梨送りのシックスメン(1)
若者に絶大な人気を誇り、いまやチャートをにぎわさない日はない、というほどの超人気バンド『グラスエッジ』。
作詞は主にボーカルの集で、作曲はドラム以外の三人、だが、その最終的な音のまとめは、全てキーボードである青木が行っている。
天才的なバランス感覚と元々の素養を生かし、打ち込みがあるにも関わらずロックファンからの支持は厚い。
天才にありがちな、我儘で気分屋でマイペースで他人のいう事を聞かず、というのを全部まとめて形にしたら青木になるといっても過言ではない。
他人に対するあたりも無礼そのもので、青木は他人などせいぜい喋る肉としか思っていないところがある。
ただ、悲しいかな、実力と才能だけは本物で、誰もそれに異議を唱えるものはなかった。
「異議はなくてもスケジュールは止まってくれないんだよアオ!」
そう文句を言うのはマネージャーの宮部だ。
「それをどうにかするのが仕事でしょ」
ふんとスタジオのソファーに腰を下ろし、頬杖をついてそっぽを向いているのが青木だ。
外見は美しいと形容されるほど、モデルの仕事もあり、本人が好きでアパレルもやっている。
そっちの才能も折り紙つきだ。
「いくら俺でも時間は止められないんだよ」
「じゃあスケジュールどうにかしなよ」
すーんとそっぽを向く青木に、宮部は頭を抱えるしかない。
すでにアリーナツアーの詳細は決定していて、その前にどうしてもアルバムを出さなければならない。
曲は殆ど出来上がり歌詞も上がった。それなのに青木の編曲が完成しない。
完成した曲しか歌わせないというのが青木のポリシーなので、メンバー全員がそれに従うし、それに倣っているのだが、宮部としてはそうはいかない。
大人にはお仕事があって、スケジュールを管理して、とどこおりなく進めていかないとならないのだ。
「とにかく僕はいまその気にならないの。それが理由。どうしようもないの」
つーんとそっぽを向くのだが、そのそっぽを向く時間すら惜しい。
「あーもう!」
どうしようもなくなった宮部は、青木の居た部屋を出てバンマス(リーダー)の中岡に愚痴を言う。
クールで寡黙で決して感情的にならない中岡は、青木も一目置いていて、中岡には逆らったりもしないし無礼も働かない。
「オン、悪いんだけどアオどうにかできないかな」
「アオ?また仕事しないんだ」
ふふっと楽しそうに微笑んでベースを弾いている。
楽器を弾いている時と、最愛の弟と一緒に居る時だけ、この男は心から幸せそうに笑う。
「正直困るんだよ。スケジュールが押してて、オンから一言言ってくれないかな」
「俺が言ってどうこうなんてならないでしょ」
そう言って中岡は指を止めた。
「アオにはアオのペースがあるんだし、もしアルバムでないなら出ないでツアーすればいいでしょ?他に曲あるんだし」
成功とか報酬とか、そういったことに全く興味のない中岡はそう言い放つ。
「アオが妥協しないからこその、今のグラスエッジなわけで、できないならそれでいいし、落ちたら俺らも所詮そこまでのバンドだってこと」
あーもう!なんでそういう事言うんだよこのロッカーは!ファンが聞いたらキャー素敵とか言うかもしれないが、スケジュールが決まっているこっちの立場からしたらうわあ最悪だ。
「ふっくん!福原君!なんとかならないの?」
青木と仲は悪いはずだが音楽のセンスだけは認め合う福原にそう叫ぶ。
だが、福原は小さなおもちゃにしか見えないリズムマシンをぴかぴか光らせて変な効果音を作って遊んでいる。
「ああー無理無理。青木君人の話聞かねーもん。そこは諦めたほうが早いよ。特に俺なんかの話はたとえ聞かなきゃいけなくても絶対に聞かないって宮部っちだって知ってんじゃん」
「知ってるけど!でもスケジュールが!アルバムが!アー写が!取材が!」
いまからなら間に合うのだ、青木は集中すれば鬼のように仕事が早い。
これまでだってなんとかなだめすかしていろいろやって、ああだこうだ仕事をこなしてきた。
「そういうならオフどうにかしてよー、全然オフないんですけどぉ」
福原がぶー、と文句をたてる。それはそうだ、確かにそうではある。
