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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【12】愛しているから間違えるんだ【四海兄弟】
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STAR TRAIN

 高杉が静かに口を開いた。

「……じゃったら、幾久」

 幾久は高杉を見つめた。

「お前がこの先、先輩になって、後輩に同じことをされたら、一度くらいは許して教えてやれ」

「わかりました」

 幾久は頷いた。

 そして二年生たちに頭を下げた。

「瑞祥先輩も、すみませんでした。栄人先輩も、ガタ先輩も」

「どうして謝るの」

 久坂が尋ねた。

 幾久を試しているからだとすぐに判った。

「瑞祥先輩の大切な親友を傷つけたからです。栄人先輩も」

 高杉は自分の使っていいものじゃない。

 だから、高杉を大切にしている人も傷つけた。

「判ったならいいよ」

 栄人は笑ってうなづいた。

 ほっとしているのが見て取れた。

 久坂は幾久に尋ねた。

「それでも許さないって言ったら?」

「当然だって思います。オレだってそう言うと思う」

 もし誰かが、児玉や御堀をまるで自分のもののように、自分勝手にその力を使っていたら幾久だって怒るだろう。

 努力を知っているから余計に。

 夏の祭りの時に、赤根が幾久の肩書を勝手に使った事を、児玉は怒って幾久を守って逃げてくれたのに。

 幾久が赤根と同じ失敗をしてしまった。

 だから、久坂の怒りは正しい。

 大切な親友を傷つけて、黙っているはずがない。

 許して欲しくて謝るわけじゃない。

 謝らなければいけないから、謝るだけだ。

「だからごめんなさい。同じ失敗は二度としません。もしやったら、その時は遠慮なく追い出してください」

 幾久の言葉に高杉が尋ねた。

「……ちゅうことは、御門を出ていかん、のじゃな?」

「は?」

 幾久は驚いて顔を上げた。

「え?オレやっぱ退寮っすか?えー……仕方ないすね、だったら」

 栄人が慌てて割り込んできた。

「いやいやいや、いっくんちょっと待って!待って!退寮って何それ!ハル、いっくん出ていかせないよね?!許したよね?!」

 慌てる栄人に高杉は肩を落としてほっとしていた。

「お前が寮を出て行くとか言い出すのかと」

「そんなん、やですよ。オレ、御門好きっすもん。一生、御門っすもん」

「一生はいられないよ」

 久坂が呆れて幾久に言った。

 幾久をじっと見ているその目に、以前のような怒りはない。

 だけど、完全に許しているとは言い難い。

 当然だと幾久は思う。

 幾久を見つめる久坂を、全員が皆見つめていた。

 高杉と幾久の話はもう終わった。

 あとは、久坂がどう判断するか、しか残っていない。

 久坂は幾久の正面に立つ。

 緊張した面持ちで幾久は久坂と見つめあう。

(もし、出て行けって言われても、絶対に帰ってきてやるって言ってやろう。何回でもチャレンジしてやる。なんならタマみたいに寮出して)

 久坂は静かに幾久を見つめていたが、すっと手をあげる。

「ずい、」

 高杉と栄人が同時に声をかける前に、久坂がばちんと幾久の両頬を以前のように両手で叩いた。

「……いひゃぃ」

 やはりそこそこ痛いなあ、と幾久が思っていると、久坂はそのまま幾久の顔をもみ込むように動かしだした。

「ほんっと、手間のかかる子だよいっくんは!」

「ひゅみま、へんでした」

「もう絶対にするなよ!次はないぞ!」

「わかっひぇ、まふ」

「もっかい謝れ!」

「ひゅみま、へんべしたぁ!ごべんな、さぃ!」

 そう幾久が叫んだ途端、久坂が大爆笑した。

「いっくん、ほんっと変な顔!」

「瑞祥先輩が変顔にしたんじゃないっすか」

 痛い、と頬をさすっていると、児玉が冷やしたタオルを持ってきてくれた。

「サンキュ、タマ」

 頬を冷やすとけっこう痛い。

「いたい~」

「当たり前だ。反省しろ」

 久坂の言葉に幾久は唇を尖らせた。

「しましたもん、めっちゃしましたもん。オレがどんだけ落ち込んだか。ガタ先輩のおかげっす。マジで」

 幾久の言葉に、高杉と栄人が山縣を見つめるが、山縣は得意げに「まーな」と胸を張った。

「……ものすごく気に入らない」

 栄人が言うが、幾久が言った。

「マジで今回のはガタ先輩の完全勝利っす。オレ、ガタ先輩尊敬します。今回だけは」

「今回だけは?永遠にしろ」

「いやっす」

 幾久が首を横に振ると、高杉が呆れた。

「お前ら一体、なんなんじゃ」

 はあ、とため息をついているが、どっと疲れた顔をしている。

 きっといろいろ心配をかけてしまったのだと、今はよく判る。

(オレ、もう絶対にバカなことしない)

