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不自然なボーイ(2)

 夕方になれば、寮母の麗子さんがやってくる。

 毎日おいしい夕食を作ってくれて、それが児玉には嬉しかった。

 恭王寮の食事もまずいというわけではないが、寮の食事という雰囲気だし、そもそも居心地も悪かったので、あまりいい想い出もなかった。

 ところが御門寮は、本当に普通の家庭の食事といった雰囲気だし、幾久の言うとおり魚が多い。

 児玉の尊敬する杉松の親友だという、宇佐美先輩が漁港に勤めていて、そのお陰でいい品が手に入るとのことだ。


 そんなおいしい食事も、久坂と高杉の一件を見てしまって中々喉を通らない。

 少しずつでも食べていたが、案の定幾久が気づいた。


「タマ、どうしたんだ?食欲ねーの?」

「や、大丈夫」

「ならいいけど」


 児玉の箸の進みが遅いのを見て、幾久が尋ねた。

 別に食欲がないわけではない。ただ、考えてしまうだけだ。

(幾久に聞いてみようか)

 多分幾久ならなにかしら知っているだろうし、知らなくてもそれとなく話をして、知らない雰囲気なら誤魔化せばいい。

 幾久には、寮で判らない事はなんでも聞いて、と言われているのでこれは間違っていないはずだ。

(幾久は知ってるって、久坂先輩言ってたし)

 世話になったし、幾久に隠し事は絶対にしたくない、と思う児玉は、尋ねてみようと決心したのだった。




 幾久は時々、腹ごなしにサッカーを一人でやっている。

 昔習っていたせいかかなり上手く、一人でリフティングをやっているところを見るだけでも楽しかった。


 さて、幾久は今日も腹ごなしに庭に出たのだが、児玉もついて出てきた。


「タマもする?」

「俺は見とく」

「そ」


 そういうと幾久はボールを抱え、庭へと出た。

 御門寮の敷地内はそれはそれは広く、幾久がサッカーを楽しむためのスペースは充分にあった。


 児玉は庭石に腰を下ろし、幾久がリフティングをしているのをじっと見つめていた。




 暫く無言でボールを蹴っていた幾久だったが、リフティングをしながら児玉に尋ねた。

「タマ、なんかあった?」

「え?」

「今日さ、タマ一人で先に帰ったろ」

「ああ」

「なんか様子変だけど、先輩らとなんかあった?」

「……」

 さすがよく観察しているというか、気を使ってくれている。


 児玉はどうしようか悩んだが、幾久に隠し事はしないと決めているので、思い切って幾久に久坂と高杉の事を尋ねる事にした。


「あのさ幾久。お前が知ってるって久坂先輩から聞いたから、俺も思い切って聞くんだけど」

「うん?」

「久坂先輩とハル先輩って、つきあってんだろ?」


 そういうと、幾久のリフティングが止まった。

 といってもボールを落したわけではなく、器用に足の甲にボールを置いている状態だ。


「タマ、何言ってんの?」


 きょとんとした幾久の表情に、児玉こそ驚いたが、ここはしっかり尋ねてみようと児玉はもう一度言った。

「いや、だから久坂先輩とハル先輩って、そういう仲なんだろ?」

「そういう仲って?」

「つきあってる」

「まさか」

「や、だってお前は知ってるって久坂先輩が」

「瑞祥先輩が?」


 幾久はボールを跳ね上げ、上手に膝であげて手に取ると、児玉の隣に腰を下ろした。


「タマ、その話詳しく教えてくれる?」


 幾久の言葉に、児玉は頷いた。




 そして児玉は今日あったことを説明した。

 一人で寮に帰ってきて、着替えをすませてトイレに行く途中で久坂が高杉に膝枕をしていたこと、久坂が高杉に屈みこんでキスしたのに児玉が気づき、児玉が気づいたことに久坂が気づき口止めしたこと。

 高杉は知らず、幾久は知っている、高杉にしか興味はないから安心していいと言われたこと。


「俺だって、こういうの聞くのどうかと思うけど、久坂先輩は幾久は知ってるっていうし、かといってハル先輩は知らないから黙ってろ、みたいな雰囲気だし。だったら幾久に指示仰ぐしかねーよなって」

 そもそも児玉は男同士どころか、自分だって彼女がいたことだってないのに、いきなり男同士のキスシーンなんてどうしていいかわからない。

 しかも毎日一緒に暮らす寮の中とあっては、どう関わればいいのだろうか。


 だが、幾久はその話を児玉に聞くと、心底あきれた顔になった。


「幾久?俺は本当の話をして」

「判ってるよタマ。もー、本当に瑞祥先輩って、なんでこうもやらかすかな」


 呆れたのは児玉にではなく、久坂にだったらしい。

(こうもやらかす?ってことは、毎回なんかやってるってことなのか?キスしてたのとかも内緒にしてたとか?)

