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梨送りのシックスメン(2)

 宮部が責任者として面倒はみたが、さすが私立のお坊ちゃん学校の生徒だけあって礼儀正しく大人しく、きちんと仕事もこなしつつ、まだ子供っぽさを残す可愛い少年といった雰囲気で、ギスギスした世界に生きている最中の宮部にとって、いい印象しか残っていない。


「おっ、マジで?」

 連絡はとても可愛いものだった。

『先輩が大量に梨を持ってきたのですが、とても食べきれないので、集さんに送りたいです。梨は喉にいいそうなのですが、食べるか聞いてもらっていいですか?』

 集はスマホも持ち歩かないし、普段はめったにしゃべることも無いし中岡以上に感情が出ない。

 だけどひとたびステージに立てば、その感情の発露はすさまじいものがある。

 青木とは違った意味の人間嫌いだが、後輩は別のようで、とてもこの後輩を可愛がっている。

 その為、宮部は五月に幾久にバイトを頼んだ時から、連絡網として残していて、たまにこんな風なメッセージを送りあっている。

「集、乃木君が梨を送りたいんだって。どうせ暫くスタジオにこもるし、ここに送って貰う?」

 集が起き上がり、何度も頷く。

「あ、レシピも送ってくれるって。梨に砂糖かはちみつ乗っけて、生姜乗せてレンチンしたら喉にいいんだってさ」

 じゃあ送って貰おう、と返事を送ると、早速、『今日の便に間に合わせます!いまから宅急便、出してきますね!』とはりきったメッセージが来た。

「この調子なら、明日か明後日には届くだろうな。楽しみだな、集」

 集はこくんと頷き、ぽつりと「新曲、歌いたい……」と呟いた。

 お、これはいい雰囲気だ、と思っていると、煮詰まって苛立った青木が部屋から出てきた。

 ぴりぴりした空気に若いスタッフは露骨におびえる。

 青木は中岡の近くにあったソファーにどっかり腰を下ろし、わざとらしいほど大きなため息をつく。

 長い髪をかきあげて、青木は苛立ったまま、呟いた。


「お茶」

 はいっと近くに居たスタッフが慌ててペットボトルのお茶を持ってきて、ふたを捻り青木に渡す。

 お茶を二口飲むと、スタジオがしん、となって空気がどんどん鋭くなる。

 こういう場合は福原がガス抜きのように音楽を鳴らしたり、青木にちょっかいを出してストレスを解消させたりするのだが、それもちょっと躊躇われるほどの機嫌の悪さだった。

 そんな中、ぽつりと集が口を開いた。

「新曲、できた?」

「できてたらとっくにそう言ってる」

 ふんと不機嫌そうに集に言う。

 お茶をもうふたくち飲むと、はぁーっとため息をついた。

「梨、好き?」

 集が尋ねると青木は不機嫌なまま、眉を顰め「梨?」

 と苛立った顔のまま集を向く。


 集がわざわざ口をきくのは珍しい。

 だからこそ、青木も福原にするみたいにいきなりキレたりもせず、一応話は聞く。

 集は頷き、にこにことゆっくり、青木に告げた。

「いっくんが、梨、送ってくれるって」

 途端、青木の動きが止まる。

「……なん、だと?」

「スタジオに送ってくれるって。喉にいいからって。楽しみ」

 にこにこと言う集に、青木はどういうことだ、と集を見、そして集は宮部を見ると、青木は宮部をぎろっと睨みつけ、宮部は慌ててスマホを見せた。

「乃木君がメッセージ送ってきたんだよ!梨たくさんあるから、集に送っていいかって」

「なんで集になんだよ、僕にはないの?」

 その青木の言葉に福原が反応という名のフォローをはさむ。

「梨に砂糖と生姜のせてレンチンしたら喉にいいんだって、いっくんがレシピ教えてくれたんだって。喉だからボーカルの集にってことだろ」

「だからなんだよ!なんで宮部で僕のスマホに連絡くれないんだよ!」

 青木は幾久をとてもとても気に入っていて可愛がっているのだが、可愛がり過ぎて当の本人にはスキンシップ過多で嫌がられている。

「青木君から連絡したらいーじゃん。いっくんの連絡先知ってるんでしょ?」

 青木が無理矢理幾久のスマホに連絡先をぶちこんだのを福原は知っている。

「着拒されてんだよ!」

「答えそれじゃん。確かに青木君うざいもんなー」

「なんだとテメー」

 苛立ち始めた青木に、福原もなんだよ、と言い始める。

 面倒になるなあ、と宮部がどうしようと考えた瞬間、また連絡が入った。

『いま送りました!伝票これです!』

 丁寧なことに、送った荷物の写真を写真で知らせてくれた。

 と、宮部はあることに気づいた。

 あわててメッセージを送ると、リアルタイムのおかげですぐ連絡はついた。

 青木と福原ががみがみ喧嘩を始めたその時だった。

「静まれ、静まれーい!!!!!」

 宮部が怒鳴る。

 あ?と昔のヤンキーのように青木と福原が宮部を睨みつけるが、宮部はスマホをかざして言った。


「この後輩様が、目にはいらぬか」


『アオ先輩?福原先輩?』


「いっくん!」

「いっく―――――んッ!!!!!!」

 がばっと青木が宮部のスマホを奪った。

「いっくん、いっくん?うわあ可愛い!!!天使がスマホに入ってるかと思った!!!!!!」