 何回も絶対に考えよう。

 きっと似たような、同じ失敗を繰り返すに違いないから。

「寮のみんなが家族って甘えないように、気を付けます」

 幾久が言うと、児玉が言いにくそうに尋ねた。

「あの、いいっすか」

「なんじゃ?」

 高杉が尋ねると、児玉が質問した。

「寮生が家族っていうの、駄目なんですか?」

 栄人は少し困った風に言った。

「そーだね。家族っていえば家族かもだけど、おれら家族にあんまいい思いしてないからさあ」

 たは、と栄人が笑う。

 久坂が言った。

「御門は家族だよ。でも悪い関係になるくらいなら、家族なんかじゃないほうがいい」

 久坂のあまりにもまっとうな言葉に、児玉はそうだな、と頷いて言った。

「俺、寮に入って思うんすけど、家に居た頃って弟とか妹とかに、すごい用事とか命令とか当たり前のようにしてて、それを悪い事とか思ってなくて。なんか、俺、下の奴に甘えてたなって思うんす。今回の幾久の件見て余計に思います」

 栄人が言った。

「お互いがそれで良いならいいのかもしれないけど」

 児玉は首を横に振った。

「よくねーと思います。弟なんか鉄拳でいう事聞かせてたし。今思うと、俺、あんまいい兄貴じゃねーなって思ったりします。二年になって、後輩にそうなったりしないように、気を付けます」

