頼りになるのはやっぱり先輩(但し面倒くさい)
幾久はお金先輩に、女子校に行く事、宣伝の必要があること、御堀君に負担がかからないようにしたいことを手短に説明した。
お金先輩から質問が来た。
『で、いますぐいくら払える?』
「えー……今すぐって」
いますぐ、というならオンラインマネーで、残高を確認すると五百円ちょっと残っていた。
『五百円くらいっす』
幾久がそう送ると、お金先輩から返信が来た。
『おっし、じゃあ五百円分の情報教えるわ!』
あまり大金をかけるのもどうかだし、そもそも情報が使えるのかどうかも不安だ。
幾久はお金先輩にお金を送った。
お金先輩は自分にお金が届いたのを確認すると、幾久にまいどあり、領収書は後日ね、と告げた後、答えを送ってくれた。
『答えはトッキ―にあり』
「なんだそりゃ」
思わず声に出てしまったくらい、幾久には意味が判らない。
『なんすかそれ、五百円でそれっすか?それだけっすか?』
『それだけだってけっこうなサービスだぜ後輩。ほら早くしねーとトッキ―つかまんねーぞ。じゃーお支払あんがとさんでした』
意味が全く理解できないが、お金先輩が言うのならなにかあるのかもしれないと、幾久は慌てて時山にメッセージを打った。
かくかくしかじか、お金先輩は時山に聞けと。
すると時山は、すぐに返事をよこした。
『今夜そっちいくわ!早めにね!』
「あー……」
助けてはくれるのかもしれないが、助けになるかどうかは判らないな、と幾久は諦めの境地になった。
「ってわけでぇ、ちょっと早めにお邪魔しまーっす!」
ちょっともなにも、ぼちぼち皆は寝ようかな、という時間なので、時山には早く、普通に遅い時間帯だ。
一応、お客なので暖かいお茶を出して、幾久は時山に尋ねた。
「トッキ―先輩がなんで関係あるんすか?」
「答えは簡単だよ!おいらの彼女、ウィステリアだもんね!」
「えーと、ご協力いただける、という意味なんすかね」
確かに誰も知らないよりは、知り合いの知り合いでも居てくれた方がありがたいが、果たして幾久の助けになるのだろうか。
「もっち!絶対に協力してくれるよ!それにいっくんの役には絶対に立つって!いっくんにメッチャ感謝してるからね、カノジョ!」
時山の彼女はオタクで、幾久が夏コミで買ってきた本はほぼ全部、時山の彼女の買い物だった。
一応伝達でくれぐれもお礼を、と言ってるとは知っていたし、幾久に奢ってくれといくらか山縣に預けようとしたのを幾久は断っている。
「じゃあ、一体何を」
「おいらの彼女、ウィステリアの演劇部の副部長だよ?」
「え?は?マジで?」
時山は頷く。
「そうだよー。だからいっくんが来るなら滅茶苦茶喜ぶし、いろいろ協力してくれるよ。というわけで、いまから連絡しまーす」
「は?え?あの」
時山はスマホを差し出した。
「もしもぉーし!わこちーん!」
テンション高めにスマホに向かった時山のスマホの画面に、高校生のお姉さんが映った。
『はぁーい、直ちーん!』
「ってわけでぇ、こちら、報国寮になりまぁす」
『デュwwwwフwwwwフwwwww禁断のwwww男子寮でwwwwござるwwwwフッフゥwwwwテンションwwww爆上がりでござるwww』
「いやーおいらの寮も男子寮のはずなんだけど」
『ばっ、おま、もはや青年が主の鯨王寮と一緒にすんなし!青少年!高校生!少年!去年は中学生!御門寮はパラダイスか!!!』
2人のやりとりに、幾久はげんなりと言う。
「ガタ先輩かと思った」
「まー、わこちんもガタも同じ種族の人間だからね」
『王国が同じだけで、一応種族は微妙に違う!それよかいっくん見せてよ、いっくーん!おーい!』
テンションはさすが彼氏の時山に似ている。
頭にタオル地のヘアバンド、もこもこの部屋着を来ているが、山縣が見せたあの告白女子みたいなエロい恰好ではなくほっとする。
ちょっと長めのストレートヘアーに、ふつうに可愛い部類に入るお姉さんだった。
出てくる言葉が山縣に似ていることを除けば、だが。
「……こんばんは」
『はーいこんばんは!豊永杷子でーす!わこ先輩って言ってみ?はい!』
「……わこせんぱい」
『フーwwwwwww昨年まで中学生男子の破壊力ぅwwwwww』
「もう切って貰っていっすか」
「わこちん落ち着いて、いっくんが引いてる」
『わかった。落ち着く』
そういうと、スン、と静かになる。
こういう落差の激しさも山縣によく似ていて、ちょっとなんだかな、と思う。
時山がちゃぶ台の上にスマホを置いた。
斜めになるように置いているので、問題なく話は出来た。
『で、問題ってなに?明日、いっくんと御堀君?っていう子が来るってのは、部長から聞いてるよ』
