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Spending all my time(1)

 先輩たちにきちんと謝って、なんとか御門寮を出ずに済んだ翌日の金曜日の夜、幾久は高杉に尋ねた。

「先輩、あの、御堀君の件ですけど、泊まり、やっぱり断ったほうがいいっすよね」

「なんでじゃ?」

「なんでって」

 トラブルになる前、御堀が御門寮に泊まることになっていたので幾久も当然それを喜んで待っていた。

 本来、そんな簡単に違う寮で寝泊まりはできないのだが、それは寮同士の責任者が許可すればいいだけのことで、つまり御堀や幾久のように先輩達との関係が良く、寮同士の関係も良ければすぐに通すことが出来た。

 だが、幾久は問題を起こしてしまった。

 ただでさえ自分が我儘だったと反省したばかりなのに、幾久とサッカーをしたいという理由だけで御門に泊まりに来る御堀と遊んでいいものか。

 そう思って高杉に尋ねたのだ。

 久坂が笑って言った。

「遠慮してんだろ?バカな失敗したから」

 ぐさりと刺さることを言う。

「う、まあ、そんな所っす」

 そこは完全に自分が悪いので幾久が言うと高杉が首を横に振った。

「いや、今更断るのはやめちょけ。もう桜柳には許可とっちょるし、予定を変えればあっちも混乱する」

 確かにそれはそうだと幾久も思う。

「でもなんか、オレ、わがままばっかりで迷惑ばっかかけてませんか?」

「今更なにを」

 再び久坂が幾久に言い、幾久にぐさりと刺さる。

 と、高杉が笑いながら久坂を小突いた。

「そろそろやめちゃれ瑞祥。幾久が本気にするぞ」

「本気にしろ。反省しろ」

「してるっすよ~」

「どうかな。昨日の今日で?」

「う、」

 そう言われては確かに幾久も強気には出れない。

 だが、悔しそうな幾久に久坂は言った。

「本気で反省してるなら、今回は見逃してあげるよ」

「あざす」

 ぺこりと幾久が頭を下げる。

「お茶」

 久坂が言うと幾久が立ち上がった。

「はいっす!お菓子もっすか!」

「当然」

 ふんと言う久坂に幾久は慌ててキッチンへ向かう。

 その様子を見て高杉が苦笑して久坂に言った。

「ほんっと、からかうのやめちゃれ」

「面白いからもうちょっと」

「ほどほどにしちょかんと、しっぺ返しくらうぞ」

 ふふんと久坂は笑って言った。

「できるもんならやってみろ」

 そんな久坂の様子に高杉は仕方がないという顔になる。

 失敗してもここまで久坂が許すことはまずない。

(ちょっとくらいは大目にみてやらんとな)

 幾久だって、慣れたからの失敗だし、幾久が今回失敗しなくても、児玉か、もしくは次に入ってくる一年生がやらかす可能性はいくらでもあった。

 今回は幾久だから運が良かった。

(これがもし、児玉だったら)

