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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
【1】喧嘩にはじまり、花見で終わる【合縁奇縁】
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気づかない運命の出会い

 入学式が終わり、幾久は意気消沈、というより打ちひしがれていた。


 変だ変だとは思っていたが、やっぱり変な学校だった。

 厳粛なのは確かに厳粛だが、途中でちょいちょいはさまれるネタが地味に辛かった。

 いい話もあったけれど、「おいおい、そりゃひでえ」みたいなネタもあった。

 そしてなにより驚いたのが、来賓席のお偉方だった。


 幾久が見たことがある、と思ったのも当然だ。

 来賓に居たのは、前総理大臣と、前々官房長官と、おまけに海上保安庁のお偉いさん、とにかく肩書が凄いメンバーだった。

 知らない人も県知事だったりなんだりとなんだかとにかく偉そうだった。


「県知事はともかく、なんで地方の高校にあんな偉い人が来るんだよ。ここ、防衛大学でもないのに」

 そう驚く幾久に、伊藤が言った。

「全部ここのOBだからだろ?」

「ええ?そうなの?!」

「そうらしいぜー。大学は東京だけど、高校はここ出身だって」

 そういえば父も高校はここで大学は東京だった、と幾久は今更思い出す。

「カメラも入ってたから、ニュースにも出るだろ。ローカルで毎年やってるし。ま、映るのはどうせ鳳だろうけどな」

 地方とはいえ、そういう学校なのか、と幾久は驚く。

「それより弁当取りにいこうぜ。えーと、乃木?」

「幾久、でいいよ」

 伊藤がトシ、と呼べというのに自分だけ苗字もな、と幾久は思う。

 それに少ないやり取りの中でも、幾久は伊藤の事が少し好きになっていた。

 おしゃべりだが、人当たりもいいし、悪い雰囲気もない。

 体がしっかりして大きいせいか、余裕みたいなものもある。

 いつか転校するつもりとはいえ、暫くは同じクラスな訳だし、仲良くやれたらいいな、と思ったのだ。

「じゃー幾久、学食行こうぜ」

「ん」

 スマホを見ると、すでに栄人からメッセージが入っていた。

『いっくんのおべんとゲットしてるよ!安心して来てね!』

「先輩?」

「ん。弁当とってくれてるみたい」

「じゃ、俺は自分のゲットしよっと。一緒に食うだろ?」

「多分」

 その場で食べるのか、持って帰るのかは知らないけれど、学食に行けば判ることだ。

 幾久は伊藤とおしゃべりをしながら学食へと向かった。


 仮入学の時に来た学食は、人が一杯だった。

 伊藤は弁当を受け取り、幾久は栄人を探し、仮入学の時に座った席あたりに向かう。

「あ、いたいた。いっくん、ここ、ここ」

 栄人はすでに席に座っていたが、いくつかのテーブルをくっつけて、他にも数名の人と喋っていた。

「あれ?トシじゃん。なに?早速なかよし?」

「知ってるんすか?」

 驚く幾久に、栄人は頷く。

「ハルの下僕だから。つか、このへんの連中はだいたい昔からのなじみだし。そっか、そういやトシは鳩だっけ」

「そうっす。なんとか」

「良かったなあ間に合って。絶対に千鳥と思ってたけど」

「つかやっぱ高杉すげえ。馬鹿トシをよく鳩にぶちこめたな」

「あいつ、こういうの上手いよなあ。教師向いてんじゃねえの?」

 感心している面々は、多分栄人と高杉の友人なのだろう。

「あ、紹介しとくね。これがうちのいっくんです!乃木幾久!乃木大将のお孫さんだよ!」

「お孫さん、ではないっす……」

 お孫さんのお孫さんとか、そのくらいじゃないかな、と思う。

 栄人の友人らしい人たちは、おお、とどよめいた。


「乃木さんとかすごいな。お帰り」


 お帰り、と言われて幾久は戸惑うが、その人は手を伸ばしてきた。

