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頼りになるのはやっぱり先輩(但し金がかかる)

 幾久は御堀を顔を見合わせ、そこで思い出した。

 夏に必要だからと、御堀と手を繋ぎ、恋人つなぎの写真を取られていた。

「ひょっとして、これってアレすか?!夏に撮ったやつ!」

「それ以外になにがある」

 ポスターは、恋人つなぎをしている手のアップと、煽り文句、「ロミオとジュリエット」という題目と学校名と桜柳祭の日付に実行委員会の電話番号。

「これってマジで恋愛ものみたいじゃないっすか」

「今更何を」

「今更何を」

 稽古をやっていると、練習とセリフ回しに必死で、恋愛ものという要素がすぽーんと頭の中から抜けていた。

(男同士の恋愛劇のポスターが!これで!これオレと御堀君の手で!そんでオレらに、これを女子校に貼ってこいって?羞恥プレイじゃん!)

「ウワー恥ずかしい!いやっす!」

「ただの手のポスターじゃろうが」

 高杉は言う。

「そうそう、所詮ちょっと繋いでるだけじゃないか」

 久坂がにこにこして言う。

「そりゃ、確かにそうっすけど」

 ただ、どう見ても恋愛もの要素ばりばりで、なんか含みがあるように見えるのが余計に恥ずかしい。

 幾久は絶対に嫌だと思うけれど、確かに手のポスターと言えばそれまででしかない。

「別に貼ってこんでもエエんじゃぞ?持って行くだけで」

「そうそう、向こうがやってくれるから」

「でも宣伝しないといけないんスよねぇ」

 ああああ、と幾久が突っ伏す。

(ほんっとマジどーしろって!)

