表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
224/497

Spending all my time(2)

「そっか。幾、けっこうな修羅場だったね」

「ホント、オレマジでギリギリだったと思う」

 ギリギリもなにも、山縣の働きがなければ最悪のシナリオしかなかっただろう。

「山縣先輩だっけ?凄いね。優しいんだ」

 御堀が言うが、幾久は首を横に振った。

「んなことないない。ガタ先輩はハル先輩の事しか考えてないだけだから。それは間違いないから」

「ひどいなあ幾。山縣先輩のおかげじゃないの?」

「おかげではあるけど、オレの為にやったわけじゃないよ」

 そこは幾久は断言できる。

 多分、幾久が高杉に必要でなければ山縣はこれっぽっちも関わりはしなかっただろう。

「オレの運が良かっただけって、ホントそう思う」

 山縣はああ見えて、なんだかんだ御門寮を好きで守っているというのは判る。

「もしオレの存在が、ハル先輩にいらないもので、御門の邪魔になるようだったら容赦なく追い出されてるよ」

「……幾が追い出されなくて良かったよ」

 御堀は長めの前髪をかきあげて、はーっとため息をつく。

「僕の事で寮追い出されるとか、冗談じゃないよ」

「誉のせいじゃないって」

 あはは、と幾久は笑うが、実際自分が追い出されたら、こうして御堀とわだかまりなく喋れなかっただろう。

「いま、なんとかなってるから、それでいいよ」

「ならいいけどさ」

 御堀はお茶を飲んで、ペットボトルのキャップを閉める。

「それでさ、オレ、誉にお願いがあるんだ」

「なに?」

 幾久は御堀をじっと見つめて言った。

「オレが自分勝手なのも判ってるし、誉に迷惑なのも判ってる。だけど」

 御堀が先に幾久に言った。

「桜柳会に参加してほしいんだろ?」

「……うん」

 幾久は正座して、腿の上に手を置いて御堀に向かい合った。

「お願いします誉。オレができることなんでもする。ハル先輩を助けて欲しい」

 御堀はぽつり、言った。

「僕を利用するんだ?」

「う、まあ、そうかも」

 御堀はわざとらしいほど大きなため息をついた。

「ひどいなー、僕が嫌がってるの知ってるくせに」

 思わず幾久は目をそらす。

「オレにできることはなんでもするよ」

 幾久をちらと見て、御堀は言った。

「先輩に対する贖罪?」

「……かもね」

 自分にはなにも出来ない。

 我儘で傷つけた。

 先輩に言いたいことを言って傷つけて、許して貰って、幾久はそれでいい。

 だけど傷つけられた先輩の傷は?友人を傷つけられた久坂の苛立ちは?そしてそれを許して受け入れるのは傷つけられたほうだけ。

 判ってしまった今は、幾久にはなにをどうすればいのか判らない。

 なにかを必死にやりたくても出来ることはなにもない。

 日常に戻りはした。

 だけどだからって、なにもかもが元通りなわけじゃない。

「オレが桜柳会を手伝えるなら手伝うよ。でも、オレは桜柳会の事知らないし」

 御堀は頷き言う。

「桜柳会は鳳しか参加できないからね」

 報国院には生徒会と言うシステムが存在しない。

 そういったことは全部鳳クラスが担ってきた。

 変えたいことや問題があるなら、自分が鳳になるかもしくは鳳クラスを説得せよ。

 それが報国院の出す答えだ。

 だから、桜柳祭も鳳クラスの決定が全てになる。

 つまり、鷹クラスである幾久には何も出来ることがない。

 手伝いどころか、所属すら許されていないのだ。

「オレにはなんもできないから。それに、ハル先輩を助けられるのって多分誉くらいじゃないと無理だしし」

 有能な高杉を苛立たせずに手伝えるのは、同じくらいに有能でなければできないだろう。

 御堀はうーん、と考える。

「正直に言えば、嫌だ」

「だよね」

 幾久は肩を落とす。

 そりゃそうだ。それが嫌で逃げ出したようなものなのに。

「ただ、幾の出方次第じゃ受け入れて良い」

 御堀の言葉に幾久は顔を上げた。

「本当に?!」

「幾、そんなんじゃ将来だまされるよ?それにいいかげん正座やめたら?痛くない?」

 玉砂利をセメントで固めた、ちっとも柔らかくもない階段の上に正座するなんてまるでセルフ拷問なのに。

 幾久は言われて、正座した足を外した。

「あ、イテテテ」

「いわんこっちゃない」

 幾久の腕を支え、座り直させた。

「ゴメン」

「いいって」

 御堀の隣に座り直すと、御堀は幾久を見つめて言った。

「じゃあ、いい?」

 幾久は頷く。

「なんでもする」

 その目は真剣で、だったら、と御堀も真剣に尋ねた。

「じゃあ、幾。これから本番前のリハーサルまで、僕なしでやれる?」

「え?」

 地球部の事を言われ、幾久は驚くが御堀は言った。

「真剣に考えたんだけど、僕が今回潰れたのって単純にオーバーワークなんだよね」

「うん」

「勉強と部活、桜柳会で精一杯だったけど、そこに寮のことまできて、フリーズ」

 それは幾久にも理解できる。

 先輩たちが全員、同じ情報を持っていればこんなことにはならなかっただろうけれど、それぞれ違う先輩たちが、違う思惑で動いていた。

 だから御堀一人に一気に仕事が降りかかった。

 それを御堀は、誰にも言わずに全部こなしていたから先輩達も見誤ってしまった。