 ぎゅっと握手をする。

 手が大きく暖かい。

 そしてまたこの人もイケメンだ。

 瑞祥とは違うタイプで顔は整ってはいるけれど、どちからといえば精悍なタイプだ。


「僕は桂。かつら雪充ゆきみつ。三年、恭王寮。よろしく、いっくん」

「雪ちゃんはね、この前まで御門に居たんだよ」

 栄人の言葉に幾久が驚く。

「そうなんすか?」

「うん、でも恭王の世話役頼まれて、引越ししたの。寂しいよね」

「御門はほんっと、自由だったのになあ。一応、戻れるように届けは出すけど」

 難しいかもなあ、と桂は言う。

「せめて卒業は御門からしたいんだけど」

「難しいかもねー」

 がやがやと喋っていると、一年生らしい子が、お盆にお茶を入れたグラスを沢山載せて戻って来た。

「お、悪いねタマちゃん」

 タマちゃん、と呼ばれた一年生を幾久は見る。

 背はそんなに高くない。幾久と同じくらいだろう。

 目が大きいので愛嬌があるように見える。

 桂が言った。

「いっくん、紹介するけどこれがうちの恭王寮一年生の児玉。タマ、これが噂のいっくんだって」

 噂ってそんなになにか言われてるのかなと思ったけれど確認するのも面倒で、そこには触れず幾久は自己紹介した。

「乃木幾久です」

「児玉です、よろしく」

 にこ、と微笑んでいる。大人しそうな人だな、と幾久は感じた。

 それからも互いに紹介をしたが、一年生は伊藤、児玉、幾久の三人だけで、あとは二年と三年だけだった。

 互いに仲がいいらしく、いろいろ喋っている。

 内容は寮の事や知り合いの話、あとは一年生の話題もあった。

「いっくん、御門って寮らしくないだろ?」

 桂の問いに、栄人が答える。

「んなのまだわかんないよ。入って数日なのにさ」

「つか、今のメンバーが濃いスギだろ。いっくん、大丈夫?さすがの僕も不安になる」

「そのうち慣れるって。それにいっくんなら大丈夫。すでにガタを倒したし」

 ぎょっとする幾久だが、他の面々は楽しそうだ。

「そうそう、さっき聞いてめちゃくちゃ笑ったわ。ガタ相変わらずだよな」

「でもいっくんいい子だから、無視とかしないんだよ。ガタ、かなり気を使ってるよ、アレでも」

「ガタがゲームを一瞬でも手放すとか、すげえないっくん」

 なにがどう凄いのかは判らないが、あまりそのことは言わないで欲しいな、と思う。

 だが桂も栄人も、他の面々も楽しそうだ。

「いっくんさ、御門飽きたら恭王においでよ。うちなら一年生他にもいるし。ね、タマ」

「ダメダメ!いっくんはうちの大事な一人息子なんです!御門から一年生がいなくなっちゃうじゃん!」

 息子ってなんなんだ、と思ったが面倒なのでつっこまないでおく。

「一人ってのもなあ。なんでほかに入れなかったんだろうな?」

 二年生の問いに、栄人が答える。

「人数が他の寮で丁度良かったんじゃない?おれらだってギリッギリまで一年は今年入らないって聞いてたし」

「いっくんはイレギュラーってことか」

 そう言われてドキッとする。確かに自分はイレギュラーな存在だからだ。

「おれは嬉しかったけどね。後輩やっぱ欲しいし」

 それより弁当食おーぜ、と栄人が弁当を開ける。

「そうだ、忘れてた。飯食お、飯」

「タマちゃんがお茶もってきてくれたんだろ?ありがとうねー」

 にこにこと栄人が言うと、児玉がいいえ、とにこっと笑う。

 可愛がられるタイプなんだな、と感じる。

 それから全員、学食で弁当を食べた。

 弁当は味付けが薄めだったけどけっこう美味しい。

(ほんと田舎って、食べ物うまいって聞くけどマジなんだなあ)

 ここに来てから食事は一度も外していない。素材がいいのだろうと思う。

「あ、そうそう、そんでさ、今度御門と、恭王と、もしほかも希望者居たらみんなで花見しようって話してんだけど。いっくんもここ何年も花見してないって言ってたし丁度いいかなって。な?」

