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試験の後は女子校へ

 試験週間は金曜日の午前中で終わる。

 最後のテストを終えたその日から、早速文化部は桜柳祭の準備に入る。

 幾久も児玉も、やっと緊張した試験週間を終えほっと溜息をつく。

「これでやっと、練習できるわー」

 伸びをして、児玉が言う。

「寮でやってたじゃん」

 幾久が言うと児玉が笑った。

「あれはアコギだからさ。やっと思いっきりギターの音が鳴らせる」

「いいなあ、タマは。それに比べて」

 はあ、と幾久は肩を落とす。

「どうしたんだ?」

「またオレら、ウィステリア行かなきゃなんないの」

 女子校の名前を聞かれないように、幾久がぼそっと言うと児玉も思わず声を落とした。

「マジで?なんで?」

「チケットの印刷ができあがったから、オレと誉に持って行けってさ。行くのはいいんだけど」

 前回、ポスターを持って行ったときに逃げるのに苦労したのを思うと、そう簡単に「さあ、行きましょうか」とはならない。

「今回は無事に逃げられるのかなあ」

 幾久はため息をつく。

 杷子に大丈夫か聞いてみたくもあるが、こっちも試験中ならあちらのウィステリアも同じく試験中だそうで、連絡を取るのもためらってしまう。

 学食に行くとすでに御堀たちが食事中だった。

「いっくん、こっち空いてるよー」

 三吉の声に、ありがたくそっちへ向かう。

 今日の定食を選び、児玉と幾久は御堀たちのいる席へ向かった。

 御堀に三吉と山田に入江、そして品川に瀧川といった地球部メンバーが勢ぞろいだ。

 四人掛けの席をふたつくっつけると、丁度全員で八人になった。

「試験お疲れ。どうだった?二人とも」

 三吉の余裕な問いに、幾久も児玉も首をかしげた。

「うーん、多分だけど」

「大丈夫って気がする」

 二人の言葉におお、とどよめいた。

「ってことは、ボクらの誰かが落ちるってことかな」

 にこにこととんでもない事を言う三吉に、山田が露骨に表情をゆがめた。

「やめろ、まだ中間だけだろ」

「いやー、実力って案外、もう出てるんじゃない?」

 ニヤニヤしながら三吉が言うが、山田は嫌そうな顔だ。

「俺は絶対に、落ちねーからな!」

「そういうのがもう落ちるフラグ」

「うるせーよ晶摩!お前と入江だって俺と似たようなもんだろーが!」

 その会話に御堀が苦笑している。

 そりゃそうだろう、ここに居る御堀と三吉、そして瀧川の三人は一年のスリートップなのだから、全く心配はない。

「普段から実力を高めておけば、なにも心配なんかしなくていいのでは?」

 瀧川が言うが、山田がうっせぇ、と肩をすくめる。

「その普段が必死にやっててこれなんだよ」

 山田は苛立ちながらポケットに手を入れて、ガジェットを取り出して遊んでいる。

 多分、また新しいライダーか戦隊もののグッズなのだろう。

「それより幾、今日の予定聞いた?」

「え?あー……うん、」

 御堀に言われ、幾久は微妙な表情だ。

「正直、行きたくない」

 前回の大脱走を考えると、面倒すぎる。

「まっ、いっくんって贅沢!折角の女子校なのに」

 三吉が言うが、幾久は呆れて言いかえした。

「だったら代わりに行ってよ(あまね)。ほんっと女子怖いんだけど」

 いくら女子とはいえ、あんなにアグレッシブな大量の女子はやはり迫力があって怖い。

 前回は杷子たちのおかげでなんとか逃げることが出来たけれど、今回はそう簡単に逃げられるのだろうか。

 だが、御堀は涼しげな顔で幾久に言った。

「多分、そう苦労せず逃げられると思うよ」

「え?なんで」

「いろいろ手を打っておいたんだ。ああ、そう、それで幾に頼みがあってさ。校門まで杷子先輩に、迎えに来るようお願いして貰ってていいかな?」

「前みたいに?」

「そう。頼むよ」

「大丈夫と思うけど」

 幾久は頷き、メッセージを送った。

 杷子からはすぐに返事が来て、近くに来たらまた連絡してねということだった。

「迎えに出てくれるって」

「うん、ありがと」

 御堀がにっこりとほほ笑む。

「じゃあ、いっくんもみほりんも今日は部活休みなのかあ」

 三吉が言うと、御堀が頷く。

「そう。後よろしく」

「みほりんは大丈夫だけど、いっくんは大丈夫なの?桜柳祭もうすぐだよ?」

「ちょっと今は言うのヤメテ。なんかもう、試験の内容を脳内で落ち着かせるのだけで精一杯なんだよね」

 御堀にスパルタ式に詰め込まれて、その後も先輩たちにチェックされて、とにかくこなすのに必死だった。

 試験は無事終わったが、桜柳祭の事を考えるとずっと頭が緊張しっぱなしのような気がする。

「正直、ゆっくり休みたい」

 試験が終わったばかりなのに、用事があるとはいえまたあの女子校に行くのは気が重い。

 さすがに今日は、以前みたいな寸劇はしなくても良いだろうけど。

「桜柳祭が終わったらゆっくりできるんだから、頑張って」

 御堀のちっとも励ましにならない言葉に幾久が顔をしかめると、瀧川がスマホでその表情を撮った。

「いい表情だね、幾久君」