 今回の事で児玉も随分と考えているようで、家族とは、先輩とは、とぶつぶつ言っている。

 もとより、児玉は恭王寮で良い目にあっていなかったので、御門に対して疑似家族みたいな思いが強かったらしい。

『幾久の失敗は、幾久個人の失敗じゃないっす。多分、幾久がしなくてもいずれ俺がやってた気がします』

 児玉はそう高杉に言った。久坂にも。

 だから、大目にみてやってくれ。そんな含んだ思いも判った。

 だからこそ、皆とっくに許しているし、反省しろ、で済んでいる。

 幾久本人がどこまで真剣に考えるかは判らないが、いい成長を促してくれれば儲けものだ。

「先輩達!お茶とお菓子っす!」

 幾久がお茶を入れ、お菓子を持ってきた。

 久坂の好物の最中を持ってくるあたり、気を使っているのが判る。

「御苦労」

 久坂が言うと「うす」と頷く。

「児玉みたいじゃのう」

 高杉が言うと、ふすまががらっと開いて児玉が顔をのぞかせた。

「先輩、なにかお呼びですか?」

「あー……なんでもない」

 幾久が心配で聞き耳を立てていたらしい。

「お前は忍者か」

 呆れて高杉が言うと、児玉は少し考えて言った。

「お望みとあらば」

 きりっとして言う児玉の本気がどこまでか判らず、久坂は呆れて「武士か」と突っ込んだ。


 翌日の土曜日。

 桜柳祭を次の週末に控えているために授業はなく、その代り午前中は部活となった。

 高杉と久坂は桜柳会に出て部活には結局出られなかった。午後からも学校に残り、雪充の手伝いをするのだという。

 申し訳なく思いながらも、自分ではなにもできないので幾久は御堀と一緒にいつも通り下校した。

 桜柳寮の面々と寮の前で別れ、御堀は泊まりの為の荷物を持って再び寮を出て、幾久と御門寮に向かう事になった。

 御門寮でなにがあったのか、当然なにも知らない御堀は楽しそうにしていたが、幾久の少し気乗りのしない様子に尋ねた。

「幾、なんかちょっと元気なくない?」

「あ、うん、そーかも」

「僕が来て迷惑だった?ひょっとして」

「違う違う!誉はちっとも関係ないし!」

 ただ、と幾久が言うと御堀がじっと幾久を見ていた。

 立ち止まり、心配そうな御堀に、幾久は言った。

「今週、実はいろいろあってさ」

「それって、この前幾が部活休んだことと、先輩達が桜柳会にべったりなのと関係ある?」

 さすが、御堀は様子をよく見ていた。

「……うん」

「そか。それってややこしいこと?」

「けっこうね。あ、でも一応、片付きはしたんだ!」

 慌てて首を横に振る幾久に、御堀は苦笑した。

「今日、サッカーしようと思ったけど」

 仕方ないな、と御堀は笑顔で言った。

「海、いこっか」

「……ウン」

 頷く幾久の背を、御堀が軽く叩いた。



 御門寮に荷物を置き、幾久は私服に着替えた。

 帰りに御堀とコンビニに寄って昼食を買っていたので、二人で海へ向かった。

 天気のいい土曜日の午後とあり、近所の人が散歩に来ていたり、小学生が釣りをしていたり、それなりに人が居た。

「地元の人が多いね」

「うん。ここって地元民しか来ないって言ってた」

 岩場が多く、海岸と言ってもそこまでなんでもできるほど広い訳でもない。

 潮が満ちればかなり居場所は限られるし、バーベキューをしようにも、東屋は一つしかないので、多い人数では来れないだろう。

 犬と散歩している人もいて、一緒に遊んで楽しそうだ。


 幾久と御堀は海岸に設備された階段状の場所に腰を下ろした。

 海を見ながら二人で買ってきたお昼を食べる。

 食事を終えてお茶を飲み、御堀が和菓子を差し出した。

「ういろうだー!」

 大好物を渡されて幾久の目が輝く。

「寮には先輩達の分もおいてあるよ。夜にはもっと食べられるから」

「ありがとう誉!」

 いただきます、とういろうのパッケージを開けてかぶりついた。

「うまーい!」

「そう言って貰えると嬉しいよ」

 やはり自分の家で作られたものをほめられるのは気分が良いと御堀は言う。

「職人さんが喜ぶよ」

「うん、めっちゃ誉めてあげて!最高!」

 幾久の笑顔に御堀も微笑む。

「じゃあ、そろそろ何があったか、聞いてもいい?」

 御堀の問いに、幾久は急にテンションが下がり小さく頷いた。


 時山や高杉達のプライベートは話せないので、幾久はそれ以外の事を説明した。

 自分が高杉に甘えて、先輩は後輩を助けて当然だと言って久坂を怒らせたこと、謝っても許してくれなかったこと、児玉が仲裁に入ってくれたこと。

 そして、山縣がいろんな説明をして幾久に間違いを気づかせてくれたこと。

 自分で説明が上手くできたかは判らない。

 だけど御堀ならきっと判ってくれるだろうと思って、自分なりに一生懸命説明した。

「それが、僕が泊まるって連絡して今日までにあったこと?」

「正しくは昨日かな。いや、一昨日の夜?」

 御堀は驚いて幾久に告げた。

「すごい大変だったんじゃないか。それでしばらく連絡なしって言ってたの?」

 毎日御堀と連絡を取っていた幾久が、しばらく連絡とれなくてごめん、学校で、と言っていたのは桜柳祭の事で御門が忙しいのだと勝手に思い込んでいたが、けっこうな事件が起こっていたという事だ。

「大変もなにも、オレが失敗しただけだし」

「そうかもだけど」

 御堀はため息をついた。

「言ってくれれば、今日来なかったのに」

「いや、ハル先輩がもう計画をずらすなって。そうなったらかえって手続きが面倒だし、桜柳の方にも迷惑かかるからって」

「……ハル先輩は凄いな」

 御堀がぽつりとつぶやく。

「幾が全部悪いわけじゃないけど、それなりにトラブルがあったんだろ?御門」

「うん」

「なのに、そのまま計画勧めたの?僕が御門に泊まるのってただの我儘なのに」

「ハル先輩は、誉に気を使ってくれてたんだ」

 幾久の言葉に御堀も黙る。幾久は言った。

「誉が、あれこれ押し付けられてるの知ってるけど、自分も忙しくて気を使ってやれなかったから、これで気が抜けるなら別にいいって。それなのにオレ、そんなの考えずにもっと気を使えとか生意気言っちゃってさ」

 はは、と幾久は苦笑いだ。

「自分で言って思うけど、オレ、ホント馬鹿」

「そんなこと。それに、それって僕関係あるじゃないか。幾、僕は関係ないとか言っといて、僕のせいみたいなもんじゃないか」

「違うって!オレが調子のっただけだって!」

 幾久はしゅんとしてうなだれた。

「よく見ておけば、ハル先輩がいろいろ忙しいの判ったはずなのに、誉が楽になったの、まるで自分がなにかしたみたいに思い込んでた」

 実際、御堀を助けるために犠牲になったのは高杉なのに、それを知らせただけで自分がやった気になっていた。

 馬鹿だったと今も思う。

「それに誉のせいじゃないよ。今回はたまたま誉の件でそうなっただけで、どうせオレの事だから、絶対にいつかこういう失敗やってたよ」

 幾久は言う。

「先輩らがオレを甘やかしてるの、いつの間にか当たり前みたいに思ってた。調子のったんだよ。怒られて当然だよ」

「そうかもしれないけど」

「それに、きちんと謝って、こういう理由で自分が失敗したって説明したら先輩ら判ってくれたし。オレ、追い出されたらどうしようとか思ってたから、追い出されなくて良かった」

 本当に追い出されても仕方なかった、と幾久は思う。

 でも栄人が必死に出て行かないよね?!と言ってくれたし、高杉なんか幾久が恭王寮あたりに出て行くかもと思い込んでいたようで、幾久が御門に居たいと言うとほっとしてくれた。

 久坂は意地悪を言っているが、それでも意地悪を言っている間はそうでもないのを幾久は知っている。

 山縣はあれからずっと、部屋にこもって遅れた勉強を取り戻しているみたいで静かだ。

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