「ま、あとは二人で話し合ってどうにかせえ」

「頼むよ後輩たち」

 久坂と高杉にそう言われるが、頼むよと言われても実際何をどうすればいいのか判らない。

 思わず御堀と顔を見合わせて、どうしようか、と言おうとした瞬間、部室の扉が開いた。

「御堀!良かった、ここに居たか」

 そういって慌てて入ってきたのは雪充だ。

「何でしょうか。今日は桜柳会は出なくても良かったはずですよね」

 桜柳会は文化祭である桜柳祭を仕切る実行委員会の省略で、正しくは桜柳祭実行委員会という。

「うん、それがちょっと計算外の事が起こってね。スマホに何回か連絡したんだけど出なかったから」

「すみません、あまり使わないのでつい油断して、寮に忘れたんです」

「そっか、なら仕方ないな。今日はこれからは?」

「……大丈夫です」

 本来なら幾久とのセリフ合わせだが、幾久はともかく御堀は完璧に仕上がっている。

「じゃあハル、御堀は貰っていくけど」

「了解した」

 すると御堀は幾久を一瞥した。

 あ、これはなにか言いたいのだと気づいた幾久は御堀に告げた。

「あの、宣伝についてはいろいろ考えとくから、オレ!御堀君は気にしないで!」

「ありがとう」

 御堀はそう言うと、部室を出て雪充の後をついて行った。

「みほりん忙しいねえ。そのせいかよくスマホ忘れてんだよね」

 幾久の背中に、生徒の方の三吉がどっしりと乗っかる。

「重いってあまね

 文句を言うが、三吉は幾久から離れず、のし、のし、と背を押す。

 三吉はスキンシップが大好きで、よくこうやってのしかかったりくっついたりする。

 悪気はないし、本気で体重をかけてくるわけでもないし、嫌がっている空気を察すると最初からしないので、誰もなにも言わない。要するに許している。

「御堀君、スマホ使わないんだ」

 幾久が言うと、御堀と同じ寮の全員が頷く。

「大抵放置してる」

「寮でも見てることないよね。難しそうな顔でいっつも本読んでるよ」

「なんでそんなチートなんだ」

 幾久ががっくりして言うが、三吉が答えた。

「でもみほりん、お金先輩とよく散歩してるよ」

 お金先輩とは、三年鳳の梅屋の事だ。

「そうなんだ。意外だけどなに繋がり?」

「部活、部活」

「御堀、経済部兼任だから」

「あ」

 それでか、と幾久は頷く。

 御堀は入学時、主席で入ってきたので伝統で無理矢理地球部に入るのが決まっていたので、ということは実際の部活は経済部ということになる。

 部活も寮でも先輩が一緒なら、それは親しくて当然だ。

「お金先輩も難しい話がみほりんと出来て嬉しそうだよ。お金先輩はああ見えてやっぱ頭メッチャいいし、みほりんは言うに及ばずだし」

「ホント勘弁してほしいよ。オレみてーな凡人にはいろいろ荷が重い」

 あーあ、と幾久が文句を言うも「努力不足」と二年生のコンビからツッコミが入る。

「そりゃオレのレベルだったら御堀君に追い付くには相当の努力がいるって判りますよ!判りますけど!」

 そう言い訳する幾久に三吉が突っ込んだ。

「みほりんは忙しいのに完璧で、かたやいっくんは」

「出来が悪いと」

 ツッコミを入れるのは三吉とゲーム仲間の品川だ。

 天然コンビっぽいが、なかなか二人とも口が悪い。

「出来が悪いのは自覚してるって」

 そうため息をつくのは、三吉も品川も役は出来上がっているからだ。

 2人とも最初はしどろもどろだったくせに、「ゲームのキャラと思えばいい」と理解した瞬間、驚くほどの成長を見せた。

 ポケットから愛用の櫛を取り出して、三吉は幾久の髪を梳きはじめる。

 これもいつものことだ。

「そこまで幾がドへたくそってわけでもねーよ」

 そうフォローするのは、口調は乱暴でも実は一番気遣いをする山田御空だ。

「みほりんが上手すぎってのはま、あるよな。未経験者だとは思えないレベル」

「チートってやつかな」

「結局オレの下手さが目立つんじゃん」

 幾久は文句を言う。そうなのだ。

 幾久だって素人なりに一生懸命やっている。

 でも御堀の上手さに全くかなわないし追い付けない。それが結果として、幾久の下手さを際立たせる結果になってしまっている。

「どーにか、コツってのがつかめるといいんだけどねえ」

 三吉が幾久の髪をいじりながら言う。

「だよなー、絶対なんかのきっかけで、幾、化けるだろって気はするんだけどなあ」

 山田もうーん、と唸っている。

 一年生連中はそう言って幾久を慰めてはくれる。

「はは、サンキュ」

 そう礼を言うものの、それよりも宣伝の方法を考えておかないとならない。

「なんかさー、宣伝ってどうすればいいんだろ」

「うーん、みほりんが上手にやれば一発って気がするけどねえ」

 三吉が言う。

「それじゃあ御堀君ばっかりに負担が大きいだろ。ただでさえ忙しいのに、オレが下手なくせに他のことまで任せるわけにはいかないよ」

 せめて宣伝くらい、チケットくらいどうにか売る方法はないものか。

 考える幾久に、三吉が高杉に尋ねた。

「ハル先輩、なんかいい案ないんですか?」

「そうじゃのう。ワシが思いつくのは、まあ寸劇、とかかの」

「寸劇」

 なるほど、と品川も頷く。

「ゲームでよくある、お試しの無料ダウンロードってことか」

