I'll be there
さすが、部長と副部長と言うだけあるのか、二人の指導は的を射て、御堀の心配していたシーンは確かにものすごく完成度が上がった。
杷子のスマホにそのシーンを録画してもらって確認したが、確かにこれは完成度が以前より桁違いだ。
「いい。このシーン、いい。絶対にいい」
頷く大庭に、杷子もスマホを握りつつ頷く。
「よき……これは、よき……」
「なんか恥ずかしいっすね」
外から映像で確認すると、確かに完成度は高いのだが、どうにも照れる。
「いや、これは本当にいいシーンだよ!ロミジュリでも話題かっさらうね!」
「チケットとっといてマジよかった」
大庭が頷いている。
この二人がここまで言ってくれるのなら、多分もう大丈夫だ。
「わこ先輩、茄々先輩、ありがとうございます」
幾久が頭を下げると、杷子は首を横に振った。
「なに言ってんの。二人の頑張りがあったからだよ」
大庭も頷く。
「このシーンは絶対に評判いいから、うちらは客席からじっくり見とくよ。周りの反応も楽しみだし」
二人に太鼓判を押されたら、なんだか安心という気がする。
ほっとする幾久に、御堀も笑った。
と、めずらしくスマホを持ってきていた御堀が、メッセージに気づいた。
「幾、そろそろ帰れるから支度して」
「え?うん、でも」
「先輩達、ご指導ありがとうございました」
御堀が言うが、杷子は慌てた。
「ちょいまちちょいまち、あれから時間たってるけど、人が引いた様子ないよ?このままじゃ囲まれるよ?」
「大丈夫です。救世主を派遣したので」
「きゅう」
「せい」
「しゅ?」
大庭、杷子、幾久の三人は首を傾げるが、御堀はいたずらっぽく、人差し指を唇にあてた。
「そう。内緒で呼んであるんだ。もうすぐ出られるよ」
「……うん」
御堀がここまで断言するなら、多分そうなのだろう。
御堀の指示通り、幾久は自分の荷物を抱え、あとは靴を履けばすぐに出られるようにしておいた。
さて、ざわざわしつつ、バルコニーを見ていた女子の団体がいたのだが、その囲いが御堀の言うとおり、ちょっとずつ砕けはじめた。
「ん?」
「え?なになに?」
「あ、来た。じゃあ幾、帰るよ」
「え?あ、うん、」
キャーッと言う声に、人だかりが一気に崩れ始め、どよどよと女子が移動を始めた。
あんなに集まっていた女子は、魚の群れみたいに固まって、校舎内に入って行く。
「先輩達、ここで大丈夫です。僕達、帰ります」
「お世話になりました」
御堀と幾久がぺこりと頭を下げ、杷子と大庭も頷く。
「気を付けて。桜柳祭まで怪我とかしないようにね」
「はい」
「なにかあったら連絡してね。協力するよ」
「ありがとうございます」
先輩二人の気遣いに、御堀も幾久も頭を下げる。
さて、女子たちはあっという間に全員、一人残らず校舎の中へ誘われて入って行った。
あまりに見事で、大庭も杷子も、なにがおこったのかは判らないが、御堀の策略というのだけは判る。
「ねえ、みほりん。あれみほりんの仕込みっていうなら、種明かし聞いていい?」
御堀は答えた。
「からあげです」
「からあげ?」
御堀以外の三人が首を傾げるが、御堀は笑って幾久に手を差し出した。
「そう。理由はすぐに判ると思いますよ。幾」
「あ、うん。じゃあ、帰ります」
女子がいなくなれば、ウィステリアの門を出るのは難しい事じゃない。
御門寮までもまっしぐらだ。
御堀は幾久の手を握り、二人の前に立った。
「では、ウィステリアのお姉さま方、ごきげんよう。弟たちの舞台を、見守って下さい」
そう言って、以前大庭がやったように、うやうやしく頭を下げる御堀に、幾久も同じく頭を下げた。
大庭が頷いた。
「うん、頑張って」
「応援してるね」
二人に頭を下げ、御堀と幾久は手を繋いだまま、ウィステリアの門を出て行った。
門の前で一度振り向き、御堀と幾久は繋いでいる手を上にあげ、見守っていた大庭と杷子に、もう一度ぺこりと頭を下げた。
遠くから、大庭と杷子は手を振り、二人がウィステリアの門を出て、駆け抜けて行くのをずっと見守っていた。
幾久と御堀は、誰も居ない門を抜けて、横断歩道を渡り御門寮への道を歩いた。
「でもさ、なんでいきなり女子消えちゃったの?誉、どんな魔法使ったの?」
御堀は王子様スマイルで答えた。
「金」
「え?」
「金だよ、お金。金の力で片づけた」
「ちょ……王子様スマイルで下種なこと言わないでよ。栄人先輩じゃあるあいし」
