ってるから。なんかあったら教えて」

「その時にはお願いします」

 御堀がぺこりと頭を下げる。

「オレからもお願いします」

 幾久もぺこりと頭を下げた。



 松浦に言われ、幾久は地球部の面々にメッセージを送った。

 衣装がけっこう重いので、校門まで取りにきて貰うためだ。

 山田と三吉が受け取りに出てきてくれるそうなので、そこまでは松浦も持って行ってくれることになった。

 店の外でメッセージを幾久が送っている間、松浦は御堀をこっそり呼んだ。

「みほりん、ちょっとこっち来てよ」

 いっくんには内緒で、とこそっと話す松浦に御堀は笑って尋ねた。

「告白ですか?」

「恋愛的な意味じゃないならね。あのさ、いっくんの衣装の事なんだけど」

 そういって松浦は御堀にひそひそと耳打ちする。

「……成程、あの衣装にはそんな仕掛けが」

「最初の舞台ってリハ兼ねた校内での発表でしょ?」

 松浦に御堀は頷く。

 桜柳祭の前日は校内で生徒だけの祭りが行われる。

 要するに前夜祭だ。

 生徒は前夜祭を楽しんで、翌日の本番の準備をして、問題があれば前夜祭の部分で対処をするようになっている。

 女子がいなくてつまらないという声もあるが、生徒でゆっくり楽しめる分、桜柳祭は外部からのお客に対して真面目に対応する余裕もあった。

 地球部の舞台は前夜祭で発表するのが最初だ。

「前夜祭でやったって面白くないから、いっくんには内緒にしててさ。んで、桜柳祭の一日目でやったらもう凄いよ絶対。ウチの生徒めっちゃ行くしね」

 あとそれとね、ともうひとつ松浦は秘密兵器を出した。

「……それは?」

 ふっふっふ、と松浦は笑って広げて言った。

「とあるシーンで使えばもうどっかんどっかん来るアイテムや」

 そうして松浦のした説明に、御堀は絶句し、しかしそれは必ず『来る』であろうことは理解した。

「わかりました。ではそれは頂いても?」

 松浦は首を横に振った。

「まだ完璧じゃねーんで、当日の朝取りに来てよ。そしたら最高の奴作っておく。みほりんが協力してくれるなら、追い込みかけようと思ってたんよね。前夜祭ではいらんやろ?男ばっかやし」

