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AパスのAはアルバイトのA

 さて、幾久も御門寮に住んで半年が過ぎた。

 最初の頃は自分の荷物なんて最低限のものしかなく、そもそも転校するつもりだったので大したものを持っていなかったが、さすがに半年も過ぎると余計な荷物も増えてきた。

「うーん、荷物増えたな」

 御門寮はたくさん空き部屋がある。

 なんならそのうちの一つを荷物置きとして使えと言われているが、荷物を無駄に増やすのは嫌だ。

 というわけで、時間もあることだしと幾久は自分の荷物の整理を始めた。

 服やら雑誌やら、広げてみるとけっこうある。

(サッカー雑誌は、おいときたいんだよな)

 漫画については山縣が大量に買っているので幾久は全く買っていない。

 ゲームだって山縣が大抵のゲームを持っていたし、幾久が使えるように居間にゲームが接続されているので問題はない。

 服については、ほとんど新しく買う事もなかった。

 というのも高杉の親戚にデザイナーをやって自社ブランドを持っている人がいるとのことで、その試作品が大量に送られてくる。

 なので高杉は飽きた服や、好みでないものを御門寮の面々に頻繁に配っていた。

 最初の頃は遠慮していた幾久だったが、「勝手に取れ」と箱の中に詰め込まれた服を見ると、あ、いいのか、と今ではありがたく頂戴している。

「しかし、これいらないんだよな」

 幾久がため息をつくのは、バンドTシャツだ。

 御門寮の出身だと言うバンドメンバーが殆どで構成されている、いま若者に大人気の「グラスエッジ」。

 御門寮を愛していて、幾久の事も可愛がってくれるのはいいのだが、大量にバンドグッズを送り付けてくる。

 高杉は趣味があわない、というより知り合いのそういったグッズを身に着けるのが恥ずかしいらしく嫌がるし、久坂はそもそもTシャツを着ない。

 栄人は高杉のお下がりの服で充分だと言うし、山縣はオタクグッズか高杉のお下がりの二択しかない。

「そーだ!タマがいるじゃん!」

 はたっと幾久は気づいた。

 グラスエッジ関連なら、児玉が大ファンだったはずだ。

「タマ―、暇ならちょっとこっち、来てくんね?」

 呼ぶと児玉はすぐやってきた。

「どうしたんだ?何か用か?」

「あ、うん。あのさ、グラスエッジって御門出身って言ったじゃん」

「ああ」

「でさ、その先輩、オレも面識あんだけどさ」

「物販のバイトしたんだろ?」

「うん」

 そのあたりは大まかに説明していた。

 グラスエッジの大ファンの児玉は、幾久の話を横で興奮しながら、スゲー!いいな!お前レアだぞ!と言っていたが、幾久に嫉妬するとかそういったことは全くなかった。

 児玉曰く、現実味がなさすぎて普通にいいなと思うだけらしい。

「その先輩がやたらグッズ送ってくんだけど、正直オレいらないから、タマいるならあげるよ」

 ばっと広げて見せたグッズに児玉は慌てて首を横に振った。

「とんでもねーよ!おま、そんなの貰えねーって!」

「いや、タマいらないなら捨てるけど」

「捨て……っ、ちょ、おま、」

 幾久の言葉に児玉は動揺し始める。

「おまえ、グラスエッジのグッズなんてそうそう手に入らねーんだぞ?!限定もの多いし」

「ファンからしたらそうかもだけど、オレからしたらいらないもんだし」

 そういってもうひとつの箱をひっくり返す。

 5月のフェスで貰ったものがばらばらと出てきた。

「あ、これは使おっと」

 忘れてた、と幾久がリストバンドを手に取ると、児玉が慌てた。

「オリオンテンノット!」

「うわびっくりした。急に怒鳴るなよ」

「幾久、なんでお前それ持ってんの?」

「なんでって。貰ったから」

「も、貰ったって、誰に?」

「バンドの人」

「ひょっとして、本人からか?」

「さあ?」

 青木に呼ばれて楽屋に行った時、通りすがりのお兄さんからもらったのでよく判らない。

 児玉はスマホを取り出し、さっさっとスクロールして幾久に見せた。

「この人らか?」

 じっと見ると、確かに見覚えがある人がいた。

