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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【12】愛しているから間違えるんだ【四海兄弟】
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ちゃんと教えてもらっていたのに

「い、意味わかってないんすか?」

 呆れる幾久に、山縣は言った。

「オメーもそうだったろ」

 ずごんといきなり頭に重石を載せられたようだった。

「そ、そうっした……オレ、同じことやってたんした」

「だから本気で何回も反省しろよ後輩。そして覚えとけ。世間では赤根みたいなほうが『正しい』」

「は?」

「みんな価値観が違うってことを、口では言いながら実際はちっとも受け入れてねえ。家族や友達や知ってる連中は、同じ価値観だと思い込んでて、そうじゃなければお前がおかしいの大合唱だ。価値観は違って当然、互いに干渉せず、なにかあれば話し合いですり合わせとこ、なんて御門しかできねえ。あとはまあ、桜柳の連中か」

 桜柳寮もほぼ全員が鳳クラスで占められているので、そう問題は起こらないのだという。

「話し合いっつーのは、理解する頭と聞く耳と、自分の考えを喋る技術がいるんだぜ。んなのバカにできるわけねえだろ」

 毒づく山縣に、これまでなら眉をひそめたりもしただろう。

 だけど今の幾久には、山縣の言葉がどれも全部、山縣の毒だと思えない。

 全部、なにもかも、これは山縣の本音なのだと理解できた。

 誰を攻撃するものでもないし、誰に向けているものでもない。

 武器でもなんでもない。

 山縣の持っている、ただのスキルでしかないのだ。

「じゃあ、鳳じゃないオレらみたいなのって、ガタ先輩の言うように『喋って』ないのだとしたら、一体、なに、やってんすかね?」

 嫌味ではなく、単純な疑問だった。

 山縣は言った。

「決まってんだろ。鳴いてんだよ。動物や鳥みてーにな。互いの最低限の意思疎通と、危険の認識と、ストレスの解消、情報の共有。その程度の内容は動物だって出来るだろ?スマホ触れば全部出てくることばかりだよな。そりゃ喋る必要なんかねーよ。高杉、案外お喋りだろ?それはお前と『会話』してっからなんだよ」

「会話……」

「お前がバカじゃねーから、高杉だって楽しくおしゃべりしてんだよ。でなかったらとっくに御門追い出されてるって言ってんだろ俺は」

 山縣は大量のあんこを食べ終わると、口を拭いてお茶を啜った。

「おめーが失敗したのにリテイク許されたのは、おめーが本当は理解してっけど、目詰まり起こしてエラー状態なのあいつらが判ってっからだろ。桜柳の優等生かばってんのも、児玉が来て浮かれてんのも知ってっから、追い出さずに居たんだろーが」

「面目ないッす」

 児玉が御門に来て、いつも一緒で楽しかったし、ずっと違う存在だと思っていた御堀の弱さを見て、なにかしなけりゃ、と思ったのも確かだ。

「なにかできるって、勘違い、したんすよねオレ」

「なにかは出来てる。ただ、他人の力を使おうとしたからそこを失敗したんだ。判るな?」

「はい」

 全部が失敗だったわけじゃなく、失敗した部分があっただけ。それは判る。

「けどな、どっか一部分だけの失敗が、とんでもねえ決壊を呼ぶこともあんだよ。軽い気持ちでやったことが軽い結果しか生まないのなら、世の中んなややこしくはねーよ」

「……そうっすよね」

 軽い気持ちで言ったというなら、幾久が報国院に来る原因になった相馬の言葉も、軽口に過ぎなかったのだろう。

 だけどそれは、幾久にはとても重く響いた。

 それが事実でも。

 それが幾久には関係のない事でも。

『人殺しの子孫のくせに』

 きっと言った本人はとっくにそんなことを忘れているか、赤根のように『そのくらいのことで』と笑うかもしれない。

 本当のことだろ、なんていうかもしれない。

「いまなら、オレ、いろんなことが判るッス」

 そのくらいのことで、と幾久が笑って言うのなら、人殺しの子孫だろうがなんだろうが、冗談で終わったことだろう。

 雑誌くらい気にすんなよ、山縣が赤根にそういうなら、きっとそれは問題のないことだった。

 けれどどちらも自分の価値観で、幾久や山縣に言葉を使った。

 だからそれが、幾久にも山縣にも、毒の棘になって刺さった。

 そしてそれを、幾久は高杉にしてしまったのだ。

「傷つけたいわけじゃないのに」

 どうして知らず知らずのうちに、大切な人を傷つけるのか。

 それは単に、自分を一番大切にしているからだ。

 自分の価値観で、他人を測っているからだ。

 確かに高杉に謝るのは、今夜すぐにはできそうにない。

 これまでのいろんな情報が、幾久の頭の中に渦巻いて、全部組み替えられているみたいだった。

「ガタ先輩、メニューください」

「どうした。腹減ったか?」

「甘いものないと、頭が全然働かないっス。なんかすごい、ぐるぐるして」

 これまで組立てられていた、例えて言うならブロックのお城が一気に崩されていくような気分だった。

 幾久の中にあった全部のものが、どんどん壊されていって、ただのブロックに戻っている。

 それなのに幾久はそれを黙って見つめていて、早く崩れたらいいのに、そうしたら今度はもっとちゃんと、立派なお城を作れるのに、そう思って見つめているような、そんな気分だった。


