答えは全部 棚橋弘至
本州の端に位置する長州市には、城下町がある。
町の中央には神社があり、その神社はある学校を併設していた。
学校の名は、報国院男子高等学校と言い、全寮制の男子高校だ。
全寮制なので当然外出も制限されており、楽しみはせいぜい地元の商店街か、コンビニに出かけるか、スマホを見るくらいのものだ。
さて、その商店街は当然ながら地元出身者が多く、報国院出身の主人も少なくない。
その中の店の一つに、和風とプロレスが融合した店があった。
何を言っていのかわからねーと思うが超スピードとかいうチャチなものではないので読んで欲しい。
ますく・ど・かふぇは、プロレスラーの経営するコーヒー屋だ。
まず入り口は黒で塗られた引き戸の木製扉で、暖簾は藍染、筆の白文字で『ますく・ど・かふぇ』と書いてある。玄関の足元には陶器の入れ物があり、メダカがゆうゆうと泳いでいる。
豆も売るし、マスターがコーヒーを入れる。
現役プロレスラーで、社会人プロレスも主催しているマスターのヒーローネームは「ラ・グルージャ・マッチョ」、鶴の意味だ。
報国院男子高校は校章が鶴であり、各クラスも鳥の名前を使っている。
報国院を愛する男は、学校の象徴そのもののヒーローになった。
才能にあふれ、皆期待し、意気揚々とヒーローをやっていたのに、彼に与えられた運命は医療事故。
片腕の腕力を失い、選手生命は絶たれた。
だが、持ち前のセンスと努力とど根性で復帰。
いまだにプロレスラーをやって後輩の育成にも力を入れているナイスガイだ。
カーン、と店の柱に張り付けてあるゴングが鳴った。
マスターであるラ・グルージャ・マッチョが緊張する。勿論普段はプライベート・マスクだ。
「いらっしゃい」
ナイスガイぶりを発揮し笑顔を見せる。
「どーも。マスター、コーヒーふたつ貰います」
入ってきたのは報国院高等学校の一年生、乃木幾久とその友人の児玉だった。
「おお、いっくんじゃないか!いらっしゃい!」
声がはずむのも仕方がない。
この乃木幾久という、東京から来た少年は、マスターの親友だった久坂杉松に雰囲気がそっくりだからだ。
外見だけでいうのなら、それは確かに杉松の弟である瑞祥のほうが似ているのだが、ふとした時に見せる表情だとか、雰囲気とか、いう事とか、そういった所が杉松を彷彿とさせた。
報国院で、成績がいいクラスには、この店の無料コーヒーチケットが配布される。
勉強したり、気晴らしに使えという事だ。
報国院の食堂にもこの店のコーヒーを卸しているので、生徒には慣れた味でもあった。
日替わりコーヒーは、コーヒーメーカーで入れた安価なコーヒーだ。
生徒たちは大抵、自分で勝手に入れて、チケットをカウンターへ置く。
幾久たちも当然そうして、コーヒーを入れて席に腰を下ろした。
「いっくん、これ」
カウンターからマスターが投げたのは、店でも出しているお菓子だ。
幾久は上手に受け止めた。
「え、いいんすか?」
「賞味期限今日までだから。ホイ、もひとつ」
2人分をぽいぽいっと投げると、一緒に居た児玉がぺこりと頭を下げて「あざす」という。
目つきは悪いのだが、性格はいい子だ。
二人はノートを広げ、真面目にも勉強を始めた。
報国院高校は、成績によってクラスが分けられている。
下から千鳥、鳩、鷹、トップが鳳。
学期ごとのテストでクラスが別れるので、毎学期ごとクラス替えがあるようなものだ。
二人は現在「鷹」クラスに所属しているが、次期は鳳を狙っている。
(杉松も頭よかったもんなあ)
マスターは昔を思い出す。
自分はいま報国院の教師をやっている毛利と二人、ツートップでバカばかりやっていて、杉松に勉強を教えて貰ってなければ間違いなく最下位だったろう。
杉松はそれは頭がよく、性格も穏やかで、本当にいい奴だったのだが、良い奴過ぎてとっととあの世に呼ばれてしまった。
しかし自分たちにとって失ったという感覚がよく判らないうちに、杉松そっくりの幾久という存在が出来てしまって、杉松の友人たちはそれなりに彼を面白く観察していたのだ。
勉強をしている時間がそこそこ過ぎた頃、幾久が伸びをした。
マスターは幾久に声をかけた。
「いっくん、クイズだ!」
「えー……めんどうくさい」
「まあまあいいじゃないか!第一問!第四十五代、IWGPヘビー級チャンピオンに輝いたのは誰!?」
「棚橋弘至」
「正解!さすがいっくんだ!」
そういってマスターは喜ぶのだが、幾久はどうでもいい表情だ。
幾久の向かいに居た児玉が、感心して言った。
「すげえじゃん」
「そーでもない」
幾久がすーんとしているのはいつものことだ。
マスターが再び声をかける。
「では第二問!第四十七代、IWGPヘビー級チャンピオンに輝いたのは誰!?」
「棚橋弘至」
「正解!さすがだ!では第三問!第五十代、IWGPヘビー級チャンピオンに輝いたのは誰!?」
「棚橋弘至」
「続いて第四問!第七代、十六代IWGPインターコンチネンタル王座に輝いたのは!?」
「棚橋弘至」
「正解!ではIWGPU-30無差別級の初代王座は!?」
「棚橋弘至」
「せーいかーい!では第四十四代、四十七代IWGPタッグ王座のタイトルを奪ったのは!?」
「棚橋弘至」
さすがにここまで来ると児玉も意味が判る。
答えは全部、棚橋弘至だ。
幾久は慣れているのか呆れた顔で、児玉も仕方ないなあ、という顔になる。
「かえろーぜ、タマ」
「おう、そうだな」
苦笑しながら席を立つ。
カップをカウンターに返すと、マスターが言った。
「じゃあラスト問題だ!第五十七代IWGPヘビー級チャンピオンに輝いたのは!?」
「棚橋弘至」
「ブッブ~!残念!オカダカズチカでしたあー」
「コーヒーごちそうさまでした」
そういって幾久は店の扉を閉めたのだった。
答えは全部 棚橋弘至・終わり
※レスラー情報はwiki参考にしました