確かに御堀はファンクラブがあって、そこに奥様方が課金しまくっているというのは聞いたが、一体あの数の女子をどう始末したというのだろうか。
「それより幾、御門お邪魔していい?のどかわいたなあ」
「そりゃ構わないけど」
「それと、ちょっとサッカー付き合ってよ。どうせ部活も桜柳会も、サボれるの今日だけだし」
「サボるとか、らしくない事言うなあ」
「らしいよ。僕、細かい仕事嫌いだし」
面倒くさい、面倒くさいと鼻歌まじりで歌いながらまだ繋いだままの幾久の手をぶんぶんと振っている。
機嫌はよさそうだけど、大丈夫なのかな、と幾久は不安になる。
「ただいまぁ」
「お邪魔します」
幾久と御堀は御門寮へ入り、一緒に手を洗う。
「オレ、着替えるけど誉もサッカーするなら着替える?」
「ジャージある?」
「あるある。なんならタマの借りたらいいよ。オレのじゃちっさいかもだし」
タマに連絡してみるね、と幾久がメッセージを打ちつつ、お茶を一緒に飲んでいると、山縣が現れた。
御堀を見つけ、舌打ちすると幾久に言った。
「おい、やっぱりこいつマーキングしてんじゃねえかよ。だから拾うなっつっただろ」
「ガタ先輩と違って、ちゃんと自分のおうちに帰る良い子なんで。あ、タマから返信来た。ジャージも靴も、勝手に使っていいってよ。グラスエッジ以外」
「あはは。了解」
じゃあちょっと休憩したらサッカーしよう、と二人はお茶を飲み始めた。
山縣も休憩に来たのか、幾久にお茶を入れろ、お菓子を出せと命令したので御堀のついでに用意した。
「でさ、さっきの件だけど、なんで女子たちあんなに一気に引いてったの?」
「なんだよ後輩。面白そうな話してんじゃねーよ。聞かせろ」
首を突っ込む山縣に、幾久は説明した。
ウィステリアにチケットを持って行って、女子に囲まれてしまい逃げられずに困っていたら急に女子たちが引いて校舎へ入ってしまった、それをやったのが御堀らしいのだが種明かしを聞いている。
「御堀君が金の力とか下種な事言うから気になって」
山縣が答えた。
「どうせ梅屋に頼んだんだろ」
「正解です」
御堀が頷いた。
「そっか。お金先輩かあ」
御堀も所属している経済研究部の部長をやっている梅屋なら、確かにお金さえ払えばなんでもしてくれそうではあるが、一体どんな手を使ったのだろう。
「お金先輩にお願いしたらね、ちょっと確かにお金はかかるんだけど、確実な手を教えてくれるから」
「で、今回はどーしたって?」
山縣がめずらしく興味を持って聞くと、御堀はさっき答えた答えをもう一度答えた。
「からあげです。梅屋先輩が提案したんですけど、からあげに逆らえる人はいないから、とにかく大量に差し入れしろ、僕らが帰る時間に差し入れたら、女子高生は絶対に全員から揚げにくいつくって」
「か、からあげ?あれって、からあげのおかげなの?」
あの、大量の女子がさーっと引いて行った理由は。
「玉木先生にお願いしたんだ。帰れなくなったら困るし、安全に退避したいのでご協力お願いできますかって。そしたらいいわよって快く引き受けてくれてね」
チケットが思いのほかさばけたので、玉木も協力してくれたのだという。
「からあげは地元の揚げ物屋さんにお願いしてて、玉木先生はそれを持ってウィステリアに行って貰った。揚げ物屋さんはウィステリアの女子がよく買い食いしてるから何味が好みかもよく知ってるし、人気商品はすぐに売り切れるから、今回は全部おまかせしてね。かなり大量に買っていってもらったんだ」
山縣はがはは、と声を上げて笑った。
「そりゃ賢い!さすが梅屋だわーいやー面白れーこと考えるなアイツ」
「からあげなら匂いも強烈だし、高校生はみんな空腹だから絶対にそっちに引っ張られるって。実際その通りで、面白かったなあ」
「でも、お金かかったんじゃない?」
お金先輩はとにかくお金にはシビアだ。一体いくら御堀が支払ったのか気になるのだが。
「けっこうかかったね。でもおかげでいろいろ勉強になったし、こうしてすぐに逃げられたわけだし」
「誉のおかげで逃げられたんだから、オレ、ちょっとは払おうか?」
幾久の申し出を御堀は断った。
「駄目。これは僕の支払いだし。それに年末調整に必要経費として出すから、下手に触ると面倒なんだ」
「よくわかんないけど、わかった」
御堀がそういうのなら、幾久が手出しをすることもないだろう。
「誉のおかげで助かったし、チケットは売れたし、あとは頑張るだけかあ」