「実は……」
幾久はかくかくしかじか、と説明した。
『なぁるほど、確かに去年は瑞祥&ハルちゃんコンビですさまじい人気だったけど、今年はそこまでいくかどうかは判らないってことね』
「そうなんす。一応、ポスターはあるんすけども」
明日、そのポスターを持って行って、ウィステリアの演劇部に説明するのは決まっている。
ただ、チケットの売れ行きがどうなるのかは正直不明だ。
流石に杷子も頭を抱えた。
『こればっかりは、どうこうって私がなにか言ってもねえ。ポスター事件はそりゃもう、あれ反則みたいなもんでね。あれの騒ぎが酷かったんで、今年から報国院の生徒は校内歩かせるな、ポスターはうちらで貼りなさいって言われてる』
「えっ、じゃあオレらはその手は使えないって事っすか」
『そういう事になるねえ』
なんだ、じゃあどっちにしろ、先輩らの手は使えないということではないか。
「おなじことするつもりはなかったけど、じゃあどうすれば宣伝になるのかなあ」
『予約分は心配ないのよ。私等の部員は全員行くし、ハルちゃんとかの幼馴染連中も行くしね。去年が凄かったのは、興味のない連中とか、そこまで報国院に興味がないクラスまで巻き込んだのが大きかったね』
「なんでそこまでできたんスか?」
『うーん、ぶっちゃけ女子校ってさ、言い方悪いけど男に餓えてんのよね』
「……」
そのような事を申されましても、どうお返事すればよいのか大変言葉に困る次第でございまして。
もし幾久に言語中枢と脳内の考えを直結できるシステムがあったらそう答えただろう。
『えーとごめんいっくん。エロい意味でなく、男関係のイベントに餓えてるから、男が女子校に来てなんかにぎやかな事してる、面白そうってだけで、学校中の話題になっちゃうわけだ』
「はあ」
『で、面白そう、なにがあったの?って話題になれば、普段興味なくてもクラスの連中が行くなら、まあ見ようか、チケット手に入るし、ってわりとうちの学校からは気軽に報国院に行けるのよね。なんでもいいから校内で話題になりさえすれば、そこでチケットはかなり売れたも同然になるわけ』
「つまり、なんか話題になることをしろと」
『ま、それが固いかな』
「それって、何したらいいんすかね」
女子が盛り上がりそうなことなんて、何も幾久には思い浮かばない。
「御堀君とチューでもしたら?わこちんそういうの好きじゃない?」
時山がふざけて言うが、幾久からしたら冗談じゃないし、御堀だって嫌だろう。
だが、杷子はいきなり不愉快そうな顔になり、腕を組んだ。
『痴れ者めが!仕組まれてするキッスなど不毛でなにより我々を愚弄しておることが判らんのか!』
いきなりの野太い声に幾久がびくっと体を震わせると、いきなり杷子の部屋のドアが開いた。
『杷子!こんな時間に大きな声出さない!』
『あ、ごめんごめんごめん、つい舞台の』
『わかったから早く寝て!』
『はーい』
思いがけない杷子の家の風景に幾久は思わず笑ってしまった。
「わこ先輩、すげえおっさん臭かった今の」
『もー、つい塾長モードに入っちゃったじゃん。そういうの冗談でもよくないよ。したいなら止めないけど。むしろRECしながら見るけど』
「しないっす」
即答する幾久に、だよねー、と杷子が答えた。
『仕込ならアリっちゃアリかもだけど、半端になるならしないほうがいいよ。見せる方は素人でも見ている方はいろんな名作くさるほど見てるんだから』
「そんな難しいお客さん来るんスか?」
幾久が驚き尋ねると、杷子は首を横に振った。
『違う違う、普通にこの世の中ではハリウッド作品を見れちゃうような時代なんだよ。私等の素人芸なんか、下手って見る人はわかりきってるじゃん。だったら下手な高校生が売れるのは、一生懸命さとか、誠実さしかないよね』
「……」
幾久はナルホド、と思った。
確かに杷子の言うとおり、テレビで映画は普通に流れるし、有名な映画は映画館に見に行ったり、いろんなサービスで見れたりする。
「確かに、んなプロと戦えないっすよね」
『そう!そうなのよ!だからできることは一生懸命頑張る、ついでに私等も楽しむってことくらいでさ。所で、どうせ明日聞くから先に聞いていい?今年の舞台はなにすんの?去年は歴史だったから、今回はシェイクスピアだよね?』
「はいっす。今年は、ロミオとジュリエットっす」
『は?』
「ですから、ロミオとジュリエット、っす」
『はい?』
「ロミオとジュリエットっす」
まさか演劇部の、というより常識で知らないなんてことはないだろうに、杷子は何度も聞いてきた。
そしてしばらく無言を通した後、ぽつりと『尊いかよ』と意味不明の事を呟いていた。