「真面目か」

 山縣のツッコミに児玉が「うす」と返すが、幾久はつい笑ってしまった。

「タマは真面目なんすよ」

 だからちゃんと考えるし、すぐに解決に近づく。

「タマって、すげえ御門っぽいと思う。先輩たちに似てるなって思う事がオレもあるっす」

 できるなら、自分がそうでありたかった、と幾久は思う。

「オレ、今更、タマがどんだけ御門に来たくて、オレの事嫌ってたのかも判る。オレ、いますげえ、タマがうらやましいっすもん」

 素直に言うと、幾久の目からいきなり涙がこぼれた。

 驚いたのは全員だたけれど、一番驚いたのは幾久だった。

「え?あれ?なんで?」

 びっくりする幾久に、栄人が久坂に文句を言った。

「ほまみろ瑞祥!いっくんいじめるからこんな事に!」

「なんでだよ!むしろハルが被害者だろ!」

「そうっす栄人先輩、むしろ、オレ、が」

 そう言うとまただばーっと涙が出てきてしまい、なんでだろうと思っても止まらない。

「おまえはよう泣くのう」

 高杉は呆れたが、泣く幾久を腕で自分の胸に寄せた。

「もうエエから泣くな。怒っちょらんし、なんとも思っちょらん。お前が泣く方が嫌じゃ」

「ばるぜんばいぃい」

「あーもう、判ったけぇ」

 背中を子供をあやすように叩かれ、幾久は頷いた。



 幾久が泣きやみ、落ち着いたところで山縣が部屋に戻ろうとした。

 自分の役目は終わったと思ったのだろう。

 だが幾久が止めた。

「ガタ先輩、今日は一緒に寝るんす」

「は?嫌にきまってんだろ、冗談やめろ」

「オレの隣はハル先輩に寝て貰うんで、その反対側にガタ先輩」

「なに?じゃあいいぞ」

 山縣が言うと高杉が「は?」と驚いた。

「ハル先輩、一緒に寝てください」

「……順番がおかしくないか」

 高杉は呆れるも、まあエエ、と頷く。

 いつもなら絶対に嫌がるはずなのに幾久が泣いたからだろう。

「じゃ、久しぶりに一緒に寝るか」

「仕方ないな。じゃあ布団出さないと」

 高杉が居間で眠るなら、久坂も当然一緒だ。

「栄人先輩も」

 幾久の言葉に栄人もあきれ顔で笑ってうなづいた。

「じゃ、勿論タマちゃんもね」

「う、うす」

 よく判っていないが頷く児玉に、幾久は笑った。



 いつも夕食後は、それぞれが自分のペースで動く御門寮が、まるで今日は幾久が初めて来た夜のように、居間に布団を並べていた。

 順番に風呂をすませ、部屋の一番端から栄人、その隣が山縣、幾久、その隣に高杉、その横が久坂、その隣が児玉で眠ることになった。

 横一列に布団を並べ、ずらっと横になるとまるで修学旅行のようだと思う。

 全員が床につき、明かりを小さくした。

 おやすみ、と口々に挨拶しても、いつもとなんとなく違う夜はすぐに眠れない。

 ぱたん、ぱたんと足を動かしたり、おしゃべりが続いたりする。

 幾久が体をずらし、高杉の方を見て言った。

「ハル先輩」

「なんじゃ」

「ホントにごめんなさい」

「そりゃもうエエ、ちゅうたじゃろうが」

「オレが謝りたいんす」

 失敗したから、もう同じ失敗はしたくない。

 未熟ってなんてみっともないんだろう。

 そう思う幾久の頭を、高杉がわしわしと撫でた。

「もうエエから、寝ろ」

「はい」

「ちゅうても、眠そうじゃねえの」

「いろいろ気になって仕方なくて」

 幾久の言葉に高杉が「何がじゃ」と尋ねた。

「オレ、思うんすけど、御門らしさってなんだろうなって。考えてもわかんなくて」

「ほう」

「オレ、鳳に上がったこともないし、胸を張って御門だって言えることがなんもないんす。たまたまここに入っただけで」

「……ほうじゃの」

「でもオレ、ここに居たい。御門が好きなんす。だから、御門らしさが何かって知りたいんす」

「そのうち判るようになる」

 高杉が言い、布団の中に手を伸ばし、幾久の手を強く握った。

 ぎゅっ、ぎゅっと握ってくるその力に、心配するな、大丈夫だ。そう言われているような気がして、泣きそうになって、幾久は目を閉じた。



 暫くして幾久の寝息が聞こえはじめ、久坂が高杉に尋ねた。

「ねえハル、御門らしさって何?」

「さあ?」

「わかんないのに、そのうち判るようになるとか言った訳?」

「そういうもんじゃないか?」

 ははっと高杉は笑った。

「幾久は幾久、ワシらはワシら。いまの御門はいまの御門。それでエエんじゃないか?はっきり判るようなもんでもなかろう」

 例えば、去年の御門と今年の御門では空気は随分違う。

 だったら、去年に似合う人も、今年に似合う人もきっと違っているだろう。

 幾久の手を握る高杉の、反対の手を久坂が握った。

「ハルにはかなわないな」

「そうじゃろう?」

「ま、たまにはね」

「いつもは勝っちょるみたいな言いぐさじゃの」

「違った?」

 小さく笑う久坂に、栄人が「しずかに」と注意した。

「もう、二人とも、静かにしないといっくんが起きるよ」

 久坂と高杉は顔を見合わせて静かに笑う。

「ほんっと、こいつは面白いのう」

 高杉の言葉に久坂も頷く。

 栄人が言った。

