加害者だって自覚しろ
山縣の話はいろいろだった。
家族の事や雪充の事、高杉の事は勿論として、久坂や栄人の事も詳しく、仲良くない、嫌われているのによく知ってるな、と感心した。
意外だったのが六花とも面識があったことだ。
高杉の姉という紹介を受けた山縣は、六花に感激したそうだ。
「いやー、やっぱ高杉の姉っつうだけあって空気ちげーし凄かったわ。マリンさんなのか、わが師カミュなんかどっちか困るところなんだが」
「それはよくわかんないんすけど」
「トッキ―も本当は御門に帰りてーんだろーけど、あと一期しかねえから今更だしな」
幾久はそこで気づく。
「あ、そっか、御門ならわこ先輩いるっすもんね」
時山の彼女の杷子が御門に近いウィステリア女学院に通学しているから、御門ならいつでも会えるだろう。
「んなのあいつら気にしてねーよ。ダンス教室で会ってるし、スマホでずーっと喋ってるしな」
「ああ、リア充なんだ。ガタ先輩、爆発しろとか言わないんすか?」
仲のいいカップルは嫌いそうなのに。
幾久が言うと山縣が「まーな」と肘をついた。
「あいつらはあいつらでまた、ちょっと変わった調子で付き合ったからなあ。リア充ってのもなんかちげーんだよ」
「ちょっと変わった?」
「要するに、お互いしゅきしゅきィー!って感じでくっついたんじゃねえのよ。だから俺もそうリア充とは思わねー。仲はいいけどな、あいつら」
「はぁ」
「あと、さっきのトッキーのトラウマその1は、寝ている時にババーに踏みつけられたりしたから、ババーが起きる前に起きないと、体にあざがつくからだ」
「もうそういうのいいっす……」
あの天真爛漫を絵に描いたような時山が、実は家族がそんなだったなんて正直信じられない。
「じゃあ、帰省とか嫌でしょうね、トッキ―先輩」
幾久が同情すると山縣が笑った。
「なに言ってんだ。とっくの昔にホームにぶちこまれてんぞ」
「え?」
「トッキーになにやってたかバレた時点で大騒ぎになってな、一端、別の子供のとこに行ったんだけど追い出されてダンス教室に乗り込んできたことがあったわけだ」
「ひえぇ」
「しかしそん時に居たのが、俺様とトッキ―とわこしかいなかったんでな」
「……ガタ先輩、なんかしましたね?」
これは絶対に山縣はなにかしたに違いない。
「まあ、ちょっと煽った」
「ちょっと」
山縣の煽りスキルは相当なものだ。
きっとネットに慣れていないお年寄りは発狂したことだろう。
「ちょっと煽ったら泡吹いてわめいてたんで、その場で救急車呼んだら、そのまま入院、ホームへゴー!」
「うわあ」
「ああいう年寄は頑丈だから、そうそう死なねえ」
「そうでしょうね」
山縣もどうかだが、こう見えて人として間違ったことはしないので、多分老人はよっぽどの人だったのだろう。
(ということにしておこう)
幾久は胸に手を当てて頷いた。
「トッキーはサッカーでもいろいろ燻って考えてたみてーだからな。オメーとサッカーできて、いきなりイキイキし始めたわ」
「確かに上手いっすよね、トッキー先輩」
ユースに居ただけあって、基礎はちゃんとしてるし、ちゃんと上手い。
幾久も本気で遊べるのは久しぶりで、しかも頻繁にサッカーをする相手が居るのでどんどん昔の調子を思い出している。
「そういうのも含めて御門に帰りたいとは思ってると思うけど、桂も帰ってこねーのに、自分だけってわけにもいかねーとは思ってんだろーな」
「そっか。雪ちゃん先輩も御門に帰りたいんでしたもんね」
幾久だって、雪充が居てくれたらどんなに、と思う。
春に一緒に居てくれてから、ずっと憧れていた。
「オメーには残念だな」
雪充を好きな幾久を知っている山縣はにやにやして言うが、幾久はさっきの山縣の口調を真似た。
「なんでっスか?だって恭王寮は雪ちゃん先輩が必要じゃないっすか。オレ、友達に恭王寮の提督になってほしいし」
児玉が恭王寮の跡継ぎに選ばれていたのに、児玉自身はそのことを知らず、前期で児玉を恭王寮の跡継ぎに仕立て上げて御門に帰ろうとしていた雪充の思惑は、トラブルで見事に台無しになった。
後釜に据えられたのが二年鷹の入江で、サポートには幾久の友人の桂弥太郎がついている。
「お前、桂と一緒に居たいんじゃねーの?」
「そりゃ居たいッスよ。でも、正直、恭王寮に行くかって言われたら、それは嫌だし」
もしこれが、報国院に入ったばかりなら、幾久は喜んで雪充の居る恭王寮に行っただろう。
だけど今はそうは思わない。
「オレ、御門寮が好きなんス」
広く天井の高い立派な日本家屋の、自分の部屋も確保されていない、プライバシーもなにもない寮だけど。
学校から遠いし、先輩はクセがありまくるし、人数は少ないし。