『宮部さんに戻して貰っていいっすか』

 心底呆れた声が聞こえ、宮部が「待って待って!」と慌ててスマホを奪い返した。

「えーと、アオ、いっくんからお話があるそうです!」

 宮部が言うと、青木は途端、笑顔になった。

「何?何?なんでも聞くよ?結婚かな?いいよ!」

『アオ先輩、仕事してないんッスって?』

 幾久の言葉に、青木の顔色がさーっと青くなった。

『みんなアオ先輩が仕事しないから困ってるって、宮部さんが』

「いやいやいやいや!違うの!それは違うっていっくん!こういう仕事はね、ノリとか雰囲気とか、あの、クリエイティブなものっていろいろあって、こうね」

『大人なんだから、ちゃんと仕事してください』

「……ハイ」

 しゅんとなる青木という、とんでもないものを見せられて若いスタッフは驚きのあまり動きが止まっている。

『宮部さんを困らせちゃ駄目っすよ』

「でもさ、そう簡単に言うけど、中々調子って上がらないし毎日毎日スタジオに缶詰だしいっくんに会えないしつまんないし仕事ばっかだしオフないしいっくんに会えないし仕事ばっかだし休みないし。いっくんだって毎日学校に詰めてて寮にも帰れなくて何か月も休みなしだったら息詰まるよね?」

『そりゃ……それはそうかもしれないっす』

「ほら!ほら聞いた?休みだよ!僕に!必要!なのは!休み!いっくんに!会う!為の!」

『オレいま部活とかで忙しいんでそういうの勘弁してください』

「あああああああああ」

 床に沈む青木にもはや若いスタッフはなにをどうしていいか判らず、おびえて話にならない。

 だが、宮部はここで幾久に頼んだ。

「頼みがあるんだけど、このスマホあてでいいから、学校でも寮でもいいから、ちょっと写真とメッセージ、送ってくれないかな?後輩からの応援があったら、アオも頑張れると思うんだ」

『えー……うーん……』

「週一で」

『あー……うーん……まあ、週一くらいなら』

 青木ががばっと起き上がった。

「いっくん?!本当に?!」

『宮部さんに戻してください』

 そっけない言葉に青木が再び床に沈んだ。

『試験で忙しかったり、忘れるかもだけど、それでもいっすか?』

「勿論だよ!もしどうしてもっていう場合は、メッセージ送るから、時間があるときでいいから確認しておいてくれないかな?学生の本分は勉強だからね!」

 宮部が言うと、できるだけそうします、と言ってくれた。

 じゃあ、ご無礼しまーす、とかわった挨拶で幾久は電話を切り、青木は「あっ、いっくんっ」と情けない声を出した。


 暫く、床に突っ伏していた青木はやがて起き上がった。

「こうしちゃいられるか」

 立ち上がるとずかずかとスタジオに入って行き、ばたんとドアを閉めた。

「よかったね宮部っち。予定より全然早く出来そうじゃん」

 そう福原が言って、さーて、と立ち上がる。

「俺もちょっと曲つくっとこ。絶対青木君、イメージ合わない、他の曲をよこせって言いだすから」

 青木とは感性だけで繋がっているといっても過言ではないくらいの福原が言うと説得力があった。

「リーダー、ちょっと少年っぽい感じの曲作っといたほうがいいよ。高校生の時の俺らが好きそうな雰囲気のやつ。作れそう?」

 福原が言うと、中岡が「やってみる」とベースを抱えた。

「じゃあ、一緒にやってみる?」

 中岡が福原に尋ねると、福原が「いいね!」と椅子を寄せた。

 最近は互いに忙しく、それぞれが曲を作って青木に渡していたが昔はこうして全部話し合って作っていたことを思い出した。


 福原と中岡が二人であわせはじめると、来原が軽くリズムを合わせてドラムをたたき始めた。

 集は読んでいた漫画を置いて、やはり福原の隣に移動して、鼻歌で調子を合わせ、ゆらゆらと体を揺らしはじめる。


 ずっと動かなかったバンドが急に動き始め、ほっとしたスタッフが宮部に尋ねた。

「いったい、どんな魔法を使ったんですか?」

 宮部は答えた。

「梨だよ。梨。梨のおかげかな」

 あーほんと、おかげで助かった。

 これで仕事が動き出した。

(今度から困ったら頼もうっと)

 きっと素直なあの子だったら、ちゃんと仕事しろ、と青木に言ってくれるだろう。

 青木さえ動けば他の面々はちゃんと動いているのだから大丈夫だ。


(待てよ?だったら、今から新曲間に合うか?)


 中岡と福原の様子を見ていると、まるで昔、インディーズの頃のように楽しげに曲を作っている。

 ということは、これをひっさげてのツアーは可能か。

 アルバムはすでに決まっているので、そっちは青木の機嫌次第だがこれはできる。

 ということは、ツアーで発表できるものがひとつ増えた。

(PVの撮影、ちょっと考えるか)

「ちょっと今から打ち合わせに入ろう」

 宮部は面白い事を思いつき、これできっと青木の機嫌も維持できるぞと思わずほくそ笑んだ。


 幻のシックスメンの正体は、本人すら知らず。

 一部の古いスタッフしか知らない秘密になったのだった。


 梨送りのシックスメン・終わり

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