 ぐるぐる考え込む児玉に、幾久は大きくため息をついた。


「あ、タマ、いまから面白いもの見れるよ」

 そう言って寮に向かう幾久に、児玉は訳も判らずに頷きつつも幾久の後を追ったのだった。





 寮の玄関から幾久は声を上げた。靴を脱ぐのが面倒なのだろう。

「せーんぱーい、ハールせーんぱぁーい、」

「なんじゃやかましいの。何の用か」

 幾久の呼びかけに、居間に居た高杉が玄関先まで顔を出した。


「ハル先輩、瑞祥先輩が早速やらかしました」

「なんじゃと?」


 えっ、まさか幾久の奴、いきなり高杉に言うのか、と児玉は驚いた。

 だが、不機嫌そうに腕を組み、柱にもたれかかる高杉の雰囲気に呑まれてとても幾久になにか尋ねる空気でもなかった。


「瑞祥先輩、今日、ハル先輩にキスしてたんすって」

「おい、ばか幾久!」

 久坂は高杉が知らないと言っていたのに、いきなり当の本人に言っていいわけがないだろうと児玉は驚くが、幾久はかまわず話を続けた。

「で、タマに内緒にしとけって。な?タマ」

「本当か児玉」

 高杉の怒った顔にビビリながらも、児玉はうんと頷いた。

「アイツは、なんちゅうた」

 高杉のドスのきいた声に児玉は正直に、言われたことを素直に吐いた。

「『僕はハルにしか興味ないから、安心していいよ』って、言われました」

「よし判った。おい幾久、児玉の誤解といちょけ」

「りょーかいっす。バトルっすか?だったら折角タマいるんで、玄関前でオナシャス」

「わかった」

 そう言うと高杉はどたどたと足音をひどく立てながら、「瑞祥!瑞祥!お前、こっち来い!」と怒鳴りながら久坂の首根っこをひっ捕まえていた。



 どことなく楽しげな幾久についていると、庭先に着物の襟首を捕まれた久坂が高杉に放り投げられた。

「もー、痛いなハル」

「やかましい!お前、幾久だけに飽き足らず児玉にまでいたらんことゆうたな!」

「えー、別に僕は何も言ってないよ?」

「嘘をつくな!わざと誤解させたじゃろうが!」

 そう言って高杉の攻撃が始まった。


 高杉と久坂は二人、いろんな武術を習っていただけのことはあり、やたらめったら強かった。

 高杉が久坂の襟首を掴み、引っ張って投げようとしたのだが、その腕を払い久坂が高杉の腕をつかんで下へ押し、体ごと互いにうつむく格好になるが、その腕を捻りながら外し、久坂の腕を高杉がはじいた。

 見事なまでの攻防戦だ。


 幾久は慣れているようで、「ハル先輩がんばれー!」と応援している。

「ちょっとーいっくんハルばっかりにずるいんじゃないのー?僕も応援してよー」

「瑞祥先輩はタマ騙したんで駄目っす。ハル先輩、がんばれー!」

「おう!」

 二人が投げられ投げての攻防戦を繰り返している中、児玉は幾久に尋ねた。


「幾久、これって……」

「あー、タマびっくりしたろ?つか、瑞祥先輩マジふざけすぎなんだよなー」

 あはは、と笑いながら幾久は児玉に教えてくれた。


「オレもさあ、ここ入った時に瑞祥先輩のそういうの見てさ、めっちゃ誤解してたの」

「あれ、誤解なのか?」

 なにをどう見ても、キスしている風にしか見えなかったが、と児玉が言うと幾久が笑いながら答えた。

「タマ、あの二人の唇がくっついてるの、見た?」

「……そういえば見てない」

 屈みこんでいたので、間違いなくそうだと思い込んでいたのだが。

「でもあの姿勢でそうじゃないって、無理ないか?」

「そうなんだよ、だからオレもおもくそそう思っててさ、いやーホント悩んだ」

 あはは、と笑って幾久が教えてくれた。

 いわく、高杉は寝ているのがやたら静かで、それについて久坂はトラウマがあるのだという。

 高杉が眠っていると、呼吸があるかないかを確認せずにはいられず、つい、本当に呼吸をしているのか確かめて近づいてしまうのだという。

「なんかお兄さんのこととか、そういうのあるっぽい。はっきりとは言えないけど」

 杉松の事を言われては、児玉もそうなのか、としか言えない。

 まだ若く、しかも家族が他にいないというのに、早くに頼りになる兄を失った久坂の心にはなにかあるのだろう。

(……そっか)

「かといってさ、オレの場合はまあ、事故みたいなもんだったけど、タマのはもー、間違いなく楽しんでやってるよ、瑞祥先輩」

「そ、うなのか?」

「まあ、どうせいずれ説明はするのかと思ってたけど、オレん時と全く同じことするとは」


 あんだけハル先輩に叱られたのに、懲りないんだな、と幾久は呆れている。


「なんか、久坂先輩のイメージ、変わるな」

 児玉にとって、あの憧れのお兄さんの弟と知る前の久坂の存在は、なんだか近寄り難い人だった。

 静かで、雰囲気があり、余計なことを喋らず、目立つ風貌なのに誰も近づけず。

 二年のツートップというより、この界隈で文武両道のお坊ちゃん同士、昔からの大親友である久坂と高杉の二人を知らない人は居ない。


 雪充と高杉と久坂の三人が揃っていると、例え児玉は雪充と親しくても、やや近づくのを躊躇うほどだったのに。


「久坂先輩が一番意地悪で余計な事言うよ。あ、ガタ先輩も余計っちゃ余計だけど。栄人先輩もなんか癖あるし」

 でも皆いい先輩だ、と幾久は笑う。


「いい先輩キャンペーンは終わっちゃったらしーけど、でも面白いんだ、ここの先輩ら」

「確かになあ」


 例えばこれが恭王寮なら、こんな夜に騒いだら叱られるし、そもそも喧嘩にまでならない。

 喧嘩らしい喧嘩は、この前児玉が退寮する羽目になった、あの喧嘩が初めてだ。

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