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メーデー、メーデー、メーデー

 そばにいた児玉が、勉強の手を止める。

 幾久は普に尋ねた。

「帰ってこないって、どういう事?」

 どの寮も大抵食事時間は同じだ。

『わかんない。大抵、食事の時間には皆そろってるんだけど、みほりんだけいないんだよ。靴もないし』

「いないって、いつから?急にいなくなったの?」

『桜柳会の会合があったんだよ。いま試験期間でしょ?授業終わって、昼食とりながらの会議だから、すぐ終わって二時過ぎに寮に帰ってきてたんだよ』

「うん」

『で、寮で自習室で勉強しててさ。晩御飯食べるかって集まったら、みほりんだけいないの。これまでそんなこと一度もないから驚いて、なにかあったのかなって』

「スマホは、」

『部屋におきっぱ』

「書置きとか」

『全然ないし、そもそも伝言もないし。だからひょっとして、いっくんとこ行ってるのかなとか、なにか知ってるかなって思って』

 御堀の性格から考えて、いきなりなにかするとは思えない、と三吉が言う。

 幾久も頷く。

「なにか思い当たることは」

『ないよ全然。そもそもみほりん、最近楽しそうでメッチャ機嫌良かったし』

 意味が判らないし、もしなにか事件に巻き込まれていたら、と皆心配しているのだという。

 幾久は慌てつつも、えーと、えーと、と頭を一生懸命働かせた。

「なにか誉と話とかした?なんでもいいから、なんかいつもと違う話とか!」

 幾久が怒鳴ると、普が『ちょっと待ってね、聞いてみる』と寮に居る一年に尋ねた。

『あのさ、みほりんとなんか話したとか、いつもと違う話とか、なんかあったか、知ってるかっていっくんが。みそら、なんか知ってる?』

『俺が知ってるのって、寮の代表しないかって誉が言われた事くらいだぞ』

 向こうから声が聞こえ、幾久は思わず声を出した。

「それホント?」

 幾久の声が聞こえたのか、山田が覗き込んできた。

『ああ、誉のヤツ優秀じゃん?このままうちの寮に居るなら、二年になったら副寮長みたいなのやらないかって、三年から。試験が終わったらでいいから考えといてくれ、みたいな事』

 それだ、と幾久は確信を持った。

(誉、あんなにもプレッシャー抱えてたのに)