「僕もさ、今回の事、自分なりに考えてどこまでいけるかって想像したんだ」

「うん」

 御堀はため息をついた。

「雪ちゃん先輩が正しい。勉強と桜柳会のみ。後はあくまでサポート」

「そっか」

 やはり、なにもかも、というのは無理なものらしい。

 考えてみれば、報国院は無茶な事を首席に押し付けているなと思う。

 首席としての立場、地球部の部長、桜柳会への参加、そして大抵が寮の代表だ。

「雪ちゃん先輩、本当は地球部もやりたかったって言ってたよ」

 本当は今年も地球部に、すこしでもいいからなにかの配役でも参加したかったらしい。

 だけどスケジュールを考えて無理だと判断したと言っていた。

 御堀は頷いた。

「無理だって判断したのは正しい。いくら雪ちゃん先輩でもできないよ。分量にそもそも無理があるし、受験あるのに桜柳会に寮の提督までやってて凄いよ」

 しかもこの前までは児玉の件で振り回されていて、やっと寮が落ち着いたところだ。

 御堀は続けて言う。

「来年は全部それがハル先輩にのしかかる。ハル先輩には久坂先輩がついてるから、少しはなんとかなるかもだけど、僕にはそんな人が居ない」

 だから、と御堀は言った。

「幾、僕を助けてくれる?」

「オレが?」

 幾久は驚き目を見張った。御堀は頷く。

「幾が僕を、信頼して絶対に助けてくれるなら、僕は全力でやってみせる」

 幾久は目をそらす。自信がないからだ。

「でもオレなんか。寮でも失敗したばっかだし、地球部でも誉の足引っ張ってばかりだし」

「失敗しても取り返すチャンスを、先輩たちはくれたんだよね?」

 誉の言葉に、幾久は誉を見つめた。

「だったら、幾はできないわけないよ。あの先輩達はシビアだよ。できない奴には最初からさせない。僕はよく知ってる」

 御堀は目の前で桜柳会を見て、そのレベルの高さと処理能力の高さに驚いた。

 父との付き合いで大人のやり口には慣れているつもりでいたが、それも御堀の思い上がりだった。

 先輩たちは有能と言われるだけのことはあって、なにもかも無駄がなかった。

 御堀はついていくのだけでも必死で、だから自分で自分を見誤った。

 周りの早い流れに合わせているうちに、自分の流れの速さを見失ってしまったのだ。

「幾は確かに、今回失敗したのかもしれないけど、優しさでチャンスをくれるような先輩達じゃないよ」

「よく判んないけど、そうなのかな」

 山縣も確かに、幾久に呆れてはいたけれど、エラーを起こしているだけだと言っていた。

 御堀は真面目に幾久に告げた。

「僕はね、幾、『立派な鳳』でありたいんだ。首席からも落ちたくない。桜柳会でもトップで居たい。地球部も。でも、全部は無理だ」

「うん」

「だから、地球部は幾にやってほしい」

 幾久はえっと驚いた。御堀は続けた。

「地球部の部長は首席って決まってる。僕がしなけりゃならない。でもそれは肩書さえあれば十分なんだ。誰が内部を動かしてもいい」

 いきなり御堀は何を言い出すのかと幾久は驚くが、御堀の目は真剣で、茶化す余裕すらない。

 御堀は幾久の片手を取って握って言った。

「幾が地球部を支えてよ」

 幾久は驚きつつも、御堀の目をじっと見つめた。

 どこまでも真剣で、目がそらせなかった。

「幾が地球部を支えてくれるなら、僕はもう桜柳会に集中する。来年、再来年に動けるように今から入る。でもその代り、リハまで部活に行かない。っていうより、多分行けない。だから幾のフォローはもうできない」

 ずっと御堀を頼りにしていた。

 舞台の上でも、御堀が一緒ならなんとかなる。

 そう思って安心していた。

 だからこそ、堂々とやれていたところもある。

 不安がよぎる。できないとも思う。

 無理だとも。

 だけど多分、いまそれを言えば、きっと幾久はなにか大切なものを失ってしまう。

 できないのは判ってる。でも言わなくちゃならない。

「わかった。やる」

 幾久は御堀に頷いて言い、御堀が握る手を上から握った。

「オレ一人でやってみせるよ。本番までに完璧に仕上げる。だから誉は桜柳会行って」

 幾久の決意の言葉に、御堀がくしゃりと顔をゆがめた。

「桜柳祭終わったら退部するんじゃなかったの?」

「しない」

 幾久は首を横に振った。

 今更、我儘なんか言える立場にないし、自分にできることは何もない。

 できるのは御堀のサポートしか。

「卒業までずっと地球部にいるよ。誉のサポートに徹する」

 御堀のやりたいことは判った。

 御堀のやりたいことに、幾久の協力が必要な事も。

 だったら、それを全力でやるしかない。

 自分は鷹で、桜柳会に参加すら許されない。

「誉の希望を叶えよう。オレ、協力する」

 高杉や久坂の決意を知って、首席に君臨する覚悟を教えて貰ってから、幾久には報国院の首席がどんな意味を持っているのか判り始めていた。

(オレには覚悟が足りないんだ)

 首席であるという覚悟。

 寮を支える覚悟。

 御堀が有能だと判断されたのは、すでにできるからじゃない。

 覚悟を持って、「やる」からだ。

 だったら幾久も、それに少しでも追い付きたい。

 きっと御堀のようにはなれないし、雪充のようにはなれない。

 それでもちょっとでも近づけるなら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