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不自然なボーイ(4)

「でもガタ先輩受験勉強中っすよ。トッキ―先輩はなんもしなくていいんすか?」

「おいら?おいらは進路専門学校だもん」

「じゃあなんで来たんすか」

「いっくんひどぉい。御門に新しい子が入ったっていうから、覗きに来たんじゃん!」

「いや、タマの事知ってるっすよね?間違いなく脅かしに来ましたよね?」

「疑うなあ。そうだけど」

「やっぱり。タマに謝ってください」

「まじスマンかった」

「反省が足りない」

「いや、いいって幾久」


 ちっとも悪いと思っていなかったのはよく判ったし、御門寮の面々が時山を受け入れているのも理解した。

「ってことは、以前幾久が御門で変な光を見たとか言ってたのも正体は時山先輩で、雪ちゃん先輩も知ってるんすね」

「さっすが元鳳!理解はやーい!」

 時山は喜んでいるが、児玉は疲れた表情だ。

「とにかく、時山先輩に俺の知らない面があるのは判りました」

「そゆこと!」


 御門は個性的すぎる、雪充の言っていた通りで、いまさら児玉はあきれるが、仕方がない。


「まあ、御門寮で時山先輩受け入れてるのなら、俺が口出す筋合いはないです」

 そもそも、児玉だってこの寮に押しかけて入ったようなものなのであれこれは言えない。

「最初から説明してくれたら良かったのに」

 と児玉が言うと幾久は言った。

「や、ガタ先輩が受験に本腰入れてるから、来てなかったんだよトッキ―先輩」

 山縣は三年で、当然大学受験なので勉強している。当然時山と遊んでいる時間はない。

 実際、今だって山縣は部屋で勉強しているはずだ。

「もう来ないかと思ってたのに」

「おいらだってたまには来るよ。気分転換したいし、ガタと話してーし」

「クソ迷惑だっつーの」

 そういって立っていたのは山縣だった。


「おい後輩、ジュース持って来い」

「ウッス」


 山縣の命令に、幾久が立ち上がる。

 山縣は甘党でやたら甘い飲み物を飲むのだ。

「これでいっすか?」

 幾久が持ってきたのは山縣の好物のいちご牛乳だ。

「おう」

 パックにストローをさし、一人で飲み始める。


「で、さっきの叫び声はこいつかよ」

 山縣が児玉を指さすと、幾久はうなづいた。

「そうなんす。トッキ―先輩のせいっす」

「そうそう、おいらのせいなんだよね」


 時山の言葉に山縣が舌打ちする。


「面倒おこすな。うるせーだろ。高杉の目が覚めたらどーしてくれんだ」

「ホントスマンかった」

「たぶんハル先輩、目、覚めてるけど起きてこないだけっすよ」

 以前、幾久が時山に驚いて池に落ちた時も、面倒に巻き込まれるのはごめんだとさっさと部屋へ戻った。

 今回も多分気が付いているはずだが、静かになったのでほっといているのだろう。

「ところでガタ、勉強いいの?」

「ちょっとはなんとかならー」

 そう言って山縣はジュースを飲み始める。

 児玉は山縣の顔をじっと見つめた。

「なんだよ」

 山縣が気づき児玉を睨む。

「ガタ先輩、目が悪いんスね」

「おー」

 山縣はかけていた眼鏡を外した。

「俺、いつも山縣先輩に睨まれてんのかと思ってました」

「今睨んでるけどな」

「ガタ先輩、余計なこと言わんでいいって」

 幾久のツッコミに山縣がふんと鼻を鳴らす。

「俺はこいつを認めてねーぞ」

「でもハル先輩は認めてるし」

 山縣はちっと舌打ちする。

「だから我慢してやってんじゃんよ」

「それはそうっすけど」

「あの」

 児玉が言った。

「あのさ幾久。ハル先輩が俺を認めてるっての、本当に?」

「そーだよ。だってハル先輩も瑞祥先輩も栄人先輩も、タマ来て喜んでるんだし」

「そうなのか?」

 児玉は自分がそんな風に思われているとは考えもしなかったので驚くが、幾久はあれ、と首を傾げた。

「タマ知らなかったんだ?先輩ら、オレだけじゃ頼りないからって、ほかの一年入れようかって考えてたんだって。でもタマは雪ちゃん先輩が育ててるから、貰っていいものかどうかって悩んだらしいよ」

