不自然なボーイ(3)
「オレん時なんか、最初っからこんなんで、先輩らストレス溜まったらよくこーやって遊んでる」
この目の前のやりとりが遊びなのかと思うと、児玉はそれはそれでぞっとする。
それなりに習い事で同じく武術をやってきた児玉からしてみたら、二人の動きは予測が付かない。
「二人の動きって、なんか武術っていう感じじゃねえな」
どちらかといえば、ここまでくると総合格闘技にも見える。
「マスク・ド・カフェのマスターにも、モウリーニョにもいろいろ習ってるらしいからじゃね?」
「毛利先生も強いらしいけど、あの人もなんかやってんの?」
報国寮の寮監もやっている毛利は杉松の親友で、いまは報国院の教師だが、元ヤンで乱暴で強いのは知っているが、なぜ強いのかまでは児玉は知らない。
「格闘技やってるから強いらしいよ。マスク・ド・カフェのマスターともガチでやりあえるってマスターが言ってたから、相当強いんじゃね?」
「まじか」
マスク・ド・カフェのマスターであるよしひろはプロレスラーでベルトを取ったこともある、ガチのレスラーなわけだが、そのプロともやりあえるとは、どれだけなんだ、あの先生と児玉は驚く。
「だから報国寮の寮監なんかできんだなあ」
報国寮は殆どが千鳥クラスで、柄が悪い連中も多いのだが、大人しいのはそのせいか、と児玉は納得する。
「それにしても、ホントすごいなあの二人」
あきれるくらいに見事な技の応酬で、いっそ録画して見たいくらいだ。
「あの二人のストレス解消ってああなんだよ。お互い、ぶつけ合ってないと駄目みたい」
全力で戦える相手が互いしかないんだって、という幾久の言葉に児玉はそうなのか、と寂しさを覚えた。
確かにあの二人はなんでもツートップで、それはそれで楽しいのかもしれないけれど。
「ガタ先輩いわく、あの二人はチートで、もう高校生なんかじゃおいつかないレベルなんだってさ」
「なんかそれは判る気がするなあ」
確かにあの二人だけは、雰囲気も違うし落ち着きもある。年相応ではない、といわれればそうだな、と素直に思う。
「でもやってるレベルが高いだけで、結局二人ともバカだなーって思う」
幾久が言うと、互いに互いをつかんだまま、高杉と久坂が幾久に怒鳴った。
「いまワシをバカちゅうたか?!」
「いま僕をバカにしたね?!」
そういって喧嘩の手を止めて幾久に言う二人に、幾久は児玉に言った。
「な?タマ、あれで高校二年生とかってありえなくね?」
そう幾久は笑うが、高杉と久坂の二人は顔を見合わせた。
「そろそろいっくんにも教育が必要になってきたかな?」
「一年が増えて随分と態度もでかくなったのう」
そう言って近づく二人に幾久はやば、と児玉の背後に回った。
「タマ、助けて」
「え?え?って、俺?!」
「そーだよ、オレ戦えないし。タマ頑張れ」
「ちょ、待てって、んな先輩に」
慌てる児玉だったが、久坂と高杉は顔を見合わせた。
「そういえばボクシングやってたよねタマ後輩」
「丁度エエ、こいつ相手ばっかりで飽きちょったとこじゃ、かかってこい」
「嫌ですよ!先輩に向かってなんてできません!」
そう言って必死に首を振る児玉だったが、久坂と高杉はじりじりと近づいてきた。
「エエからかかってこい。ボクシングは知らんが、総合格闘技なら殿で慣れちょる」
「モウリーニョ相手と思えばいいんだよね?よし、いける」
「なに先輩ら、戦う気になってるんすか!いやっすよ!絶対に!」
逃げ回る児玉に、久坂と高杉はじりじりと近づく。
「なんじゃ、ワシらがお前に負けると思うちょるんか」
「生意気タマ後輩。ちょっとかかってきなって」
「やですってば!おい、幾久!もとはといえば、お前のせい……」
「あ、オレ風呂はいろっと。お先にー」
「おい、幾久って、」
逃げる幾久の後を追いかけようとした児玉だったが、高杉と久坂の二人に肩をがっしりつかまれた。
「児玉、まさか逃げやせんな?」
「先輩の命令は絶対だよ?」
にこにこと笑っているが、目が怖い。
児玉はぼそりと、「勘弁してください」と返すしかなかった。
「ったく、ほんとあの時は見捨てられてどーしようかと思った!」
ぶりぶりと怒っている児玉に、幾久はまあまあ、と一生懸命宥めていた。
あれから数日、ずっと児玉は怒っていたのだが、やっと少し許してくれる気になったらしい。
結局逃げ切らず、知りませんよ!と言われるままに高杉や久坂と戦う羽目になった児玉だったが、案外うまくいった。
「先輩ら、マジでつえーのな」
児玉が驚くほど、二人はちゃんと強かった。
ボクシングの基礎もそこそこあったらしく、基本の逃げ方だけはちゃんと出来ていたのには驚いた。
「やっぱ、知り合いにレスラーがいるとなんか違うのかな」
児玉の疑問に幾久が笑った。
「ああ、マスターな。あの人も変だよな」
杉松に似ているからという理由で、マスターは幾久に甘かった。
いろいろ教えてくれるし、ちょっと行動が面白いことを除けば普通に気のいいお兄さんだった。