「御門っぽかったり全く違ったり、わかんないね」

 久坂も言う。

「御門らしさ、か」

「課題じゃの」

「そうだね」

 例えば杉松が居た頃と今はきっと御門のカラーは違う。

 それでも同じものもあるはず。

 それが一体何なのか、まだ判らないけれど。




 その夜は全員がぐっすり眠った。

 吉田は早く起きて仕事をしなければ、というプレッシャーをすっかり忘れ。

 山縣は受験勉強を諦め。

 児玉はある意味いつも通りに。

 幾久はサッカーの事を忘れ。

 高杉は夜中にうなされることもなく。

 久坂は高杉の呼吸を心配して眠れないのが嘘のように。



 めずらしく静かな、御門寮の夜が更けた。





 ぬくぬくとした布団の中で、幾久は気持ちよく目が覚めた。

 久しぶりに熟睡できたし、昨日早めに寝たからたっぷり睡眠時間が取れたからかもしれない。

 むくりと起き上がると、全員まだ熟睡している。

 幾久はいつものようにメガネをかけて、そしていま何時かな、とスマホを見た瞬間、一気に目が覚め、叫んだ。


「わあっ!ヤバい!先輩達起きてくださいいいいい!ヤバい時間やばい!遅刻する!!!!!!」


 幾久の叫びに全員ががばっと起き上がり、時間を見て一瞬呆然とし、慌てだした。

「うわあああ!洗濯の時間がない!」

 叫ぶ栄人にそれどころじゃないと久坂が浴衣を脱ぎ捨てる。

「ちょっとなんで誰も起こしてくんないんだよ!」

「切れるな瑞祥!さっさと着替えェ!」

 慌てて高杉も服を脱ぎ捨て着替えの部屋へ向かう。

「先輩ら、服、服、制服ください!」

 着替え部屋は全員が着替えるには狭いので児玉が叫ぶと、高杉と久坂が幾久と児玉の制服と着替えを投げてよこした。

「やばいやばいやばい」

 慌てる幾久だったが、山縣はまだ布団から出ていない。

「ガタ先輩?!遅刻するっすよ?」

「俺サボる」

 そういって再び布団にもぐりこんだ山縣の掛布団を高杉がひっぺはがした。

「ガタッ!鳳がサボんな!」

 高杉に言われて山縣は仕方なく起き上がる。

「へいへーい」

 あっという間に全員がなんとか着替えを済ませ、タイも結ばずに鞄を取る。

「ちょ、マジでまずいって!」

「走ればなんとかなるっす先輩」

「朝飯どーしよー」

「学食行けよ。なんかくれるぞ」

「え、そうなんすかガタ先輩」

「お前ら急げ!すぐ出るぞ!」

 靴を履き、慌てて玄関を出ようとすると、丁度麗子がやってきた所だった。

「あら?みんな珍しい、こんな時間まで」

 いつもならとっくに出かけている時間に慌てて出てきて驚く。

「麗子さん、鍵お願いします!」

 高杉が言うと麗子が「はいはい」と笑う。

「麗子さんごめんごめん洗濯してないふとんも敷きっぱなしでパジャマもそのまんまで」

 栄人が慌てて言うと麗子が笑った。

「そんなのいいから、行ってらっしゃい。遅刻するわよ、遅れたら大変」


「鍵すみません!」

「行ってきます」

「ごめんね麗子さん!」

「いって、きまぁす!」

「行ってきます」

「ちゃーす」


 そう言って、元気な高校生六人が、ばたばたと全速力で駆け抜けて行った。



 慌てて走っていく六人を見て、麗子はふふっと笑った。

「ちゃんと高校生らしいところもあるのねえ」

 いつも嫌味なくらいに、きちんとアイロンのかかったシャツを着て、時間を守り、タイを整え、隙なんかこれっぽっちもない顔をしているくせに、一体何があったのだろうか。

 めずらしい、と笑って麗子は寮へ入った。

「さーて、久しぶりに寮母さんらしい仕事、やりますか!」

 あんなに慌てていたらきっと何もできていないのだろう。

 居間に入って麗子は驚いた。


「あらあらまあ」


 居間には全員分の布団が敷きっぱなしで、パジャマもTシャツも脱ぎっぱなし、慌てて布団を踏みつけてぐしゃりと歪んでそれはもう、運動会さながらの散らかりっぷりだ。

 麗子はまるで本当に高校生の母親になった気分で、散らかった服を拾い始めた。

 たまになら大量の洗濯物も、脱ぎっぱなしのパジャマも、敷きっぱなしの布団も可愛いものだ。

 きっと全員、遅くまで並んでおしゃべりして、修学旅行気分で夜更かししたのだろう。

「今夜はなににしましょうか。消化のいいものがいいわよね」

 これだけぎりぎりまで寝ていたなら、きっと今日は皆へとへとに違いない。

「そうだ!お子様ランチなんかどうかしら?」

 きっと気取り屋な二年生の久坂と高杉は、嫌な顔をするかもしれないし、案外幾久は喜びそうだ。

 そんなことを言ったら叱られるかな。

「そうときまれば、チキンライスと、ハンバーグとナポリタンでしょ?えーと、プリンもいるわよねえ」


 メニュー見たらみんなどんな顔するのかしら。


 子供みたいな散らかし方をしたからよ、といえばこの寮の頭のいい子はきっと逆らえないだろう。


 うふふ、楽しみだわあ、と笑いながら麗子は洗濯物を抱え、洗濯場へと向かったのだった。




 四海兄弟・終わり

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