 そうなのか、と児玉は驚く。

「雪ちゃん先輩が、俺を恭王寮に置いときたいのは知ってたけど」

「でもさ、タマ御門に来ちゃったからさ」

 幾久は笑うが、児玉は雪充の事を思い出して少し不安になった。

「雪ちゃん先輩、俺のせいで大変になっちゃったんだよな」

 そんなこと、と幾久が言おうとした時、意外な人物が口をはさんだ。

「そーだよクソ一年。そこは反省しろ」

 山縣だ。

「ガタ先輩がなんで言うんスか」

「は?俺だって新しい住人なんかいりませんもんね?」

「それはそうっすけど、今は雪ちゃん先輩の話じゃないっすか」

「はー?お前また桂の後押しすんの?ファンかよ?追っかけかよ?」

「ファンだし追っかけしたいっす」

「はー?きっしょくわりっ!」

「ガタ先輩には負けます」

「なんだとてめー」

「もー、うるさいよ二人とも。タマちゃん驚いてんでしょ?」

 時山の言葉に山縣も幾久も児玉を見ると、びっくりして硬直していた。

「あー、タマ大丈夫?」

「いや、なんか驚いた」

 幾久がここまで口が悪いのとか、山縣と文句を平気で言いあえるものかというのもびっくりしたし、三年にちっとも物怖じしないのにも驚いた。

「幾久ってけっこう負けん気つえーのな」

「そうかな?オレ平和主義者だけど」

「いやいやいや、いっくんけっこう性格わりーよ?」

「なんでトッキ―先輩がんなこと言うんスか」

「サッカーしたらわかんじゃん、性格。いっくん上手だけど人の嫌がるサッカーするよね」

「相手の弱点つくのってセオリーじゃないっすか」

「その考えがねー」

 ニヤニヤと時山が笑っていて、山縣はジュースをすすっている。

「ま、そういうところおめーは桂に似てるけどな」

「は?ガタ先輩が雪ちゃん先輩語らないでくれます?」

「俺の!ほうが!お前より!付き合い!長い!ってーの!」

「いやいや、たまたま学年と寮がちょーっと一緒だっただけで、雪ちゃん先輩からしたら事故みたいなもんで」

「テメーいい度胸してんなコラ」

「ガタ先輩には負けますって」

 幾久と山縣のやり取りに、児玉はとうとう噴き出した。

「なんか幾久、おもしれ―!」

 どう見ても兄弟げんか以外に見えなくて児玉は笑ってしまった。

 そんな児玉に幾久も山縣も居心地が悪くなる。

「でも、なんかちょっと安心した。俺、ほんとただの押しかけだからさ」

 本当は雪充にこの寮に来てほしかっただろうし、雪充だって帰りたかっただろう。

 けど自分の未熟さといたらなさが、そんな期待を全部壊してこの寮に来てしまった。

 先輩たちは児玉を責めてたりはしなかったけれど、それでも児玉は申し訳なくてたまらなかった。

「先輩らが嫌がってないのなら、それちょっとは救いかも」

 児玉の言葉に幾久が答えた。

「タマが来る前に、ちゃんと言ってたよ。雪ちゃんが育ててたんだから、使い物にはなるだろうし、鳳にも戻るだろうから大丈夫だろうって。先輩らだって、使えない奴は入れないよ、あの性格だもん」

「オメーは使い物になんねーけどな」

 山縣のツッコミに幾久が「ガタ先輩よかマシ」と言い返す。

「だったらちょっと安心した。俺、ちゃんと御門で役に立つように頑張る」

 児玉の言葉に山縣があきれ顔で「真面目か」と言う。

「タマは真面目っすよ。なんたって雪ちゃん先輩が育ててんすからね!」

 ふんす!とまるで我がことのように幾久が胸を張るが、山縣は「桂だっていい性格してるわ!」と言い返した。

 結局それからどうでもいい御門寮の思い出話になり、四人はそのまま座敷で寝てしまった。



 翌日、いつも通り時山は知らない間に寮へと帰っていたし、山縣も明け方に目を覚まして部屋へ戻った。

 吉田に起こされた幾久と児玉は、もう朝なのかと慌てた。


 そうして支度をすませて、朝食の支度を吉田がしてくれていたのでありがたく食べることにした。

「なんかタマちゃんも徐々に御門に染まりつつあるよね」

 吉田にそう言われて児玉は「なんかすみません」と謝った。

「や、謝んなくてもいいよ。そもそもウチは放任だしね」

 放任の言葉に児玉は身が引き締まる。それだけ責任が自分にあるという意味だと、今は判るからだ。

「気をつけます」

「うん、まあ自己管理はちゃんとね」

 久坂が言うと高杉もそうじゃな、と返す。

「基本好きにしてエエが、成績には響かせるな」

「はい」

 先輩方のお説教に幾久は唇を尖らせた。

「なんか先輩ら、タマにはきちんとしてるー」

「お前はゆうこと聞かんじゃろうが」

「そうだよ、ワガママだし、僕を応援しないし」

「その素直さがいっくんのいいとこなんだよねー?あ、おかわりする?このパンおいしいよ?」

「食べるッス」

 吉田にパンのおかわりを貰い、もりもりと食べる姿を見て、児玉は思わず自分の弟と妹を思い出してしまった。

 そういえば、高校に入って自分のことばかりに必死で、あまり兄弟たちのことを思い出せなかったな、と余裕のない自分を振り返る。

(俺、やっと落ち着いたのか)

 恭王寮ではそれなりにこなしているつもりだったけれど、学校以外の事を考える余裕もなく、勉強と嫌いな寮生をどうやりすごすかばかりに追われていた気がする。

 自分ではうまくやっているつもりだったのに、ちっともそんなことはなかったんだな、と今更自覚した。

「タマちゃんは?もっと食べる?」

「いや、いいっす。ありがとうございます」

 成り行きとはいえ、雪充の場所を自分が貰ってしまったのだ。だったら、雪充とまではいかなくても、それに近い存在にはなりたい。

 まだ一年生だから、少しはどうにかなるだろうか。

 再来年になれば、ちょっとくらいは。

(俺、頑張ろうっと)

 にぎやかなこの食卓も、いつまでも自分が末っ子でいられるわけではないのだから。

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