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Spending all my time(3)

 幾久は御堀に言った。

「オレ、ミッドフィルダーだもん。誉フォワードだろ?サポート向いてるって」

 やっと冗談を言えた幾久に、御堀も笑ってうなづいた。

「キラーパスばっかよこしそう」

「できる奴にはね」

「手加減してよ」

「必要ないだろ」

 笑いあう二人に、やがて沈黙が訪れた。

 御堀は幾久の手を両手で上から握りなおし、こつんと額を幾久の額にぶつけ、言った。

「僕の二年、三年は、幾ありきで計画する」

「うん」

「だから幾も、僕ありきで考えて」

「うん。頼りにするし、サポートする」

「幾を鳳にぶちこむよ」

「こわいなあ」

「同じクラスの方がやりやすいし、鳳なら大抵の事は通る」

「うん」

 そうだろうと幾久も思う。

 御堀をサポートするなら、常に一緒にいたほうがいい。

 久坂と高杉の二人のように。

「僕の目標は、首席を譲らない事、首席で卒業すること、桜柳祭でトップを張ること。つまり、雪ちゃん先輩のポジション狙ってる」

「うん」

「地球部の内部は、全部幾に丸投げする」

「うん」

「ひょっとしたら、調子に乗るなとか言われるかもしれないよ?幾は鳳じゃないし、上に立つ理由もない」

「いいよ」

 幾久は静かに笑った。

 自分でも判っていると思える、どことなく大人びた笑いだった。

「それでもやるよ。オレ、主役なんだぞって言ってやる。一年で主役張ったんだから、支配する権利あるって言ってやる」

(その為には、今回の舞台を絶対に大成功させてやる)

 御堀がもう一度、ちょっと強く額を幾久にぶつけた。

「それでこそ幾」

「ちょっと、誉痛いよもう」

 そう言って照れ隠しのように手を離した。

 額をさすりながら、幾久は言った。

「ハル先輩と瑞祥先輩みたいにうまくはやれないけど、真似だけならなんとかなる、と思うんだ」

「うん」

 御堀が頷く。

「いまはちっともできないけど、誉のサポートできるように頑張るよ」

「うん」

 だから、と幾久は御堀に告げた。

「桜柳会で、ハル先輩と、雪ちゃん先輩をサポートしてあげてください」

 そう言って頭を下げると、なにかこみあげてくるものがあった。

(ヤベ、なんか泣きそう)

 どうも涙腺が緩んでしまったのか、すぐに泣いてしまいそうになる。

 いつまでも幾久が頭を上げないので御堀が心配そうに尋ねる。

「幾、大丈夫?」

 幾久は首を横に振る。いま、顔をあげたら確実に泣いてしまいそうだった。

 御堀は幾久の頭を軽く撫でると、ぴったりそばにくっついた。

「ハル先輩と雪ちゃん先輩はサポートする。幾の分まで、僕がやる」

 幾久は膝を抱えて顔をうずめ、頷いた。

「だから、僕ができない分を幾がやって。来年、地球部がなにをするのか幾が全部覚えてて」

 幾久は頷く。

 御堀が幾久の肩を抱いた。

「頼りにしてる」

「……オレも」

 幾久は袖で目をぬぐった。

「誉の事頼りにする。任せるよ」

 泣いてしまったのは、なにも出来ない自分が悔しいからだ。

(鳳なら)