 届いたぜんざいと白玉をスプーンでがっつりすくい、思い切り頬張った。

「うめぇっす」

「だろ?ゆっくり味わえ」

 頷きながら幾久は、あんこを口に運び込む。

 口の中を動かして忙しいのに、頭の中は全速力で回転していて忙しい。

(よく考えたら、誉が逃げ出したのも、誉がこうに違いないって桜柳の先輩が判断したから?でも桜柳はんな間違いしないはずなのになんで?って、そっか、誉は先輩たちに嘘ついて優等生やってっからか、そっか、だよな、誉が嘘ついてない前提で先輩ら、こと運んでんだもんな、そりゃ間違えるわ、雪ちゃん先輩が失敗したのも、タマに跡継ぎにしてるとか言ってないからなんだよな、でも言ったとしたら結局タマのことだから責任感じて強引に指揮とって結局内乱になってただろーし、ってことは様子見てた雪ちゃん先輩が正しいのか、なるほど)

 考えれば考えるほど、先輩たちの行動や、これまでのトラブルがどうして発生してどうしてこんなことになったのかがどんどん繋がっていく。

(タマが祭りのときにぶっ倒れたのも、アルコールの耐性とかトシが理解してなくて、たいしたことねーじゃんって言ってたもんな、そっか、あれってトシの基準だから、そりゃトシは自分が間違ってないと思ってるんだから、オレがわけがわからんこと言ってると思うよな?だから怒るんだよな。わかる、正しいかどうかはともかく、トシは自分が正しいとあんとき思ってたのも判る)

 なんだこれ、と思うほど勝手に頭の中が整理されていく。

 これまでの疑問や失敗や、わけのわからない事が、全部見えてきているようだ。

「オレ、本当にバカっすね」

 もぐもぐと頬張りながら幾久は言う。

「折角教えて貰ってたのに、ホンっと判ってなかった。多分今も全部わかってないけど」

 でも、いま判っていることもある。

「ガタ先輩」

「あんだよ」

「オレ、今回みたいな失敗、もう絶対に絶対に、二度としないっす。バカすぎて」

「そうだな。まあ頑張れ」

「頑張るッス」

 自分の価値観が正しいのはあくまで自分にとってだけ。

 まずは確認をしないといけない。

 自分の価値観が、どこまで他人に許容されるのか。

 許容されないとしたら、どこまで引っ込めるのか。

(六花さんに、話したいなあ)

 この驚くべき発見を、あの人に尋ねたら何て言ってくれるだろう。

 きっとニヤッと笑って、またいつものように言うのだろうか。

『杉松に似てて、さすが賢い』

 じゃあ、似てるのはどこなのだろうか。

 幾久ははじめて考えた。

(みんな、オレの何を見て似てるって思っているんだろう)

 写真で見た杉松は、当然だが久坂に似ていて、自分に似ているとは思わなかった。

 実際に外見はそこまでとは思わない。

 だったら、みんなは何を見ているのだろう。

 みんな同じ部分を見て、幾久と杉松が似ていると思っているのだろうか。

 それとも別々の場所を見ていて、似ていると思っているのだろうか。

(そんな単純な事も、考えもしなかった)


 似てるって、なにがだろう。

 みんなが言う似てるは、本当に全部、同じ意味で言われているのだろうか。


 ぜんざいを食べ終わった幾久はスプーンを置いた。

「ごちそうさまでした」

 頭のなかはまだぐるぐると動いていて、甘いものが足りないとサインを出していて、自分でマジかよ、と幾久は思った。


 長居ができるというのは本当で、店が閉まるギリギリまで居ても、邪魔そうにテーブルを拭かれることも無く、山縣と幾久は思う存分食事をして、甘いものを食べることが出来た。


 店を出ると外は当然真っ暗だし寒い。

「あー、甘いもの足りない」

 幾久が言うと山縣も言った。

「じゃースタバで買って帰ろーぜ」

「勿論おごりっすよね」

「……後輩、おまえけっこう図々しいな。知ってたけど」

「考える手間省けますね」

「生意気になってんな。まあいーわ。高杉の為の出費と思えば」

 山縣のおすすめの、ホイップたっぷりの甘いコーヒーを頼み、二人は駅へ歩いて向かった。

「でもホント、ガタ先輩ってハル先輩の事好きっすね」

「まーな。三次元の最大推しだからな、俺の」

 それほど山縣にとって、高杉の存在はインパクトがあったのだろう。

(なんかわかる気がする)

 もやもやと抱え込んでいる時に、たとえキツイ言葉でもそれが自分の求めているものだったら、きっとそれは毒になんかならないのだろう。

「ガタ先輩」

「なんだよ」

 幾久は立ち止まり、山縣に頭を下げた。

「……なんだよ」

「ハル先輩を傷つけて、すみませんでした」

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