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ロミオと男子ジュリエット、共に女子校に出撃す

 地球部の練習日である土曜日、幾久は毎度のごとく先輩たちのスパルタ教育を受けていた。

 御堀が午前中は桜柳会に行くので久坂と高杉が御堀の役であるロミオの代役をやってくれたのだが、怒鳴られてばかりだ。

 必死についていき、なんとかセリフは完全に覚えていることは自分でも自信があるが、正直言えば、二人の勢いに押されて出てきたような気もする。


「よし、午前の部活は一旦休憩じゃ。休憩取ったら一時から再開する」


 高杉の声に、全員がはーい、と返事をした。

「幾、飯いこーぜ」

「うん」

 山田が声をかけてきたので幾久は頷き、食堂へ向かう。

「あー、疲れた」

「いっくん、しごかれてたもんねえ」

「ホント先輩らひでーって。オレにはあたり、つえーもん」

 実際、二年の久坂、高杉のコンビは幾久に対するあたりが強い。

「仕方ないじゃん、同じ寮だとそうなるよ、どうしても」

 そう三吉が言う。それは幾久にも判るのだが、できる二人にガンガン叱られると流石に凹む。

「幾は主役だからな。覚悟決めてかねーと」

「もー、ホントなんでオレが」

「今更、今更」

 そう一年連中は笑っているが、幾久には不安ばかりだ。

「そりゃオレが不出来なのはオレのせいだけど、御堀君はとばっちりじゃん」

 なんとかしないと、とは思っている。

 御堀のおかげでフォローはしてくれるという信用はある。だけど、御堀の負担はきっと大きい。

「今日も桜柳会だろ?忙しいよな」

「折角の土曜休みでもねえ。桜柳祭まで時間ないし、しかもその前にテストもあるし」

「そーなんだよなぁ……」

 大がかりな文化祭があるからといって、試験の手を報国院が休めてくれるかといえばそうでもなく。

 しっかり桜柳祭の準備期間に定期テストも行われる。

 幾久にとっては来期の鳳を狙う大切なチャンスで、勉強に集中したいのだが正直それどころじゃない。

「あ、みほりん来た。こっちこっち!」

 三吉が手を振る。丁度御堀も桜柳会を終えたのか、昼食をとりにきた所らしい。

 ところが御堀は、一緒に居る雪充を一瞥すると、三吉に軽く首を横に振る。

「あー……ご飯中も仕事ってことかぁ」

 笑顔でごめん、と謝る御堀に、三吉もいいよ、という風に手を振るが、幾久は驚く。

「ご飯なのに仕事なの?」

 山田が答えた。

「だってアイツ、寮でもめちゃめちゃ色々仕事やってる。あんまり忙しそうだから、茶碗洗いの当番とか俺ら代わってるし」

「そんなに?」

 三吉が頷く。

「もうずーっと。勉強して、仕事して、遅くまで書類とにらめっこしてる。最近疲れが凄そうで」

「なんか手伝おうかって言っても、伝えるのがかえって面倒だからってさ」

 品川も参加して言う。

 基本、誰かを進んで手伝うことのない品川でもそう言うくらいなら相当なのだろう。

「体大丈夫かな」

 幾久が心配すると、三吉が答える。

「最近はわりとギリギリまで寝てるからってみほりんは言うし、実際けっこう遅くまで寝てるけどね」

「そっか……でもだったら、せめて今日は迷惑かけないようにしないとなあ」

 幾久がため息をつくと、「席、いい?」と声をかけられ、振り向くと立っていたのは御堀だった。

「御堀君?」

「仕事終わったから、こっちに移動させてもらった」

 三吉と山田が軽く移動し、幾久の隣の席を譲った。

「御堀、飯、今日の定食でいいか?」

 そう言って立ちあがったのは山田だ。

「うん、ありがとう。あ、あとお茶も頼んでいい?」

「まかせて!」

 三吉が頷き立ち上がる。二人は御堀の昼食を代わりに取りに行ったのだった。

「同じ寮って、連携凄いね」

 幾久が言うと御堀が微笑んだ。

「二人が気遣いすごいんだよ。寮でも助けてもらってる」

「助けて貰って丁度いいんだよ、御堀君は。桜柳会も地球部もって大変じゃん」

 地球部だけでも荷が重い幾久にとって、御堀はまるで違う人種に見える。

 だけど、同じ寮の山田や三吉や品川がこうして気を使っているのなら、きっと無理をしているのだろう。

「はい、みほりん、お茶と定食」

 山田と三吉がお茶と定食を運んできた。

「ありがとう、助かるよ」

「大したことねーって」

「そうそう、みほりん昼からウィステリアでしょ?しっかり食べておかないと!」

 そう、幾久と御堀は二人で昼食を終えたら今日はウィステリアに行かなければならない。

「乃木君がいるから大丈夫だよ」

 ね、と言って御堀が笑うが、幾久はどうかなあ、という表情だ。

「おい幾、そこは自信なくても『まかせろ!』って言えよ」

「ないものは言えないよ。ポスター運びはするけど」

「無理しなくていいよ」

 御堀が言うが、幾久は胸を張る。

「大丈夫!オレ、先輩にポスター運び用の便利な道具、借りてきたから!」

 三年の山縣は変なスキルをいろいろ持っているので、『ポスター運べる便利道具ありませんよね?』と尋ねたら『テッテレー、ポスター運びケースー』と本当に便利道具を出してきた。