 そう言われ、御堀は頷いた。

「桜柳祭であれば、チケットが更に出ますよね?」

「あたりまえや。私等はすでに公演三回分のチケットは入手しとるけどな、まあ一回でエエかって奴がほとんどや。その連中が一回目見たら」

 グフフフフ、と松浦は笑った。

「絶対にチケット追加は間違いナシや」

 御堀の目が鋭く光った。

「では、当日立ち見チケットの用意は多めの方がいいですね」

「おう。MAXの人数把握して、ギリギリまで勝負しろ。これは戦争や。おわりのはじまりなんや」

 松浦と御堀は互いにがっしりと力強く握手した。

「尊敬します先輩」

「おう、めっちゃしろ。そしてうまいもんのチケットくれ」

「ご用意しておきます」

 御堀の言葉に松浦は親指を立てた。


「誉?そろそろ帰らないと桜柳会遅くなるんじゃないの?」

 連絡ついたよ、という幾久に、松浦と御堀は目くばせしたのだった。


 テーラー松浦から報国院の校門はすぐだ。

 御堀と幾久、そして松浦の三人で全員分の衣装を抱えて校門へ向かうと、山田と三吉が待っていた。

「あ、来た」

「こっちこっち、いっくん」

 二人が手を振って近づいてきた。

御空(みそら)(あまね)、こちらウィステリアのまっつん先輩。衣装作ってくれた」

 幾久が紹介すると、山田と三吉が頭を下げた。

「先輩、こんにちは!」

「お世話になりまぁす!」

「お世話しました」

 松浦の独特の返しに、山田と三吉が目を丸くした。

 だが、個性的なファッションと、どこか自分たちの先輩にも似た雰囲気に興味を持ったらしい。

「先輩、お洒落ですね」

 ファッションやコスメに煩い三吉が食いつくと松浦が頷いた。

「うちのブランドよろしく」

「えっ、これってブランドなんすか?」

「ハルちゃんがよくご存じだから、興味持ったらくいついといて」

 ハルちゃん、の言葉に自称隠れ高杉ファンの山田がくいついた。

「ハル先輩、こんな服着てるんすか?」

 すると幾久が頷いた。

「うん、そっくりっていうか、ほんとこんな感じ。最初ハル先輩かと思ったくらい似てるし」

「あたしのはレディースだから。ハルちゃんはメンズ仕様でちょっと違うんだよね」

 それよりと松浦は山田と三吉に衣装の入った袋をどん、と渡した。

「衣装これね。サイズとか、ちょっとした変更なら全然請け負うんでうちに持ってきといて」

「わー、衣装だ衣装だ!」

 三吉がさっそく中を覗き込む。

 と、山田が言った。

「普、そんなん部室で見ろって。それよか先輩、なんかあったらお願いできるっていいんですか?ウィステリアなのに」

 いいのだろうか、という風に心配げな山田に松浦が言った。

「ぶっちゃけイケメン無罪。いっくんとみほりんで私はがぜんやる気のある奴隷」

 ぐっと親指を立てる松浦に、三吉がぐっと同じように親指を立てた。

「つまりみほりんといっくんさえ差し出せばまっつん先輩はなんでもしてくれるんだ?」

 松浦は頷いた。

「そういうことだ。話が早くて助かるぜ」

「じゃあ心配ないね!注文だしまくろ!」

「ちょっと普、控えめにしといてよ」

 幾久の言葉に普も「わかってるってばぁ」と笑うが、女子の前で明らかにあざとくかわいいフリをしている。

 松浦はそんな様子を見て呟いた。


「やはり地球部はパラダイスやな。イケメン豊富や」

 うんうんと頷く松浦に、幾久は相変わらずだなと思ったのだった。


 松浦から衣装を受け取り地球部の部室へ向かうが、御堀は桜柳会に出ることになっていた。

「じゃあ幾、あとは頼むね」

 御堀の言葉に幾久は頷いた。

「うん、任せといて。安心してていいよ」

「わかった。じゃあ御空、普、僕はこれで」

「わかった」

「行ってらっしゃーい」

 三吉がひらひらと手を振り、山田は衣装を抱えながら言った。

「幾、お前なんかしっかりしてきたな」

「え?そう?」

 山田の言葉に三吉も頷く。

「うんうん。これまでみほりんに甘えてた感があったのに、任せといてって」

 幾久は頷いた。

「誉って有能だからさ、桜柳会に絶対必要なんだよ。オレ鳳じゃないし、有能でもないからせめてなんか誉の為になれないかなって思って」

「頑張るじゃん。まあお前も主役だし、しっかりしてくれたほうが俺らも助かるけど」

「いっくん急にみほりんに感化された感あるよね。いいことだけど、これじゃ御空、後期に鷹落ちしちゃうかもねえ」

「やめろマジでやめろ。まんじゅう落としとけ」

「まんじゅう怖い?」

「こわかねーよ!」

 そう言って騒ぐ二人に、幾久は思った。

(後期、鳳目指さないといけないんだよな)

 中期の最初の考査は終わったが、桜柳祭が終わり、月が替わればもう期末考査の時期になる。

(頑張らないとだなあ)

 とはいえ、今は桜柳祭の成功を第一に考えないといけない。

 練習できる幾久と違って、御堀はもうあとは最終リハくらいしかまとまった時間がないのだ。

(誉になにかあっても、オレがフォローできるくらいになっとかないとだよな)

 二人きりの約束で、御堀は桜柳会に所属して首席の座を譲らないこと、そして幾久は地球部を抱えていくのだと海で誓い合った。

 あの約束をどうしても守りたい。

 御堀がどんなに報国院を好きで、努力をしているのかを知ってしまったから、幾久もどうしても協力したかった。

 その為にできるのは、今、地球部で精一杯出来ることを頑張るしかない。

「ほんっと、頑張ろっと」

 呟く幾久に、山田も三吉も、「だな」「そうだね」と答えてくれたので、幾久も頷いた。


 鳳だらけの中でどうなるかと思ったけれど、皆、気のいい連中ばかりで良かったと、こればっかりは強引にでも所属させてくれた高杉達には感謝かもしれない。

 慣れたと言えばそれまでだけど。


「ただいまー!衣装到着でーす!」

 三吉の言葉に部室がわっとにぎやかになった。

「見せて見せて!」

「その前に全員手を洗って!」

「おれさっき洗いましたー」

 騒ぎながら楽しげに、机の上に衣装を広げ始める。


 そうして衣装を見て、全員が一瞬言葉を失っていた。

「う、……わっ、なんだコレ?!」

「えー?マジでこれプロの仕業?」

「すばらしいね。僕にふさわしいよ」

 そう言いながら衣装を取り出したり、小物をしげしげと眺めたりしている。

「すげーでしょ」

 なぜか幾久が自慢げに言うと、全員が頷いた。

「オレも最初見たとき、びっくりした。ほんとプロだって思ったもん。誉の衣装なんか半端ねーっすよ」そういって広げると、うおーっとどよめきが上がった。

「なんだこれ?!アイドルみてー!」

「でもかっけえ。これ絶対、御堀似合うだろ!」

「はっではでじゃん」

 山田が幾久に尋ねた。

「幾、お前は誉が着たとこもう見てんのか?」

「うん、見たよ。半端ない、めっちゃくちゃかっこよくってさ。びっくりした」

「だろうねえ。こんなのみほりんが着てロミオなんかしたらファンクラブ出来ちゃうんじゃない?」

 三吉の言葉に幾久が答えた。

「なんか受付するって言ってた。お金先輩に相談するって。学生用の誉会、作るらしいよ」

 その言葉に三吉と山田が顔を見合わせた。

「なんかみほりん」

「お金先輩に似てきた」

 瀧川がふふっと笑って答えた。

「それでこそ僕のライバル。競合相手として不足はないね」

「や、お前完全に負けてんぞ」

 厳しいツッコミを入れたのは品川だ。

「やはり完璧すぎる僕には、こうしてすさまじいライバルを用意するんだね。世界に嫉妬されてるなんて罪な僕だよ」

「お前のその前向きさはうらやましい」

 そう突っ込んで服部が服の仕組みをしげしげと眺めて調べては、その細工に感心している。

「おい幾、お前の衣装、どうなってんのコレ」

 興味を持った服部に尋ねられ、幾久は「あー、それはこうなってて」と自分も驚いた細工を服部にして見せて、しばらく部室は衣装で賑わったのだった。

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