「あー、多分この人。なんか性格良さそうなお兄さんで、うちのバンドもよろしくーって……タマ、どうしたんだ?」

 児玉は畳に突っ伏してしまっている。

「おま、オリテンって言ったらこの前の映画で主題歌歌って、ダウンロード五十万超えたモンスターバンドだぞ?!グラスエッジとも昔から仲良くて」

「あー、なんかそんな感じだった」

 確かに青木に気軽に話しかけて来たし、青木も口が悪かったが相手は全く気にしていないようだった。

「この曲、聞いたことあんだろ!」

 児玉がスマホで音楽を再生させると、確かによく聞いたメロディーが流れてくる。

「有名なやつ!」

「有名なやつだよ……」

「へー、その曲ってあのお兄さんのバンドのだったのか。知らなかった」

 興味がないと言うのはここまで判らないものなのか、と児玉は驚く。

「でもこれタオル地で便利そうだから」

「……おう」

 グラスエッジほどではないと言え、それでも超人気のバンドの、しかも本人からもらったお宝グッズを「便利だから」という理由で使うなんて、ファンの人が聞いたら発狂するぞ。

 そう思っても幾久には悪気も興味もないのだから仕方がない。

「なんかいろいろあるけど、タマ欲しいの持ってけよ」

「……おう」

 ファンが見たら、問答無用で全部かっさらうレベルのお宝だらけだ。

 イベント限定のタオル、Tシャツ、グッズ。いまはもう完売したマグにリストバンドにキーホルダー。

「っていうより、お前がいらないの貰うよ。全部」

「うーん、むしろいらないものだらけでさ」

 児玉は心底、自分がこの寮の住人で良かったと思った。

 もしあの恭王寮のグラスエッジファンの友人が聞いたら多分もう三回はぶっ倒れているレベルだ。

「タマが欲しいっていうなら、欲しい人が持ってるのが一番いいよ。タオルは普通に寮で使うし、Tシャツはタマが着たらいいし。使うのってリストバンドくらいかなあ」

「これは?」

 児玉がバンドのラバーバンドを見せる。

「使い道わかんないし」

 バンド名が入ったラバーバンドなんて、児玉たちのようなファンにとってはどのライブに行ったのかとかが判る大事な宝物だ。

 しかし幾久には使い勝手の悪い太いゴムでしかない。

「じゃあ、これも俺がもらうわ」

 そんなことはないとは思うが、もし幾久がグラスエッジのファンになることがあって、やっぱりあれいるわ!となった時に渡せるようにしておこう。

(そんな日は来なさそーだけどな)

 しかしいくらファンでないとはいえ、確実に価値があるものを全部貰ってしまうのも申し訳ない。

 グラスエッジの人たちだって、児玉のようないちファンにではなく、幾久にやったものだろうし。

 自分が管理しておけば、なにかあったときに渡せるしいいかな、捨てられるよりはマシだろうと児玉は幾久の「いらない」と言ったグッズを拾い集めた。

 そして幾久がぽいっとゴミ箱のなかになにか捨てたのを、児玉は見落とさなかった。

「おい、幾久、いま捨てたのって」

「ああ、あれ別にグッズじゃないよ。入場パス」

 物販のバイトの時に必要だからと首から下げられたパスで、首からは紐でかけられるようになっている。

 児玉はやっぱり嫌な予感がして、「それ、見せてもらっていいか?」と尋ねた。

「ゴミだよ」

「いいから見せてくれ」

 そう言うと、幾久は渋々ゴミ箱からさっき自分が捨てたパスを拾って児玉に渡した。

「……」

 児玉は言葉を失った。

 違う。驚きすぎて「ヒッ」という声が出てしまった。

「幾久。言いにくいが、これはゴミじゃないし、入場パスじゃない」

「?」

 幾久は首を傾げた。

「でもそれ、入場パスみたいなもんだって言ってたよ」

「誰が」

「宮部さんっていう、多分えらい人」

「……あー、あー、あー…うん、それはそれであってる」

 幾久の口から出てきた名前に、児玉はまた困惑した。

 宮部はグラスエッジの昔からの仲間だ。

 一番の年上だったこともあり、ドサまわり時代には車を運転したり楽器を運んだり、レコード会社と契約したり、事務所を立ち上げたりと、つまりはグラスエッジの陰のメンバーとさえ言われているやり手のスタッフだ。

