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女子校の美少年

 ちらちらと視線を感じつつ、案内されたのは本校舎でなく煉瓦造りの古い建物だ。

 中に入ると、かなり天井が高く広く感じた。

 作り付けのヒーターにシャンデリア、木製の手すりにドア。

「おっしゃれだなあ」

 幾久が感心して言うと御堀が「本当だね」と頷く。

 床はタイル張りで、モザイクの模様が入っている。

 そこまで豪華ではなくとも、雰囲気は上野の博物館のミニチュアのようだ。

 ロビーに靴用のロッカーがあったが、杷子がスリッパを出した。

「スリッパにはきかえて、靴はそのまま持ってきて」

「あ、ハイ」

 ドアを開けて中に入ると、まるでドラマに出てくる昔の、たとえば明治や大正といった風な雰囲気の木製のドアが連なり、ドアノブなんかは金色の丸いひねるタイプのもので、どこもアンティークな雰囲気だ。

 入口そばにある階段を上り、二階へ向かう。

「ここは旧校舎って呼ばれててね、殆ど文化部の部室になってるの。うちの他にも、美術部とか音楽部とかがあるよ。煉瓦だから防音の効果もあるんだって」

「そうなんすか」

 幾久の所属する地球部も、実はここと同じく煉瓦造りの建物なのでどの学校も使い道は似たようなものなのかな、と思う。ただし、ここまで立派ではないが。

 杷子が二階の部屋の前で立ち止まった。

「はい、この部屋へどうぞ」

「おじゃましまス……」

 どれだけ女子がいるのだろうか、とおそるおそる入ったのだが、そこに立っていたのは一人だけだった。

 大きな木製のアンティークテーブルと椅子からさっと一人の女生徒が立ち上がった。

「いらっしゃい、待っていたよ」

 少年かと一瞬疑うほどの、ハスキーボイスに幾久は一瞬驚く。

 握手を求め手を伸ばし、幾久と御堀のほうへ歩いてきた女生徒は確かにスカートをはいてはいるものの、幾久よりも背が随分と高く、ショートカットの髪にすらっとしたスタイル、美少年とも言っていいハンサムな顔立ちに幾久はつい、言葉が口から出てしまった。