「もー、やめろって不意打ちは。それアップしないでよ?」

「しないしない。でもすごくいい表情だから、そっち送るよ」

 瀧川はナルシストで自分大好きが高じていろんなSNSに自撮りをアップしている。

「別にいらないけどさ」

 そう言いつつも、幾久は瀧川の写真をスマホで受け取る。

 送られた自分の顔を見て、つい噴き出した。

「なにこれ。ひっでー顔」

「良い顔。アップしたいけど」

「だめ」

「了解」

 瀧川は上向きの顔でポーズを決め、自分のお気に入りのショットを探し、写真を撮り続けた。

「じゃあ幾、ぼちぼち行ける?」

 御堀に言われ、頷く。

「うん。大丈夫。じゃあ後よろしく」

「おう、行ってら」

「行ってらっしゃーい」

「気を付けて」

「女子に注意ダヨ」

 山田に三吉、児玉と瀧川に後を頼み、御堀と幾久の二人は食堂を後にし、ウィステリアへ向かったのだった。



 学校から御門寮へ向かう、つまりウィステリアに向かう道を御堀と幾久は歩いていた。

「試験、どうだった?」

 御堀に尋ねられ、幾久は苦笑した。

「多分、なんとかいけると思う。手ごたえはあったかなって」

「疑問形なんだ」

「そりゃそうだよ。誉じゃないんだから、確実に大丈夫ですなんて言えないよ」

 児玉と勉強していたので安心感はあるし、御堀にスパルタで叩き込まれたのもあって、ちょっとは余裕があった気がする。

「後期は鳳に来ないとね」

「そーなんだよ、でないとタマに置いてかれちゃうんだよな。オレ、ぼっちで鷹とか嫌だよ」

 いまのクラスに不満があるのか、といえばそこまででもない。

 あの嫌な鷹の奴は幾久と入れ替わりで鳩に落ちていたし、放課後は部活で忙しく、誰かと関わっている暇がなかった。

 運よく児玉が鷹に居てくれたおかげで、うまく過ごせているが、これがもし一人だったら面白くなかっただろうなとは思う。

「このままいけば、大丈夫なんじゃないの?桜柳祭が終われば安心して勉強に集中できるだろうし」

「うわー、桜柳祭終わってすぐ勉強はないわー、ゆっくりしたいよ」

 いくら桜柳祭の時しか頑張らなくていいとか言っても、その分すさまじく忙しい。

「ホント、雪ちゃん先輩もハル先輩も、超人じゃないかってくらい凄いよなあ」

 幾久はため息をつく。あのくらい、なんでもできたら気分がいいだろうなと思う。

 悩むことなく、迷うこともなく、何でもさっさと決めて行動して上手くやっているのは、才能なのかなと思ったりもする。

「見せないだけかもよ」

 御堀の言葉に幾久は顔を上げた。

「案外、僕みたいに装ってるのかなって」

「そっかなあ」

 そんなことはないだろう、と幾久は思うが、御堀が言うと説得力がある。

「時々、雪ちゃん先輩が切れそうになってるの見ると、案外同じなのかもなって思う事があるよ」

 御堀の言葉に幾久が驚く。

「えっ、雪ちゃん先輩、キレることなんかあるの?」

 いつも穏やかで、感情的になったところなんかみたことがないと思っていたのに。

「あんまり見せないけど、桜柳会では愚痴こぼしてるよ。誰かにむけてずっと、ってことはないけど」

「そうなんだ」

「雪ちゃん先輩って、御門の子にはかっこいいとこ見せようとしてるんだなっていうのは、見てて判る」

「そ、……う、なんだ?」

「そうかなって思っただけ」

「そうなのか」

 雪充とは寮も学年も違うから、そう知っていることは無い。

 幾久が一方的にあこがれているだけで、いつも何でもできてカッコいいと思っていたが、御堀のようにそれを『やっている』とは思わなかった。

「やっぱ、御門にしっかりしてほしいのかなあ」

「……そうなのかもね」

 そんな風に見えなくても、自分の見えないものがあるのだろうか。

 例えば、御堀がそうだったみたいに。


 ウィステリアの門が見えたところで、幾久は杷子にメッセージを送った。

 早めに出てきてくれるそうで、そこはほっとして門に向かうとすでに待ってくれていた。

「わこ先輩!」

「おっす後輩!試験おつかれ。どう?結果よさげ?」

「もー、トッキ―先輩が試験前にサッカーしに来て邪魔っした」

 杷子の彼氏である時山の文句を言うと、杷子は笑った。

「あはは。ごめんごめん。いっくんとサッカーすんのめちゃくちゃ楽しいみたいだから許してやって」

「試験前は止めるように言って下さい」

「わかった、言っとくね」

 それより、と杷子ははずみながら演劇部の部室がある、お洒落な煉瓦造りの建物へ向かう。

「チケットめちゃくちゃ売れて良かったね。うちの生徒、ほとんど行くんじゃない?」

「そうなんすか?」

「いっくん、チケットどんだけ売れたか知らないの?」

 幾久は首を横に振った。

「知らないっす。売上いいとは聞きましたけど」

 桜柳祭のチケット関係はお金先輩こと、梅屋の管理下にある。

 後輩である吉田が「お金先輩がめっちゃ浮かれてる」と言っていたので儲かっているのだろうとは思ったが、どこまでなのかまでは知らない。

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