男子校のイケメンと女子校のイケメン
演劇部の控えの部屋へ案内されると、以前と同じく大庭が待っていた。
「いっくん!いらっしゃい!御堀君も」
相変わらずイケメンでイケボだなあ、と幾久は思いつつ頭を下げる。
「茄々先輩、この前はありがとうございました」
逃がしてくれたことにお礼を言うと、大庭は首を横に振った。
「とんでもない!うちのセキュリティが甘くてああなったのに!二人は悪くないよ」
「そーそー。あれからこの建物の文化部が一気に結託してさ、もう絶対に誰も入れないってなったから安心していいよ」
ウィステリアの文化部は、この建物に思い入れがあるらしく、勝手に入られたことを皆相当怒っているとの事だ。
ドアがノックされ、女子が入ってきた。
以前、紅茶を持ってきてくれたメガネをかけた人だった。
「あ、そうそう、それと今日は紹介しとこうと思って。これまっつん。松浦っていうの」
髪を結んでメガネをかけている女子はぺこりと頭を下げる。
「あ、ドモ、乃木です」
「御堀です」
頭を下げる二人に松浦は頷く。
「知ってる。あなたたちの体のことは全部、なにもかも知ってる」
メガネをきらっと輝かせる雰囲気に幾久は驚くが、杷子と大庭が笑って告げた。
「なに脅してんのよ。あのね二人とも、まっつんはこう見えて裁縫すごいの。おじいちゃんが報国院の制服作っててさ。今回の二人の衣装も、この子が作るのよ」
えっと驚く幾久に、松浦はメガネをなおしつつ頷いた。
「二人を見たとき、絶対に、絶対に私の作った衣装着せるぞコノヤローって思ったから交渉した」
「交渉って、どことっすか?」
幾久が不思議に思って尋ねると、松浦は再びメガネをくいっと戻して言った。
「たまきん」
女子高生がたまきんとか言わないで欲しいと思いつつ、そこは突っ込まずに幾久は聞く。
「玉木先生と?」
「そう。玉木先生、うちの教師も兼任してるの。めっちゃ人気あるよ」
そういえばそんな話を聞いたことがあった。
「どうしてもやりたいって言ったら、いいわよって言ってくれたから。まあたまきんは断らないと思ったけどね!」
だからたまきんはやめろたまきんは、と思いつつ幾久は紅茶を啜る。
「まあ、まっつんの腕とセンスは信用していいよ。すごい気合入ってるから。本人こんなだけど、ほんと服のセンスは最高だから」
「まっつん様の妙技に酔いしれるがいい」
自分でそう言って松浦はメガネをくいっと戻す。
「実は前回お茶を運んだのもね、まっつんが二人見たいって言うからさ」
ナルホド、それでか、と幾久は納得した。
「おじいちゃんにお願いしてサイズは完璧におさえてあるし、サポートもお願いしてるから、最高の衣装用意できるから」
「ありがとうございます。楽しみにしています」
御堀が言うと、松浦が頷いた。
「イケメンに楽しみにされると捗る」
なんだか隠さない人なんだな、と幾久は感心した。
御堀が持ってきたチケットを出すと、幾久は驚いた。
確かに凄い枚数で、これ全部売れたのかと思うと計算するのが怖くなるくらいだ。
「すごい、っすね」
幾久に大庭が笑う。
「なに言ってんの。ここまで売れたのは、二人がバルコニーで演技したからだよ」
「そうそう。あれすっごい評判になってさ、絶対に見にいくって、話聞いただけでも食いつきすごかったし」
「ポスターもすっごい売れてる。私も買った」
松浦の言葉に幾久が驚く。
「え?ポスター売ってるんすか?」
幾久に御堀が答えた。
「そうだよ。問い合わせがあったから、販売するほうに切り替えたんだって」
さすが商売人の梅屋、売れると判れば即行動だ。
「ここまで話題だと、頑張らないとね。みんな期待してるよ」
そういう杷子に幾久は頷く。
「頑張るッス。ここまで来たら、なんとか成功させたいっスし」
最初は照れていたり恥ずかしかったり、御堀に戸惑ったりもしたけれど、今ではみんなが必死になって舞台を作ろうとしている。
その中で花形になるのだから、もうできないとか、無理なんて言ってられない。
「よーし頑張れ。おねーさん達も応援にいくからね!」
「そうそう、全部見に行くから。全部」
「え?三回とも、全部っすか?」
驚く幾久に杷子も大庭も頷いた。
「もっちろーん!絶対に見たいから、先にチケット全部買ったもん!」
舞台は二日間あり、しかも三回公演がある。
かなりハードだが、その全部のチケットを買ってくれたとは、ありがたい。
「マジ感謝っす。がんばります」
それに、と幾久は言う。
「本当に、このバルコニーで演技してからなんか世界が変わったんす。あれがなかったら、絶対にもっと変な感じだったと思っす」
あの時、御堀と一緒にバルコニーでロミオとジュリエットをやって、度胸もついたし、逃げ回ったのも面白かった。
「いい経験になったのなら良かったよ。あたしらもやっぱ、いい舞台見たいもん」
ねーっと顔を見合わせて、全員がにこにこと笑っている時に、事件は起こった。
