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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【12】愛しているから間違えるんだ【四海兄弟】
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魔法の言葉はありません

 翌朝、やはり久坂は不機嫌なままで高杉も何も言わない。

(さすがに、なんか嫌になってきたなあ)

 不機嫌な人が居るのは幾久は苦手だ。

 まるで自宅に居た頃の母親を見るみたいになってくる。

 自分が悪いという思いはあっても、何も教えてくれない上にどうしていいか判らないのは、ストレスが溜まるばかりだ。

「おい後輩、コーヒー!たっぷり甘くしろよ!」

「……ウス」

 元気なのは山縣だけで、だんだんムカついてきたのだが、幾久にできるのはせいぜいため息をつく事くらいだ。

 鼻歌を歌いながらパンにシロップをかけていた山縣が突然幾久に言った。

「おい後輩。お前、今日部活だろ?」

「そうっすけど」

 当然だ。

 もうすぐ桜柳祭なのだから、部活以外何をしろというのだ。

 だが山縣は言った。

「休め」

「は?」

「そんで、帰ったらすぐに俺様とお出かけだ」

 どんっと胸を叩く山縣に、幾久は呆れた。

「なに言ってるんすか。駄目っすよ。桜柳祭前で忙しいのに」

 部活の残りは桜柳祭までわずかしかない。

 昨日は高杉も久坂も不在だった。

 今日だってやりづらいけれど、行っておかないと、ますます信頼を失ってしまう。

「いいから判ったな。命令だ」

「ちょっと、ガタ先輩、」

「でねーとてめーを御門から追い出すぞ」

「は?何、言って」

 何の権限もない山縣が何を、と思うが、久坂が口をはさんだ。

「いっくん、ガタの言うとおりにしな」

 互いに関わることが決してといっていいほどない久坂がそう言って、幾久は驚く。

 だけど、ここは従うしかないと判断した。

「……判りました」

 山縣が何を考えているのかは判らないが、今の久坂に逆らうなんて、幾久にそんな勇気があるはずはなかった。



 学校が終わると幾久はすぐに寮に帰ると、すでに山縣も帰ってきていた。

「おい、いますぐ着替えろ。出かけるぞ」

「出かけるって、どこに」

「そんなん俺様がお出かけと言えば、一か所しかねえでしょ?」

 そりゃそうだ、と幾久は呆れた。

「オタクビルっすね」

「その通り!」

 どうしてこの揉めている最中にわざわざそんな場所に行かなければならないのかと文句の百や二百も言いたいけれど、久坂が言ったのだから仕方がない。

(単純に罰ゲームじゃないといいけど)

 あーあ、とため息をつく。

 制服から出かける服に着替える。

 気分が乗らないので、幾久はとっておきのお気に入りのジャージを出した。

 お小遣いでやっと買った、大好きなサッカーチームのジャージだ。

(これ着てこ)

 オタクの山縣と出かけるのが今日だけは無性に腹が立って、幾久はせめて自分のテンションが上がるように、ジャージに袖を通した。



 御門寮からバスで出て、JRの駅へと向かう。

 JRに乗り込むと、赤間ヶ関駅から十五分程度でオタクビルのある北九州に到着する。

 山縣はイヤホンを耳につっこみ、たまに鼻歌を流してご機嫌だ。

 電車に揺られながら、幾久は以前山縣に北九州に連れて来られた時の事を思い出していた。

 北九州から赤間ヶ関へと帰る電車の中、突然大きな音とともに電車内の電気が消え、幾久が慌てたときがあった。

 それは実は、電車が本州へ向かう際、電気系統の関係で一端電気が切り替わる為におこる現象だったのだが、幾久は当然そんなことは知らず、なにか起こったのかと驚いて慌てていると、山縣が真剣な顔で幾久に告げた。

『おい、トラブルだ。おめー災難だな、トンネル内歩いて帰らないといけなくなったぞ』

 えっと驚く幾久に山縣はべらべらと嘘をついた。

 たまにこの路線は電気系統のトラブルが起こり、乗客は歩いてみずびたしのトンネルを歩いて帰らないといけない、しかも十キロ近く歩くと聞いて幾久は「マジでヤバいじゃないっすか!」と慌てた。

 当然それは山縣の嘘で、幾久は山縣を責めたのだが、周りで話を聞いていた乗客が幾久の慌てっぷりにくすくすと笑い、山縣は『後輩に嘘教えちゃ駄目でしょ』と注意されたものの、幾久の慌てっぷりはおかしかったらしく、ずいぶんと幾久は恥ずかしい思いをした。

(最初から電気消えるって教えてくれとけばいいのに!)

 よくよく考えれば、乗っている人はみんな慌ててなかったし、しばらく静かにしとけばよかったのだが、夜で電気が消えて真っ暗な上に、あまりにも山縣の言葉が真剣みを帯びていて信じてしまった。

(ほんっと、バカだなあ、オレ)

 山縣にはコミケの後でもさんざんな目にあったのだから、信じてろくなことがない。

(ガタ先輩って、面白けりゃなんでもいいと思ってんのかな)

 多分そうに違いないし、今回も何を考えているのか幾久にはさっぱり判らない。

(どうせ限定のガチャだかバッジ要員なんだろうな)