「イケメン……」

 あ、しまった、と思った瞬間、杷子が噴き出した。

「あはははは!いっくん、正しい感想!」

「あ、すみませんすみません!そんなつもりじゃなくて!いえ不細工とかじゃなくて!あの」

 慌てて首を横に振るも、イケメンと幾久に称された女生徒は無表情のままじっと幾久を見つめていて、幾久は怒らせてしまったのかな、と不安になる。

 が、その人が見ていたのは幾久の名札だった。

「乃木、君?」

「は、はい!乃木幾久です!」

 つい背筋を伸ばすと、じっと見つめられたのだが。

「さっき、イケメンって」

「は、はい!つい、あの、すごいイケメンだなって、あ、あのすみません本当に」

 テンパってしまって何度も頭を下げるのだが、その様子をじっと見ていた女生徒はひとことぽつり呟いた。

「……カワイイ」

「へ?」

 思わず顔をあげると、女生徒はこれまたハスキーなイケボで呟いた。

「ごめん」

 と、言うといきなり幾久を抱きしめた。

「は?え?へ?」

 いきなり女子高生に抱きつかれたものの、体が幾久より大きいうえに骨太な体で、決して男性的ではないがひ弱でもない。

 それでもかなり爽やかなシトラス系のいい香りがして幾久は思わずふわあ、となった。

「あっ!ゴメン!つい!」

 女生徒は幾久から離れたものの、幾久の両腕をしっかりつかんだままだ。

 杷子は爆笑しながら腹を抱えて笑って言った。

「あのねーいっくん、それうちの部長で、大バナナ。見ての通り筋金入りのショタコンだから」

大庭おおば茄々(なな)です。苗字か名前か、どちらかで呼んでくれたら嬉しいな、いっくん」

「……ハイ、」

 いきなり抱きつかれたのに、女子高生に抱きしめられたという気がしないのはなぜだろうか。

 まあ、悪い気はしないし、失言を怒られなかったのはほっとしたが。

「こっちもかっこいい子。君が御堀君?」

「はい、御堀誉です。よろしくお願いします」

 ぺこっと頭を下げる。御堀と大庭の二人が一緒に並ぶと、まるで報国院にいるみたいに見えた。



 部屋にある応接のソファーに全員が腰を下ろし、幾久は持ってきたポスターケースををテーブルに置いた。

「ポスターは、とりあえず二十枚あります。先輩が持ってけって」

「うん、そのくらいあっても大丈夫よ。ありがとうね。ちょっと中身見てみようか」

 大庭が言ったところで、誰かがドアをノックする音が聞こえた。

「あ、たぶんお茶が来たよ」

「あたし行くよ」

 杷子が立ち上がりドアを開けると、メガネをかけたこちらも髪を結んだ女生徒が入ってきた。

「ありがとー」

 杷子がトレイを受け取ると、女生徒は幾久と御堀を一瞥し、無表情のまま、ぺこりと頭を下げて部屋を出た。

 四人分の紅茶が入れてあり、受け皿の所に袋入りのビスケットがついていた。

「どうぞ召し上がれ」

「いただきます」

「いただきます」

 御堀と幾久はありがたくお茶とお菓子を頂くことにした。


 お茶を飲みながら幾久は杷子と大庭にチケットの事を相談した。

「うん、チケットはある程度は大丈夫よ。最低限の枚数はウチの部と他の文化部で確実にはけるから、そこまで心配しなくてもいいよ」

 杷子の言葉に幾久は「良かった」と胸をなでおろす。

「先輩が、チケット売れなかったら自分で払えってメッチャ脅すから、びびってました」

「大丈夫だって。いっくん、ハルちゃんにからかわれたんだよ」

 高杉の事をハルちゃんと呼ぶので、大庭も高杉と幼馴染なのかもしれない。

「ただまあ、去年ほどの売り上げを狙うっていうのはねえ。うまくいけばって感じだけど」

 杷子が言うが、大庭は静かに紅茶を飲んで言う。

「大丈夫じゃないかな。だって出るのいっくんでしょ?絶対にうけるよ」

「そうかもだけど大バナナ」

「名前と苗字の間に一拍置いてってば」

 2人のやり取りをみていると山田と入江の、『山田みそ』『入江万頭』を思い出してしまう。

 どこも似たようなことやってるんだなあ、演劇部ってどこも似るのかな、と思っていると御堀が尋ねた。

「女子校で効果的な宣伝方法って、なにか思いつきますか?」

「うーん、あ、ポスターがどんなのかにもよるかな?見せて見せて!」

「そっすね」

 幾久はポスターケースからポスターを取り出し、机の前に広げた。

 杷子と大庭がポスターを見て押し黙り、じっと互いに顔を見合わせ、大庭が口を開いた。

「……ロミジュリ?」

 こくんと杷子が頷く。

「ロミオ?」

 大庭が御堀に尋ねると、御堀は「はい」と頷く。

「ってことは、まさかのいっくんが?」

 幾久は嫌々ながらうなづいた。

「はぁ、まさかのジュリエット、っす」

「うばぁ」

 変な声をあげて大庭がのけぞった。

「大バナナ、大丈夫?」

「これが大丈夫でいられるか……」

 はあ、とため息をつくも、その声はやっぱりハスキーだ。

「ロミジュリって。ロミジュリって。ロミジュリって」

「なんか変っすか?」

 幾久が尋ねると、杷子が頷いた。

「いや、単純に珍しいのよ。地球部がシェイクスピア劇と歴史劇を一年交代ってのは知ってるし有名なんだけど、シェイクスピアでしかもばりばり恋愛ものでしょ?大抵マクベスとかリア王とかだし。よりにもよってロミジュリって」