「杷子!バナナ!まっつん!ちょっとやばい!」
ばたーんと扉を開けて入ってきた女子に、全員が驚く。
「ちょっとなに?折角イケメンとティータイムだったのに」
「そんなん参加させろや!じゃなくて、ばれた!」
「ばれたって何が」
大庭の問いに、入ってきた女子が告げる。
「決まってんでしょ。報国院のロミジュリがいま演劇部に居るってばれて、いまもう囲まれてる」
「えっ」
驚く杷子は、こっそりとバルコニーに近い窓を覗き込む。
「うわあ。静かだから気づかなかった」
確かに、バルコニーの下は女子で埋もれていて、ざわざわした空気だけがある。
「この前文化部がめっちゃ怒ったでしょ、だから入ってはこないんだけど、どの出入口もっていうか、全部全滅。囲まれて動けない」
少しずつ集まってきてたから気づかなかった、と女子は言う。
「騒いだらまた逃げられるから、おとなしく囲んどけば出てきてくれるかもっていま待ってるみたい。今は大人しいけど……」
どうする、と女子が尋ね、大庭と杷子は顔を見合わせた。
「さすがに今回はどうするったって」
「前と同じ逃げ方って、できないんすか?」
幾久が尋ねるが、杷子は首を横に振った。
「囲まれてるなら、出口も多分見つかる可能性があるし、あの出口はちょっと他には見つかりたくないのよね」
前回はバルコニー側と校門前に人が集まっていたから、見つからずにすんだのだという。
だが、今回は全部ぐるっと囲まれて、逃げようがないのだという。
「万事休す」
杷子がソファーにどっかり座って腰を下ろす。
「どーする?なんか考える?」
大庭も頭を抱えている。
「ロミジュリに演技してもらうとか?」
松浦が言うが、女子が首を横に振った。
「無理無理。そんなんしたら逆に身動き取れなくなるよ。人気はぐいぐい上がるだろうけど」
はーっと全員がため息をつきながら、それでもちゃっかりお茶を飲んでいるのは大物なのか、落ち着こうとしているのか。
「大丈夫ですよ」
そう静かに告げたのは、御堀だった。
全員が驚いて御堀を見た。
大丈夫、とはいったい何がどう、なのだろうか。
御堀は不思議そうな幾久に微笑んでもう一度言った。
「大丈夫だよ。ちゃんと逃げられるから安心して。こうなるかなって思って、先に手は打ってある」
それより、と御堀は続けた。
「大庭先輩と杷子先輩は、演技がとてもお上手だって聞いたので、僕達、指導してほしい場所があって」
「ほ、誉、メッチャ余裕かましてるけど、そんなんで大丈夫なの?」
心配する幾久に、御堀は「大丈夫だって」と笑う。
「それより肝心なシーンがまだ完成度低いのが気になっててさ。ウィステリアにこんなにもチケット売れたことだし、杷子先輩なら真面目に完成度上げてくれるって梅屋先輩も言ってたから、お願いしようかと」
杷子は言う。
「そんなん全然かまわないけどさ、本当に外、ほっといて大丈夫なの?」
「ええ。僕を信じて下さい」
にっこり王子様スマイルで微笑む御堀に、杷子も、そこまで言うなら大丈夫か、と御堀を信じることにした。
「よっし。じゃあ、みほりんを信じよう。私等のわからんことをなんか考えてるんなら、もう丸投げよ、丸投げ。切り替えて、ちゃっちゃと指導に入ろう!」
ぱんぱんと手を叩き、立ち上がった。
「お願いします。どうしてもそこは気になっていたので、ご指導いただけると」
「よっし!じゃあ部活モードに入るか!」
大庭も立ち上がり、伸びをした。
「じゃあ、あたしらはお暇するね。本当に大丈夫?」
心配げに松浦ともう一人の女子が聞くが、御堀はやはり、王子様スマイルで「お任せください」と答えた。
「イケメンの説得力ェ」
松浦が言うと女子も頷く。
「んだんだ、ここはイケメン様のお言葉に従うんじゃ。皆、帰るぞ」
そんな風に小芝居をしながら、松浦と女子は部室を出て行ったのだった。
御堀が気になっていたというシーンは確かにまだ完成度が低い、しかし重要なシーンではあったが、練習でも照れてしまって中々入れ込めなかったところだった。
杷子と大庭は、それはそれは熱心に指導してくれた。
「そーじゃないよいっくん!杷子の手の位置、よく見て!」
「はいっ!」
御堀役の大庭、そして幾久役の杷子は御堀の話を聞いてがぜんやる気になった。
熱血指導がすぐに開始され、その入れ込みようは多分、報国院の先輩の誰よりも熱い。
「みほりんはもっと、いっくんの腰をこう!」
「こうですか?」
「もっと、露骨なくらいでいいから!ぐーっと引き寄せて、体大げさなくらいにねじって!舞台じゃちょっとした動きなんか見えないから!」
「こうですか?」
「もっと!もっとよ、限界まで!」
「このくらい?」
「ああーいい感じ!もうちょいいける?」
「いけます」
「おおおおお、オレが限界に近いです!」
幾久が訴えるも、大庭も杷子も怒鳴った。
「限界を突破しろ!」
「ここを超えたらまた新しい世界が開くぞ!」
「はいいっ!」
必死に二人の指導について行ったのだった。