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王子、爆誕

  桜柳祭まであと数日をきった週明けともなれば、生徒たちは勉強どころではない。

 それは鳳、鷹、鳩、千鳥に関わらずどのクラスでも関係なく、先生たちもこの時期になると諦めの境地に至っている。

 とはいえ、実際先生たちも桜柳祭に関わらない人はおらず、誰も結局は気がそぞろになっていて、授業が終わると同時に誰もが教室を慌てて出て行った。


 幾久も当然その一人だった。

 だが今日は行き先が違う。


「幾!」

 教室から出ると、待っていたのは鳳クラスの御堀だ。

「誉、早かったんだ」

「急いで来たんだ」

 そう言って笑っている。

「じゃ、いこっか」

「そうだね」

 そうして二人は、いつもなら地球部の部室に向かうのだが今日だけは行き先が違っていた。

 行先はテーラー松浦。

 幾久も入試の後に制服の採寸をした古いテーラードだ。

 今日、衣装が出来上がったので確認の為に来いと言われ、早速向かっている。

「衣装、どんなんだろうね」

 幾久の問いに御堀は笑う。

「楽しみだね」

「うーん……誉はそうかもしんないけど」

 幾久は多少どころじゃなく心配だ。

 なんたって衣装はロミオとジュリエット、しかも自分は男性ジュリエット役なのだから、どんな衣装になるのか想像もつかない。

「あの張り切りようからして、スゴイの出来てるんじゃないのかな」

 御堀は笑うが、幾久は不安で仕方がない。

 幾久と御堀の衣装を作るのは、ウィステリア女学院の演劇部に所属する、松浦と言う先輩だ。

 時山の彼女である豊永杷子からは『まっつん』と呼ばれていたちょっと個性的な女子だった。

(つっても、あの人らみんな個性的だったなあ)

 さすがに報国院と姉妹校というだけあるのか、たまたま演劇部に強烈なキャラが揃っているのか。

 外見普通の可愛いお姉さんの中身がほぼ山縣の杷子、外見王子様で中身も王子様な男前の女性の大庭、そして幾久と御堀にお茶を運んできた松浦。

 表情はあまり変わらないが、言動がちょこちょこ面白いというか正直な人だ。

 松浦はテーラー松浦の主人であるおじいさんの孫娘で、杷子と一緒にコスプレをする中なのだそうで、衣装を作る腕前はかなりのものだというのは杷子から教わっている。

 幾久と御堀をチェックして、地球部の顧問である玉木に直談判して衣装制作をもぎ取った行動派だ。


 テーラー松浦に到着し、御堀と幾久は店に入った。

「ご無礼しまーす。報国院の地球部ですけど、衣装を取りにきました」

「はいはーい!」

 元気に返事があり、出てきたのはおじいさんではなく、まっつんこと松浦だった。

 制服ではなく私服で、その恰好に幾久はちょっと驚く。

 長い胸までのストレートロングを肩の部分でゆるく三つ編みにしているのだが、Tシャツは赤と黒の太いボーダーで、パンツは黒のカーゴパンツ、ポケットやベルトやジッパーが沢山ついているロックっぽいテイストで、上着は黒と白のスカジャン。

「ハル先輩かと思った」

 幾久が思わずそう言ってしまったくらい、松浦のファッションは高杉と似ていた。

 すると松浦は頷き答えた。

「その通り。奴が着てるの、うちのブランドの服だもんね」

「えっ」

 うちのブランド、というのは松浦はデザインかなにかしているのだろうか。

 幾久が不思議に思ていると、松浦がくいっと顎でしゃくった。

「Just bring it」

「え?」

「ついていけばいいんじゃないかな」

 かかってこいとは穏やかじゃない英語だが、まあいいかと幾久は御堀に進められ、松浦の後をついていった。

 奥は採寸の為なのか、広くなっており、木製の古めかしいケースや棚がいくつもあった。

「そんで、衣装、コレな」

 そういって松浦が示した場所にはトルソーがふたつあり、そのどちらにも服が着せられていた。

「うわっ!なんすかコレ!」

 幾久が驚くのも無理はない。衣装、といえば学芸会レベルの、私服をちょっとアレンジしたものを想像していたからだ。

 だが、そのトルソーに飾られていたのはそんなレベルのものじゃなかった。

 どう見ても本物の『衣装』だ。

 本物の舞台衣装と聞いても驚かないし、むしろそうだろうな、と思うレベルだった。

 御堀の服はもろに王子様といった感じで、長い裾のジャケットとズボンの基調は白、なかのベストとタイはブルー、ジャケットにもベストにもズボンにも、金色の模様が入っている。