 ここまで早くグラスエッジが成功したのも宮部のお陰で、いまは新人や他のバンドにも協力しているということもあり、顔も広くフェスでもファンに写真を求められるほどだ。

「あのさ幾久。その宮部さんって、このパスを『大事なもの』って言ってなかったか?」

 児玉に言われて、幾久はうーんと考える。

「ああ、そういや、大事なものだから、人に貸したりとられたりしないようにって。あと、フェス見に行くときは服の中に隠しておけとも言われた」

 だろーなー、と児玉は力なく笑う。

「だってこれ、オールエリアパスだもんな」

「?エーパスって書いてあるよ?アルバイトのエーじゃないの?」

「……ビーパスって見なかったか?」

「そういやあったような」

 幾久はうーんと考えて言った。

「バイトパス……?」

「なんでだよ。そうじゃなくて、Aパスってのは、オールエリア、のエーだな」

 やっぱり、幾久は全くこの意味を理解していなかった。

 確かにこのパスは判りにくい。「AAAPASS」とかグラスエッジのロゴがとってもお洒落でカッコよく描かれていて一見しただけでは判らない。

「もう使わないからいらないんじゃないの?」

「ファンにはお宝だな」

 アクセスオールエリアパス。

 それはメンバー本人、重鎮スタッフしか手に入らない、それはそれは大変貴重なパスである。

 それがあれば会場のどこだろうが行きたい放題。

 当日に関係したスタッフなどは殆どが「BPASS」、つまりバックステージパスというものを付けるが、入れるところは限られている。

 何の気なしにくるりとパスをひっくり返し、児玉は青ざめた。

「……VIP」

 パスの上に、『GlassEdge aoki’s VIP!』と書いてあったからだ。

「あ、なんか言われたらそれ見せたらいいとか。印籠みたいだって思ったけどなんもなかったな、そういえば」

 あはは、と笑っているがとんでもない。

 VIPなんて最上級のお客ってことじゃないか。

 しかもあのフェスでのオオトリはグラスエッジで、グラスエッジが来るからと参加したファンやバンドも多かった。

 そのグラスエッジのVIPなんて、まさに印籠以外のなにものでもないのだけど。

(ひょっとして、幾久、めちゃくちゃ気に入られてるんじゃ?)

 しかも書いてあるのはaoki’s VIP。

 つまりあの青木のお客だ。

 あの、性格が悪くて人の話も聞かなくて、我儘で宮部さんですら手を焼いていて女癖も悪いあのどうしようもない、あのアオさんのVIPだって?幾久が?

「……とりあえずこれは俺が持っておく」

 なんかヤバい。児玉は本能でそれを察した。

 グッズは捨てないほうが良い。

 そのほうが絶対に良い。

「幾久、グッズは全部、っていうか関連するものはどんなささいなものでも俺に回してくれ」

「そりゃいいけどさ」

 なんでそんな使い終ったパスなんか?と幾久は首を傾げるが、児玉は黙々とアイテムを集めた。

(俺の勘が正しければ、幾久は多分気に入られて特別な存在というやつだ)

 のほほんとした性格のせいか、それともなにかツボにハマったのか。

 杉松さんに似ているというからそれも関連しているのかもしれない。

 とにかく、この件については誰にも知られないほうが良いし、グッズは児玉が管理したほうがいい。

(幾久って、本当に幾久って)

 肩を落とす児玉は、幾久に尋ねた。

「なあ幾久、これがもしサッカー関係のグッズだったら捨てるか?」

「わけないじゃん。お宝だよ」

「だよな」

 幾久にとっては全く興味のないグッズが児玉にとってはお宝であるように、価値観の違いとはそういうものなのかもしれない。

(なんかちょっとだけ、アオさんに同情するなあ)

 お陰で児玉はグラスエッジのTシャツは手に入るし、寮でのマグはグラスエッジのマグカップだしでいいことだらけなのだが。

「あ、タオルがけっこうあるなあ。麗子さんがバスマット欲しがってたから、これ縫って貰って」

「やめてくれ。俺が新しいバスマット買うから、俺にくれ」

 グラスエッジのタオルをリフォームぞうきんよろしく踏みつけるのは心が痛い。

「栄人先輩がぞうきんが欲しいとかって」

「俺が別のを用意するからやめてくれマジで」

「ファンってめんどうくさいね」

 幾久が呆れてため息をつくが、児玉が言った。

「お前だったらサッカーチームのタオルを雑巾に」

「するわけないじゃん」

「だろ?俺もそうだよ」

「まあ、確かに」

 児玉の説明に、じゃあ全部持ってってと幾久はタオルを渡した。

 児玉はグラスエッジのお宝グッズを救えたことにほっとして、箱の中にしまいこんだ。

「なんか整理したかったのに、結局オレからタマに移動しただけじゃん」

「それでいいんだよ」

 それでいい。

 本当なら自慢したくてたまらないが、そういうわけにもいかず、児玉は自分の満足の為と、確認はできないが、青木の為に、グッズを大切に抱えてしまいこんだのだった。




 AパスのAはアルバイトのA・終わり

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