 栄人が言うと、他の上級生達が賛同する。

「いいね花見。いつする?」

「明日が月曜で代休だろ?明後日の火曜日は始業式で午前中だし……火曜日にすっか。火曜日の午後。どうせまた弁当だろ?」

 今日は日曜日だが、明日の月曜日は代休になっている。火曜日は始業式で、その午後は休みだ。

「また弁当出るんすか?」

 幾久の問いに、栄人も桂も出る出る、と答える。

「来週、つか、もう今週か。は、午前中で終わり。殆ど校内の案内とか部活の紹介とか、そんなんばっか。だから大体その週は弁当よ」

「自己責任だけど、持って帰ってもいいわけだから、弁当そのまま持って花見するってわけ」

 どこで花見をするか、あの寺が、いやいやあっちのほうが、と上級生達は喋り始める。

 今日、来る時に通りの桜が綺麗に咲いていて、まともに花を見たのはいつ以来だろうと考えて、思い出せなかった。

 子供の頃は造幣局の桜を見たこともあるのに。

 いつからか、母がお受験にのめりこみ、将来の為と言うのをそのまま受け入れて、そういうものかと思っていた。

 大学受験なんか才能じゃない。

 結局は作業の勉強で、作業効率のいい奴が受かるシステムだと幾久は思っている。

 とにかく早く東京に戻るか、もしくはそれに近いレベルの高校で大学受験の準備をしなければ追いつけなくなる。

(そうだ。父さんに言わないと)

 この学校を転校して、できる限り早く他の学校に行きたいという希望だけでも伝えておかなければ。

(弁当食ったら、父さんを探そう)

 父は同窓会のようなものがあると言っていたので、入学式の後、友人と会うはずだ。それが終わったら、ちょっとくらいは会えるだろう。


 弁当をもそもそと食べながら、幾久が考えている横で、栄人や桂は楽しそうに花見の話をしている。

 入寮した時はいろいろ頭にくることもあったけれど、学校の雰囲気も悪くないし、同級生の伊藤もいい奴っぽい。

 同じクラスなら、友人になれるかもしれない。

 それに、ここでは『無能な乃木の子孫』を言われないのかもしれない。

 言われたとしても、こんな風に嬉しそうに『乃木さんかあ』と言う人が居るならいろいろがんばれそうな気がする。


 はっと気付き、幾久は頭を横に振る。


(いやいや、頑張らなくていいんだって、オレ!)


 どうせ転校するんだから無駄な頑張りなんかしたって面倒なだけだ。

 いい人っていったって入学式から悪い人ばっかりなんて逆にまずすぎるし。

(絶対に、なんか、こう、絆されてる、そう、絆されてんだよ)

 乃木希典の子孫というだけで馬鹿にされた環境から、全く逆に来てしまったから、ちやほやされていい気になっているだけだ。


 そんなんじゃない。

 自分はただ子孫だというだけでなにかをしたわけでもないし、その人の歴史もろくに知らない。

 きっとここに居る面々のほうが『乃木さん』には詳しいのだろう。


(どうして、父さんも母さんも教えてくれなかったのかな)

 威張るような事でもないけれど、隠すようなことでもないはずだ。

 あまり父と話をしなかったのも悪かったのかもしれない。

 少しずつでもいいから、父に詳しく聞いてみようか。

 それにこの後、どうせ会わなけりゃいけないんだし。


 皆が喋っている間に幾久は弁当を食べ終わったので、すみませんと断ってから父にメッセージを送ってみた。

『ちょっと話したいんだけど、いまどこ?』

 父からの返事はすぐに戻って来た。しかし。

「はぁ?」

 驚いて声が出たのは、父らしくない内容だったからだ。

「どうしたの?いっくん」

 声を上げた幾久に栄人が尋ねる。

「いや、父さんからの内容がちょっと、つか、かなり変でどうしたのかと……」

「なに?見せて見せて。見ていい?」

 身を乗り出す栄人に、幾久は父からのメッセージ見せた。


『やっほおいっくん!ぱぱはねえ、まだこうどうにいるんだよぉ!こっちおいで(はぁと)』


 なんかへんなスタンプまで入っている。

 え?どうしたの父さん、一体何が。

 動揺する幾久の後ろから栄人が聞いた。


「……いっくんのパパって面白い人なんだね」

「いやいやいや。こんなのおかしいッス。こんな内容、父さんが送信するはずないっすよ」

 どう考えても父らしくない内容に幾久は戸惑う。

「講堂にいるんだろ?じゃあOBの同窓会状態だから変なテンションになってるのかも。それか誰かが勝手に打ったか」

 桂が言うと妙な説得力がある。栄人が言う。

「でも会っても無駄じゃない?毎年入学式後の講堂って手がつけられないし」

「手がつけられない?」

 どういう意味なのだろうか、と首を傾げる幾久に、桂と栄人は顔を見合わせる。

「見たほうが早いよ。一緒に講堂行こうか」

 桂に言われ、幾久は頷く。

 一体、講堂はどうなっているのだろうか。

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