「あーね、納得」

「寸劇か……」

 確かに、お試し版なら、それを見ていいか悪いかは判断できるかもしれない。

「はいはいはい、だったらボク、いっくんについてって、みほりんと一緒に寸劇協力します!」

 可愛い外見でありながら女子大好きの三吉が挙手した。

「じゃあ、俺も行きます。やっぱ一年同士協力しないと。な、幾?」

 そういったのは入江だ。

「キミ達、それならこのクリステル瀧川を忘れて貰っては困るよ、女子もこの私めを見れば満足するでしょう!」

 自称も他称もナルシストの瀧川が言う。

 なお、クリステルは名前でなく、あまりに神々しい自分にある敬称なのだそうだ。

 瀧川本人以外、誰も言わないが。

「お前ら、女子校に行きたいだけじゃろうが」

 高杉が呆れる。

「言っとくけどダメだよ。あちらにはすでにいっくんと御堀君しか許可貰ってないから、無理に入ると通報される」

 久坂も言う。

「えー!」

「いっくん嫌がってるのに!」

「先輩らひどーい!」

「そうやって、盛り上がる連中は排除したんじゃ」

 高杉が言うと久坂も頷いた。

「そもそも、最初から主役級二人が行くのが伝統みたいなもんだからね。主役を嫌がったのは誰?」

 そう言われると全員ぐぬぬ、となるしかない。

「そういう訳じゃ。アイディアを与えて考えるのはエエことじゃが、どっちにしろチケットがさばけん事には意味がないぞ」

「うえぇ、どうしたらいーんすか」

 幾久が頭を抱えても、全員が「さあ?」と首を傾げるだけだった。



 結局御堀はそれから部活に戻ってくることはなかった。

 明日の女子校行きは、午後からでいいとの事なので、午前中は部活に行くことになっている。

 御門寮に帰っても、幾久は明日に迫った宣伝をどうするべきか、全くいい案が浮かばない。

 はあ、と何度もため息をついている幾久に、栄人が尋ねた。

「どしたんいっくん。ごはんおいしくない?」

「いや、メシはいつも通りうまいっす。でも」

 はあ、とまたため息をつく。

 ご飯はおいしいけれど、どうにも明日の事が気になって気になって仕方なくて、かといっていい案も浮かばずに悶々としている。

 食事中にこういうのは良くないと判っていても、一度気になるとどうしても気になるもので、箸をひたすら動かしては口の中に入れる、という作業を繰り返す。

 なんとか食事を終えて、ごちそうさま、と挨拶をし、お茶を啜ってまたひとつため息をつく。

「悩みか?幾久」

 幾久の隣で食事をとっていた児玉が尋ねた。

「悩みっていうか、困ってるって言うか」

「なんだよ。言ってみろよ」

 児玉はダイニングの椅子の背に腕を置き、幾久の方を向いてまっすぐ見つめた。

「宣伝方法が思い浮かばない」

「宣伝方法?」

「明日、ウィステリアで桜柳祭の舞台を宣伝しなくちゃならないんだけど、その宣伝方法が判らない」

「……先輩らはどう思いますか?」

 自分の手には負えないと思った児玉は早速二年生連中に尋ねてみるも、全員が首を横に振る。

「僕らのやった方法は、すでにいっくんには伝えた」

「やるもやらんも、そいつの自由じゃ」

「ま、瑞祥とハルのマネしたって、うまくいくはずないよねえ」

 久坂、高杉、栄人の言葉に、児玉も頷く。

「俺には手助けできないことは判りました」

「もー!タマまで!」

 わっとテーブルに突っ伏すも、児玉は首を横に振った。

「だって無理だろ、俺には女子校の事なんかさっぱりわからんし」

「オレだって知らないよ!」

 存在自体が女子ウケしそうな久坂と高杉のコンビなんか、反則みたいなもので、その二人の手法が自分に使えるはずもない。

「御堀君一人で行った方が、絶対にミスなく無駄なく問題なく、事が運ぶと思うんスよねえ」

「じゃったらそねせえ」

「ひどいないっくん、旦那を独りでほったらかしかい?」

「その言い方ホントやめてくれませんかね」

 ロミオ役の御堀とジュリエット役の幾久は、やたらそうやってからかわれる。

 悪気がないのも面白がっているのも判るけれど、どうにも乗っかる気にもなれない。

「御堀君が何も言わないからって、ホントみんな好き勝手」

 迷惑をかけまくっている幾久からすれば、桜柳祭でも忙しい御堀にこれ以上迷惑はかけたくない。

 なにせ、雪充と高杉が二人で分けていることを、一人が抱えているようなものなのだから。

 おまけに雪充はともかく、高杉はスパルタだ。

 遠慮なく仕事を任せるので、御堀の忙しさも相当のはずだ。

 と、栄人が言った。

「いっくん、困ったときはお金先輩が案外役に立つよ」

「え?」

「あの調子だけど、お金の為に間違った事は言わないから聞いて見たら?御堀君と同じ寮だし、なにかヒントくらいはくれるかもよ」

「……ナルホド」

 確かにあの変わった先輩なら、なにかのヒントくらいはくれるかもしれない。

 幾久は早速スマホを手に、お金先輩にメッセージを打った。


『相談があるのですが』

 すると返事はすぐに来た。

『まいどあり!』

 あ、やっぱりお金いるんだ。

 幾久は再びため息をついて肩を落とした。

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