 幾久のほうは赤を基調にしたデザインで、袖の部分が丸く絞ってあり、腰の部分にスカートのような裾がついている。

「本物の衣装みたいだ」

 驚く幾久に、御堀も衣装を見て目をまるくしている。

 ふふんと自慢げに笑う松浦は言った。

「どうだ。まっつん様の妙技、見たか!」

「見ました」

「スゲー!すげー!やばい!」

 頷く御堀に驚く幾久という二人の態度は松浦を満足させたらしい。

「そこに着替える場所あんでしょ。着替えて」

「え?」

「最後の合わせすっから。そのために来てもらったんやし」

「え?え?着れるかなあ」

 御堀の衣装はそのまま、裾の長いコートのようなジャケットにズボンにベスト、シャツにタイと言うものだったが、幾久の衣装はやや変わっている。

「みほりん、着替える場所そこしかねーから、先に着替えて」

「はい」

 松浦はそう言うと、トルソーから御堀の衣装を外して御堀に渡した。

「じゃあお先に」

 カーテンを引いて着替え始めた御堀に、松浦は幾久を呼ぶと衣装の前に立たせた。

 幾久の為に作られた衣装は、幾久も見たことがないようなデザインだった。

 タートルネックの白いTシャツの上に、豪華なベストのような、よくわからない服が乗っかっている。

 腰のあたりにはスカートみたいな裾がついているが前はかなり開いているのでスカートでもないし、どう着ればいいのかさっぱりだ。

 ややこしい上にボタンなんかもなく、どうやって着ればの前に脱がし方も判らない。

「こ、これどうやって着るんすか?」

 困惑する幾久に、松浦はにやりと笑った。

「簡単よ。こうして」

 そう言って松浦は、ベストの胸の部分の一番上に手をかけた。良く見るとそこには小さなジッパーの持ち手があった。

「こうじゃ!」

 そう言って勢いよくざっと下へ手を移動させると、ややこしい服は簡単にばっと分かれた。

「えぇ?!」

 スカートがついていて、ベストみたいだけど丸い、ふわっとした袖がついてて腰のあたりに飾り紐までついているわけのわからないややこしい服は、前開きのワンピースのようなものだった。

「これ、ひとつでこんななんすか?」

 えー?と驚く幾久に、松浦はふんぞりかえって頷いた。

「そう。たったジッパーひとつで着脱可能な衣装だぜウェーイ」

 いや、これは素直に凄いと幾久は感心した。

 松浦はトルソーから衣装を外すと、テーブルの上に広げて幾久に簡単に説明した。

「これ、ベストな。前開きのベストっぽくしてあるけど、実際はコルセットをヒントにしてる。昔のお姫様が着てるドレスあるやん?あの胸の部分な。そんで、それに裾にスカートっぽい布つけてっけど、後ろからみたらジャケット風。リボンもぜーんぶつけてあるから、これ羽織るだけでええんや」