毎日毎日仕事が入っていない日はなく、それは人気のバロメーターとしてはいいことだらけなのかもしれないが、さすがに疲れが蓄積してくるのは判る。
元々がマッチョな連中だ。
その中で福原と青木は細いほうになるが、福原は元サッカー少年で、中岡とも互いにサッカーを通じて知り合っただけあって、今でもサッカーチームを作って遊んでいる。
だが青木は完全に運動とは縁がない。
一応、ライブがあるのでそれに向けての体力はジムで作っているものの、他のメンバーほどでもないし、そもそも曲を作るときに一番負担が大きいのも青木だ。
それをメンバーは知っているから、青木がどれほど我儘を言っても、ま、仕方ないわな、と納得するしかない。
「オフはなんとか、どうにかする」
「いつよ、いつ」
「……アリーナ終わったら」
「じゃー休みないのと同じじゃん!」
こればかりは仕方がない。制作のスケジュールとそのほかの事を考えたらギリギリなのだ。
「仕方ないだろう!そもそも今日だって、わざわざメンバー全員集めたのも、アルバムの方向性を決定する為なのに、時間の無駄になるだろ、こんなんじゃ!」
宮部が怒鳴るも、来原は「ふんっふんっ」と腹筋に夢中だし、集は漫画をずっと読んでいる。
もう成功しまくっているメンバーに直接文句を言えるスタッフはそう多くない。
昔から苦労をともにしている宮部だからこそ、文句を言えるしメンバーも聞く。
もしこれが青木に対して宮部以外が文句を言えば、速攻クビにされるだろう。
だからといって、いつまでも時間を無駄にさせるわけにはいかない。
宮部はため息をつく。
(本当にどうしたらいいんだろうな)
青木が気分が乗らないのならそれは仕方のない事で、怒鳴ってどうにでもなるのならそうするが、青木がわざとそうしているわけでもないのも知っている。
だけど大人にはいろんな事情があって、青木のメンタルのケアまでしてくれるわけではない。
(まあ、あのアオがメンタルやられるとは思えないけど)
他人のメンタルを度々ぶっ壊しはしても、たぶん世界で一番メンタルが強いと言っても過言ではないくらいの性格だ。
多分言えば言ったで出来上がるとは思うが、かといってクオリティがどうなるかは判らない。
「だいたいさあ、休みなしってひどくない?いくら俺らでもさー、メカじゃないし休みたいよー南の島で撮影とかないのー?アイドルみたいに水着でさあ」
福原の言葉に中岡が楽しそうに乗った。
「いいねそれ。俺もコテージでゆっくり休みたいよ。ガクと一緒に」
「でっしょ?やっぱ休み、いるよねぇ。こんなんじゃ疲弊するばっかで大人に才能削られて人生終わっちゃうー!」
「お前もう大人だろ……」
宮部が頭を抱えるも、確かに休みがないのは問題だなとも思う。
しかしどんなに休みをひねり出そうにも、時間はない。特にこうしてわずかな時間を話で終わらせてしまっては、あるものだって削るしかなくなる。
宮部だってメンバーに休みを取ってほしいし取らせたい。
「これだからドームにしろって言ったのに」
宮部はため息をまたつく。
せめて集客の多いドームにしてくれれば、それだけ集客は多くみこめる分、回数は少なくて済む。
しかしアリーナは数が少ない分、ライブの回数が増える。
その分、ファンには近い場所になるのだが。
「アリーナがいいって言ったの誰」
宮部が言うと、中岡と集と来原が手を上げる。
「やっぱファンの顔、しっかり見たいよね」
中岡が言うと、集が頷く。
来原はやっぱり腹筋に夢中だ。
「あーもう、ホントどーしたら……」
はあ、と肩を落としていると宮部のスマホに連絡が入った。
仕事かと思ってうんざりしていると、それは全く想像もしていない人からの連絡だった。
(……おや?)
連絡してきたのは、乃木幾久。
現役高校一年生のピッチピチボーイだ。
五月に長州市で行われたフェスの際、どうしても母校の寮に泊まりたいという青木、福原、来原、集の我儘のある意味一番の被害者だ。
彼らの後輩である幾久は、せっかく寮にいるのに我儘で煩い先輩たちに振り回され、しかもこの連中がバンドマンだと全く知らないまま、グラスエッジの物販のアルバイトをやらされ、ステージ脇まで連れてこられたのだ。
とはいえ、本人は楽しかったようだ。