「いらんプロレス情報とか教えてくれるけど、格闘技も詳しいんじゃね?今度聞いてみたら?」
「そうだな」
そういって喋っていると、思いのほか時間が遅くなっていた。
「あ、俺そろそろ寝るわ。さすがに眠くなってきた」
いくら消灯時間がないとはいえ、寮が変わったばかりでだらけるのはよくないと児玉は寝る時間を決めている。
「オレサッカー見るから、先に寝てなよ」
幾久は児玉が来てから、空いている部屋で二人で寝ている。
「そーする。じゃ、お先」
「おやすみー」
そう言って幾久は、楽しみにしているサッカー番組を見はじめたのだった。
ぼーっとサッカー番組を見て、そろそろハーフタイムに入ろうかという時間になった。
トイレに行こうかなと幾久が席を立ったところだった。
「ぎゃーっ!!!!!!」
突然の児玉の叫び声に、なんだ?と驚き、幾久は慌てた。
寝室にしている部屋に向かう途中、縁側のガラス戸が開いており、上がりかまちにおいてあるクロックスがひとそろえない。
「タマ?庭にいんのか?!」
クロックスをひっかけて、幾久は慌てて庭に飛び出るが、暗い中、「うわあっ!」という声と共にどぼーん、という水の音が響いた。
水音がした方向に急いで向かうと、児玉が腰を抜かして池にはまっているところだった。
(ひょっとして、これって……)
覚えのあるパターンに幾久が児玉に声をかけた。
「タマ、大丈夫か?!」
「い、い、い、幾久、あの、あれ、光が見えて、そしたらへんなのが」
光。変なの。ああ、間違いない、と幾久はがっかり肩を落した。
「タマ、大丈夫だから」
そう告げたが、がさがさがさっという音を立てて、暗闇の中から現れたのは、銀色に輝く宇宙人のような不気味な物体。もとい。
「トッキー先輩、なにしてんすか」
幾久の呆れ声に、児玉は「え?は?」と幾久と銀色男を交互に見ていたが、銀色の男は頭まで包んでいたジッパーをおろした。
「はーい、こんばんは。トッキー先輩だゾ」
にこにこと笑っているが、児玉は訳が判らない、といった顔で、「え?時山先輩?え?なんで?先輩、確か鯨王寮のはずじゃ」と混乱したまま、幾久と時山を交互に見ていた。
以前幾久がそうだったように、児玉はトイレに起きたとき、庭に怪しい光を見つけた。
(なんだ?あれ)
ひょっとして泥棒か?と思ったが、こんな場所に泥棒に入るわけもないし、かといって誰かを呼ぶのも勘違いだったら申し訳ない。
幾久も起きていることだし、大丈夫だろうと好奇心のままに光を追うと、全身、正しくは上半身が銀色のジャージを被った宇宙人のような男に驚いて池に落ちたという事だった。
シャワーを浴びた児玉が居間に戻ると、そこには時山と幾久が居た。
「おかえりタマちーん」
「おかえりタマ」
「……おう」
そう返事したものの、児玉は事実に追い付けない。
時山は児玉にとって、三年の怖い先輩に入る部類の人だった。
あの赤根と親友で、サッカーチームのユースに所属していた鯨王寮の三年生。
学校が所属する神社の夏祭りにも祭示部として参加していて、つまりは頭が上がらない。
印象としてはどこか硬い、三年生らしい先輩、のはずなのに。
幾久にアイスコーヒーを入れてもらい、児玉はそれを一口飲んだ。
「あの、なんで時山先輩がここにいるん、すか?」
素直に疑問を口に出すと、幾久が答えた。
「トッキ―先輩、昔御門寮にいたんだって」
「そうなのじゃ!」
にこにこ笑っている時山に、児玉は頭が混乱し始めた。
少なくとも児玉が知っている時山はこんな人ではなかったはずだが。
「んでー、赤根には内緒なんだけど、おいらガタと親友でさ」
「は?」
祭りのときも見ていたが、時山と赤根は行動がいつも一緒で、仲がいいんだなと児玉も思っていたのに、ここで赤根が毛嫌いする山縣が出てきて驚く。
「で、まあ、遊びに来てるのを見逃してもらってる、っつーワケ。だいたい、外の離れで遊んでんだ」
児玉が恭王寮を寮出して御門にきた時に泊まった離れの事だ。
「そうなんすか」
「本当は許可ないと駄目なんだけど、みんな見て見ぬふりしてくれてっから」
「でしょうね」
提督と呼ばれる寮監の許可がなければ、こういったことは出来ない。
「鯨王寮ってどんなんか、タマちん知ってる?」
児玉は首を横に振る。
「あっこって、ケートスの寮も兼ねてんだよね。で、空きがあって素行が悪くないと、アパートみたいな個人の部屋貰えんの。出入り自由」
「へー」
話には聞いていたけれど、ここまで自由が許されているのかと児玉は驚く。
「だから、おいら頻繁にここに来てんの」
「おもに夜中だから、ほっといていいよタマ」
幾久が言うと、時山は「そういうこと」と笑った。
「学校ではガタとも話しないようにしてっから。赤根はこの事知らないし」
そうだろう。
赤根が山縣を露骨に嫌っているのは児玉から見ても判る。
ただ、山縣の性格を考えれば、それはそうだな、という気もしたが。