「すっげー、見ただけじゃなんかすげえややこしそうな服に見えたのに!」

 幾久から見たら、胸の部分も腰の部分もリボンも飾りも全部外してつけるように見えるのに、ジッパーさえ下ろせば簡単に着脱可能とは。

「それ脱いだら、下はこれや。簡単に着れるやろ?」

「ほんとだ!」

 派手なベストさえ脱げば、あとは単純なタートルネックのロングTシャツにズボン。

 だが、そのズボンの裾はひざ下から斜めにラインが入っていて、ひらひらした布のレースが何段かに別れてついている。

「これで裾が動くとひらひらするし、実はこれ、膝から切り替えてるからめっちゃ自由度高い。足元も隠れるから、スニーカーみたいな靴でも問題ない」

「凄い、っすね」

「ド派手なスニーカーじゃなければいくらでも隠せるよ」

 幾久は自分の靴を思い出すが、このズボンならいくらでも隠せるし自分のを履いて問題なさそうだ。

「その長袖Tシャツも洗ってすぐに乾く奴。ちなみに着替え用も用意してあるから。舞台ってすごく汗かくっしょ」

 幾久は頷く。立ち稽古をもうしているのだが、スポットライトがあたると尋常じゃなく暑いので汗をかく。

「桜柳祭って舞台の回数多いじゃん。だからせめてインナーだけでもって思って、頑張った」

「うわー、ありがとうございますありがとうございます!メッチャ嬉しいっす!」

 てっきりもろに女装っぽい服だったらどうしようとか、変だったらやだなあとか思っていたけれどそんなことは全くなかった。

 ジュリエットと言われればまあそうか、と思うくらいで衣装は確かに御堀に比べれば女性っぽいかもしれないが、別に気になるほどでもない。

「こんなカッコいい衣装なんて想像もしてなかったっす!」

 幾久の素直な感謝に松浦は胸を張った。

「まっつん様にかかればこんなものよ」

「すげえっす!まっつん様スゲーっす!」

 幾久が誉めまくっていると、御堀の着替えが終わった。

「着たけど、どうかな」

 そういって出てきた御堀に、幾久も松浦も言葉を失った。

 そこに立っていたのは、確かに御堀なのだが王子様だった。

「……すげえ」

「完璧すぎる。我ながら上出来」

 御堀もまんざらではなかったらしく、さっきより髪をやや多めにかきあげて、一層王子様らしくしている。

 白い手袋、膝まである長さのロングジャケット、ベストにスカーフ、なにもかもが完璧だ。

 松浦が御堀の前にさっと動き、白いローファーを並べた。

「ちょっとみほりん、それ履いてみてよ」

「はい」

 白い靴を履いて立った御堀は、どこまでも完璧な、まさに王子様そのものだった。

「すげー誉、もうアイドルじゃん、王子様じゃん、完璧じゃん」

「ありがとう」

「これは戦争になるぞ」

 松浦もごくりと喉を鳴らす。

「戦争ってなんか怖いっすね」

 幾久が笑うが、松浦は大真面目に首を横に振った。

「撮影会あんの知ってるでしょ」

「はい」

 先輩達に言われているが、桜柳祭は二日間あり、一日目は午前中だけで、二日目は午前中と午後がある。

 一日目の舞台の後は写真撮影会があり、撮影会付き前売りチケットを購入している人を優先として、舞台に出ているメンバーと撮影することができる。

 主役である御堀と幾久は強制的に参加だが、他のメンバーは希望者のみ、呼ばれれば出ることになっている。

「撮影会、荒れるぞコリャ。それに今後、みほりんに対するアッピールは凄いものになるだろうね」

「そこはなんかわかるっス。ウィステリアに行った時も凄かったスもんね」

 ロミオを演じる御堀のまわりにできた人だかりを思えば、この衣装で演じたらどれだけ人気が出るのか想像は難しくない。

「うーん、これはあれだ。先にファンクラブを発足させといた方が後々の処理が楽かもしれん」

 松浦の言葉に御堀が言った。

「じゃあそのように先輩に相談します」

「ちょっと誉?じゃあファンクラブ出来ちゃうの?」

 びっくりする幾久だが、御堀はにっこり微笑んで言った。

「誉会」

「ああ」

 そういえばそうだった、と幾久は思い出す。

 御堀は地元に誉会と言う御堀のファンクラブがあり、地元有力者の奥様方がそれに入会しているとの事だった。

「でも誉会って会費バカ高いんしょ?このあたりとかウィステリアだったら高校生じゃん。会費どーすんの?」

 御堀は松浦に言われるように、体をひねったり動かしたり、腕を上げたりして衣装の動きを確かめながら答えた。

「それはそれで、ビジター会員って言うか、未成年用の会員を作ればいいんじゃないかな」

「うわ、もう商売するんだ」

「当然。使えるものはなんでも使うよ。僕自身でもね」

 御堀の発言に、なんだかお金先輩や栄人先輩みたいだな、と幾久は思ったのだった。

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