 正しくは製図用のケースらしいが、使えるのは確かなので幾久はそのケースにポスターを入れて準備している。

「御堀君は身ひとつでいいからね!」

「わかった」

 そういうと御堀は食事を続けた。



 まだ部活がある皆と別れ、御堀と幾久の2人はウィステリアに二人で向かうことになった。

 ウィステリアは御門寮の近くなので、幾久にしたら見慣れた場所だ。

「御堀君は地元じゃないから道知らないんだっけ」

「うん。でもたまに先輩と散歩してるから。寮の近くとか、鯨王寮のあたりはもう詳しいよ」

 鯨王寮は時山も所属している、サッカー選手も居る寮だ。

「たまにサッカーしたくならない?」

 幾久に言われ、御堀は少し首をかしげる。

「そういえば、報国院に来て全くボールに触ってない。ボールないし、忙しくて」

「御堀君仕事多すぎだよ。部活、殆ど来れてないし」

「ごめん。行きたいんだけど」

 謝る御堀に幾久は慌てて首を横に振った。責めるつもりではなかったからだ。

「そうじゃないよ、御堀君は完璧だからオレがどうこう言う立場じゃないけど。なんかめちゃくちゃ忙しそうでさ」

 御堀は頷いた。

「実際忙しいよ。正直、ハードだなって思う」

 ため息をつく姿に、ひょっとしたら御堀は幾久が思うよりずっと大変な目にあっているのじゃないのかと感じた。

 せめてちょっとは気分を楽にしてもらおう、と幾久は話しかけた。

「あ、あのさ、実はウィステリアにオレ、知り合いがいるんだよね、そんで」

「彼女いるんだ?」

「ちっ、違うって!そんなのじゃないよ!」

 慌てる幾久に御堀は楽しそうに笑って突っ込む。

「照れなくてもいいよ。そっか、乃木君彼女いるのかあ」

「本当に違うって!先輩の彼女だって!オレのじゃなくって!」

 ぶんぶんと慌てて首を横に振りながら言う幾久に、御堀は肩を揺らして笑って告げた。

「なぁんだ、残念。乃木君の彼女見たかったのに」

「もー、御堀君冗談きっついよ。そんなのいるわけないじゃん」

「そう?女子校近いし、乃木君モテそうなのに」

「御堀君が言うと嫌味に聞こえるよ、もう」

 でさ、と幾久は慌てて話を切り替えた。

「先輩の彼女さんが、ウィステリアの演劇部の副部長さんでさ。昨日お願いしておいたから、校門で待ってたら迎えに来てくれるし、部室も最低限の関係者しか居ないから安心していいよって」

「そうなんだ」

 今日は土曜日で、たまたま報国院は休みだったがウィステリアはそうではなく、だが午後からなので部活の生徒しかいないだろうという事だった。

 それでも男子が校内に居ると下手に目立つかも、ということで、幾久の意向を組んだ時山の彼女の杷子が気を使ってくれるそうだ。


「職員室は本校舎の中だから、本当はそっちで許可貰ってから行くべきなんだけど、彼女さん……わこ先輩って言うんだけど、うまいこと人目につかないように部室に案内してくれるって」

「そっか。だったら少し気楽かもね」

 御堀が笑顔を見せたので幾久もほっとする。

 この外見なら、絶対に女子校なんかに行こうものなら一目ぼれする女子が出てくる。なんたって、見るからに王子様然としてるのだからそれはもう間違いない。


「校門の前についたら連絡しろって言われてるから、そしたらすぐに来てくれるって」

 そっか、という御堀に、幾久はちょっとは御堀の役にたてたかな、と思ったのだった。



 さて、そうして歩いて十五分程度でウィステリアに近づいた。

 さすが、帰宅時間を過ぎたとはいえ女子校に近づけば女子が存在する。

 校門に近づいて行くと制服姿の女子たちがちらちらとこちらを気にかけているのが嫌でも判るし、御堀君を見て、みて、あの人かっこよくない?と言っている声も聞こえる。

(やっぱり)

 報国院だ、鳳クラスだ、かっこいい、という声がひそひそ聞こえてくる。

(帰りてぇー)

 ポスターを丸めたケースを背中にしょった自分の姿を妙に気恥ずかしく感じてしまう。

 校門前に到着したので幾久はすぐさま杷子にメッセージを打った。

 メッセージはすぐに既読のマークがついて、変なクマがダッシュするスタンプが押された。

 すぐ迎えには来てくれるのだろうけれど。

(ああもう、わこ先輩、早く来てくれぇえええ)

 こうしてほんの何秒かの間にも、御堀はしっかり注目を浴びている。

 あれ、男子?という雰囲気から女子たちが、あ、という顔になり、御堀をちらちら覗き見ては小声で楽しそうに友達としゃべっている。

 帰ろうとしていた女子が校門のバス停前に立ち止まり、さもバスに乗ります、みたいな顔をして御堀を見ている女子も居る。

(わこ先輩ぃ、もう早く来てマジで)

 まだ数分も経っていないのに、幾久は限界を感じている。もう帰りたくてたまらない。

 おろおろとしていると、着信が入った。

「もっ、もしもしっ!」

「はーい、到着したよお待たせ」

 耳元と目の前で同時に声がして、幾久はばっと顔を上げた。

 昨日画面越しに会った、時山の彼女の豊永杷子だった。

 昨日は部屋着だったが、今日は当然だがちゃんとウィステリアの制服に、前髪を片方編み込んできれいなストレートヘアーを肩におろしていた。

「あの、おつかれさま、っす」

「はぁい、おつかれぇっ、今日はよろしくね!」

 にこにことほほ笑んでいる女生徒に、幾久はぺこりと頭を下げた。

 そして御堀も「お世話になります」と見惚れるほどに美しいお辞儀をしてみせたのだった。

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