 せめてクラスが鳳だったら、どうにかできたかもしれなかったのに。

 もうこんな情けない思いはしたくない。

 幾久はもう一度、袖で目をぬぐうと、顔を上げた。

「そういや、桜柳寮の件は?誉、代表のことはどうなったの?」

 いっぱいっぱいだった御堀の決定打になったのが、桜柳寮の責任者という立場だった。

 あれから話はどうなっているのだろうか。

 御堀はああ、あれ、と笑った。

「それはナシになるよ」

「そうなの?」

「ちょっと考えがあってさ。桜柳祭終わったら教えるから内緒にしてて」

「判った」

 幾久は頷く。

「誉が大丈夫そうなら、いいよ」

 以前みたいにバランスを崩さなければ、御堀はなんでもできるのだから。

「……オレさ、失敗したの、ハル先輩に謝った時に言われたんだ。後輩がオレと同じ失敗することあったら、一回は許して教えてやれって」

「うん」

「それ言われて、そっか、オレ来年には二年生になるんだって思って」

「後輩が出来るんだよね」

 御堀も頷く。

「だから思ったんだ。オレ、ちゃんと準備しとかないとなって。地球部の事やるなら余計に来年の準備を今からしないと、何もできない二年生になるだけだなって」

 二年になったからと二年の出来ることが出来るようになるわけじゃない。

 幾久は高杉や久坂みたいに、山縣の言葉を借りるならカンストしているわけじゃない。

 だったらレベルを地道に上げていくしかない。

 御堀は言った。

「僕は、雪ちゃん先輩みたいな三年生になりたい」

「オレも」

 きっと届くことはないけれど、せめて近づきたい。

 高杉のように、久坂のように。

 ちょっとだけ、山縣のように。

 御門を守っていけるくらいには。

 せめて壊さないくらいには。

 幾久と御堀は顔を見合わせた。

「大変だね」

「お互いにね」

 雪充に追い付くのはきっととんでもない努力が必要だろう。

 けどさ、と幾久は言う。

「誉とはんぶんこだろ。なんとかできないかな」

「半分、か。半分ならどうにかなりそう」

 御堀も頷く。

 あ、と幾久がいいこと思いついた!と手を打つ。

「タマも混ぜよう!」

「児玉君も?」

 思いがけない幾久の提案に御堀も首を傾げるが「いいかもね」と頷く。

「軽音だったら地球部の音響になるわけだし、児玉君はずっと軽音にいるんだろ?」

「だと思うよ。タマ、すげーギター練習してるし、グラスエッジの大ファンだし」

 それに児玉は鳳を目指している。

 協力すれば、きっとうまくいく。

「じゃ、音響はタマに丸投げしよ」

「もう決まりなの?」

「お願いするんだよ。タマならやってくれるし」

 どうせ自分の限界なんて小さいものだ。

 だったら、任せられることは任せて、お願いできることはお願いする。

 今回の事でよくわかった。

 幾久に出来ることは少ない。

 でもだから、見極めないと失敗してしまう。

「そういえば誉、経済研究部にも所属してるんだっけ?来年は桜柳会のチケットとか忙しくなりそう」

「大丈夫。タッキーもいるから」

「タッキーも経済研究部だったんだ?」

 瀧川は一年鳳のスリートップのうちの一人だ。

 自撮りが大好きでいつもスマホ片手にポーズをとっている。

「そのあたりもタッキーときちんと話すよ。桜柳祭が終われば当然来年の話をするわけだし」

「そっか」

 いまは桜柳祭の事しか頭にないけれど、当然来年になればまたその準備が始まる。

「必要になったからって慌てて準備しても、遅いんだね」

 いまの久坂や高杉を見ていたら、二年になったらあのくらいに自然になれるとは幾久には思えない。

「来年にはハル先輩くらいになれるかなーいやー無理、絶対に無理」

 幾久が言うと、御堀が肩を抱いたまま言った。

「なろうよ、幾」

 ぎゅっと掴まれ、その決意を表すような力に、幾久は頷いた。

「―――――うん」

 きっと及ばないけれど、せめて近づくくらいには。

「でもオレ、いろいろ失敗すると思うよ。頑張るけどさあ」

 御堀に体を預けてため息をつくと、御堀が言った。

「もし失敗したなら、僕が幾を叱るよ。だから、僕が失敗したら僕を叱って」

「誉って失敗することあんの?」

「これまではあまりなかった」

「でっしょ」

「でも、それって確実にできることにしか手を出さなかったからなんだよ」

 失敗したくない。偉そうにしていたい。

 そう思えば、選ぶものは限られた。

「これから僕はちょっと無理するからさ。いろいろミスも増えると思う。そしたら幾が見ていてよ」

「うん、頑張る」

 幾久は御堀を見てにこっと笑った。


 御堀は思う。

 一人でこの海に逃げてきたとき、御堀を見つけた幾久は、その理由を聞かなかった。


 どうしてこんなところに、なぜ逃げた。

 みんな心配してるのがわからないのか。

 いいから帰ろう。


 絶対に言われたくなかった言葉を、幾久は一言も言わなかった。

 御堀が自分から言い出し尋ねるまで、ただ傍に居て頷いてくれていた。

 それがどれだけ御堀の救いになったのか、幾久は判らないだろう。

「幾の言う事は信じるよ」

 例え自分が間違っていないと思っても、幾久の言葉は信じると決めた。

「自分が正しい、絶対に間違ってない、引き下がらないって思っても、幾が言うなら一回だけ引き下がる」

「誉の一回は、大きいなあ」

 御堀が強情で負けん気が強いのを幾久は知っているから御堀の言葉の意味も分かる。

「大きいよ。幾しか、その権利を持ってない」

 だからどこまでも信じようと御堀は思った。

 報国院が好きで、この場所が好きだ。

 自分を守るのはもうやめて、背中は全部幾久に預けることに決めたのだから、目の前の事に集中しよう。

(いますぐ、桜柳会に行こうかな)

 もし本気で参加するのなら、いますぐ行動をしたほうがいい。

 いまならきっと学校に雪充が居るはずだ。

 これまでの御堀ならすぐにそうした。

 でもこれからはそうじゃない。

 御堀は深呼吸して、幾久に尋ねた。

「ねえ幾。今日はこれからどうする?」

 いますぐ動こうと言うだろうか。

 それとも、最後に舞台の練習をすると言うだろうか。

 やや緊張する御堀に、幾久はのんびりと言った。

「寮帰ってさ、サッカーして、お昼寝しよ」

「お昼寝?」

 幾久は頷く。

「御門でするお昼寝、サイコーなんだよね。んで、夜はサッカー見よ。昼寝してたら眠くないし」

 幾久ののんびりした言葉に御堀は驚いて、呆れて、笑ってしまった。

「あはは、それいいね!」

 仕事の事しか考えず、隙もなく、すぐ動くべきと当然のように考えていた御堀にとって、幾久の考え方はびっくりする。

(でも、いっか。先は長いんだ)