でも、好きになってしまった。
「好きな場所だから、なんとしてでも居たいし、オレが御門にそぐわないなら、ガタ先輩の言うように、似合うようになるために頑張りたいし」
幾久はふと気づいた。
(これって、誉が言ってたことと一緒じゃん)
逃げ出した御堀が言っていた。
この場所が好きで、悪く言われたくない。
(そっか。同じか)
御堀が報国院を好きになってしまったみたいに、幾久もいつの間にか御門を好きになってしまっていた。
(そりゃ、頑張ろうって思うよな、誉も)
えらそうに御堀に言ったはずが、自分の方が判ってなかった。
これは確かに無茶をしてしまう。でも幾久はそれを御堀に注意したばかりだ。
「まずは鳳目指すこったな。オメーが本当に今回の件を理解してるっつーなら、もう理屈の筋は通ってるはずだぞ。だったら考える事もできてるはずだ」
幾久は頷く。山縣は続けて言った。
「考えていることが出来るなら、単純なコール&レスポンスだけじゃなくて、ちゃんと自分の考えを人に言えるはずだ。お前は今回の事、どう考える?」
甘味のおかわりに、白玉ぜんざいを注文して大量のあんこを口に運ぶ山縣は、スプーンをマイクのように幾久に向けた。
「単純にオレの甘えっす。ハル先輩が天才であって欲しいし、だから何してもいいって思ってました」
「マウンティングだな」
「……はい」
先輩だから甘えて良い。
高杉だからそのくらい出来るはず。
それは高杉を評価しているように見せていても、実際は奴隷扱いしているのと同じだ。
だから久坂は、あんなにも怒ったのだ。
「本当に天才だって思うなら、他に気を遣え、じゃなくて、オレは天才じゃないから、なにが出来ますかって聞けばよかった」
出来る人だというのなら、何をすればいいのか、何ができるのか、きっと教えてくれるはずだった。
久坂が夏、赤根との事でいろいろあった時にそれは言っていた。
『下にもし責任があるとするなら、上からしっかり説明を受けて内容を理解した上で、それで更に『大丈夫』と判断した上で引き受けた上で、それで失敗したらそりゃ責任不足かもしれないけど、でもそれをフォローするのも上の役目でしょ』
そこまで幾久に、ちゃんと久坂は説明していた。
上が上の仕事をちゃんとするよ、と教えてくれていた。
なのに責任は上であるお前にあるんだから、そこ察した上で仕事の配分考えろなんて、下である幾久が言う事じゃなかった。
「先輩なんだから、後輩の面倒を見ろ、ていうのは、後輩のオレが言えたことじゃなかった」
「そーだな」
「先輩の誰かが、オレらを見て、他の先輩に注意するなら判るけど、受ける立場のオレが言うのは間違ってた」
山縣は団子を頬張りながら言った。
「誰でも失敗はするからいいじゃないか、とか、悪気はなかったんだからこのくらい許してもいいじゃん、っていうのは『された方』の被害者が加害者に対して『そこまで気を使わんでエエんやで、失敗は誰でもあるんやで』っていうフォローの為に言うことであって、やった加害者側が自己保全の為に言う言葉じゃねえよな。図々しいにも程があらあ」
もし今回の事が許されるなら、幾久に対して高杉が幾久に向けて『気にするな、誰でも失敗はある』といえば成立するが、高杉に対して加害者になっている幾久が『誰でも失敗はするから許してください』なんて言えた義理じゃない。
「ほんとそうっす」
しゅんとする幾久に山縣は言った。
「判ったなら上出来なほうよ。赤根は最後までそれ判んなかったし、多分いまだに判ってねえ」
もぐもぐ団子を頬張って、ほうじ茶をすすりながら山縣は続けた。
「『悪気がないんだからいいじゃないか。悪意はないならそこまで言わなくても。たいしたものじゃないだろ?』俺様の漫画を勝手に捨てたときに赤根が言いやがった言葉だよ」
「ひでー……なんだそれ」
他人のものを勝手に捨てるのも信じられないし、そのうえでその言葉も信じられない。
「まー、捨てられたの雑誌だし、一般人が雑誌は捨てるものって思ってるのも判る。だが、それは特別号だったもんで、とっとくつもりだったんだよ」
「そりゃガタ先輩キレますよね」
「トーゼンだろ。勿論、同じものを買わせたが」
「買えて良かったッスね」
「ところが、買って返して俺に渡すときに言った一言は何だと思う?後輩」
「?ごめんなさい、とか」
山縣は吹き出した。
「んなわけねえだろ。だったらオメーと同じで理解してんじゃん。答えはこうだ。『俺だからここまでやったけど、他の誰かにこんな真似させるなよ。雑誌くらいで大人げない、もうちょっと大人になれよ山縣』」
「はぁ―――――?!」
それはなんだ?失敗したのを折角許して貰うチャンスを貰ったのに、一体何を言っているのか。