今日の指導のおかげで、ずいぶんと決めのシーンもよくなるはずだ。
絶対に女子は食いつくから!と杷子のお墨付きも貰っているので大丈夫だろう。
「そうそう。でもその前に息抜き。ジャージ借りていいんだっけ」
「うん、着替えるならこっち」
幾久と御堀は立ち上がり、着替えのできる部屋へ向かった。
お菓子を頬張る山縣はその様子を見て、なんとなく、何かを察したようで、一言「ふーん」と呟いた。
御堀は着替えを済ませ、幾久と二人で庭に出た。
「今日はどうする?また勝負?」
御堀が首を横に振る。
「嫌だよ、僕また負けるもん。それよりさ、技教えてよ、技。幾、いろいろかっこいいのやってただろ」
「あー、あれね。うんいいよ」
御堀と幾久は喋りながら、サッカーの技を練習した。
「へー、じゃあストリートで遊んでたんだ」
「そう。オレはユース落ちてんじゃん、だからユースに残っていたダチと遊ぼうと思ったら、どうしてもそうなってさ」
でも楽しかったよ、と幾久は言う。
「おかげでこういう技も覚えたし、それはそれで面白いし、サッカー見るのも嫌いじゃないし」
「だよね。幾、ヨーロッパだっけ」
「そう。ほかの国はよく判んないなあ。誉はどこ?」
「国内と、あとは国内組が出ているチームは一応チェックするよ。ヨーロッパリーグもそこそこ。元ファイブクロスにいた選手が今一部リーグに居るから、そこはチェックしたりとか」
「そっか」
二人でボールを蹴りながら話をしていると、幾久はまるで多留人といる時みたいだなと思う。
昔、中学時代はよくこんな風に互いに喋りながら遊んでいた。
(そうだ!)
多留人とやっていたことを思い出し、幾久は話の中で突然技を決めた。
「なにそれ、かっこいい。前やってたやつだよね?」
「そうそう。けっこう難しいんだこれ」
幾久が得意げに腿でボールを高く上げると、御堀がむっとした顔になった。
「幾の使ってる技教えてよ。すごくかっこいいのいっぱいあったじゃん。あとムカつくやつ」
「ムカついたんだ」
「ムカつくよ。ものすっごくね」
本当に嫌そうに眉間にしわを寄せて言うので幾久は笑ってしまった。
「じゃ、オレも負けないように新しいの覚えないと。このくらいは誉に勝ちたいなあ」
御堀は言った。
「抜くよ」
「抜かれませーん」
「いや、絶対に抜く」
「無駄でーす」
言いながら幾久は得意げにボールを使って御堀を翻弄した。
御堀は悔しそうでも、やっぱり楽しそうで、汗をかいてボールに食いついてくる。
御堀と毎日、こうしてサッカーできたらいいのにな。
そう思って幾久はボールを蹴り続けた。
日が落ち、ボールが見えなくなるまで二人の遊びは続き、結局御堀はそのまま夕食もごちそうになった。
御堀を寮の門前まで送ると、丁度久坂と高杉の二人が部活から帰ってきた所だった。
「なんじゃ御堀、来ちょったんか」
驚く高杉に、御堀が頭を下げた。
「お疲れ様です」
「いや、チケット頼んだのはこっちじゃからの」
「どうせなら食事してったら?」
久坂の問いに、御堀は頷いた。
「さきに乃木君と、山縣先輩と一緒に頂きました」
「そうなんだ。ガタも一緒って珍しいね」
驚く久坂に幾久が答えた。
「なんか御堀君に興味があるっぽいっす」
「へえ」
「フーン」
久坂と高杉の二人が顔を見合わせた。
「じゃあ僕、失礼します。幾、児玉君にお礼言っといて」
「わかった。じゃあ気を付けてね。あ、海行っちゃ駄目だよ」
幾久の言葉に御堀が笑った。
「行かないよ。一緒に行くって言っただろ」
「そっか。だよね」
じゃあ良かった、と幾久は笑った。
「じゃ、また明日ね」
「うん。明日」
御堀がそういって出て行くのを、幾久は門の前まで見送った。
御堀の姿が見えなくなるのを、なんとなくさみしいなと思いつつ、また明日会えるからいいか、と門を閉じた。
「で、お前ら今日はどうじゃった」
高杉の問いに、幾久が頷いた。
「そうそう、誉がすごかったんですよー、金の力でどうにかしちゃって」
「なにそれ、面白そうだね」
久坂がくいついてきた。
どうせ二人には報告しなければならないので、幾久と高杉、久坂の三人は一緒に寮へ向かいながら、今日あった出来事をしゃべりながら、御門寮の玄関の扉を開けたのだった。
「ただいまー」
「ただいま」
「お帰り先輩ら、とオレもただいま!」
そういって幾久はスニーカーを脱ぐと、玄関を身軽にひょいとかけあがった。
歳月不待・終わり