 地球部のこと、桜柳祭のこと、勉強の事、家の事。

 それだけでもいっぱいいっぱいだったのに、その上寮のことまで押し付けられるなんて。

 御堀がどんなに頑張っていたのかなんて、桜柳寮の面々は知らない。

 幾久だけが、御堀の愚痴を聞き、優等生をやっている努力を知っているのだから。

『いっくん、なんか判る?』

「……かもしんない。いや、たぶん、絶対判る!」


 御堀はまず間違いなく、あの場所に居るだろう。

 幾久は確信した。


「あのさ普、もし違ったら、三十分後にこっちから連絡するけど、なかったら安心しといて」

 幾久のはっきりとした言葉に三吉は安心し、ほっと息を漏らした。

『わかった。みほりんはいっくんに任せる』

「任せといて」

『寮のみんなには、大丈夫そうって伝えていい?』

「三十分後までに、オレから連絡がなかったらね。でも多分間違いないから」

 そう告げると三吉はわかった、と頷いた。


 こうしてはいられない。

 いくら秋でも日が落ちれば寒くなる。

 幾久は御堀の身長を考えて、以前先輩に貰った黒のジャージをひっぱり出した。


 いつの間にか、居間に高杉と久坂が来ていた。

 児玉がなにかおかしいと悟って呼んできたのだ。

「どうした、幾久」

「御堀君が行方不明です。でも多分、オレ居場所わかるんで」

 久坂が尋ねた。

「確信は」

「あります」

 高杉が尋ねた。

「御堀がいない理由は」

「それも多分」

「そうか。判った」

 幾久は高杉に言った。

「三十分して、もし違ってたらオレからハル先輩に連絡入れます。オレの思い違いで、本当に事件に巻き込まれてたら大変なんで」

「わかった。それと幾久」

「はい」

「御堀がおったら、御門につれて帰って来い。一晩くらい預かれる」

 高杉の言葉に、幾久はおもいきり笑顔になって、頷き頭を下げた。

「ウッス!ありがとうございます!ハル先輩!」

「おったら、じゃぞ」

「ウス」

 頷き、幾久はばたばたと支度を始めた。

 上着を着て、御堀の為のジャージを持ち、おやつの袋を適当に掴んだ。

 玄関に座り、スニーカーを履き、紐を結んでいると高杉が言った。

「それとな。御堀と手を繋いで帰って来い」

 いきなり何を言うんだ、と思ったが、高杉の顔は真剣そのものだ。

「えぇ?嫌っすよ!なんで?!」

「命令じゃ。でねーと、お前は寮に入れん」

「えー」

 高杉の命令は絶対に絶対なので、幾久はしぶしぶ頷いた。

「わっかりましたよ。そうします」

 もう、なんでなんだよ、と言いつつも幾久はつま先を床について、とんとんと靴を整えた。

「じゃ、行ってきます」

「おう、気を付けて行って来い。もうかなり暗いけぇの」

 さて、出かけようと玄関を出ようとした時、幾久はふと気づいて足を止め、振り向いた。

「あの、ハル先輩」

「なんじゃ」

「ロミジュリのポスターみたいに、恋人つなぎじゃなくても、良いっすよね、別に」

 幾久の言葉に久坂がぷっと吹き出し、高杉は苦笑して、「好きにせえ」とだけ答えた。



 幾久が寮を出てすぐ、児玉が高杉に尋ねた。

「俺、行きましょうか」

 すでに日は落ちて暗くなっているし、幾久が歩いていくというのなら近所だろう。

 場所の想像はなんとなく理解できる。

 自分たちも同じだからだ。

「そうじゃの。なんかあったら地元民がおらんと」

 高杉の言葉に、児玉はすでに準備していたらしく、小さなカンテラを持ち、上着を羽織った。

「場所判ったら、合流せず近くで待機します」

「おう。頼む」

 言うと児玉はすぐに後を追いかけた。



「タマ後輩なら安心だね」

 久坂の言葉に高杉が「そうじゃの」と頷いた。

 武道の心得もあるし、ボクシングもやっているしいざというときの度胸もある。

 このあたりの子供にとって、どんな場所も遊び場だ。

 幾久や御堀よりよっぽど地理に詳しい人がいれば安心だ。

「それより桜柳寮に連絡せんと。御堀を一晩、預かるとな」

 御堀がオーバーワーク気味なのは高杉も判ってはいたけれど、高杉自身もそうなっていたので、あまり気を使ってやれなかった。

 最近、幾久とうまくやれているようだったので、大丈夫だと油断もしていた。

「いっくんが御堀君を見つけたか、確認してからの方がいいんじゃないの?」

 久坂の問いに高杉が笑った。

「抜かせ。どうせそんな心配しちょらんくせに」

「まあね」

「……三十分したら連絡する」

 高杉と久坂はキッチンへ向かう。

 麗子に夕食を一人分、増やしてくれと伝えるために。



 幾久は小走りで海岸へ最短の道を向かった。

 この前御堀と通った道でなく、ウィステリアのテニスコート裏を抜ける、一番近い通りだ。

 駐車場があり、そこに自販機があるので幾久はあたたかいお茶を二つ買ってジャージのポケットに入れる。

 そして暗い中、ころばないように歩いていく。

 坂道を抜け、階段を歩き、そして御堀と過ごした海岸へと。



 真っ暗な中、じゃり、という自分の靴音と、迫りくる波の音が響いていて、階段に誰かが座っていた。

 ほっとした。

 どうやら、三吉にも高杉にも電話をする必要がなさそうだったからだ。

 人影に近づき、声をかけた。

「……誉」

 人影は振り返らず、膝をかかえ海を見つめたまま、返事をした。

「なに?」

 幾久は誉の隣に腰を下ろし、ジャージのポケットからお茶を出した。

「お茶飲む?あったかいよ」

「ありがとう」

 幾久からお茶を受け取ると、御堀は両手でそれを包んだ。

 やはり寒いのだろう、幾久は持ってきたジャージを御堀に渡した。

「けっこう寒いと思って持ってきた。着る?」

「うん」

 御堀は素直にジャージを羽織り、お茶を啜った。

「ここさ、入る前に自販機あんの。知ってた?」

「知らない」

 御堀は首を横に振る。

「あと、おやつ。オレのだけど食う?腹減ってるだろうと思って」

「食べる」

 幾久は袋を開けて広げ、御堀に渡した。

 お煎餅を御堀はぼりぼり音を立てて食べ、二人は無言で煎餅を食べながら、海を眺めていた。

 ざぶん、ざぶん、と迫る波の間隔は早い。

 夜の海は誰もおらず、波も暗闇の中で光を反射して、真っ暗な色の流れしか見えなかった。

 暫くして御堀が口を開いた。

「連絡があったの?」

「普からね。心配してた」

「そっか」

 そうして御堀は煎餅を食べ続けた。

 よっぽど空腹だったのだろうか。

 御堀は暫くして手を軽く叩いてかけらを落とし、ジャージのポケットに手を入れた。

「……なんでここが判ったの」

「誉、すごく気に入ってたみたいだし」

 それにね、と幾久は軽く笑って言った。

「ハル先輩と瑞祥先輩が、よく散歩でここ来るんだ。昔から、話とか頭の中整理したいときとか、二人でずっと居るんだって」

「そうなんだ」

 御堀は足を延ばし、ため息をついた。

「僕の事、連絡しなくていいの?」

「見つかんなかったら連絡するって言ってある。見つかったからしなくて大丈夫」

 そういって幾久も足を延ばす。暗い中、波がざぶん、ざぶん、と音を立てている。

 向かいの岸の港に明かりがいくつも灯っていて、時折ちかちかと点滅した。

「見つける自信あったんだ」

「なんとなく」

「いい加減だなあ」

「いいじゃん、見つかったんだし、実際居たし」

 そういって幾久はお茶を飲む。

 さっきまで温かかったのに、もうぬるくなりはじめていた。

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