 全部ひとりでしなくちゃならない。

 隙なんか見せられない。

 そう思って緊張してきたのに、幾久の前では必要ない。

 この先はもう一人ではなく、常に幾久が一緒だ。

 御堀は尋ねた。

「じゃあ、今夜はサッカー見て寝て、明日はどうするの?」

 そうだなあ、と幾久は考えた。

「なにして遊ぼうか」

 その言葉に御堀はこらえきれずに噴き出して、爆笑してしまった。

「なに笑ってんだよ」

「そりゃ笑うよ!」

 真面目に未来の話をしたのに、答えは明日、なにして遊ぶ?とくれば。

 でもそれもいいかもしれない。

「そうだね。遊ぼう」

 明日だけじゃなく、この先もずっとずっと。

 立派な鳳をやりながらでも遊ぶなんて、なんだか格好いい気がする。

 二年になっても三年になっても。

 鳳でも御門でも地球部でも。

(そっか、先輩達もそうしてるのかも)

 有能で忙しくて隙がない。

 そう思っていたけれど、実は見えない所で、見せてない場所で、誰かに背中を守って貰って、誰かと遊んでいるのかもしれない。

「ねえ幾。久坂先輩とハル先輩って、一緒に遊んでたりするの?」

 御堀の問いに幾久は露骨に顔をゆがめた。

「あの二人の遊びってえげつないよ。ブジュツだもんブジュツ。投げ飛ばしたりしてるしスゲーよ」

 見てるほうが怖い、と幾久はぶつぶつ言っていて、やっぱり遊んでるのか、と御堀は笑った。

 そろそろ寮に帰ろうと、御堀と幾久は尻についた砂を払い立ち上がった。

「僕らはなにして遊ぼうか」

「決まってるだろ。サッカーだよサッカー」

 そういって先を行く幾久の足は軽やかだ。

 先を幾久が進む。

 御堀がちょっと抜かす。

 幾久が先を走り出す。

 御堀が抜かす。

 それを繰り返すうち、いつの間にか二人とも全速力で競争していた。

 御門寮まで競争して、ついた途端倒れて芝生に寝転んだ。


 見上げた空は、いつかみた夢の中の空のように、青く綺麗で見とれてしまう。


 つかれたなあ、と言う幾久に、御堀は立ち上がって言った。

「じゃあ、お茶用意してよ。僕お客さんだし」

「えー面倒くさい」

「お菓子あるよ」

「!ういろうだったら話は別!」

 そう言って幾久はがばっと起き上がった。


 玄関に靴をほうり投げてかけあがる幾久の後を追って、御堀は小さく、内緒の声で『ただいま』と呟いた。

 それはまだ叶わない、御堀の望む都合のいい未来ではあったけれど。


「―――――おじゃまします!」

 大きな声で今の挨拶をして玄関を上がると、山縣が御堀の前に立っていた。


「よう後輩。いつから来るんだ?」

 含んだものの言い方に、そういえばこの人はお金先輩と親しいんだったと思い出し、御堀は「桜柳祭の後にならないと」と言う。

「ふーんそっか。まあ頑張れや」

 そういって山縣は踵を返す。

「おい菓子どこだよ!こいついんなら和菓子あんだろ!」

 キッチンに居る幾久に向かって怒鳴る山縣に、幾久が「いま支度してるっすよ!うるさいっす!ステイ!」と怒鳴り返し、御門寮はにぎやかになった。


 ただいま、と丁度久坂と高杉が帰ってきた。

「お帰りなさい、先輩方」

 御堀に気づき、高杉が笑う。

「来ちょったの」

「はい」

「ゆっくりしていけ。遠慮はするな」

 高杉にぽんと肩を叩かれ、御堀は唇を引き締めた。

「先輩、あとでお話が」


 きっと高杉は驚くだろう。

 今更、桜柳会の仕事に本腰を入れるとなると、逆に嫌がるのかもしれない。

 それでも御堀は、そうする理由がある。

 御堀の表情に、なにかを思ったのか、高杉は久坂に言った。

「おい瑞祥、あとで御堀と話がある。お前も付き合え。居眠りすんなよ」

「じゃ、いっくんに濃いめのお茶を頼もうか」

 着替えをすませてくる、と中へ入る高杉と久坂を見送り、御堀はダイニングへ向かった。


「幾、久坂先輩が濃いめのお茶頂戴ってさ」

「はーい、了解」


 ゆっくりと御門寮が動き出す。

 それはこの先、動くためのねじを巻くためのものだ。


 お茶を入れた幾久が御堀を呼んだ。

「誉、悪いけどそれ持ってこっち来て。先輩らが帰ってきたんなら居間に移動だ」

「了解」

 幾久がお茶の入ったお盆を抱え、居間へ向かう。

 ひとつひとつ、御堀は丁寧に御門のルールを頭に入れた。

 いつか、ここに当たり前のように、ただいまを言う日がきたなら。

 そう願いながら、御堀は幾久の後を追った。



 Spending all my time・終わり

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