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不自然なボーイ(5)

 騒がしいのは朝だけで、いつも通りの日常を過ごし、放課後になった。


 部活の終了時間は決まっているので部活動を終えた児玉は同じく部活を終えた幾久と高杉、久坂と一緒に帰っている。

「児玉は軽音じゃったな。少しは上達したか?」

 高杉の問いに児玉は「ちょっとだけっす」と笑う。

「タマ後輩はギターだっけ?」

 久坂の問いに児玉はうなづく。

「そうっす。軽音楽に入ったら、ギター貸して貰えるっていうんで始めました」

「じゃったら、持って帰ったらエエ」

 高杉の言葉に児玉は驚く。

「え?」

「寮で練習したらエエんじゃないか?ヘッドフォンつけたりできるじゃろう」

 確かにギターとヘッドフォンを繋げれば、音もまわりに聞こえない。

「うちの軽音は楽器は揃えがエエはずじゃから、ひとつふたつ、借りても問題ないはずじゃし、申請すれば新しいのが買ってもらえるかもしれんぞ」

「えー、軽音ってそんなにいいんすか?」

 幾久が驚くと高杉が答えた。

「ウチ出身のバンドがあるじゃろう?ああいう実績がある部には、出す金がでかいし、OBが楽器をプレゼントしてくれたりするんじゃ」

「そっか、グラスエッジもいましたもんね」

 児玉が大ファンの、グラスエッジというバンドは報国院の出身だ。

 そもそも、児玉が寮を出るきっかけになったのも、そのグラスエッジのバンドTシャツが原因なのだが。

「じゃあ、持って帰ってもいいギターがあったら、そうします」

「そねせえ。もうじき試験期間じゃし、そうなると部活も休みで練習もままならんじゃろうし、寮で練習したらエエ」

 それは児玉にはありがたい申し出だった。

 試験期間に入ると、試験前一週間は部活禁止になるし、期間中も当然部活はできない。

 ちょっとだけでも触れたら、忘れずにいられそうでそのほうが良い。

「わざわざ試験期間中にんな部活とか」

 嫌々地球部の舞台を練習している幾久にとっては、わざわざ借りてまで練習したがる児玉が信じられない。

「幾久は心配せんでも、ワシらがちゃーんと相手しちゃる」

「は?」

「御堀君の邪魔しないように、僕らが相手してあげるね」

 高杉と久坂の言葉に幾久は慌てた。

「いやいや、学生の本分は勉強なんで」

「じゃったら寝る暇もないくらいに勉強せにゃな」

「そうだねえ、さすがに次は鳳じゃないと」

「いいっすってば!自分のことは自分でするっす!」

「遠慮すんな」

「そうそう、甘えていいんだよ」

「お断りします」

 幾久がそう言って、速足で歩き始めた。



 先輩たちの数歩前を歩く幾久を追いかけ、児玉は隣に並んだ。

「鳳、行けそうか?」

「わかんないけど、絶対に無理じゃなさそうとは思う」

 部活が忙しいのと、鳳クラスを本気で目指すにあたってどのレベルかを夏休みに確認したのだが、鳳は確かにレベルというよりスピードが速い。

「いまならまだ追い付けそうな雰囲気あるから」

 それに、と幾久は言う。

「部活でみんな鳳だからさ、わかんないとこ教えてもらえるし」

「そうなのか」

 確かに地球部は圧倒的に鳳クラスが占めている。

「休憩時間に尋ねたら、みんな付き合ってくれる。特に御堀君、めちゃ頭いいし」

「御堀な」

 児玉も御堀の事は知っている。クラスメイトだったし、そもそもトップで入試をクリアして、新入生代表の挨拶までしたのだから。

「みんな頭いいんだけど、自分なりのやり方持っててさ。それで時々混乱するけど」

 基本おせっかいな人が多いらしい。

「いいなあ幾久」

「べつにいいじゃん。タマだってわかんないこと聞けよ。オレで判るなら教えるし。先輩らだって御門ったら鳳に所属してないと嫌だろうし」

「だよな。俺も追い出されないようにしないと」

 恭王寮から追い出されて、御門寮を追い出されたら、さすがにもう行く場所がない。あったとしても報国寮で、下手したらあの連中とまた一緒になってしまう。

「がんばろーぜ、タマ」

「おう」

 勉強も部活も、せっかく御門寮に所属しているのだから結果を出さないと雪充に合わせる顔がない。

(よーし、やるぞ)

 児玉ははりきって、頑張ろうと気持ちを新たにしたのだった。

 しかし、そういう時に限っていろいろあるのが御門寮だった。



「ただいまー」

 寮に戻るとすでに食事の支度がすんでいるのか、良いにおいが漂ってくる。

「あー腹減った。飯、飯」

 言いながら幾久と児玉、高杉と久坂が着替えを済ませ、さてキッチンへと向かおうとした、その時だった。


「おい、一年」


 山縣に呼びとめられ、幾久と児玉が足を止めた。

 と、山縣は舌打ちすると、「新しい方の一年」と言い直した。

「何、すか?」

 児玉が言うと、山縣は無言で不機嫌そうに両手で抱えられるくらいの段ボール箱を持ってきて言った。

「おめーこれ何だよ」

「うわあああああああ!」

 ばっと山縣から児玉は段ボールを奪い取ると、ひきつった笑いを浮かべた。

(やばい!やばいなんで山縣先輩が!って、あああ、隠したとこのせいか?!)