「それはその、それ、オレが言っちゃったから」

「えっ?!いっくん、ロミジュリやりたかったの?」

 大庭が驚いて尋ねるが、幾久は首を横に振る。

「まさか。何でもいいからシェイクスピア劇って言われてそのくらいしか知らなくて」

 適当に答えたのにそれに決まって、しかも自分がジュリエット役になるとか考えてもいなかった。

 知っていたらもっと前準備をして、もっと違うものにしたのに。つくづく自分の安易さを呪うしかない。

 ポスターを広げながら杷子が言う。

「でもこれ、いいポスターじゃん。これって外部にデザイン発注出したの?」

「いえ、先輩が美術部かなんかに頼んで作って貰ったって。もー、なんでオレと御堀君の手の写真なんか撮るんだろって思ってたけど、こういうのに使う為とか」

「おい待て」

 杷子が言った。

「ちょっと待て」

 大庭も言った。

「へ?」

「いまなんつったいっくん」

「え?こういうのに使う為」

「違う!その前!」

 その前って、えーと、と幾久は思い出しながら答えた。

「美術部に頼んで作って貰った」

「ちっげーよ!その後だ後!」

 杷子が言い、幾久はえぇ?と首をひねった。

「オレと御堀君の手の写真なんか」

「ハイ!待った!待った待った待ったぁあああ!」

 杷子が両手を広げストップをかけ、大庭は頭を抱えている。

「あんたらの手?」

 大庭の言葉に幾久は頷いた・

「そっすけど」

「恋人つなぎして?」

 杷子が尋ねると御堀が答えた。

「そうですけど」

 杷子と大庭は顔を見合わせた。

 そして一言ぽつりとつぶやいた。

「……ヤバいよ」

「そう、ヤバいよこれ絶対戦争おこる」

 2人の言葉に幾久は落ち込んでしゅんとなった。

「そんなにオレがジュリエットって、ヤバいっすか」

 やはり男でジュリエットはうけないし、頑張ってもダメなのかな、一生懸命練習してるけど、やっぱおかしいのかな、と落ち込むと大庭が頷いた。

「ヤバいなんてもんじゃないよ、どーすんのいっくん。これ絶対に報国院の歴史に残るよ」

 そんなにもチケットが売れないと断言できるくらいにまずいのか、と幾久はざっと顔色が青くなる。

(やっぱり、どんなに頑張っても、オレじゃ無理なのか)

 御堀の演技は問題ないし、他の面々に関しても大丈夫なはず。だけど自分だけはやっぱり、駄目なのか。

 一生懸命やってるつもりだったけれど、自分なんかがジュリエットというだけで、報国院の歴史にすら泥を塗るような真似をしてしまうことになるのか。

 だったらどうして、高杉や久坂は幾久を主役から降ろさないのだろう。

 こんなにも完全に断言されるほど、幾久がジュリエットになるのは無理だと言うのに。

 なんだか落ち込んでしまい、ぼそっと幾久はつぶやいた。

「オレ、けっこう頑張ってるつもりなんすけど」

「よけーにヤバいじゃん!」

 大庭が言うと、なんだかものすごく傷ついてしまい、幾久は本気で落ち込んだ。

(演技とか見られてないのに、部長さんにこういうの断言されるって、オレ相当才能ないんじゃん?ガチヤバい。どーしよう。今更主役変わってくれとか、言っても無理なのかな)

 これだから久坂も高杉も幾久に厳しくあたるのだろうか。きっとそうだ。

 幾久が一人頭を抱えて落ち込んでいると、御堀が口を開いた。

「乃木君、どうしたの。様子、変だけど」

「え?……ああ、うん。ちょっと」

 さすがにお前はダメだとはっきり言われるのはきつい。

 一生懸命やってきたからこそ余計に。

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