 ため息をつきつつも、ただ、久坂がそうしろと告げたのは気になる。

 山縣がこのトラブルのヒントになることをするとは思えないけれどな、と思いつつ今は従うしかない。

 電車はあっという間に目的地に到着して、人並みに流されながら幾久と山縣は電車から降りた。


 いつもの通り、山縣はオタクビルへ向かった。

 マイペースで漫画の新刊をあさり、グッズを探し、幾久にくじとガチャガチャを引かせた。

 さすがに判ってはいたけれど幾久は山縣に文句を言った。

「遊びに来たんすか?!」

「まーこのくらいの役得がねえとな」

 カプセルをぽいぽいと外し、中身だけ取り出すとバッグに詰め込んだ。

「じゃ、行くぞ」

「どこに。マックっすか?」

「ちげーよバカ。お食事どころだ」

「は?」

「安心しろ。俺様のおごりだ」

 そう言って山縣は、駅の方へ向かって歩いた。

 オタクビルから駅までは少し歩く。

 以前、多留人と写真を撮った銅像の前を通りぬけ、山縣は繁華街の方へ向かう。

 幾久は山縣の後を追って歩いていたが、新幹線口のあたりで、突然山縣が幾久に言った。

「オメー、高杉に無礼働いたんだってな」

 背を向けたままだが、声は怒っている様子はない。

 いつもの山縣の口調だ。

「……謝りましたよ」

「意味のねー謝罪な」

 それを言われてはなにも返せない。

 黙って山縣の後をついて歩く。

 駅構内の下りエスカレーターに乗ると、山縣は背を向けたまま幾久に言った。

「だいたいの内容は聞いた。お前がバカだ。そしてバカだ」

「そんなん判ってますよ。だから謝ったんじゃないっすか」

「高杉は許してねーだろ?」

「……」

 確かにその通りなので幾久はむっとするしかない。

 エスカレーターを降り、駅の前にある立体遊歩道を歩き、山縣の後をついていく。

 大きなモニターが宣伝の映像を流し、音や人のおしゃべりでざわつく駅前はいつも雑然としている。

 その中を山縣は速足で通り抜けて行く。

 後を追いかけながら幾久は山縣に聞いた。

「ハル先輩の事でお説教するために、わざわざオレを呼び出したんすか?」

「んなわけねーよ。なんで俺が高杉の事でおめーに説教するんだよ。わかりあおうっつーなら説教もするが、その必要はねーだろ」

「わかりあう必要はないってことっすか」

 幾久を呼びだしたくせに山縣の勝手な言い分にかちんときて言うと、山縣はなんでもない事のないような顔で、とんでもない事を幾久に告げた。


「だって俺、おめーを退寮させるもん」

 幾久は驚き、足を止め、山縣を見つめた。


 先を進む山縣を追いながら幾久は必死で尋ねる。

「なんでガタ先輩が?」

「俺、総督だし」

「総督はハル先輩じゃ」

「あくまで高杉は暫定。実際、アイツが仕事してっけど、書類上は実は俺。そんでもって高杉は副総督。お忘れかもだけど、俺三年よ?」

 確かにそうだけど、今までずっと高杉が総督だと思っていたし、皆そんな風に呼んでいたから高杉が御門寮の総督だと幾久は思っていた。

 山縣は幾久を見て告げた。

「だから、お前を退寮させんのなんかワケねーの」

 確かにその通りで、報国院の寮の責任者、大抵は寮長とか、寮によって提督とか、御門に限り総督と言ったりするのだが、寮の責任者は責任が大きい分、采配の自由もかなりあった。

 その為に雪充は児玉を御門に移すことができたのだし、幾久が入学する時は、高杉の采配に任されたのだ。

 山縣は足を止め、どこかの店のドアを開けた。

 お食事処、と言っていたのでレストランだろう。

 係りの女性に二名、と告げて案内されるままに二階へ上がる。

 中はシックな喫茶というより広くてホテルのロビーのようなあつらえだった。

 どの場所も個別に区切られていて、ソファー席ばかりだ。

 山縣はよく来るのか、迷うことも無く奥へと進んで行く。

 店の一番奥まった場所のソファー席へ腰を下ろした。

 幾久にも座るようにすすめ、メニューを開く。

「お前、何食う?ここのはなんでもうめーぞ。あ、代金は俺様が全部払ってやっから、遠慮すんな。甘いものもウメーんだよ」

 幾久は山縣にすすめられるままメニューを選び、山縣が注文した。

 食事が来るまでの間、山縣はマイペースにも鞄の中を整理し始めた。

「ま、とはいえ、いきなり退寮っつーのも高杉がウルセーだろうし、かといってお前が本気でわからんちんなら、そうするしかねーし」

「オレはいやっす!」

 いくらなんでも、山縣が総督でも、御門寮を出るのは絶対に嫌だ。

 幾久が言うも、山縣は顎を軽く上げて幾久に言った。

「って言っても寮の秩序を乱してんのお前だし。一年は児玉がもういるし。正直、お前いなくてもよくね?桂のいる恭王寮にでも行けば?」

 山縣は本当に意地が悪い。

 確かに、今の寮の悪い状態を生み出しているのが幾久なのは間違いない。

「……スミマセンでした」

 そういって謝るが、山縣は呆れて幾久に言った。

「だから、謝っても意味ねーのよ。お前がなにをどう悪いのかって理解してねーなら、それって御門寮に残る為のおまじないじゃん、マジックチャームじゃん。魔法少女にでもならんと無理じゃん。でもお前変身できねーじゃん」

 山縣の言っていることはめちゃくちゃに聞こえるが、よくよく考えれば栄人が言っていたことと同じだ。

 幾久がなにかを間違っている。

 でもそれを自分で理解できないとどうにもならない。

 じゃあ、一体何を間違ったというのだろうか。

 おしぼりで手を拭き、水をひとくち飲むと山縣は言った。

「このままじゃお前、赤根みてーになるぞ」

 幾久は驚き、顔を上げる。

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