 児玉は自分の行動を思い返してだらだらと冷や汗をかきはじめる。

(絶対、これだけは見つかったら嫌なやつなのに!)

「やっぱお前のか。見慣れないと思ったら」

 ちっと舌打ちする山縣に、児玉は段ボールを抱えたまま、真っ赤になったり真っ青になったりしている。

 おまけに全身から汗をだらだらかいている。

「?タマ?どうしたんだ?ガタ先輩がなにかした?」

「い、いや別になんでもねー!」

 児玉の慌てっぷりに幾久は心配した。

「なんかガタ先輩にされたのか?」

「は?おいコラ、こっちがわけのわからんもん、俺の荷物に紛れさせられてたっつーの!」

「なんでガタ先輩の荷物の中に、タマのものが?」

「知らねーよ。段ボール積み重ねてあったからそこに一緒に置いたんだろ。メーワクだっつーの。あそこ俺の物置なんだけど」

 山縣の部屋がある廊下の隅にはスペースがあり、そこは山縣のものが大量に置いてある。

 グッズだったり本だったりするのだが、いつの間にか片付いたり、山になっていたりを繰り返しているので置きっぱなしというわけでもない。

 それで自然、山縣のスペースになっていたのだが。

「あ、あの、ちょっと置かせて貰ってたんす。すみませんでした」

 児玉は段ボールを抱えたまま、おろおろしているが幾久は首を傾げた。

「タマ、別に気にせず寝る部屋に置いときゃいいじゃん。オレ気にしないよ?」

「あ、ああ、うん、そーだな、うん」

 そう言ったくせに、児玉は部屋へ持って行こうとせず、おろおろしている。

「タマ、どうしたんだ?なんかおかしいけど」

「や、ホント大丈夫だからっ」

 そう言って慌てて段ボールを抱えて幾久の前から去ろうとした瞬間、久坂にぶつかってしまった。

「うわっ?」

「す、すみませんっ!」

 そして段ボールが児玉の手から落ち、中に入っていたものがばさばさばさーっと落ちた。

「うわあああっ!」

 慌てて児玉が拾い集めるが、久坂は本を手に取ってタイトルを読んだ。

「乃木希典?」

「うわっ、あの先輩、あの、それ」

「こっちもじゃ。ステッセルのピアノ、斜陽に……」

「うわあああああああ」

「タマ?なに慌ててんだよ」

 幾久はわけが判らずにきょとんとしているが、高杉と久坂、山縣はお互いに目を合わせ、本を見て、児玉に向かい「ほーん」「へーえ」「なーるほど」と納得している。

「先輩たち、なに納得してるんすか?」

「いや、幾久?お前これ見てなんも思わんか?」

「?なにが?ただの本じゃないっすか」

 エロい本ならともかく、どれも堅そうな真面目そうな、やたら重たい大きな本や、文庫本などが入っている。

 この本のどこがおかしいというのだろうか。

 その様子を見て久坂がため息をついた。

「あーあ、いっくんってご先祖不孝だよねー」

「そうじゃのう、これ見てちーとも判らんとは」

「いやー後輩、さすがに俺もちょっと引くわ」

「だから、何なんすか!もー!」

 先輩連中だけわかった風な雰囲気で、児玉はおろおろするばかりだしで幾久にはわけが判らない。

「タマ後輩」

 久坂が呼ぶと、児玉がびくっと肩を揺らした。

「……はい」

「いっくんに説明、僕らからしようか?多分あたってると思うけど」

「いえ、あの、……自分でしますんで、勘弁してください」

「ならエエの」

「きちんと説明しなよ。あと謝るんだよ?」

「まあなんつーか、がwwwんwwwばwwwwれwwww」

「……はい」

 先輩達はそういって含み笑いしながら、キッチンへと向かった。児玉はもくもくと散らかった本を片づけながら本を抱え、寝室へそれを置きに行ったのだった。




 さっきの本が気になりつつも先輩たちが何も言わないので食事をすませ、コーヒーを飲んでいると児玉が幾久を呼んだ。

「幾久、ちょっといいか」

「うん?いいよ」

 向かったのは廊下だ。幾久がかき氷を食べてごろごろするのが大好きなその場所には、さっき児玉が落とした本がきちんと重なって揃えてあった。

「俺、実はずっと幾久に隠していたことがあるんだ」

「うん?」


 児玉は正座し、こぶしを腿の上においてぽつりぽつりしゃべり始めた。


 最初は祖父の洗脳だった。

 いかにすばらしい将軍か、いかに正しい武士であったか。おじいちゃんっ子だった自分は当然なにもかも鵜呑みにして、おまけにそれを信じていれば、地域の老人も可愛がってくれた。

 幼いころは歴史に興味があるのね、とほめられてばかりで、いつか児玉自身も、その人をすばらしいと思うようになっていった。

 やがて自分というものを考え始め、改めてその人を勉強すれば、子供の頃は知らなかった事を知り、それでもその人に対する好意は変わらず、やがてひっそり尊敬する人として児玉の中に根付き始めた。

 そしてそれは、報国院に入っても変わることはなかったのだ。


「えーと、それがなんで、タマが慌てるのと関係あるんだ?」

「まあ聞けって。つまり、俺は興味があったし、知りたかったし、その、つまり」

「つまり?」

「……」

「すまん」

「いや、内容も判らないままにすまんとか言われても意味わかんないし」

 幾久は全く意味が判らない。

 ただ、乃木希典に関係がありそうなのはなんとなく理解できはするのだが。


「つまり……」

「つまり?」

「実は、その」

「実は?」

「―――――俺は、」

「タマは?」


 児玉は意を決して、やっとのことで幾久に告げた。


「俺は、乃木希典の、大、大、大、ファン、なん、です」


 そして幾久は答えた。

「それがいったい、オレに何の関係があんの?」


 その言葉に、こっそり様子を見ていた二年生三人と、三年生一人は、とうとうこらえきれずに大爆笑してしまったが。



「なータマ、機嫌なおせって」

「うるさいな。ほっとけよ」

 すっかり拗ねて膝を抱えた児玉に幾久は苦笑しながら声をかけた。


 幾久には意味が判らなかったが、つまり、先輩たちの説明と児玉の考えを整理するに、児玉は乃木希典の大ファンだったという。

 それが子孫が帰ってくると聞いてわくわくしていたのだが、実際見ると、子孫なのに乃木さんに興味がなく、知らず、おまけに転校するとか、鳩クラスだとか、あげく児玉が入りたくてたまらなかった御門寮の所属だったりで、嫉妬とか羨望とかがぐちゃぐちゃになってしまって、あんな態度になってしまっていたらしい。

 先輩たちが爆笑したのは、『勝手に想像して妄想して、嫌ってた割りにはちゃっかり仲良くなったりして、ホント面白いな!』という事だったらしい。


「いやー、だからタマ、あんときあんなに怒ってたんだなーってやっと判った」

 幾久が他校の生徒にからまれた所を児玉に助けてもらったことがあるのだが、その時、話の流れで、幾久が中学生の頃、問題を起こしたことがばれてしまった。

 なぜ幾久が暴力をふるったのか、という問いに、幾久は答えた。


『人殺しの子孫のくせに、と言われたから』


 それを聞いた面々は、我が事のように怒ってくれた。

 それほどまで、この地域では『乃木希典』は愛されているからだと聞いた。

 なぜか、その頃幾久を嫌っていたはずの児玉が一番怒っていて、どうしてなのだろうかと幾久は不思議だったのだが、これでやっと合点がいった。

 あれは幾久を侮辱されたから怒ったのではなく、大好きな乃木さんを侮辱されて怒っていたのだ。

「タマ、乃木希典のファンだったからあんなに怒ってたんだなあ」

「ああああああああ」

 まるで動揺して手が付けられない時の山縣みたいになって児玉は両耳を両手でふさぎ、丸まってしまった。


「もう俺恥ずかしくてしにそう」

「別に恥ずかしいことねーのに」

「俺は恥ずかしいんだよ!!!!!」


 これまで必死に隠してきて、最初からなかったことにできたと思っていたのに、まさかの引っ越しでばれてしまった。


「なんかさ、最初からもういろいろ考えてたワケよ。雪ちゃん先輩にもお前の事いろいろ聞いてたし。でも幾久うらやましいし、そのくせ報国院リスペクトしてなかったし。や、今はそうじゃねーの知ってるよ?かといって、俺が乃木さんのファンだからってお前と無理に親しくなろうとするのもなんか違う気がするし」

「タマってめんどくさい考えしてるね」

「乃木さんに関してはそーなるんだよ。もーなんでお前子孫なの。ほんと参る」

「や、そんなんオレのせいじゃねーし」


 そもそもだったらなんでわざわざ本を持ってきたんだと幾久が尋ねると児玉は答えた。


「だって俺のお宝だし。手放すとか家に置いとくとか考えらんねえ」

「あ、そう、なんだ」


 タマって案外、山縣と似たところがあるのだろうか?それともなにがしかのオタクって、みんなこんな風になっちゃうのだろうか?


「ま、タマが気にするなら仕方ないけど、そうじゃないのなら堂々とおいとけば?オレ気にしないし」


 幾久の言葉に児玉は「努力するよ」とは答えたが、しばらくの間は本1冊を表に出すのが精いっぱいで、そのうち面白がった山縣に本棚を設置され、児玉文庫と名前のついた、乃木希典資料本棚がいつのまにか作られてしまい、児玉は慣れるまで悶える羽目になったのだった。



 不自然なボーイ・終わり

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